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1 黒ウサギと鏡の国
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しおりを挟む朝日を反射して、水たまりがキラキラとかがやいてる。
アスファルトを蹴って、あたしは水たまりをとび越えた。
すごい! 体が軽いっ!
まるで、背中にチョウチョの羽がはえたみたい。
ジャンプして着地しても、左足首が痛くない。
「い~ずみっ!」
ふり返ると、校門前の歩道で誠が手をふっていた。登校する生徒たちの間をぬって歩いてくる。
「よかったぁ! 和泉ぃ、松葉杖が取れたんだね」
誠はニカって、口を横に開いて笑った。おサルさんみたいに大きな耳。半そでのワイシャツに紺色の制服ズボン。肩にかけているのは、花田はなだ中学のスクールバッグ。
小学校からかわらないあどけない笑顔なんだけど、誠の身長はもうあのころのように、あたしとどっこいどっこいじゃない。
ぐ~んと育っちゃって、頭はあたしのはるか上。こないだ測ったら、百六十七あったんだって。
毎日、サッカー部で走り回っているから、細い手足はこんがり日に焼けてる。短い髪を、ワックスをつかって、頭のてっぺんで立てて。
うん。なかなかのオトコマエ。
だけど、本人、それに気づいてなくて、中身は昔とかわらず、やんちゃ坊主のまんま。
「えへへ、そうなの~。松葉杖してないと、足が軽いんだ~」
にこ~と笑い返したら、あたしの頭のてっぺんで、アホ毛がゆれた。
あたしはあいかわらず、クラスで一番のチビっ子。ワイシャツの半そでからのびる腕も、紺色のブリーツスカートから出てる足も、ひょろひょろでもやしみたい。
おまけに、いつまでたってもアホっ子で。こないだなんて、ビビって転んで、足首ねんざして。やっと、治ったところ。
「和泉ぃ。おとといの七夕の劇なんだけどさ~。児童館でなかなかの好評でね~。和泉の人形、来年もつかいたいから、児童館で保管したいって言われたんだけど、いい?」
誠の二重のくりくりの目が、あたしをのぞきこんできた。
「いいよ! もともと、誠にあげるつもりでつくったんだもん!」
「ホントっ!? ありがと~!」
誠はあたしのカレシ。六月のお祭りのときに告白されてから、つきあってる。
「あ! 有香ちゃんっ!! おはよ~」
あたしは、昇降口にかけこんだ。
くつだなに敷かれたすのこを踏む、生徒たちの足音がひびいている。
生徒たちの頭、頭、頭。すれちがう紺色の制服たち。
おんなじ一年のクラスメイトたちに「おはよ~」って言いながら、あたしはローファーをぬいで、自分のくつだなから、うわばきを取り出した。
肩の右横を、背の高い男子の腕が通り抜けた。
「おはよ~」って言いかけた口を、あたし、あわてて閉じる。
おとなの男の人並みに背が高い。痩せた手足。運動神経はいいくせに、部活に入ってないから、日に焼けなくて色白で。
琥珀色の髪がさらさらとゆれながら、遠ざかっていく。
……ヨウちゃん。
ヨウちゃんはだれにも「おはよう」って言わない。
一度も口を開いたことなんかないみたいに。声なんか、小学生のころに封印しちゃったみたいに。
琥珀色の冷めた目のまま、中央階段をのぼっていく。
ヨウちゃんはハーフ。亡くなったお父さんはイギリス人。
あたしたちは……運命共同体。
ざわつく生徒たちの中で、あたしとおんなじように立ちどまって、階段を見あげている男子に気づいた。
誠……。
どうしたんだろう。さっきまでの笑いを消して。重い目でヨウちゃんの背中を見つめてる。
そうだ……。あたし、決めてたんだ。
ねんざが治ったら、誠に言うって……。
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