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episode.06
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もはやソフィアの薬屋にリディオがいる事に違和感を覚えなくなりつつあるのだが、やはり異質な事に変わりはない。
「ソフィや、良い男を捕まえたじゃないか。随分男前だ」
「!? い、いや!捕まえたとかじゃないのよ!」
「そう照れなくても良いじゃないか。先代が喜ぶよ」
「お、おばあさん!本当に違うから!妙な噂が流れたらリディオさんの迷惑になるから!ね?」
先生が現役だった頃から良くしてもらっている近所のお婆さんは、ソフィアの事も幼少の頃から知っていて、ソフィアにとってはまさにお婆ちゃんと言っていい。
先生が亡くなった後もソフィアの事を何かと気にかけてくれているが、前々から膝が悪くて定期的にこの薬屋を訪れるのだ。
そしてなぜかこの薬屋で休日を過ごす事も増えたリディオとたまたま出会したと言うわけなのだが…。
「お前さん、リディオと言うのかい」
「ああ」
「仕事は?」
「王宮騎士だ」
「おやおや、騎士様かい?どうりで良い体つきだ。モテるだろう?」
「そんな事はない」
「ちょっと!おばあさん!!!」
なんだか聞いているこちらが居た堪れなくなる。怖いもの知らずと言うか、お節介と言うか…とにかく聞いているこちらがハラハラする。
もう薬は手渡したと言うのに全然帰らない。
「ソフィは働き者でいい子だろう?」
「ああ」
「だがそのせいで男はまるっきりなんだよ。弟子でも取れば良いんだがね。顔もほら、少しやつれているが悪くないだろ?化粧をすればもっと良くなる」
「そうだな」
「ちょちょちょっ!!ちょっと!」
もうやめてくれ、限界に恥ずかしい。
いくらお世辞でも慣れていないソフィアにとっては刺激が強すぎる。
もう勘弁して~と降参の白旗を振ると、おばあさんはやっと観念して帰って行った。ソフィアは悲鳴のようなため息のような「ひふぃ~」と言う変な吐息が漏れた。
「すみませんリディオさん。気にしないでくださいね」
「ああ」
いつも通りの端的な返事を聞いて、慌てているのは自分だけだとソフィアも心を落ち着かせようと深呼吸をした。
来客が途切れたらその合間に薬の調合をする。
やはり多忙を極めているソフィアに、いち段落という言葉は無いと言っていい。
わざわざこんな所に来たってつまらないだろうにと思うのだが、リディオは読書をして過ごしている。
ちなみに今日の差し入れは胡麻団子だった。
「お前に、そのつもりは無いのか?」
「へっ!?!?」
そのつもりって、どのつもりか。まさかおばあさんが言っていたような、その、男女の…という話か!?
リディオにはそのつもりがあるという事なのかとソフィアは息を飲んだ。
固まっているソフィアにリディオがスッと視線を向ける。
まさかまさか、そんなバカなと思っていても高鳴る心臓を止める術をソフィアは知らなかった。
「弟子を取るつもりは無いのか?」
「…………………え」
ほらな、そんなバカな話があるわけが無いと、ソフィアは店のカウンターテーブルにゴチンと勢いよく突っ伏した。
恥ずかしい。あまりにも妙な勘違いをしてしまった。おばあさんが変な事を言うから。
「なんだ?」
怪訝そうに声を固くしたリディオに、ソフィアは「いえ、なんでも…」と力無く答え、どうにかこうにか体を起こした。
「はい、えっと…弟子………そうですね。前々から、ずっと1人でやっていくのは無理があると分かってはいるんですけど、私に誰かを育てる器量も余裕もあるとは思えなくて」
いずれ、自分が年老いてこの仕事を退く事になるまでに、誰か後継者を育てておかなければと考えた事はあるけれど、実際にはまだまだ先の話だと具体的な思考は止めていた。
と言うかそんな事を考えている余裕が無かった。
「真に学びを乞う者は、案外何も教えずとも勝手に育ったりするものだ。お前がそうだったように」
「!」
リディオはいつも、ソフィアが見落としている事を教えてくれる。確かにソフィアは全てを先生から教わったが何一つ教えてもらっていない。
