ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 黒ウサギと鏡の国

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「和泉ぃ、ごめん。オレ、教室に数学の教科書わすれちゃったみたい。ちょっと、ここで待ってて」


 放課後。ふたりならんで、昇降口におりたところで、誠に言われた。

 あたしは手芸部員。誠はサッカー部員。

 だけど、きのうから、部活はお休み。期末テストの一週間前に入っちゃったから。


 誠がかけのぼっていった階段の下で、あたしはハァとため息をついた。


 誠に……なんて言おう……。


 キライになったわけじゃない。

 誠のことは、幼稚園のころから好きだし、今だって好き。 

 だけどそれは……誠があたしを好きなのとは、意味がちがう……。


 考えてたら、胃がキリキリ痛くなってきた。


 だって……誠はいつもあたしに笑いかけてくれるのに……。


「あ~、もう! ずっとひとりでいたら、胃に穴があいちゃう!」


 あたしは階段をのぼっていった。


 教室まで、誠を迎えに行っちゃお!


 テスト前って本当、生徒たちが帰るの早い。

 校舎からあっという間にひとけがなくなって、外からの日差しが、中央階段をあわく照らしてる。

 階段を三階まであがると、廊下がまっすぐにのびていた。

 一年生の教室のドアが、ガラッと開く。


「あ、和泉ぃ。わざわざ迎えに来てくれたの~?」


 誠が笑顔全開で走ってくる。


 う……さらに、胃が……。


 階段をあがったところにある全身鏡に背中でもたれて。あたし、誠に「えへへ」と笑った。


「よかったよ、家に帰る前に教科書のこと思い出せて。オレさ~、きょうこそ数学の勉強しなきゃって、思ってたんだよね~。和泉、四則計算って意味わかる?」


 走ってきた足が、小走りになって、誠は立ちどまった。


「……和泉? どうしたの? ……なんか、あった?」


「……え?」


「だって……和泉、泣きそう……」


 ドキッとした。

 誠って、すごくカンがいい。人を見る力に長けてるんだと思う。


 い、言わなきゃっ!


「あ……あの……誠……あのね」


 あたしはぎゅっと、自分のスクールバッグの取っ手をにぎりしめた。


「あの、ごめんなさいっ!」


 ガバッと頭をさげる。




「……え?」


「あの……あのね。あ、あたし、誠といると楽しい。誠はあたしをいつも元気にしてくれるから、誠といると、胸がラクになれる。あ、あのね……だけど……でも……あたし……あたしの心は……どんなにがんばってもかわんないの……」


 誠の口から、笑みが消えた。


「……和泉……それって……」


 あたしはこくっと、うなずいた。


「あたし、好きな人がいるの。どうしても、その人のことがわすれられないの。ううん。わすれたくないんだ。一生、この想いを持ちつづけていたいって思う。だから、こんな気持ちのままで誠といたら、誠をどんどん傷つける。ごめんなさい。あたしと別れてください」


 あたし、ヒドイ……。


 じゃあ、なんで、誠とつきあったの?

 好きな人がいるのに。本気であたしのことを想ってくれる誠を、どうして、その気にさせたの?


 そろっと顔をあげると、誠は自分の首の後ろをなでて、うつむいていた。


「……そっか。うん。だろ~なとは、思ってたよ。記憶がもどったら、和泉は真っ先に、オレにそう言うだろなって」


「……誠……?」


 足元を見ていた誠の目が、チラッとあたしの顔を見る。力のない目。だけど、少しほほえんでいる。


「和泉に話すの、まよってたんだけどさ……。オレ、葉児ようじから、ぜんぶきいちゃったんだよね」



 ……え?


 目の前が真っ白になった。


「えっと? ……ぜんぶって……?」


「だから……ぜんぶ」




 ぜんぶ……?


 ぜんぶ……って……。



「……よ、妖精のこととか……?」

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