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4 忘却のゆくえ
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しおりを挟む――オレ……和泉に告白しちゃった……。和泉に……「少し考えさせて」って言われて……。オレ、ぼんやり歩いてて……ふり返ったら、和泉が消えてた……。どうしよう……和泉はまだ不安定だったのに……。オレ、あせって……――
――落ちつけよ。あいつは赤ん坊じゃないんだし。ひとりでだって、どうにでもなるだろ――
誠をなだめて。誠のかわりに綾をさがした。
浅山で花にかこまれていた綾。白いワンピースのすそを花畑に広げて。頭にはレンゲの花輪。手にいっぱいの野草の花束。
そばには、妖精が飛び交っていた。
絵かと思った……。
美しい絵。夢でしか見られない、自分の願望をうつしだしたような絵……。
――……ヨウ……ちゃん……――
呼ばれたときは、心臓がとまるかと思った。
「ほら、二時間目をはじめるぞ」
国語の木村が、でかい図体で教壇にのぼっていく。
誠を見ていた綾のほおが、きゅっとかたくなって、黒板の方を向いた。黒目がちの大きな目で真剣に黒板を見つめてる。
薬……効いたな……。
バーベインの煎じ薬。
飲むと、報われない恋を忘れ去ることができる。
いや、あんな薬なんか飲ませなくても、綾は誠を選んだと思う。
たぶん、オレはただ、逃げ道がほしかったんだ。
「薬が効いて、綾は誠を選んだ」という逃げ道。
「綾の心にまだ、オレがのこっていてほしい」と願うのは、わがまま。
「ねぇ、葉児。あなた、朝、ふつうに家を出たでしょ? 先生から電話があったわよ。どうして学校に遅刻したの?」
家に帰るなり、かあさんにきかれた。
かあさんはいつもの白いエプロンをつけていて、カフェの接客中に、店のカウンターから廊下に呼びかけてくる。
「……ああ。先輩と海岸で話してた」
ぼそっと答えると、かあさんの声が裏返った。
「あなた、なにやってんのっ!? カノジョと話したいなら、休み時間でも、放課後でもいくらでも時間はあるでしょ? 授業をサボってまで、そんなことしちゃダメだって、あなたは、ちゃんとわかっている子よね?」
「……うるさい」
ざらっとした声が、自分の口からこぼれた。
制服姿でスクールバッグをかつぐオレを、かあさんは目を丸くして見つめる。
「かあさん、ごちゃごちゃうるさい。悪いけどこれ以上、オレにしゃべりかけるな」
立ちつくすかあさんを放置して、階段を地下へおりていく。
「あら……息子さん、反抗期?」
客のおばさんののんきな声がきこえてきた。
反抗期……か。
それはいい、口実だな。
書斎のドアを閉め切ると、スクールバッグをゆかにおろして、オレはとうさんのつくえの前に歩いて行った。
他人とのつながりをすべて断とうと決めて、肉親だけは切れないことに気づいた。
実の親であるという事実も、育ててもらった事実もかわらない。おまけにオレはまだ、義務教育を受けている身だから、この家から出ていくこともできない。
だったら、せめて、関係性をうすくするしかない……。
「しかし、我ながらなさけなくなるほど、せまい人間関係だったな。けっきょく、きょう切ったのは、卯月先輩とかあさんだけか」
でもこれで、これからハグが出てきても、被害を受けるのはオレだけですむ。
まわりにまで、手を出されない。
「最後の始末……」
オレはつくえの上から、虹色の液体の入った小ビンを手に取った。
きのう、綾といっしょに飲むと約束して、ひとりでやぶって飲まなかった薬。
飲むと、報われない恋を忘れ去ることができる……か。
片口をあげて、ひとり笑いして。
虹色の液体をのどの奥に流し込んだ。
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