縁結びの魔女(モブ)に恋愛は難しい。

黒猫とと

文字の大きさ
上 下
1 / 15

episode.00

しおりを挟む
精霊達を護るため、特別な力を持つ者達がいる。彼らは『護り人まもりびと』と呼ばれ、その力を子孫に継承し、長い年月の中で立場を少しずつ変化させながら生きてきた。

彼らが今、貴族としての称号を得ているのは、それだけ精霊の加護が人の暮らしを豊かにする為だ。

そして、彼ら『護り人』は『運命の乙女』と出会い愛し合う事でより強力な力を得る事が出来る。

護り人が正しく運命の乙女と出会う為の協力者は、縁結びの魔女と呼ばれている。メネガット家は代々縁結びの魔女の家系で、今代この地でその勤めを担うのがサーラ・メネガットだ。

魔女と名がつくのだから魔法が使えるが、精霊の加護を受けるこの国で魔法は特別珍しい事でもない。サーラが他と比べて何が違うかと言えば、固有魔法が使える事だろう。

サーラが母親から継承した固有魔法は魔法と名がついているが、感覚といった方がしっくり来る。サーラは物心つく頃には、人の縁が色づいた糸が繋がっているように見えていた。相手がある程度近しい距離感にいるか、極めて強い縁で結ばれていれば、何となく人物像や出会うタイミングが分かる。それが縁結びの魔女だけが持つ固有魔法。

その魔法を使い、護り人と結ばれる運命の乙女を探し見極める事が縁結びの魔女の仕事だ。

面倒な所は、彼らに「この人ですよ」と直接伝える事が出来ない事、運命の乙女などと呼ばれるくせに、移ろいやすい人の心はその運命さえも変えてしまう場合がある事だ。

人の縁はそれほどに曖昧で脆い。

「それで?僕の運命の乙女は見つかりそう?」
「……………」

普段、魔道具の販売や修理で生計を立てているサーラの小さな店のカウンターに男は慣れた様子で肘をついた。

「………さぁ、どうでしょうね。分かっても教えられませんけど」

少々冷たいともとれるサーラの反応にも機嫌を損ねる様子は無く、寧ろニコニコと笑みさえ浮かべる男の名はジュリオ・フランカル。

フランカル伯爵家の次男で、長男のダンテ・フランカルと共に護り人の能力を受け継ぐ人。つまり、運命の乙女を探している人だ。

サーラは護り人や運命の乙女に限らず、人の縁は良縁も悪縁もその人を見れば何となく分かる。だが、ジュリオは家族や仕事の繋がりはハッキリと見えるのに運命の乙女との繋がりがまるで見えない不思議な人だった。

結婚に興味が無いのかと思った事もあるが、過去には女性との繋がりがあった事もあるし、本人も運命の乙女を探しているようではあるので興味が無い訳では無さそうなのだが………。

「ダンテさんの運命の乙女が分かって焦るのかもしれませんけど、大丈夫ですよ。人の縁にはタイミングがありますから」
「そうだね、気長に待つ事にするよ。ダンテがカレンと結ばれて、僕らの一族も安泰ではあるし」

フランカル家の長男でジュリオの3つ年上の兄、ダンテは先日、運命の乙女であるカレンと婚約を発表した。ダンテとカレンが正しく出会うためにサーラはコソコソと暗躍したわけだが、結果、ダンテは不安定だった護り人としての力を確立させた。

それを見たジュリオが焦る気持ちも分かるが、見えないものはどうしようも無い。正直、今はその時期が来るのを待つしかサーラに出来ることはない。

なので用が済んだら帰って欲しいのだが、ジュリオはこの狭い店のカウンターに度々居座るのだ。暇なのだろうか。

一応、客と言うことで仕方なく紅茶を出すと、「ありがと」とご機嫌な様子にサーラは目を逸らした。

ジュリオは昔からそう言う人だ。自分の顔や態度で、どうすれば相手が靡くのかを心得ている。それにまんまとハマっている自分もどうかしているのは分かっている。

サーラは小さくため息を吐いた。

自分は物語の主人公にはなれないと分かっているのに、いつか、彼に見合う女性を見つけ出して幸せを見届けなければならないと分かっているのに、それが自分に課せられた役目だと分かっているのに、この気持ちの無くし方だけが分からない。

自分で自分をコントロール出来ないなんて、本当に人の心とは厄介なものだ。

心情を悟られないようにカウンターに背を向けて戸棚の整理をしていたサーラだったが、店の扉に取り付けているベルが鳴り振り返る。

「やってるかい?」

やって来たのは夫婦で食事処を営むソフィアだった。近所だからとたまにおいしい料理の差し入れを持って来てくれる優しい人だ。

「ええ、やってますよ」
「すまないけど、これを直して貰えないかい?」
「見てみますね」

この国で、魔法を使えるのは珍しい事では無いけれど、それは魔道具の存在があるからだ。道具を使わずに魔法を使える人となると格段に人数が減る。

ソフィアさんも道具無しで魔法を扱う事は出来ないので、魔道具が壊れた時にはこうして訪ねてくる。

「まあ、誰かと思えばジュリオ坊っちゃんではありませんか」
「やぁ。元気そうだね」
「えぇお陰様で。またダンテ坊っちゃんと遊びに来て下さいな。ご婚約のお祝いをしないと」
「そうだね、都合を聞いておくよ」

フランカル伯爵家は昔から領地に住む住民達との距離が近しい事で知られている。既に成人を迎えているジュリオを未だに"坊っちゃん"と呼ぶ事を許容しているし、それ程幼い頃から彼らはこの地の護り人の後継として人々に愛されて育って来たのだ。

「ジュリオ坊っちゃんにも良いご縁が見つかると良いですねぇ。そうすればこの地も暫くは安泰でしょう」

2人が話す内容が耳に入って来てサーラは内心ドギマギした。ソフィアに悪気は無いのだろうけれど、ジュリオは運命の乙女が見つからない事を気にしている様子だったし…。

余計な口を挟むわけにも行かず、サーラは気にしていない素振りで持ち込まれた魔道具をいじる。

「こればかりは定められたタイミングがあるようだからね。でも、案外僕はもうその相手に出会っているんじゃないかと思ってるんだ」
「……まあ、良いお方がいらっしゃるのです?」
「まあね」

「…………………」

2人から少し離れた場所で作業をするサーラは、その手を止める事は無かったがチラリとジュリオを盗み見た。

口ではあんな事を言っていたジュリオだったが、やはり運命の乙女との繋がりを示すような色を見る事は出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...