過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと

文字の大きさ
上 下
17 / 26

episode.16

しおりを挟む
「こっ……これは………!」

ソフィアの薬屋の裏手には小さな薬草畑があるのだが、半分ほど持て余されていた敷地はこのためにあったのだとソフィアは初めて知った。

「野営は初めてか?」

「初めてです!そんな余裕も道具も、一緒にやる人も居なかったので!」

それがどうした事か。炭で火が起こされ、既に料理長カストとバルトロが何か作り始めていて良い匂いがする。

店の裏の敷地を貸して欲しいと言われた時はなんの事かと思ったけれど、今日はサンドロの壮行会だと言う。

「旅先ではその時知り合った現地の人と、こんな風に外で過ごす事も多いヨ。古い文化を重んじる種族なんかは特にネ」

「へぇ~!外で食べるなんて私、食べ歩き以外は本当に初めて」

長い時間店を空けることが出来ないから、外食もした事がないソフィアにとって、外で食事をするのは凄く特別な事だった。

「店の裏なら、万が一何かあってもすぐに動けるだろう?」

「はい、ありがとうございます」

バルトロから、これを提案したのはリディオだと聞いた時は何か聞き間違えたかと思って聞き返す程、驚いた。

まず、いつの間にかリディオとサンドロが仲良くなっている事に驚いた。

「ソフィちゃん!もう良い感じだよ、食べよう!」

「わぁ~!美味しそうです!!」

「俺とバルトロさんで作ったんだから、美味いに決まってるだろ」

「はい、料理長!いただいてもよろしいでしょうか!」

「………よし、食え」

「いただきます!」

「あはは」とバルトロが軽く笑う。楽しい。こんなくだらないやり取りが、いつにも増して楽しい。

「うん!美味しい!サンドロも食べてみて!リディオさんも」

年甲斐も無くはしゃいでしまうのを、今日だけは許して欲しい。

サンドロとリディオも歩み寄ってきて、カストが偉そうに取り分けている。こんなに楽しいとは……。

ふとバルトロがソフィアに視線を向けると、「ソフィちゃん」と呼びかける。

「はい?」

「ここ、付いてるよ」

「えっ…!?ど、どこですか!?!?」

「ああ違う、こっちこっち。……はい取れた」

「ありがとうございまーーー」

はしゃぎすぎて口の横に付けてしまっていた米粒を取ってくれたバルトロは、そのままそれを自分の口に含んだ。

それを見たソフィアは、ボッと顔に火が灯る。固まったソフィアにバルトロは「なに?」と全く気にする様子もなく微笑みかけていた。

はしゃぎすぎた…。びっくりした。口の横についた食べ物を取ってあげたら自分で食べるのが野営のルールなのだろうか。

「ソフィは、バルトロが好きナノ?凄く赤くなってル」

「へっ!?い、いや違う!!」

「え~?違うの~?ショック~~~」

「!?!? バルトロさん!揶揄わないでください!!」

サンドロと言いバルトロと言い、人を揶揄って遊ぶなんて酷いものだ。バルトロなんて絶対にソフィアがそう言った話題に弱いのを知ってやっている確信犯だ。

サンドロは………

「ねえ、カスト?君はソフィの好きな人の事知ってるノ?バルトロ?それとも居ないなら僕にチャンスはあるカナ?」

「俺、本人の前で余計な事言うなって言われてるから」

「……………いやーーーーーーーーーーーー!!」

はしゃぎ…すぎている………。

ソフィアはダラダラと冷や汗を垂らしながらカストをとっ捕まえて、そのままズルズルと輪の中から外れた。

「余計な事言わないでって!」

「言ってねえだろ」

「言ってる!!めちゃくちゃ言ってるよ!!!わざとでしょ!」

「はあ?」

こんの、生意気爆弾小僧め。無自覚なのが腹立たしい。ぐぬぬと奥歯を噛み締めていると、サンドロが「おーい」と呼び立てる。

「ソフィ!早く食べないと焦げるヨー!」

!!

それは良くない。

「い、今行きます!」

最後にもう一度、「絶対に変な事言わないで!!」とカストに釘を刺して、刺しても心配だけれどソフィアとカストは戻った。

「……あれ?リディオさんは?」

「ああ、ベルの音が届いてなかったら大変だから表の様子を見てくるって。」

「ええっ!?それは私の仕事なので私が行かないと!」

「大丈夫でしょ。何かあれば呼びに来るって」

「ダメですよ!ここは私の店なので、皆さんは本当はお客様なのに、準備から何から全部やってもらっちゃってますし!」

「ほとんど乗り込んできた様なものでしょ」

「いえ!私も様子を見てきますね」

何でもかんでもやってもらってばかりでは駄目だと、ソフィアはパタパタと駆け出す。第一、薬師は自分だ。つまり、来客を確認しに行くのも自分の仕事だ。

小さな店の角を曲がると、リディオは店の入り口で夜空を見上げていた。

ソフィアの足が止まる。

細い首筋………男の人の喉仏はあんなに出っ張るのか。
細く見えるけど、捲られた袖から覗く腕は、しっかり鍛えてある。
何より、月明かりに照らされるリディオの横顔に見惚れない人なんて………。

「どうした?」

リディオが月を見上げたまま問う。別に隠れていた訳じゃないし、気配で誰かが…自分が来たと分かったのだろう。

「リディオさんが店の様子を見に行ったと聞いて」

「ああ。誰も来ていなかった」

「そうですか。良かったです」

ソフィアはリディオの隣に並ぶと、リディオに倣って月を見上げた。

満月には少し欠けているが、今日は月明かりが一段と明るい気がする。

「お前、バルトロに気があるのか?」

「えっ…ええっ!?な、無いですよ!なんですかもう、リディオさんまで」

ここでようやくリディオが視線をソフィアに向けた。チラリと目が合って、すぐに居た堪れなくなったソフィアが目を逸らす。

「でも、誰か想う相手はいるんだろう?」

「……………」

ソフィアは口をパクパクとするだけで、いるともいないとも答えられなかった。だって、その相手は今目の前にいるリディオだから。

「そうか」

ソフィアは何も言っていないのにリディオは何故か一人で納得して再び夜空を見上げた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです

朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。 取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。 フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、 王太子妃候補になれるほど家格は高くない。 本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。 だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。 そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。 王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

処理中です...