13 / 26
episode.12
しおりを挟むリディオが王都を離れて1ヶ月と1週間が経った。
ソワソワと落ち着かない日々を過ごすソフィアの元へ、とある人物がやってくる。
「ソフィ!おはよう!」
「お、おはようサンドロ…」
「良い天気だネ!今日も忙しいノ?」
「ああ、うん…多分ね」
ヘイヘーイ!と朝からハイテンションでやってきたのは自称冒険家のサンドロ。先日、自分で採ったという山菜を食べて食あたりし、腹痛で動けなくなっていた所を鍛冶屋のおじさんが担いでソフィアの所へ連れてきた。
症状は3日ほどで改善したのだけれど、以降、お礼に食事に行かないかとしつこく誘われている。
食事だけならまだしも、「僕と一緒に旅に行こうヨ!」と言い出した時には驚いて開いた口が塞がらなかった。
「僕の旅の話を聞いたら、きっとソフィも行きたくなるノニ」
「あー、うん。話は聞きたいけど、旅は…どうかな?」
「楽しいヨ?海はどこまでも繋がってル!ソフィは海、嫌いナノ?」
「海は好きだけど、私はここを離れるわけにはいかないから」
「どうして?薬剤師ならソフィの他にもいるヨ!誰か代わりにやってくれるヨ!」
「う、うん………」
サンドロが何気なく言った、代わりがいるという言葉に、ソフィアはなぜか心がモヤモヤしてうまく笑い返す事が出来なかった。
ソフィアは先生の亡き後、1人であの店とこの地を、できうる限りを尽くして守ってきたつもりだ。
未熟者であることに違いは無い。王宮薬剤師、例えばジャンがこの店で働くことになったとしても、相応に薬師としての仕事をするだろう。
でもソフィアは慢性的な症状がある人の事は全て頭に叩き込まれているし、近所の子供の事は病気だけじゃなく、成長過程も含めて診ている。
これは、プライドだ。私は先生の一番弟子にしてガルブ唯一の薬師だ。
「私は旅には行かない」
「……どうして?旅先でも風邪とか怪我とか、困っている人はいるヨ。薬師としても働けル」
「私はここの薬師だから、ここの人達を私なりに守らなきゃいけない」
「それは、他の人にも出来るヨ。でもソフィア自身に代わりはいないデショ」
いつの日か、あれは先生が亡くなってまだ間もない頃だった気がする。ここから逃げ出してしまいたいと夜な夜な泣いていた事がある。
もしもあの時にサンドロに出会っていたら、全てを投げ捨てて逃げ出していたかもしれないと思うのに、じゃあ今はどうかと考えると、おかしな事にここが自分の居場所だと既に決めてしまっている。
「よく見てサンドロ。私はあなたと一緒に旅に出る事を望んでいないよ」
「………僕は君を連れて行きたい。世界は広いヨ?君に見せたい」
「私はどこにも行かない、ガルブの薬師なの」
「君は頑固者だヨ。薬師の代わりなら他にもいるって何度も言っているノニ」
スンと懐かしい匂いがソフィアの鼻を掠めた。
「代わりは他の誰にも務まらない。頑固者はお前だ。立ち去れ」
「!?」
サンドロとの話も押し問答が繰り広げられ、どちらか一方が折れなければ収拾が付かない状況のところに、意外な救世主が現れてソフィアは息を飲んだ。
ソフィアの半歩前に現れた少し癖のかかった黒髪で背の高いその人の事は、顔を見ずとも誰か分かる。
その姿はソフィアが数日前からそろそろ帰って来るのでは無いかと思ってソワソワし始めた原因の人物。
リディオさん…!
いつの間に帰ってきていたのだろうか。今日は休みなのか騎士服では無かったものの、腰には西洋剣を携えている。
リディオである事に違いは無いが、その姿はまさに冷酷無慈悲な騎士で、冷たい視線がサンドロに向けられていた。
「僕はただ、彼女と話をしていただけだヨ!」
「お前の提案は断られただろう。これ以上しつこくするなら業務妨害だ。見ろ、患者が待っている」
リディオの言葉でソフィアも初めて周りに目を向けた。店先で話し込んでいたせいで注目の的になっている。
「…………それは、悪かったヨ。また出直す」
とぼとぼとその場を立ち去ったサンドロを避けるように道が開かれて待っていた患者が遠慮がちに近づいて来る。
「話の途中で悪いね、ソフィ」
「ううん!こちらこそ待たせてごめんなさい。すぐに診るわ、中に入って」
子供を背負った母親を先に店の中に入れて、ソフィアはリディオの方に振り向いた。
「すみませんリディオさん」
「はやく診てやれ。俺の事は後でいい、今日は休みだ」
今日はここで休んでいく、と遠回しな言い方にも慣れたソフィアはリディオが変わりない事にひとまず安堵して微笑んだ。
「何も無いですけど、どうぞ」
「ああ」
店に入って行こうとするリディオを、「あ!」とソフィアは引き止めた。何かあるのかとリディオが振り返る。
「おかえりなさい、リディオさん」
「………ああ、ただいま」
リディオのぎこちない返事を聞き届け、ソフィアも後に続いた。
22
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

