ナイショの妖精さん

くまの広珠

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4 忘却のゆくえ

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   ★


――ヨウちゃん――


 わたがしのように甘ったるい声をきいたとたん、体中がくだけた。

 胸にものすごい感情が噴き出してきて、息がつけなくなる。


 なんだこれ?


 こんな感情、オレは知らないっ!


 保健室に和泉を運んで、先生にめんどうを押しつけた。

 ひとり逃げ出すように、雨の中をかけ帰った。

 一階のカフェでは、かあさんが、明るい声で客と話していた。

 だけど、ドアを閉め切った書斎はうす暗くて、窓の外の雨のせいで、なまぬるい湿気がたまっている。


「……和泉……あいつ、いったいなんなんだ?」


 オレは、スクールバッグをゆかに投げだして、とうさんのつくえにつっぷした。

 つくえの上で、多肉植物の綾桜が、バラの花びらのような葉を開いている。

 これがいつ、うちに来たのか、この間から気になっているのに思い出せない。

 フェアリー・ドクターの薬になる葉は、主にハーブ類。アロエならともかく、こんな観賞用のセンペルビウムはつかえない。

 なのになぜだか、見るたびに胸がざわつく。

 まるで心の中に白い膜がはられていて、その下に大事な感情があるはずなのに、どんなにあがいても、のぞけないような。


 その膜がさっき、消えた気がした。

 和泉に呼ばれたとき。


「……なんで……?」


 綾桜の植わったブリキ缶を両手に取ると、後ろに置かれたビンが目に入った。

 つくえにならぶ大小のフェアリー・ドクターの薬ビン。一番手前の小ビンだけ、中身が三分の二に減っている。


「あれ……? オレ、最近、何かにつかったか?」


 頭をかきながら、自分で書いたラベルに目をこらした。



「バーベインの煎じ薬」



 べーべイン……バーベイン……。


 ハーブの効能について、頭の中でめぐらせて。


「……ウソだろ……?」


 オレは、持っていた綾桜のブリキ缶をつくえにおろした。


「……まさか……。これをオレが……自分で飲んだ……?」


 バーベインの煎じ薬。


 飲むと、報われない恋を忘れ去ることができる。


「いや、待てよ。だ、だって、和泉って、誠のカノジョだろ? それを、なんだ? オレが横恋慕? って、ないだろっ! つ~か、ねぇよっ!!  

冷静に考えてみろ。フェアリー・ドクターの薬は、妖精に関することにしか効かないんだ。ふつうの女子の和泉に、たとえオレが何を想っていようが、飲んだところで、なんにも効かないはずなんだっ!」


 ひとりにぎりこぶしで力説して、イスから立ちあがる。


 窓際に置かれたゆりイスに目が行った。

 雨を流す格子窓。その前に置かれた、空っぽのゆりイス。


 わけもないのに、胸が苦しい。


 この得体のしれない感情はなんなんだ。


 フェアリー・ドクターの薬をつかっていたとしても、体はいまだに巨大な感情に支配されている。


 オレは、ごくんとつばを飲み込んだ。


 薬を解いてみれば、正体がわかる……。


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