ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 カノジョとクラスメイトの境界線

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 別に、帰る家がないわけじゃなくて。

 おうちに帰れば、ママが夕飯をつくって待っている。

 あたしのお腹もぐうぐうで。

 四月に入って、せっかく日がのびたのに、もう夜になりかけていて。


 だったら、さっさと帰ればいいんだけど。


 あたしはぼんやり、街灯に背中でもたれてた。

 ヨウちゃんちのある高台は見晴らしがよくて、青い海が足元で水平線を描いている。

 そこにオレンジ色の夕日がゆっくりと近づいてきて、海にも、赤い丸がうつりこむ。

 海につかった夕日は、つぶれたトマトみたいに、底がびにょんとのびた。



「……綾っ!」


 急に低い声に呼びかけられて、あたしの心臓はドキッと鳴った。

 街灯の光に、琥珀色の髪が照らされている。ヨウちゃんがバラのアーチから出てきて、ハアハアと息をついて走ってくる。


「……え? えっ!?  ……なんで?」


 あたしは、一歩後ろにさがった。

 だって、こんなに正面切って、ヨウちゃんがあたしに近づいてくるなんて。

 琥珀色の目は、あたしにおおいかぶさるようにせまってくる。


 お……怒ってる……?


「あ……ご、ごめんなさいっ!」


 ヨウちゃんが口を開く前に、あたしはガバッと頭をさげた。


「家に来ちゃったこと、怒ってるんでしょっ!?  約束やぶってごめんなさい! もう来ませんっ!! 」


 あたしから二、三歩手前で、ヨウちゃんが立ちどまる。肩で息をついている。こめかみの汗が、街灯に照らされて光ってる。


 おねがい……怒鳴らないで……。


 あたし今、怒ってるヨウちゃんの声、きける勇気ない。


「あ……あたしね。どうしてもまだ、心がふわふわなの。それで、気がつくと、すぐに、この場所にもどってきちゃうの。でも、ヨウちゃんにはもう、新しいカノジョができたんだもんね。あたしがもどる場所なんて、もうないんだよね」


 ヨウちゃんはなんにも言わない。目の表面がテカテカで、水にぬれたガラスみたい。



「――葉児君? そこでなにしてるの?」


 高台のてっぺんのヨウちゃんの家から、黒いロングヘアの女の人が出てきた。あたしとおんなじ紺色のブレザーを着ている。


「ほっとかれてつまらないから、わたし家に帰りたいんだけど。送ってってくれない?」


「……あ」


 ヨウちゃんが決まり悪そうに首後ろに手を置いて、坂の上の相手を見あげる。その目がまた、あたしにもどる。


「綾……あの……オレ……」


 だけどヨウちゃんは、それ以上言わないで、歯をかみしめた。


「……あのね。ヨウちゃん、あたしの夢の中で『鬼になる』って言ったでしょ? だけどあたし、ヨウちゃんが鬼になれるなんて、どうしても思えないんだ。あたしもね、ヨウちゃんをこっぴどくふるなんて、やっぱりムリ。だから……笑ってお別れするね。

今までありがとう。バイバイ。……中条!」


 わ……声震えた……。



「……綾……」


 ヨウちゃんの右手が、あたしのほっぺたにのびかける。


 坂から、足音がした。テンポのいいローファーの足音。

 卯月先輩が坂をおりてくる。

 ヨウちゃんは、わきの下に手をおろした。



「……和泉」


 ドキッとした。

 琥珀色の前髪の下で、ヨウちゃんが笑ってる。

 勝気な瞳であたしを見すえて。くちびるのはじを、少し震わせて。


「和泉……誠のこと、ちゃんと考えてやれよ。誠はいいやつだぞ」


 ……ヨウちゃん。


「知ってるよ! 中条に言わなくても、知ってるよ~だっ!! 」


 あたしはあっかんべ~して、坂道を走りだした。

 くだっていく坂道に、あたしの影が長くのびる。



 バイバイ、ヨウちゃん。


 これで本当に……バイバイ……。



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