辺境の薬師は隣国の王太子に溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
一部の界隈でそれなりに有名だった薬師のアラーシャは、隣国に招かれることになった。
隣国の第二王子は、謎の現象によって石のように固まっており、それはいかなる魔法でも治すことができないものだった。
アラーシャは、薬師としての知識を総動員して、第二王子を救った。
すると、その国の第一王子であるギルーゼから求婚された。
彼は、弟を救ったアラーシャに深く感謝し、同時に愛情を抱いたというのだ。
一村娘でしかないアラーシャは、その求婚をとても受け止め切れなかった。
しかし、ギルーゼによって外堀りは埋められていき、彼からの愛情に段々と絆されていった。
こうしてアラーシャは、第一王子の妻となる決意を固め始めるのだった。
シスコン婚約者の最愛の妹が婚約解消されました。
ねーさん
恋愛
リネットは自身の婚約者セドリックが実の妹リリアをかわいがり過ぎていて、若干引き気味。
シスコンって極めるとどうなるのかしら…?
と考えていた時、王太子殿下が男爵令嬢との「真実の愛」に目覚め、公爵令嬢との婚約を破棄するという事件が勃発!
リネット自身には関係のない事件と思っていたのに、リリアの婚約者である第二王子がリネットに…

「一緒にいると楽になる」体質の薬師は、虹の騎士様に気に入られています。
三歩ミチ
恋愛
薬師エレミア・パールは、「人の痛みを引き受けてしまう」というちょっと特殊な体質のせいで、街外れに小さな店を構えている。
ある日店に騎士様がやってくると、全身強烈な疲労感に襲われた。つまりそれは、この騎士が、酷い慢性疲労に悩まされているということ。
まさか「あなたが来ると全身怠くなるので困ります」とは言えないエレミアと、「一緒にいると楽になる」と言って通い詰める「虹の騎士」レナード。どうやらエレミアは、彼に気に入られてしまったようです。
※「小説家になろう」様にも掲載。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです
石河 翠
恋愛
男の趣味が悪いことで有名な家に生まれたアデル。祖母も母も例に漏れず、一般的に屑と呼ばれる男性と結婚している。お陰でアデルは、自分も同じように屑と結婚してしまうのではないかと心配していた。
アデルの婚約者は、第三王子のトーマス。少し頼りないところはあるものの、優しくて可愛らしい婚約者にアデルはいつも癒やされている。だが、年回りの近い隣国の王女が近くにいることで、婚約を解消すべきなのではないかと考え始め……。
ヒーローのことが可愛くて仕方がないヒロインと、ヒロインのことが大好きな重すぎる年下ヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:266115)をお借りしております。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

ヒロインが私の婚約者を攻略しようと狙ってきますが、彼は私を溺愛しているためフラグをことごとく叩き破ります
奏音 美都
恋愛
ナルノニア公爵の爵士であるライアン様は、幼い頃に契りを交わした私のご婚約者です。整った容姿で、利発で、勇ましくありながらもお優しいライアン様を、私はご婚約者として紹介されたその日から好きになり、ずっとお慕いし、彼の妻として恥ずかしくないよう精進してまいりました。
そんなライアン様に大切にされ、お隣を歩き、会話を交わす幸せに満ちた日々。
それが、転入生の登場により、嵐の予感がしたのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる