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第6章 憤怒の憧憬
10話 罪の在処
しおりを挟む「……そちらの方は?」
兄様に痛いほどの殺意を向けている青年を、俺はスルーすることが出来ずに将軍に紹介を頼んだ。
「あぁ……キリリィク・ブロウル、私の副官だ。そして……妻の弟にあたる」
「……オハツニオメニカカリマス」
将軍が紹介してくれたが、キリリィクはぶすっとしたまま愛想の欠片もない挨拶を俺にした。
……うーん、嫌われているね。
まぁ、しょうがないかな?
弟ってことは、兄様の実の父親とも親しかっただろう。
それに今回の勅命は、正当な意義はあっても将軍の顔を潰すことになっている面も無くはない。
理解は出来る。
最も、子供相手に大人げないというのは否めないけれど。
「えぇ、顔を会わせることもあるでしょう。その時は、よろしくお願いします」
「…………」
俺は笑顔で握手を求めたが、キリリィクはその手を睨んだまま掴もうとしない。
俺の手は空を浮いたままだ。
前言撤回、キリリィクは相当大人げないみたいだ。
ここは握手して流すのが、大人の流儀だろ?
「キリリィク」
気まずい空気の中、将軍がキリリィクの名を呼んで促した。
将軍も子供相手に、この対応はないと感じたのだろう。
「……はい、ジーク様……よろしく……お願いします」
キリリィクは渋い顔をしながらも、将軍の顔を潰さぬように俺の手を取った。
「えぇ……」
俺も頬を引きつらせながらも、笑顔で握手を交わした。
「副官の態度が悪くてすまない。後で言って聞かせる」
「別に……気にしてませんよ?」
……仲良くは出来ない気がするけれど。
それにしてもキリリィクの兄様への態度、兄様の死亡フラグに繋がるんじゃないのか?
ユリアの話だとアシュレイによる死亡フラグが主らしいが、キリリィクに危害を加えられないとも限らない。
それ程に、キリリィクの恨みは凄まじい。
……これも、改善しないとなのかな?
アシュレイはまだ望みあるけど、キリリィクは無理だろ……。
更にハードルが高く上がった。
「……今日は顔を合わせにきただけだ。我々はそろそろ仕事に戻る」
「魔法で送りましょうか?」
踵返そうとした将軍に、俺は声をかけた。
態々時間を割いてくれたようだし、それ位するのが礼儀だろう。
俺の空間魔法なら、何処だろうと一瞬だ。
王様の勅命で様々な所へ行ったことがあるので、座標も頭に入っている。
「いや……距離はあまりないし、キリリィクの頭を冷やしたいのでな。少し歩いて行くとする」
将軍は一瞬考えると、首を横に振って断った。
「そうですか……では、またいずれ」
そして今度こそ2人は、俺達に背を向けて歩いていった。
「行っちゃいましたね……では、帰るとしますか?」
嵐が去った後のような周囲の中で、俺は兄様に確認を取った。
学園に帰ったら、キリリィクの事をユリアに聞かないとな……。
また、直接見ないと思い出せないとか言われたらどうしよう。
今までの経験から、その可能性は高い。
……何故、次から次へとこうも問題が起こるんだ?
そろそろ、お祓いを考えた方がいいのかもしれない。
「兄様?」
話しかけても反応を見せない兄様を訝しげに思い、もう一度俺は声をかけた。
「……ん? どうしたのかな?」
すると、ようやく兄様が反応を見せて、俺を視界におさめた。
どうやら、話を聞いていなかったらしい。
「どうしたんですか? 疲れました?」
俺は体調でも悪いのだろうかと、兄様の顔色を確かめた。
「いや……大丈夫だよ」
兄様は何時も通り微笑んでいたが、直ぐに視線を将軍達が消え去った方向へと向けた。
「……キリリィクさんは苦手ですか?」
普段の兄様なら、俺が絡まれるとすぐに百倍返しの勢いで相手を責めていくのに、先程はずっと無関心を貫いていた。
キリリィク・ブロウルを避けていたようにも見える。
「いや、別に……そういう事じゃないよ」
兄様は否定したが要領をえない。
確かにあれだけの殺気をぶつけられて、友好もなにもないけれど。
でも、珍しい……兄様は普段、貴族達の嫌味や嫉妬もサラリと躱わしているのに。
「……兄様が気にする必要はありませんよ。あれは八つ当たりみたいなもので、兄様は何も悪くないんですから」
キリリィクの気持ちも理解できる。
もし俺が同じ立場なら、一族諸とも殺し尽くすだろう。
罪はないと理性で理解できても、自分の身になったら綺麗事はぬかせない。
……けれど、俺にとってキリリィクは他人で、兄様は俺の家族だ。
兄様に火の粉が降りかかるのは許せない。
それが命が関わるのであればなおのこと。
そして、悪いのはクリスティーナで、兄様に罪がないのもまた事実なのだ。
俺はそう思ったからこそ、兄様にあまり気にしないようにと言った。
「悪くない? ……それは違うよ、リュー」
けれど、兄様にとっては違った。
「……え?」
俺は予想外の返答に、首を傾げて兄様を窺い見た。
「俺には確かに、罪がある……罰せられるべき、罪が……」
そう自嘲するように言った兄様の目の色は、どこまでも昏かった。
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