ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 天の川をわたって

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 綾を見返す。

 でも、綾はもう、うつむいて自分の包帯を巻いた足を見ていた。


 この綾は知らない。ここに書かれている言葉の意味を。


 オレはもう一度、日記帳に目を落とした。ページをめくると、また綾の字がならんでいた。


《日記をつけなきゃいけないのに、いつも、あたしはヨウちゃんを、正面からちゃんと観察できない。

 だって、ぜったい目が合っちゃう。

 だから、こっそり、後ろから見ようって思った。

 そしたら、ヨウちゃんの背中は、なかなか見られないってことに気がついた。

 ヨウちゃんに背中を向けているのは、いつもあたし。》


《きょうは卒業式。六年生の贈る言葉は、ヨウちゃんが一番長かった。長いのにセリフをしっかり覚えてて、はきはき言えてた。

 青森さんと窪は、私立中学に行くから、「これで最後だね」って、ヨウちゃんといろいろ話してた。ヨウちゃんは笑ってきいてて、「がんばれよ」って声をかけてた。》


《春休みだから、ヨウちゃんに会えない。

 ヨウちゃんの家の庭のハーブたちは、またのびはじめたかな?

 ヨウちゃんはまた、ガーデニングヨウちゃんになるのかな?

 ヨウちゃんのお母さんのハーブティー飲みたい。

 ヨウちゃんのお父さんの書斎に行きたい。》


《入学式。ひさしぶりにヨウちゃんのお母さんを見た。うすピンク色のスーツを着てて、ヨウちゃんのとなりで笑ってた。

 制服姿のヨウちゃん、カッコイイ。》



「ヨウちゃん」「ヨウちゃん」「ヨウちゃん」……。


 どのページをめくってみても。


「ヨウちゃん」「ヨウちゃん」「ヨウちゃん」……。



 波打つ心臓の音をききながら、ようやく頭が理解してきた。

 綾が、オレと別れた本当の理由。

「羽を切られるのはヤダ」と綾は言った。

 オレは、「綾が自分に自信をつけるための羽だから」羽を切られるのがイヤなんだと思った。

「オレは、綾が妖精でい続けることに負けたのか」とさえ、思った。


 ちがう。


 綾ははじめから、「もしものとき」を考えていた。

 もしも――ハグとの戦いで、オレに何かがあったとき。

 自分の羽のりんぷんをつかって、オレを治すために、羽をとっておきたかった。


 オレのために、綾は、オレと別れることを選んだんだっ!



 ぽろっと、日記帳の上に、涙のしずくが落ちた。


 ……アホだろ……綾……。


 りんぷんをつかい切ったら、おまえは消滅するんだぞ……。

 おまえだって、それをしっかりわかってるはずじゃねぇか……。


 オレが卯月先輩とつきあいはじめたころから、日記の文字が減っていく。

 ページの真ん中に小さな字。


《ヨウちゃん》


 次のページは。


《声、ききたい》


《綾って呼んで》


 歯のすき間から嗚咽がもれた。

 ぼとぼととノートが涙でぬれていく。


《お願いヨウちゃん。一度でいいから、ふり返って》



「……中条?」


 綾が眉をひそめて、オレの顔をのぞきこんでくる。


「……ごめん……綾……」


 かなしませてごめん。つらい思いばかりさせてごめん。

 こんな形でわすれさせてごめん。

 オレは、恐怖に負けたんだ。

 ハグがまた出てきたっていう、目の前の恐怖に負けて、綾の覚悟まで……苦しみにたえて、いっしょうけんめいに抱えていた覚悟まで……記憶といっしょに消してしまったんだっ!!


《あたしはもう、ヨウちゃんのことを「ヨウちゃん」とは呼ばない。

 でも、日記の中でだけは、本当のあたしでいたいんだ。


 ヨウちゃん、元気ですか?

 カノジョとちゃんとラブラブできてる?

 ハグはまだ、出てきてない?


 あたしは、ヨウちゃんを見守るって決めたから。

 ヨウちゃんが毎日元気で、何事もなくいられたら、それでいいんだよ。》


 日記帳が、手からすり抜けて、ボトっとゆかに落ちた。


「……中条?」


 綾がきょとんと見あげてくる。


「……綾っ……」


 抱きしめたい!


 この手をのばせば――。
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