矛盾する言葉だがそうなのだ。
そしてそれがどれくらい大変な事か、ソフィアは十分に分かっている。
それにまだまだ先生には程遠い自分が、誰かに教えを説くのはやはり実感が湧かないのだ。
「私が師範になるにはまだまだ力不足だと思います」
「そうか」
「………なので、助手を募集しようかと思っています」
ソフィアは以前流行り風邪にやられて実感した。1人ではだめだと。
勝手にそこらで干からびる分には問題無くとも、それによって多大なる迷惑が周りにかかることを知った。
体は丈夫な方だと自負していたが万能では無い。師となるにはまだ荷が重い。ならば共に働く仲間を、助手を探せばいいと言う考えに至った。
「まあ、希望者が出るかは分かりませんけど。仕事内容は雑務ばかりですし」
薬草畑から薬草を採ってきてもらったり、掃除をしてもらったり、それだけでもソフィアにはかなりの余裕が生まれる。
時間に余裕が出来れば、少しずつでも薬学の知識を引き継ぐ事も出来るだろう。
全ては希望者が現れればの話だが。自分の元で働きたいと言うもの好きがいるかどうかは、あまり自信が無い。
「いいんじゃないか?」
それでも、リディオにそう言ってもらえると何故か思考が前向きになる。
「いつか時間に余裕を持てるようになったらーー」
一緒に出かけたり出来るかもしれませんね、なんて事が頭に浮かんだけれど言葉にはならなかった。
リディオは自分の事を心配こそすれど、それだけだ。気がかりな妹に手を焼いているくらいなものだろう。
「……なんだ?」
「あ、いえ…爆睡出来るなぁと思って。それよりリディオさん、ご兄弟は?」
「? 妹が1人いる」
ソフィアは「そうですか」と微笑んだ。
「ソフィや、良い男を捕まえたじゃないか。随分男前だ」
「!? い、いや!捕まえたとかじゃないのよ!」
「そう照れなくても良いじゃないか。先代が喜ぶよ」
「お、おばあさん!本当に違うから!妙な噂が流れたらリディオさんの迷惑になるから!ね?」
先生が現役だった頃から良くしてもらっている近所のお婆さんは、ソフィアの事も幼少の頃から知っていて、ソフィアにとってはまさにお婆ちゃんと言っていい。
先生が亡くなった後もソフィアの事を何かと気にかけてくれているが、前々から膝が悪くて定期的にこの薬屋を訪れるのだ。
そしてなぜかこの薬屋で休日を過ごす事も増えたリディオとたまたま出会したと言うわけなのだが…。
「お前さん、リディオと言うのかい」
「ああ」
「仕事は?」
「王宮騎士だ」
「おやおや、騎士様かい?どうりで良い体つきだ。モテるだろう?」
「そんな事はない」
「ちょっと!おばあさん!!!」
なんだか聞いているこちらが居た堪れなくなる。怖いもの知らずと言うか、お節介と言うか…とにかく聞いているこちらがハラハラする。
もう薬は手渡したと言うのに全然帰らない。
「ソフィは働き者でいい子だろう?」
「ああ」
「だがそのせいで男はまるっきりなんだよ。弟子でも取れば良いんだがね。顔もほら、少しやつれているが悪くないだろ?化粧をすればもっと良くなる」
「そうだな」
「ちょちょちょっ!!ちょっと!」
もうやめてくれ、限界に恥ずかしい。
いくらお世辞でも慣れていないソフィアにとっては刺激が強すぎる。
もう勘弁して~と降参の白旗を振ると、おばあさんはやっと観念して帰って行った。ソフィアは悲鳴のようなため息のような「ひふぃ~」と言う変な吐息が漏れた。
「すみませんリディオさん。気にしないでくださいね」
「ああ」
いつも通りの端的な返事を聞いて、慌てているのは自分だけだとソフィアも心を落ち着かせようと深呼吸をした。
来客が途切れたらその合間に薬の調合をする。
やはり多忙を極めているソフィアに、いち段落という言葉は無いと言っていい。
わざわざこんな所に来たってつまらないだろうにと思うのだが、リディオは読書をして過ごしている。
ちなみに今日の差し入れは胡麻団子だった。
「お前に、そのつもりは無いのか?」
「へっ!?!?」
そのつもりって、どのつもりか。まさかおばあさんが言っていたような、その、男女の…という話か!?
