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episode.20

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至る場所にある水源のうちの一つは、エスト全域とガルブの一部区画へと流れ着き、人々はその原水を使って生活を営んでいる。

その水が病の原因だと発表されたのが数日前。どう言うわけか、水が湧き出る水源付近に外来種の根に毒を持つ毒花が群生し、その毒が水に溶け出し薄く薄く希釈されて人々の元へと辿り着いていた。

直接誤飲でもしようものなら即死もありえる猛毒だが、何倍にも薄まったおかげで今回のアレルギーのような症状を多くの人にもたらす結果となった。

飲めば即死の劇薬にならなかったのは不幸中の幸いと言えよう。とはいえ毒は毒。

毒花は取り除かれ、水質調査の結果再び安全が保証されたのだが、見た目や匂いが変わるわけでも無く、人々の疑心暗鬼は続き、エストでは以前はほとんど需要の無かった僅かに薬品の匂いがする消毒された水が高値で売買されているという。

ソフィアの薬屋も平穏を取り戻し…間違えた、超多忙から多忙へと元の生活を取り戻し、今日も今日とて泣き喚く子供から肝の据わった老人まで多くの人々が訪れている。

「すげー楽に感じるから不思議だよな。もう麻痺してんだな体が」

もはや暇じゃん、などと漏らすカストだが、本当にあの怒涛の連日に比べたら今までのこれはこんなにも余裕のある日々だったのかとソフィアもおかしくなっている。

その余裕は余計な思考を生み出し、ソフィアは1日に何度も1人で赤面する日々を送っている。

あとほんのわずか、少しでも身動きを取ろうものなら間違えて触れていたかもしれないリディオの唇。

リディオの壮絶な煩悩との格闘の末、遂にその熱が触れ合う事は無かったのだが、万が一を考えてそうする事を死ぬ思いで耐えたリディオのあの舌打ちは見事だった。

まさに冷酷騎士、舌打ちの似合う男No.1。苛立っているのを隠しておらず、だが自然と恐怖を感じるものでは無かった。

くそっ、と心底不満そうに漏らすリディオの姿はちょっと珍しい。

あの表情を思い出すと、頭がぽわぽわとぼんやりし出す始末。

「……ふぃ…おいソフィ!聞いてんのか?」

「!?」

視界の全面にカストの不審そうな顔がババンと映って、ソフィアは驚いてちょっと身を反らした。

もしや、寝ていた?先程頭をよぎったリディオの顔が想像だったか夢だったか定かでは無い。

「なっ…なに…?」

あっぶねー、と内心冷や汗をかきながらソフィアは返事を返すも、カストの表情は余計に険しくなった。

「寝てたぞ」

「うっ…」

ソフィアとしてはギリギリセーフのつもりだったのだが、どうやらアウトらしい。

「すみません…」

「大丈夫かよ、ったく~」

以後気をつけます、はい。

年上は、雇い主はどちらだったろうか。これではソフィアの薬師としての威厳はマントルに届きそうなほど落ちてしまっていそうだ。

ソフィアは客足の途絶えた今のうちにと、いそいそと薬棚の整頓を始めた。



⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎

「だいぶ良くなってきましたね」

「ああ。ここも随分落ち着いたな」

「はい、リディオさんが来る時は患者が1人増えるくらいです」

「……患者と恋人を兼任してるんだ。今だけ」

夕暮れ時、カストと入れ違いでやって来たのはソフィアの恋人、冷酷騎士リディオ。

恋人……恋人かぁ…と頭で繰り返すソフィアだが、分かったようでいまいち分かっていない。誰かを好きだと思う事自体、リディオが初めてだ。

冷酷無慈悲だなんて言われている彼は、さぞ感情のない冷たい男かと思えば、自分がソフィアの恋人であると堂々宣言してくるくらいには甘い。

カストが作り置いていったものとリディオが買って持ってきた物を互いに分け合って夕食を摂る。

今までと大差ないのだがやはり2人の間では何かが変化しているのは違いなかった。

それが何なのか、ソフィアにはいまいちよく分からないのだが。

それはそうと、空腹が満たされれば襲ってくるものがある。そう、眠気だ。

夜に寝られていない訳ではないのだが、蓄積した疲労を癒せるほどでは無く、常に疲れを感じる負のスパイラル。

行儀が悪いとは知りつつも、食卓に両肘を突き、顔を支えるとすぐに10秒と待たずに微睡んでしまう。そんな様子をリディオが見逃すはずも無い。

「ソフィア」

ハッと目を開けるソフィアの目にはこっちに来いと手招きをするリディオが映る。思考力の鈍っているソフィアはまるで糸を手繰り寄せられる操り人形のようにそちらへと導かれる。

「はい?」と返事をしたその瞬間にリディオに腕を引かれたソフィアは、見ている世界がぐるんと回って、気づいたら天井を映し、僅かに視線をずらすとリディオがこちらを見下ろしている。

仰向けにされたソフィアだが、体に衝撃は無く、それどころか丁度いい枕まで………。

枕……?

「なっ…!?」

「誰か来たら起こすから少し休め」

そんな事を言われても、これでは逆に目が覚める。だって今、ソフィアの枕はリディオの太ももなわけで、こんな至近距離で寝顔を晒すなんてとてもとても…。

と言うかこれでは逆に目が覚める。

「折角リディオさんが来ているのに、寝るのは少しもったいないです」

「眠そうにしていただろ。俺の前では強がらなくて良いと言ったはずだ」

「………でもリディオさん、患者さんじゃないですか」

「患者の時間はもう終わった。患者なら誰とでも共に食事をするのか?お前は」

「しませんけど」

やはり、眠ってしまうのは惜しい。そう思うのに、リディオから伝わる体温が心地いいからか、余計に眠気に誘われ、結局はそのまま夢の世界へと誘われるのだった。


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