ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 もしも、叶うものならば

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 ヨウちゃんがどれだけ、ハグのことを恐れてきたか、知ってる。

 どれだけ、あたしのことを気づかって、ハグから遠ざけようとしてくれたか、知ってる。


 数学の参考書を読んでいたヨウちゃんの目が、ふと横にそれた。

 石膏みたいに白くて、鼻筋の通った端正な顔立ち。しゅっととがったあごのライン。ふせられたまつ毛の下の、琥珀色の瞳。

 ヨウちゃんはほおづえからあごをあげて、ハァと重たいため息をもらした。

 横に置かれた植物に、そっと人差し指をのばしてる。

 ブリキ缶に植わっている多肉植物。葉っぱは、土に直植えされたバラの花みたい。


「綾桜」。


 あたしがヨウちゃんにあげた葉っぱ。


 ヨウちゃんの目頭に、涙がにじんだ。

 歯を食いしばり、目を閉じて、ヨウちゃんは涙を飲み込む。そうして、何事もなかったように、またシャープペンを持ち直す。

 あたしの心もズキンと痛んだ。


 痛いよ、ヨウちゃん……。



「……え?」


 こみあげてきた涙をごしごしふいてたら、ヨウちゃんの声がきこえてきた。

 もう一度ヨウちゃんを見ると、ヨウちゃんは、つくえの横に立てかけられた全身鏡をのぞきこんでた。

 おでこが青白い。つくえの前のイスから、腰をうかせて立ちあがる。


 ヨウちゃんが、バッとあたしの方に向き直った。

 あたしの心臓、ドキッと鳴る。

 だけどヨウちゃんの目はあたしの上を素通りして、また鏡のほうへもどっていった。


「な……なんだ、これ……? ま……幻……?」


 ヨウちゃんが鏡に近づいていく。手をのばして、鏡の表面にふれる。

 鏡にはヨウちゃんと、空っぽのゆかがうつっていた。あたしがどんなに目をこらしても、あたしの姿なんて、うつっていない。

 なのに、ヨウちゃんは、鏡にうつった部屋に何かあるみたいに、鏡の表面をペタペタさわっている。


「幻か……? 幻だよな。なんだオレ……。とうとう幻を見はじめるとか……。お、終わってる……」


「……ヨウちゃん……? まさか、鏡の中のあたしが見えてるの……?」


 ビクッと、ヨウちゃんの肩がとびはねた。


 うわっ! へっぴり腰!


 イケメン台無しになるくらい、ガタガタって、背中で本だなにへばりつく。


「……あ……綾っ!? 」


 そっか……。鏡の外の世界にも、中の人の声はきこえるんだ。そうして、鏡の中にいる者の姿は、鏡にだけはうつる。


「……ちがうな。綾なんかじゃない……。おまえ……ハグ……だろ?」


 ヨウちゃんの声が震えた。


 ……ハグ……?


「今度はなにをたくらんでるっ!?  綾の姿に化けて、鏡にうつりこんで、どういうつもりだっ!」

「ち、ちがうっ!」


 あたしは、自分の胸にぎゅっとこぶしを置いた。


「あたしは、本物の和泉綾っ!」


「……ああ。そうかよ」


 ヨウちゃんは苦そうに笑って、つくえの上にならぶ小ビンをひとつ、手に取った。

 中に虹色の液体が入っている。


「……ハグ。ざんねんだけど、綾はもう、オレのことを『ヨウちゃん』なんて呼ばねぇよ」


 チクンと胸が痛んだ。


 そうだ……。無関係になるって決めてから、あたしはヨウちゃんのことを「中条」って苗字で呼んでる。


「で……でもね。ヨウちゃん、あたし……本当はまだ……心の中ではヨウちゃんのこと……」


 ヨウちゃんは、ビンのコルクを引き抜いた。


「アグリモニーよ。ハグが放つ邪視を、そのままハグに返せっ!」


 呪い返しの薬っ!?


「ち、ちがう! 待って! ヨウちゃん、本当にちがうのっ!! 」


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