ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 天の川をわたって

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 歩道橋のてっぺんで、あたしは立ちどまった。

 夜空に、霧みたいに白くかすんでいる部分がある。天のはしからはしを、ぼんやりとわたしている。


「綾っ!! 」


 歩道橋の反対岸から声がした。

 人影が、歩道橋をわたってくる。

 琥珀色の髪が街灯に照らされた。と思ったら、中条の怒鳴り声で、あたしの耳はガンガンになった。


「なにやってんだよ、おまえっ! あぶないだろっ!!  松葉杖はっ!? 」


「え? えっと……とちゅうに捨ててきた……」


「……アホか」


 中条、頭を抱えてる。


「家にいろって、言ったじゃねぇか。なんでこんな夜に、そんな足で出歩いてんだよ……」


「だって、早く知りたかったんだもんっ! 中条の気がかわらないうちにっ!! 」


 琥珀色の瞳が、痛そうにゆがんだ。


 ……キレイな目。

 中で星のようにチカチカまたたく粒は、街灯のうつりこみ?


「……わかった」


 中条は、ジーンズの後ろポケットに手をつっ込んだ。

 出てきたのは、白い小さな布袋。口をリボンでむすんでる。


「……え? な、なに、これ……?」


 手のひらサイズでかわいくて、女子の持ち物みたいなんだけど。


「中にコットンとコショウが数粒入ってる。ただのサシェ」


 え~? ますます、なにこれ~?


 中条は目を閉じて、サシェを両手に包み込んだ。


「コットンとコショウのサシェよ。綾の心の欠片をとりもどせ」


 ぽう……。


 サシェの内側に虹色の淡い光がともる。


「わ……。う、ウソっ!?  なんで? で、電球でも入ってるの?」


「これを持って。胸のところでにぎりしめろ」


「え……? う、うん……」


 指先でつっついてみて、熱くないのを確認してから、あたしはそろそろとサシェを自分の手に取った。

 ホタルみたいに淡い虹色の光を、きゅっと胸に押しつける。

 サシェの光が、あたしの指のすき間からこぼれた。

 胸を虹色に照らしてる。光はサシェからあたしの胸に吸い込まれて、ふんわり消える。




「……あ」


 ほおを生あたたかい水が伝った。




 涙……。


 あたしの涙……。





「……う……」


 気づいたら、もっと涙がこみあげてきて、あたしは手すりに背中をつけて、両手で顔をおおった。


「ひ~ん……」


 なんかもう、だらしないけど。

 ヨウちゃんの目の前だけど。

 ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙がぜんぜんとまらない。

 ふらっと体の力が抜けて、右足に重心がかかった。あたしは、ぐしゃっとくずれ込んだ。


「うわっ!? 」


 ヨウちゃんの手がとっさにのびて、あたしの両腕をささえてくれる。


「綾……思い出した……か?」


 見あげると、アップになった琥珀色の瞳に、あたしの顔がうつりこんでいた。



「ヨウちゃ……ん……」



 ぶわっとあふれた涙で、視界がかすんだ。


「ヨウちゃん……ヨウちゃんっ!! 」


 無我夢中で、広いTシャツの胸に両手をのばす。


 かじりついて、「もうどこにも行かないで」って、さけびたい。




「う~……」


 あたしは、ぎゅっと目を閉じた。



 あたしたちの誓い。

 あたしたちは無関係になる。

 それが、あたしが羽を持ち続けることの条件。



 手を引っ込めたあたしに気づいて、ヨウちゃんもあたしの腕から力を抜いた。


「……ごめん、綾。オレがおまえに、記憶喪失になる薬を飲ませた。自分でも飲んだ。おまえとオレは一時的に、お互いの記憶を失ってた」


「……なん……で……? そんなこと、したの……?」



「……ごめん」


 ヨウちゃんが目をそらす。


「『ごめん』じゃなくって……あたしがききたいのは……」


「……立てるか? ちょっと、待ってろ」


 あたしを歩道橋の手すりにもたれさせて、ヨウちゃんは手をはなした。歩道橋をくだっていって、松葉杖を抱えてもどってくる。


「ほら、つかえ」


「あ……ありがと」


 あたしが松葉杖に寄りかかると、ヨウちゃんはあたしの頭をポンポンと軽くたたいた。


「こんな時間にごめんな。気をつけて帰れよ」


「え……? ちょっと待ってよっ! ねぇ、ヨウちゃん、まだ理由を教えてくれてないっ!! 」


「綾……。オレたちは、『中条』と『和泉』だろ?」


 ぎゅっと胸が痛んだ。


 ……ヨウちゃん……。



 スニーカーの足が、歩道橋の上できびすを返した。

 背の高い痩せたTシャツの背中はもうふり向かない。ジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで。歩道橋を遠ざかっていく。


 ヨウちゃん、教えてよ……。


 なんで、記憶を消したの?

 なんで、記憶を返してくれたの?


 歩道橋の上は、空に近い世界。地上を走る車の流れを、ぜんぶ足元に見おろしてる。

 夜空を横切る天の川。


 あたしはまるで、七夕伝説の織り姫のように。

 会いに来てくれた彦星とは、また当分会えない。


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