ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 黒ウサギと鏡の国

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「せっかく待ってくれてたのに、ごめん。オレ、きょうはひとりで帰っていい?」


 誠に言われて、あたしは「……うん」とうなずいた。


「じゃあ、和泉ぃ~。またあした、学校でね~」


 誠はひらひらと手をふって、中央階段をおりていく。


「うん……。あしたね……」


 だれもいない三階の廊下。

 誠の頭が踊り場の向こうに消えると、あたしは両手で顔をおおって、しゃがみこんだ。


 誠……ごめんね……。


 誠は、いっぱい無理してくれてた。

 無理して、笑ってくれてた……。




『……妖精さん……』



 耳元から声がして、あたしはハッと顔をあげた。


「だ、だれっ!? 」


 舌足らずな、小さな男の子みたいな声。

 なのに、立ちあがって右を見ても、左を見ても、廊下にはあたししかいない。


『……妖精さん……。こっち……。

 ここ、ここ。鏡の中……』


「……鏡?」


 あたしは、三階の階段の横にある壁を見あげた。

 全身鏡がかかっている。

 四角い板みたいな飾り気のない鏡。下のほうに「何年度、卒業記念」っていう活字が彫られているけど、かすれて字が読み取りづらい。

 さっきまで、あたしがもたれていた鏡。

 鏡の中に、あたしがうつりこんでた。階段の手前で。頭のてっぺんに、アホ毛をくるんとさせて。もやしみたいに白くってひょろひょろの手足。たれ目のへにゃんとなさけない顔。


「……え?」


 あたしは鏡に目をこらした。

 中で、何か黒いものが、自分の手前にうつりこんでいる。

 黒くてもやもやと丸い塊。

 だけど、うわばきの足元を見おろしても、自分と鏡の間に、そんな塊は落ちてない。


 塊がもぞもぞと動いた。ぴん、ぴんと長い耳が二本、てっぺんにつき立つ。


「ふぇ?」


 黒くて丸い目がふたつ、鏡の中からあたしを見た。目の下には、たえずヒクヒク動く鼻。黒くて長いひげに、への字の、小さな口。


「う、ウサギっ!? 」


 全身真っ黒の、黒ウサギ。


 か、カワイイ~っ!

 ふわふわの黒い毛並み。つぶらな瞳。ヒクヒク動く鼻がたまんない!


『あのね……ぼく、プーカなの』


 鏡の中から、さっきの声がした。

 ウサギの口は動いてない。だけど、丸い目は、じっとあたしを見つめてる。


『あのね……ぼくね……悪いヤツに、鏡の中に閉じ込められてるの。

 妖精さん、お願い。ここに来て、ぼくのこと助け出して……』


「……え? む、無理だよ!」


 あたしは鏡から一歩さがった。


「だって、あたし、鏡の中に行く方法なんて知らないよっ!」


『だいじょうぶ。ぼくが、知ってる。

 妖精さんが、こっちの世界に来られる方法。

 ね、お願い。

 ぼくをここからつれ出して!』


「……でも……」


 あたしは、きょろきょろとあたりを見まわした。

 三階の廊下が続いてる。窓の日差しが明るい分、廊下はうす暗く感じる。「一年」と書かれた教室のプレートが味気なくぶらさがってる。

 いつもの中学の校舎。昼間は生徒でにぎわう廊下。

 なのに今、世界にあたししかいないみたい。


 ……どうしよう。


 ヨウちゃんの平たいワイシャツの背中が、心にかすめた。


「ね、プーカ。プーカを鏡に閉じ込めてる悪いヤツって、どんなヤツなの……?」


『う~んと……。

 ヤなヤツ……。

 すごくズルくてね。ぼくは、悪いことなんて、なんにもしてないのに、ぜんぶ、ぼくが悪いんだって言うの』


「それって……まさか……」


 ……鬼婆ハグ


 黒いタマゴから生まれた、黒い妖精。

 ハグは、なんでもかんでも、ヨウちゃんのせいにして、ヨウちゃんを襲ってくる。


 どうしよう……。ヨウちゃんに相談したほうがいいかも……。


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