ナイショの妖精さん

くまの広珠

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4 何度、桜の季節が来ても

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「あ……そうか……バレンタインデー」


 うす暗くなった空気の中、ヨウちゃんの口からも白い息があがった。


「……オレも、いろいろありすぎて、わすれてた。……ありがとう」


 ヨウちゃんが両手をのばして、あたしの手の下から、箱を受け取る。


 ……もらってくれたっ!

 ほかのみんなのチョコは受け取らないのに、あたしのだけはもらってくれたっ!!


 なんかもう、浅山でのさみしさが、ぜんぶチャラになった気分。


「あ、あのねっ! そ、それからっ!」


 あたしはさらに、紙袋の中に手をつっこんだ。


「あ、あの、あたしのことも、もらってくださいっ!! 」


「は、はぁ~っ!? 」


 ヨウちゃんが大きくのけぞる。


「あ、綾っ!?  おまえ、な、なに言ってっ!? 」


「これっ!」


 紙袋の中のものをとりだして、両手でヨウちゃんの前にさしだす。両手のひらにすっぽりおさまるブリキ缶。上にバラの花みたいな、緑色の葉っぱが植わってる。


「これね、せ、せんべいびー、びーむっていう種類の葉っぱで……」


「カミカミじゃねぇか。ちょっと、よく見せてみろ」


 ヨウちゃんがあたしの手から、ブリキ缶を持ちあげた。うす闇に目をこらして、缶にさしてあるピックを見てる。


「センペルビウム……多肉植物……の属名か。で、名前が『綾桜』?」


「そう、あたしの名前なの!」


 あたしはぎゅっと、こぶしをかためた。


「これね、バラの花みたいでしょ? でも、葉っぱなんだって。しかもね、冬でも枯れない葉っぱなの。だから一年中、このままで咲きつづけるの。あのね、あたし、ヨウちゃんが大好き! この先、何度、桜の季節が来ても、ずっとずっと、ヨウちゃんのそばにいたいですっ!!

ヨウちゃんもおんなじ気持ちなら、この綾桜をもらってくださいっ!」


 ぺこっと、ヨウちゃんの前で頭をさげる。


 一気にまくしたてちゃったけど、だいじょうぶ? あたし、ちゃんと言えてた?


 まるで、プロポーズしてる男子みたい。

 ドクドク、ドクドク。今さら大きくなる心臓の音。


「は~、マジで心臓つぶされる……」


「え……?」


 顔をあげると、ヨウちゃんは左腕にチョコと綾桜を抱えて、右腕で自分の目元を隠してた。


「綾……おまえさ。さっきから、なんなんだよ。ただでさえ、きょう一日、おまえにはキュンキュンされっぱなしなのに……」


「……え? きゅんきゅん?」


 ヨウちゃんが腕を少しおろした。赤らんだ目が、まぶしそうにあたしを見てる。


「だって、綾……。綾だけは、無条件でオレのことを信じてくれたじゃねぇか。それにレモンバームまで、さがしてきてくれた。しかも、今のまんまのオレがいいとか……。そこまで言われてもう。こっちは、心臓崩壊寸前なのに……。それを必死で隠して、ここまで歩いてきたのに……。なんだよ。とどめ刺してんじゃねぇよ……」


 え……? なにそれ……?


 どうしよう。あたしだって今、キュンキュンしちゃってる……。



「綾、悪いけどこれ」


 ヨウちゃんの手がのびてきて、紙袋に、チョコと綾桜をつめもどした。


「ええっ!?  まさかの返品?」


「ちがう。ちょっとだけ、持ってて」


「……なんで……?」


 ふわっと、体があったかくなった。


 ――え?


 気づいたら、あたしは、ヨウちゃんの体に包まれてた。

 ほっぺたにくっつく、モッズコートのあったかい胸。ヨウちゃんちの柔軟剤のにおいがしてる。


「う、ウソっ!?  よ、ヨウちゃん? ダメだよ、ここ、人前っ!」


 だって、一本、道を出たら、車が行きかう大通り。あたしたちのいる住宅街は、人通りはないけど、でも、まわりの家の窓に、明かりがついてる。


「ね、ねぇ。ご近所さんに見られたら、まためんどくさいよ。それに、ママに見つかったら……」


「ごめん、今だけは許して。オレ……完全にノックアウト」


 ……ヨウちゃん。


 あったかい胸を引きはがすかわりに、あたしは、背中に腕をまわして、ぎゅっとしがみついた。


「……ヨウちゃん、ちゃんと帰ってきてね。ヨウちゃんのお父さんみたいに、急に消えちゃったりしないでね……」


「……消えねぇよ。だってオレ、ずっとずっと、おまえのそばにいなきゃなんないんだろ……?」


 あたしの後ろ髪をくしゃっとなでて、ヨウちゃんは手のひらに力をこめた。



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