ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 バレンタインデーは大好きなキミと

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 ランドセルを背中でゆらして。右手に小さな紙袋をさげて。

 朝の冷たい風が、きょうは澄んでいて気持ちいい。


 見あげたら、青い空。

 いつもと同じだけど、いつもとはちがう朝。

 登校してくる小学生の女子はみんな、目をキラキラ。お互い、はずかしそうに肩をぶつけあって。ひそひそ話をして。それからほっぺを赤くして、キャアキャア。


 だってきょうは、バレンタインデー。

 学校に私物は持っていっちゃいけない決まりなのに、きょうだけはみんな、決まりなんてわすれたふり。


 昇降口に入って、くつだなからうわばきを出して。

 チラッと「中条」と書かれたくつだなを見あげたら、すでにピンクの包みでいっぱいだった。

 ハートマークだったり。キャンディーボックスみたいにラッピングされていたり。

 どう見ても、中身はチョコ。


 うわ~……さすがヨウちゃん。


 で。校舎の中央階段を三階までのぼって。

 六年生の教室に入ったら。

 ヨウちゃんはまだ来ていないのに、ヨウちゃんのつくえの上だけ、チョコの山。


 大岩や杉田たちが、それを横目でチラチラ見てる。

 あたしっていうカノジョがいること、みんな知ってるのにな。なんでこう、ヨウちゃんばっかり、集中攻撃?


「……綾。廊下がスゴイことになってるぞ」


 真央ちゃんが教室に入ってくるなり、あたしに手招きした。


「ほぇ?」


 見たら、廊下を女子の集団がやってくる。

 とびかう、ピンク色の声。五年生も、四年生もいりまじって。

 めいめい、手に持っているのは、チョコの包み紙。

 よくきいたら、「中条く~ん」とか「チョコもらって~」とか言ってる。

 集団の真ん中からとび抜けている琥珀色の髪。台風の目みたいに、ヨウちゃんが眉をひそめて、ゆっくりと教室に近づいてくる。


「綾ちゃん、今年もすごい競争率だね」


 有香ちゃんも、集団を避けながら、教室に入ってきた。


「てか、下級生ばっかだな! あれかな? 中条が今年で卒業だから、色気づいたチビッ子どもが、最後のチャンスであつまってんのかな?」


「ああ、そうかもね~」


 腕を組んでのんきに会話する有香ちゃんと真央ちゃん。その前で、あたしは自分の紙袋をにぎりしめた。


 う……わたしにくい~……。


 だって、女の子たちが手に持っているチョコは、どれもオシャレにラッピングされてる。リンちゃんが持ってるのなんて、どう見ても、ケーキの箱だし。


 あたしのなんて……刻んで、別の型に流し込んで、かためただけ……。



「――だから、ワルイ。今年は受け取らない」


 教室に足を踏み入れると、ヨウちゃんは、廊下にたまった下級生たちに向き直った。


「え~? なんでですか~っ?」

「カノジョがいるからですか~?」

「でも、わたしのほうが、カノジョより本気で、中条先輩のことが好きです~」


「わたしも」「わたしのほうが」「わたしだもん」下級生の女子たちが両手でチョコをさしだしてくる。


「いや、ホント。ごめん」


 ヨウちゃん、女子たちにぺっこり頭をさげて。教室をふり返ったら、自分の席を見て、げっそり。


「うわ、マジかよ……。これ……全員に、あやまって返すのか……?」


「おい、葉児。何カッコつけてんだよ」


 大岩がやってきて、ひじで、ヨウちゃんのわきをつついた。


「おまえ、毎年、節操なく、だれからでももらってんじゃん。今年はなに? んなことして、そんな、カノジョにいいとこ見せたいわけ? ど~せ、そ~ゆ~自分に酔ってるだけだろ?『オレ、一筋、カッコイ~』って。見てるこっちがめんどくせ~から、ぜんぶもらっとけよ」


「……っ」


 ヨウちゃんが、わき腹を押さえてうずくまった。


「……へ?」


 大岩の目が点になる。


「お、おい。だいじょうぶか? オレ、そんな強くつついたっけ……?」


「い、いや、へ~き」


 わきを押さえてふらつきながら、ヨウちゃんが立ちあがる。腕をつくえにかけたとき、つくえの上から、チョコの山がくずれて、ゆかに落ちた。

 ヨウちゃんのこめかみが青白くなって、汗がにじんでる。


 ……なんで……?

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