ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 花田中学一年生

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 ヨウちゃんの亡くなったお父さんは、フェアリー・ドクターだった。

 フェアリー・ドクターは妖精のお医者さん。その魔力がこもった薬は、妖精の傷を治したり、妖精から受けた人間の傷を治したりすることができる。

 ヨウちゃんとあたしは、自分たちもフェアリー・ドクターになる洗礼を受けた。



 あたしは、勉強づくえのライトを消して、ベッドに寝っ転がった。

 空いた窓で、レースのカーテンがゆれている。そのすき間で、銀色の星がチカチカとまたたいている。


「あたしの羽のりんぷんみたい……」


 つぶやいたら、涙がこみあげてきて、あたしは腕を目にのせて、目を閉じた。


 あたしの背中には羽がある……。

 きっと、まだ……ある……。



 幼稚園児のころ、あたしは、ヨウちゃんのお父さんからもらった妖精のタマゴを、アメとまちがえて飲み込んじゃった。

 八年たって、タマゴはあたしのお腹の中で孵化した。

 以降、あたしは人間なのに、出そうと思ったら羽を出せる、妖精でもある体になっちゃった。


 妖精の羽のりんぷんは、万能薬。妖精から受けたすべての傷を治すし、フェアリー・ドクターの薬を無効にできる。

 そのかわりに、りんぷんをつかいきると、あたしは消滅する――。


 あたしの体は、黒い妖精の鬼婆ハグにねらわれた。ハグはあたしの体をのっとって、りんぷんを自分のつごうでつかおうとした。

 あたしたちは、ハグを鏡に閉じ込めて、鏡を割って、土にうめた。

 これでもう、ハグがこの世に出てこれなくなったのか、そうじゃないのか、わからない。

 だけど、ヨウちゃんは警戒している。

 あたしに「羽を切れ」って言った。

 羽を切れば、妖精のあたしは消滅するけど、人間のあたしは無傷でいられる。

 ハグにねらわれることもなくなる。


 だけど、あたしは「ヤダ」って言った。

 羽を切りたくない。

「そのかわりにヨウちゃんからはなれる」って約束した。


 ハグには、あたしが羽を切ったって信じ込ませてる。あたしは、羽がないふりをして生きる。ヨウちゃんとは無関係になって生きる。

「そうすれば、ハグがあたしをねらうこともなくなるでしょ?」って。


 言わないよ……。


「自分のりんぷんをつかいたいから、羽を切らない」とは、言わない。


 そんなこと言ったら、ヨウちゃんは心配しまくるに決まってる。

 だからこれは。あたしの心の、深い深いところにある、ナイショ……。


 ヨウちゃんになにかあったとき、あたしは、羽のりんぷんをつかって、ヨウちゃんを守る。




『……綾……』


 目を閉じた胸の底に、低い声がひびいた。


『……綾……綾……きこえる……?』


 これ……夢?


 ほっぺたをなでているのは、部屋で風にゆれる、レースのカーテンのすそ?


 だけど、夢でもいい。

 夢でもいいから、ヨウちゃんの声をもっときいていたい。



『綾……。ハグはいまだ音沙汰ない。

 正直言って、このまま、もう出てこないんじゃないかって、期待してるオレもいる。

 綾とまた、いっしょになってもだいじょうぶなんじゃないかって……』



 すごい……。

 本物のヨウちゃんの声みたい。


 目をつぶったまま、あたしは頭の中で真っ暗闇を見まわした。


 ヨウちゃん?

 ヨウちゃん、どこかにいるの?

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