リディオにはそのつもりがあるという事なのかとソフィアは息を飲んだ。
固まっているソフィアにリディオがスッと視線を向ける。
まさかまさか、そんなバカなと思っていても高鳴る心臓を止める術をソフィアは知らなかった。
「弟子を取るつもりは無いのか?」
「…………………え」
ほらな、そんなバカな話があるわけが無いと、ソフィアは店のカウンターテーブルにゴチンと勢いよく突っ伏した。
恥ずかしい。あまりにも妙な勘違いをしてしまった。おばあさんが変な事を言うから。
「なんだ?」
怪訝そうに声を固くしたリディオに、ソフィアは「いえ、なんでも…」と力無く答え、どうにかこうにか体を起こした。
「はい、えっと…弟子………そうですね。前々から、ずっと1人でやっていくのは無理があると分かってはいるんですけど、私に誰かを育てる器量も余裕もあるとは思えなくて」
いずれ、自分が年老いてこの仕事を退く事になるまでに、誰か後継者を育てておかなければと考えた事はあるけれど、実際にはまだまだ先の話だと具体的な思考は止めていた。
と言うかそんな事を考えている余裕が無かった。
「真に学びを乞う者は、案外何も教えずとも勝手に育ったりするものだ。お前がそうだったように」
「!」
リディオはいつも、ソフィアが見落としている事を教えてくれる。確かにソフィアは全てを先生から教わったが何一つ教えてもらっていない。
矛盾する言葉だがそうなのだ。
そしてそれがどれくらい大変な事か、ソフィアは十分に分かっている。
それにまだまだ先生には程遠い自分が、誰かに教えを説くのはやはり実感が湧かないのだ。
「私が師範になるにはまだまだ力不足だと思います」
「そうか」
「………なので、助手を募集しようかと思っています」
ソフィアは以前流行り風邪にやられて実感した。1人ではだめだと。
勝手にそこらで干からびる分には問題無くとも、それによって多大なる迷惑が周りにかかることを知った。
体は丈夫な方だと自負していたが万能では無い。師となるにはまだ荷が重い。ならば共に働く仲間を、助手を探せばいいと言う考えに至った。
「まあ、希望者が出るかは分かりませんけど。仕事内容は雑務ばかりですし」
薬草畑から薬草を採ってきてもらったり、掃除をしてもらったり、それだけでもソフィアにはかなりの余裕が生まれる。
時間に余裕が出来れば、少しずつでも薬学の知識を引き継ぐ事も出来るだろう。
全ては希望者が現れればの話だが。自分の元で働きたいと言うもの好きがいるかどうかは、あまり自信が無い。
「いいんじゃないか?」
それでも、リディオにそう言ってもらえると何故か思考が前向きになる。
「いつか時間に余裕を持てるようになったらーー」
一緒に出かけたり出来るかもしれませんね、なんて事が頭に浮かんだけれど言葉にはならなかった。
リディオは自分の事を心配こそすれど、それだけだ。気がかりな妹に手を焼いているくらいなものだろう。
「……なんだ?」
「あ、いえ…爆睡出来るなぁと思って。それよりリディオさん、ご兄弟は?」
「? 妹が1人いる」
ソフィアは「そうですか」と微笑んだ。
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