ナイショの妖精さん

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
371 / 646
6 ヤドリギの下で

60

しおりを挟む

 暗い木々が開けた。

 星空と丘が目の前に広がる。

 墓石たちが黒い影をつくってたたずんでいた。

 その中央で、巨木が両腕を天にのばしている。


「……外人墓地……」



「綾っ!」


 人影が走ってきた。

 ききなれた声に安心して、あたしはその場にへたりこんだ。


「……ヨウちゃん」


「だ、だいじょうぶかっ!?  あいつに何されたっ!?  肩? 肩が痛いのかっ!? 」


「ヨウちゃん、あたしのことはいいから。早く儀式……」


 あたしは、妖精たちの飛んでいく方をゆびさした。

 妖精たちは巨木のもとにあつまっている。ハグの体も巨木に引き寄せられていく。

 妖精たちが杖をおろした。木の根のそばの地面に、杖をつきたてる。


 あれはきっと……妖精たちの墓標……。


「わたしの杖を返せっ!」


 ハグが杖に手をのばす。


「と、取られちゃうっ!」


 あたしがさけんだのと同時に、横からヨウちゃんがとびだした。

 見る間にハグにかけより、ハグの体にタックルして、押し倒す。


「っ!」


 ふたり同時に、地面の上に転がった。

 ヨウちゃんが、ハグのえりもとをねじふせ、馬乗りになる。


 すぐ左横はお墓。

 ヨウちゃんのお父さんのお墓。


「ははは。いいぞ、ヨージ。早く、わたしをおまえの父親から追い出せ」


 ヨウちゃんの腕の下で、ハグが歯ぐきをむきだした。


「そのあと、わたしはすぐに、あの小娘の体に入る。あの小娘の妖精の体は、わたしをいともたやすく、受け入れてくれるからな」


 ヨウちゃんが奥歯をかみしめた。ハグをねじふせる腕から力が抜けていく。


「そんなこと、あたしさせないっ!」


 あたしもふらりと立ちあがった。

 痛い肩をおさえながら、巨木の下へ歩いていく。

 両手に力を込めて、妖精の墓標の杖を、ぐいと引き抜いた。


「あ、綾っ!? 」


 あたしは銀色のチョウチョの羽を背中に出して、ふたりの前で仁王立ちした。


「また、あんたなんかに入られるぐらいなら、こんな羽、切ってやるっ!! 」


 杖を思い切りふりかぶって、背中の羽の付け根に向かって、ふりおろす。


 目を見開くヨウちゃんとハグ。


 羽は、パッと夜闇に散って消える。



 墓地が静まり返った。


 オークの巨木が、ヤドリギを風にゆらしている。




「……な……なんてことを……」


 ハグのあごがガクガクと鳴った。

 あたしは、地面にまた、杖をつきさした。


「ヨウちゃん、早くっ!」


 ヨウちゃんが、ハッと身じろぐ。


「ラベンダーとサンダルウッドのミックスパウダーよ。この者の中に棲みし魂を、この者から分離せよっ!」


 とたん。


 外人墓地が、真昼のように光った。

 お墓のまわりに、虹色の円柱の壁が、そびえ立つ。


 その内側にいるヨウちゃんとハグ。

 あたしや妖精たちは円柱の外。


「うあぁあああああっ!! 」


 ハグの雄たけびが、夜闇をつんざいた。

 虹色の壁は、闇に吸われて消えていく。


 かわりに、木の幹に立てかけられている丸鏡が虹色に光った。


「ハグが……鏡の中にもどった……」


 ヨウちゃんはハアハアと息をついて、自分が馬乗りになっている人物を見おろしている。

 ヨウちゃんの下で、おとなの男性は、あおむけに横たわったまま、まぶたを閉じていた。


 腕も胸も動かない。持ち主の消えた、ただの入れ物――。


「……とうさん……」


 地面に落ちた懐中電灯が、ヨウちゃんの横顔を照らしだす。

 涙が一粒、ヨウちゃんの目からこぼれて、お父さんのほおに落ちる。



 ヨウちゃんは、ぎゅっと目を閉じた。


「この森をつかさどりし、ネミの王よ。その力の宿りし金枝を開放せよ。ここに現れし者の姿を、あるべき場所へ返したまえ」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
児童書・童話
妖精女王の逆鱗に触れた人間が妖精を見ることができなくなって久しい。 そんな中、妖精が見える「妖精に愛されし」少女エマは、仲良しの妖精アーサーとポリーとともに友人を探す旅の途中、行き倒れの青年貴族ユーインを拾う。彼は病に倒れた友人を助けるために、万能薬(パナセア)を探して旅をしているらしい。「友人のために」というユーインのことが放っておけなくなったエマは、「おいエマ、やめとけって!」というアーサーの制止を振り切り、ユーインの薬探しを手伝うことにする。昔から妖精が見えることを人から気味悪がられるエマは、ユーインにはそのことを告げなかったが、伝説の万能薬に代わる特別な妖精の秘薬があるのだ。その薬なら、ユーインの友人の病気も治せるかもしれない。エマは薬の手掛かりを持っている妖精女王に会いに行くことに決める。穏やかで優しく、そしてちょっと抜けているユーインに、次第に心惹かれていくエマ。けれども、妖精女王に会いに行った山で、ついにユーインにエマの妖精が見える体質のことを知られてしまう。 「……わたしは、妖精が見えるの」 気味悪がられることを覚悟で告げたエマに、ユーインは―― 心に傷を抱える妖精が見える少女エマと、心優しくもちょっとした秘密を抱えた青年貴族ユーイン、それからにぎやかな妖精たちのラブコメディです。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...