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第6章 憤怒の憧憬

39話 歪でも確かな絆

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スタッガルド領から帰った次の日、学園内の個室で、俺はアシュレイに昨日起こった事を話した。
俺のした事は、アーシャ・スタッガルドにとっては非情な仕打ちだ。
何食わぬ顔で、アシュレイそのの子供と仲良くなんて出来ない。

「…………そうか」

全てを話終えた後、アシュレイは怒りも悲しみも見せずに、ただ一言そうこぼした。

「僕は自分のした行動が間違っているとは思いませんが、正しいとも思っていません。僕は貴方の母親であるアーシャ・スタッガルドの気持ちを、想いを踏みにじりました。許して欲しいとは言いません。貴方がこれ以上関わるなと言うのなら、僕はこれから貴方達には近付かない事を誓います」

俺自身はアシュレイの事を友人だと思っているし、これからも出来れば仲良くしたいと考えている。
けれど、俺のした事を考えれば恨まれても仕方がない。
アシュレイがそう望むなら、俺離れるべきだ。

「……母上は厳しい方だった」

絶縁を告げられると思いきや、アシュレイは唐突に話を始めた。

「……? 武の名門ですからね」

俺は疑問符を浮かべながらも、アシュレイの言葉に頷いた。

確か、ユリアの話だと兄様と比べられて……常に勝つように、言い聞かせられ続けたんだっけ?
その為に、厳しい躾と教育を施されたとか。

「俺は……ずっと嫌だった。俺はどんなに努力しても、母上が見てるのは俺達の実の父親だけだ。けど、俺は俺だ。母上の気持ちも分かるが、俺は俺の心に正直でいたい」

「それは、どういう……?」

俺はアシュレイの言いたい事が分からずに、益々首を傾げた。

「今日の朝、母上は俺を見送ってくれたんだ……笑顔で。あんな風に屈託なく笑う母上を、俺は初めて見た。ずっと、過去に苦しんでいたから……」

アシュレイは俯けていた顔を上げた。

「俺は、母上の本当の望みとは違うだろうが……今の生活に満足している。お前や殿下達……アイツと過ごすのは、退屈しないからな。それに母上はもう十分に苦しんだ。過去を忘れて、幸せになって欲しい…………お前のした事が正しいかは、俺には分からない。だが、俺はアイツが……兄が死ななくて良かったと思う……だから──」

俺を真っ直ぐに見て──

「リュート・ウェルザック、俺はお前に感謝する」

そうハッキリと言った。
その眼に迷いはない。
途中声が小さくなったのは、御愛嬌だろう。
ユリアあたりなら、ツンデレツンデレと騒ぎ立てたかも知れない。

「……相変わらず、素直じゃないですね」

何だかんだで、アシュレイって兄様の事好きだよな。
……でも、良かった。

俺は思った以上に、今の生活を気に入っていたらしい。
アシュレイの出した答えに、ひどく安堵を感じている。

「五月蝿い……それは、お前達同じだろう?」

頬を少し赤く染めながら、アシュレイは俺を睨み付けてそう言った。

、ですか……ふふ、僕達って案外似てますね。……兄弟だからかな? 僕達、一応そんな感じにも取れるじゃないですか?」

確かに俺を含めて、皆素直じゃない。
兄様とアシュレイは半分血の繋がった兄弟で、俺と兄様は義兄弟。
歪な繋がりではあるけれど、見えない絆のようなものがあるのかも知れない。

「兄弟、そうか……それも悪くない、な」

俺の言葉に、アシュレイも笑みを浮かべた。

「でしょう?」

「あぁ……末っ子は問題児だからな、俺達がしっかり面倒を見ないとな」

俺の言葉に今度はアシュレイが頷くと、最後にそう言ってニヤリと笑った。

も、問題児っ!?
今回の事はユリアのせいだよね!?
俺って、周りからそう思われてたのっ!!?
まさか、ユリア以上に問題児とか思われてないよねっ? だよねっ!?

俺はその言葉に何も言い返せず、静かにショックを受けていた。
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