ナイショの妖精さん

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
310 / 646
1 はじめまして、お父さん

4

しおりを挟む



 丸い小さな葉。ネコ草みたいに細長い葉。低木。

 高台のてっぺんにあるヨウちゃんちのお庭には、たくさんのハーブが植わってる。

 冬越しできる葉は、小さく刈り込まれてひっそりしていて。できない葉は、枯れて根だけにもどって、春が来るのを待っている。


 冬風が、三角屋根の風見鶏をゆらした。

 ヨウちゃんちの庭の小路を通って、自宅カフェ「つむじ風」のプレートがさがったドアを開ける。薪ストーブのあたたかい空気に包まれた。


「リズ? おつかいごくろうさま。お金、足りた? あら、葉児もおかえりなさい。綾ちゃん、こんにちは」


 薪の燃える香ばしいにおいと、ハーブの葉っぱのほのかな香り。

 白いひらひらエプロンをつけた小柄な女の人が、お客さんの席の横に立っている。

 あたしとあまりかわらないくらい若く見えるけど、たぶん三十代。ヨウちゃんのお母さん。ほっぺたにエクボをつくって笑ってる。


「おお、セイコ。ばっちりだよ。ほら、見てごらん。リンゴに、シュガーに、ミルクに、エッグ」


 ヨウちゃんのお父さんは、慣れた足取りでカウンターに入っていった。手にさげていたレジ袋の中身を、カウンターの上に、ならべはじめる。


「ありがとう、ばっちりね。悪いけどぜんぶ、冷蔵庫に入れておいてくれる? ――お客さま、お待たせしました。こちら、ローズティーとパンケーキのセットになります」


 ヨウちゃんのお母さんが、ティーカップをお客さんの前のテーブルにのせた。

 そしたら、すぐにお客さんが、身をのりだしてきた。


「ねえねえ、中条さん。もしかして、あちら、中条さんの旦那様かしら?」

「すごい、ステキじゃない。どこの国の方なの?」

「ねぇ、ハリウッドの俳優さんみたい。はじめてお会いしたわ~」

 向かいの席に座ったおばさんも、手前のおばさんふたりも。どう見てもうちのおばあちゃんと同じくらいの歳なんだけど。ほっぺたピンク色に染めて、女子高生みたい。


「まぁ、ありがとうございます~。主人は、イギリスの出身なんですよ。ずっと向こうに単身赴任してましてね。二日前に帰ってきたんです」


「……ヨウちゃん」


 あたしは、ヨウちゃんのモッズコートのそでぐちを、くんと引いた。

 ヨウちゃんは無言で、店の入り口から中を見ている。

 眉をひそめて、きびしい顔つき。


「ねえ……ヨウちゃんのお父さんって……亡くなったはずじゃ……」


 ぎゅっとこぶしに力を込めて、ヨウちゃんが歩き出した。


「綾、書斎に行くぞ。中で話す」


「う……うん」


 足早に階段をおりる背中を追いかけて、あたしも地下におりていく。


 ヨウちゃんの家は、つくりが少しかわってる。一階が自宅カフェ「つむじ風」のお店で、二階がヨウちゃんとお母さんの部屋。それから、地下に、ヨウちゃんのお父さんがつかっていた書斎がある。

 地下って言っても、地面にうまっているわけじゃない。海に面した崖のとちゅうにへばりついているから、広い窓があって、海を見わたせる。


 二週間前にいっぱいあった鳥かごは、物置にかたづけられていた。

 だから今は、部屋はガラリとしていて、南から西まで広がる窓のカーテンも、ちゃんと開け放されている。

 そびえる本だなと、その一角にならぶ虹色のビンをながめていたら、後ろでガチャンと音がした。

 部屋に入ってきたヨウちゃんが、ドアに内側から鍵をかけている。



「……え?」


 鍵をかけられたのなんて、はじめて。

 だけどヨウちゃんは、無表情でスタスタと入ってきて、お父さんのつくえの下にランドセルをおろした。


「父親は、生きていたんだ。妖精たちに助けられて、ずっと地下で暮らしていた」


「えっ!?  えっ!?  そ、そうだったのっ!?  それって、すごくよかったじゃん!」



「――って……かあさんには、話してる」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
児童書・童話
妖精女王の逆鱗に触れた人間が妖精を見ることができなくなって久しい。 そんな中、妖精が見える「妖精に愛されし」少女エマは、仲良しの妖精アーサーとポリーとともに友人を探す旅の途中、行き倒れの青年貴族ユーインを拾う。彼は病に倒れた友人を助けるために、万能薬(パナセア)を探して旅をしているらしい。「友人のために」というユーインのことが放っておけなくなったエマは、「おいエマ、やめとけって!」というアーサーの制止を振り切り、ユーインの薬探しを手伝うことにする。昔から妖精が見えることを人から気味悪がられるエマは、ユーインにはそのことを告げなかったが、伝説の万能薬に代わる特別な妖精の秘薬があるのだ。その薬なら、ユーインの友人の病気も治せるかもしれない。エマは薬の手掛かりを持っている妖精女王に会いに行くことに決める。穏やかで優しく、そしてちょっと抜けているユーインに、次第に心惹かれていくエマ。けれども、妖精女王に会いに行った山で、ついにユーインにエマの妖精が見える体質のことを知られてしまう。 「……わたしは、妖精が見えるの」 気味悪がられることを覚悟で告げたエマに、ユーインは―― 心に傷を抱える妖精が見える少女エマと、心優しくもちょっとした秘密を抱えた青年貴族ユーイン、それからにぎやかな妖精たちのラブコメディです。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

処理中です...