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episode.19③

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少し自分とソフィアを落ち着かせようと、リディオは深く長く深呼吸をした。

伏せていた目を開くと、まっすぐにソフィアを見据えた。

「誤魔化してなどいない。言葉のままの意味だ。それに、逃げたのはお前だろう」

責めるリディオの瞳と視線を合わせていられず、ソフィアは気まずそうに視線をずらした。

「だってリディオさん、いつも思わせぶりな事言って、いつもそういう意味じゃないじゃないですか」

「いつそんな事言った」

「いつもです!!!!!」

そんなにいつもではないのだが、もうこうなると、リディオが頻繁に怪我でもないのにこの薬屋を訪れる事がそういう事だ。

全くけしからん。こんなのはどうやったって勘違いするに決まっているじゃないか。抱き締めたりしてくるし。

「とにかく!そういう事言って期待させるのはやめてください!私に気があるんじゃ無いかと間違えそうになります!私も一応…お、女なんですからね!」

全くもう!と言い放った攻撃は、リディオには1ミリも効いていなかった。その証拠に表情はケロリとしている。

これではむしろ、ソフィアがリディオの事を意識していると暴露したようなものだ。

ああ、なんて事を。疲れと眠気で人格崩壊&まともに頭が働いていない。

あぁあぁと頭を抱えるソフィアに、リディオは何でもない世間話かのように言葉をかけた。

「お前に気があるんだから、そう思われるように振る舞うのは当然だろ」

…………………………。

「なっ!?」

なん……だって…?

まるで時間が止まったかのようにソフィアは瞬きも呼吸すらもせず、ピタリと固まった。

「か、揶揄ってるんですか!こんな時に!」

「いや。俺も今言うつもりはなかったが揶揄ってはいない」

「じ、じゃあ何だって言うんですか!?」

「だから、お前が好きだと言っているんだ」

目と口から、それぞれ目玉と心臓が飛び出しそうな程、あんぐりと見開いているソフィアに構わずリディオは続けた。

「むしろ思わせぶりなのはお前の方だ。警戒心なく俺の事をのこのこと部屋に上げて、この手に触れても何ともないような顔をして。弱っているような顔を見せておきながら、絶対に俺の前では弱音は吐かない。お前にとって俺は特別じゃ無いと言ってくるんだ。揶揄っているのはお前の方だろう」

「なっ!そんなことしてません!!私は薬師だから、誰かの前で弱音を吐くのは、許されないんです」

「なぜだ。薬師だって辛い時はあるだろう」

「だからって私が弱気でいたら、患者さんまで不安になります!」

「俺は患者じゃない」

なぜこんな口論になっているのか。立ち上がり、ヒーヒーと息を荒げるソフィアとは対照的に、リディオはあぐらをかいて涼しそうにしている。

「…座れ。落ち着いて話をしよう」

癇癪を起こして地団駄を踏む子供に聞かせるように諭されると、ソフィアの熱も幾分かは冷めて、従うしか無かった。

「し、心配をしていただけです…。リディオさんだって症状が出てるし、重症化する条件も分かってないのに、危ない所にいるから…」

「俺の事を案ずるのは、薬師だからか?それとも、俺のことが好きだからか?」

ドンッとまたしても心臓が高鳴る。なぜこの人はこうも強気なのか。まるで答えを確信しているようだ。

「くっ…薬師だから…です……」

「それだけか?」

「……………」

ほら、それだけじゃ許してくれないじゃないか。ソフィアと同じく、それ以上を望んでくるじゃないか。

「両方です」

なけなしの勇気を振り絞って、細々と絞り出したソフィアの答えに、満足そうな吐息と共にリディオの手がソフィアの頭を撫でる。

これでは良くできましたと犬を褒めるのと大差ない。バルトロは、リディオは犬の世話なんかしないと言っていたが、こう言う人に限って家では愛玩動物に赤ちゃん言葉で話しかけていたりする。事もある。だがそれが心地良くて拒めるわけなど無かった。

「話を戻すが」

「へ?」

急に切り替えられた雰囲気にソフィアは取り残されそうになる。いつまでも甘ったるい雰囲気の中にいるのもそれはそれで居心地が悪いのだが、こうも早いものか。

まあ良いやとソフィアは何とかリディオを見上げた。

「俺は患者としてここに来ているんじゃないんだ。特にこれからは」

「……………はあ…?」

「疲れた時は疲れたと、辛い時は辛いと言って良いんだぞ」

「……………」

先生の弟子として、ガルブの薬師として、誰かの前で弱音を吐く事は許されなかった。それが先生からの期待に応える事だと思ってソフィア自身がそれを許していなかった。

それでも、誰かに知って欲しいとずっと思っていた。

まるで見透かしたようなリディオの言葉は、そうする事をずっと禁じて来たソフィアをいとも簡単に誘惑した。

「……………疲れました…」

その一言は、リディオが自分の身勝手ではなくソフィアを抱きしめる十分な理由だった。

「ああ。お前は良く頑張っている」

「………見てないくせに」

一度崩壊させたダムはもう水の流れを止められはしない。ソフィアの悪態も、これまで人前で禁じてきたものの一つだ。

「お前が手を抜いているところを見たことがない。見ていなくても分かる。眠そうな顔だしな」

もはや今更なのだが、眠気で白目を剥いているような、そんな顔はリディオには見られたくない。

今回の流行り病は、症状の急変が少ないのか、夜の急患はほとんど無いのだが、昼間に押し寄せる患者のために薬を作ったり、やっぱり急患があるかもしれないと頭の片隅にある事によって眠りは浅い。

今も目の下には立派なクマが隠されもせずリディオと対面しているに違いない。

それでもやはり、少しでもまともな状態でありたいのだ。だってリディオの事が好きだから。

「そんな顔してません」

「そうか?見せてみろ」

抱きしめられていた事によって顔が見えなくて良かったのに、あっさりと離れられて逸らせないように頬を支えられる。

まじまじと見られる事に耐えきれなかったソフィアは逃げるように目を瞑ると、リディオの吐息を先程より間近に感じた。

キ、キス…!?キスだ!!と内心てんやわんやのソフィアだが、表面上ではぎゅっと目を瞑って固まる以外に出来ることは無かった。

が、待てども待てどもその感触は無く、薄目を開けたソフィアだったが、まだリディオの顔が物凄く間近にある事を知って再び目を閉じる。

重苦しいリディオの声がソフィアの唇を掠めた。

「こういう接触で、症状は感染すると思うか?」

「ん」

明確な答えなど、現時点で誰が知るだろうか。人から人への感染はなさそ・う・だ・という曖昧な情報しか無い。では濃厚な接触ではどうか。例えばお互いの粘液が触れ合うような……。

答えられないでいるソフィアに、まだ諦められないリディオはその隙間5mmを慎重に保っていたのだが、僅かに触れてくるソフィアの吐息に理性が無くなる前にその身を離したのだった。

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