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episode.12

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リディオが王都を離れて1ヶ月と1週間が経った。

ソワソワと落ち着かない日々を過ごすソフィアの元へ、とある人物がやってくる。

「ソフィ!おはよう!」

「お、おはようサンドロ…」

「良い天気だネ!今日も忙しいノ?」

「ああ、うん…多分ね」

ヘイヘーイ!と朝からハイテンションでやってきたのは自称冒険家のサンドロ。先日、自分で採ったという山菜を食べて食あたりし、腹痛で動けなくなっていた所を鍛冶屋のおじさんが担いでソフィアの所へ連れてきた。

症状は3日ほどで改善したのだけれど、以降、お礼に食事に行かないかとしつこく誘われている。

食事だけならまだしも、「僕と一緒に旅に行こうヨ!」と言い出した時には驚いて開いた口が塞がらなかった。

「僕の旅の話を聞いたら、きっとソフィも行きたくなるノニ」

「あー、うん。話は聞きたいけど、旅は…どうかな?」

「楽しいヨ?海はどこまでも繋がってル!ソフィは海、嫌いナノ?」

「海は好きだけど、私はここを離れるわけにはいかないから」

「どうして?薬剤師ならソフィの他にもいるヨ!誰か代わりにやってくれるヨ!」

「う、うん………」

サンドロが何気なく言った、代わりがいるという言葉に、ソフィアはなぜか心がモヤモヤしてうまく笑い返す事が出来なかった。

ソフィアは先生の亡き後、1人であの店とこの地を、できうる限りを尽くして守ってきたつもりだ。

未熟者であることに違いは無い。王宮薬剤師、例えばジャンがこの店で働くことになったとしても、相応に薬師としての仕事をするだろう。

でもソフィアは慢性的な症状がある人の事は全て頭に叩き込まれているし、近所の子供の事は病気だけじゃなく、成長過程も含めて診ている。

これは、プライドだ。私は先生の一番弟子にしてガルブ唯一の薬師だ。

「私は旅には行かない」

「……どうして?旅先でも風邪とか怪我とか、困っている人はいるヨ。薬師としても働けル」

「私はここの薬師だから、ここの人達を私なりに守らなきゃいけない」

「それは、他の人にも出来るヨ。でもソフィア自身に代わりはいないデショ」

いつの日か、あれは先生が亡くなってまだ間もない頃だった気がする。ここから逃げ出してしまいたいと夜な夜な泣いていた事がある。

もしもあの時にサンドロに出会っていたら、全てを投げ捨てて逃げ出していたかもしれないと思うのに、じゃあ今はどうかと考えると、おかしな事にここが自分の居場所だと既に決めてしまっている。

「よく見てサンドロ。私はあなたと一緒に旅に出る事を望んでいないよ」

「………僕は君を連れて行きたい。世界は広いヨ?君に見せたい」

「私はどこにも行かない、ガルブの薬師なの」

「君は頑固者だヨ。薬師の代わりなら他にもいるって何度も言っているノニ」

スンと懐かしい匂いがソフィアの鼻を掠めた。

「代わりは他の誰にも務まらない。頑固者はお前だ。立ち去れ」

「!?」

サンドロとの話も押し問答が繰り広げられ、どちらか一方が折れなければ収拾が付かない状況のところに、意外な救世主が現れてソフィアは息を飲んだ。

ソフィアの半歩前に現れた少し癖のかかった黒髪で背の高いその人の事は、顔を見ずとも誰か分かる。

その姿はソフィアが数日前からそろそろ帰って来るのでは無いかと思ってソワソワし始めた原因の人物。

リディオさん…!

いつの間に帰ってきていたのだろうか。今日は休みなのか騎士服では無かったものの、腰には西洋剣を携えている。

リディオである事に違いは無いが、その姿はまさに冷酷無慈悲な騎士で、冷たい視線がサンドロに向けられていた。

「僕はただ、彼女と話をしていただけだヨ!」

「お前の提案は断られただろう。これ以上しつこくするなら業務妨害だ。見ろ、患者が待っている」

リディオの言葉でソフィアも初めて周りに目を向けた。店先で話し込んでいたせいで注目の的になっている。

「…………それは、悪かったヨ。また出直す」

とぼとぼとその場を立ち去ったサンドロを避けるように道が開かれて待っていた患者が遠慮がちに近づいて来る。

「話の途中で悪いね、ソフィ」

「ううん!こちらこそ待たせてごめんなさい。すぐに診るわ、中に入って」

子供を背負った母親を先に店の中に入れて、ソフィアはリディオの方に振り向いた。

「すみませんリディオさん」

「はやく診てやれ。俺の事は後でいい、今日は休みだ」

今日はここで休んでいく、と遠回しな言い方にも慣れたソフィアはリディオが変わりない事にひとまず安堵して微笑んだ。

「何も無いですけど、どうぞ」

「ああ」

店に入って行こうとするリディオを、「あ!」とソフィアは引き止めた。何かあるのかとリディオが振り返る。

「おかえりなさい、リディオさん」

「………ああ、ただいま」

リディオのぎこちない返事を聞き届け、ソフィアも後に続いた。

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