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第5章 腐った白百合

02話 王女様は引きこもり

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──あの誘拐事件から、1年が過ぎた。

この1年間、兄様は無事ユグドラシア魔法学園に入学し、今も多くが寮に入る中、自宅通学をし続けている。
入学式を一家揃って見に行ったが、敷地はとても広大で最先端の設備が揃っていた。
学ぶにはピッタリの環境だろう。
最も、専門的になるのは中等部からで、小等部の内容は基礎の基礎らしいのだが。
授業内容が簡単過ぎると、よく兄様やオズ様が愚痴を溢している。

それにしても……ユグドラシア魔法学園か。

その学園は、乙女ゲームの舞台となる場所だ。
今はまだ現れていないが、名も知らぬヒロインもその内学園に姿を現すのだろう。

……そういえば、貴族は殆ど通うってことは、来年にはあの人達も入学するのかな?

シュトルベルン公爵家は家の仕来たりとか何とかで、高等部までは学園に通わないと聞く。
兄様達が小等部で接触する事はまず無いだろう。
それ以外の小等部で出会う可能性がある乙女ゲーム関係者は、俺の2つ上だと確か3人だ。
名門貴族ともなれば、一部の例外シュトルベルン公爵家を除いて小等部から学園に通う。
俺の知りうる限り、3人共名門の出なので高確率で入学してくる筈だ。

まぁ、今日夢でも見たユーリア・ライト・ユグドラシアは、貴重な魔眼持ちであるから簡単には会えないかも知れないけど。

聞いた話では、病弱な体とその立場のせいか殆ど外出はしないらしい。

……そもそも本当に兄様の婚約者なのか?

俺は今まで、そんな話を誰からも聞いた事がなかった。

1度も紹介されていないのは……流石におかしくないか?

俺は同じ魔眼持ちで、血は繋がらずとも兄様の弟に当たるのだ。
ゲームで知っているからと今まで誰にも聞かなかった俺も俺だが、これまで何の紹介も説明もないのは不自然だ。

……それとも、何か他に会わせられない理由でもあるのだろうか?

「リュート様、お飲み物はダージリンでよろしかったですか?」

俺が疑問に思っていると、リオナが飲み物を用意して部屋に入ってきた。

「はい、ありがとうリオナさん。……そう言えば、リオナさんは知っているかな? 兄様の婚約者の事」

机に置かれたダージリンの匂いにホッと息をつくと、俺はリオナに兄様の婚約者について聞いてみた。
知らない事は知ってそうな人間に聞けばいい。
そういった事情には俺よりもリオナの方が詳しそうだ。

「婚約者? 確かにレイアス様には、婚約のお話が各家から来ているようですが……本人が乗り気ではないので、いらっしゃらない筈ですが」

少なくとも私は聞いた事がありません、と俺の質問にリオナは首をかしげた。
反応を見るに、本当に知らないようだ。

「え? ……じゃあ、ユーリア・ライト・ユグドラシア王女殿下の婚約者は誰に??」

俺は驚き目を丸くすると、リオナにユーリアの相手を聞いた。

…………ゲームと違う?
兄様が変態チックな腹黒ブラコンだからか……?

もしかして、俺のせいでシナリオに変化が生まれてしまっているのだろうか。

「?? ユーリア王女殿下にも婚約者は居ませんよ? 何年か前に、レイアス様との婚約の噂は流れましたが結局はなくなりましたから。それから特に話は聞きませんし……」

リオナは俺の気迫に戸惑いながらも、知っている事を答えた。

「……2人ともいない?……どういう事だ?」

俺は頭を悩ませた。
それはおかしい。
兄様はともかく、ユーリアに居ないのは不自然だ。
王家の、それも魔眼持ちとなれば婚約だけでも早い段階で結んでおくだろう。

もしかして、降嫁せずに婿をとるから、とか?
……でも、王位継承権第一位は、オズ様だからな……。

この国は通常、女性には継承権を与えていない。
だから、王家の固有魔法を受け継いでいても、ユーリアは女王になることはないのだ。

ユーリアと兄様との結婚は、折中案みたいなもんだと思ってたけど違うのか?

俺は兄様とユーリアの婚約は、今の政情やシュトロベルンの固有魔法への執着から逃れる為の婚約だと考えていた。
王家の固有魔法。
魔眼に執着しているシュトルベルンなら見過ごす筈がない。
だから、話が流れたというのは実に不可解な話だ。
王家はこれ以上力をつけさせない為にも、シュトロベルンには降嫁させたくない。
シュトロベルンは是が非でも、魔眼持ちの血を自身の血筋に取り入れたい。

その条件の中で、兄様程の適任者は他に居ない。

兄様はシュトロベルンの血を引きながらも、現在の王様からの信頼の厚いウェルザック家の人間だ。
性格や考え方もまともで、シュトロベルン家を嫌っているという点でもこれ以上ない適任だ。
両者共に、納得のできる落とし所だろう。

なのに何で婚約者じゃないんだ?
いくら兄様がアレでも、流石に拒否するのは難しいだろ…………いや、兄様だからな……何があっても不思議ではない、……のか?

いくら考えても、答えはでない。
俺は夜、食事の時に直接父様達に聞いてみる事にした。








◆◆◆◆◆◆◆◆









「──婚約者? 急にどうしたのだ?」

夕飯の席で唐突な俺の質問に、父様は怪訝な顔をして聞き返した。

「貴族ですし、兄様にはいないのかな? と思いまして。……例えばユーリア・ライト・ユグドラシア王女殿下ですとか、身分も釣り合いますから」

俺は解答を既に知りながらも、惚けた振りをして父様に尋ねた。

「……そういう話も昔あったな」

「王女様と!? 凄いレイ君!」

すると、母様が目を輝かせて話に食い付いた。
自身もその姫の筈なのだが、王女というワードが母様の乙女心に火をつけたらしい。

「全然そんなことないですから、カミラさん。確かに何年か前にそう言う話は出ましたが、王女本人に振られてしまいましたしね」

「え? 振られた? 拒否なんて出来るんですか??」

俺は予想外の答えに目を見開いた。

政略結婚って、拒否できるものなのか?
それに兄様は一応容姿、頭脳、家柄の三拍子揃った高物件なのに。
それを振った?
……兄様の本性腹黒を察知したとか?

「通常は出来ないが、本人が病弱であることと、年齢的にもまだ幼い。もう少し成長してからと、話が流れたんだ」

戸惑う俺に、父様はそう説明してくれた。

そうか……病弱だから、少し様子を見た感じなのか?
ゲームの中でもそのせいで亡くなったと、あの腐女子は言っていた。

俺はもたらされた解答に少し首を傾げたが、一応は納得した。

「でも、僕にとってはよかったよ。当時はともかく、今はする気なんてないしね」

「そうだな……政情も変わってくるだろうし、無理にシュトロベルンの顔を立てる必要もなくなる」

兄様は心底よかったというような微笑みを浮かべ、父様はその様子に苦笑いをこぼした。

「ところで、僕はユーリア様とはお会いしたことはありませんがどんな方なんです?」

それは何気ない質問だった。
特に探る意図があった訳ではない。

「………………そうだな、少し変わって……病弱で……調子がいい時でも、あまり外に出ることを好まない方だ。……私も殆ど面識がないので、詳しくは分からない。最後に合ったのは3年以上前の事だ」

しかし父様は一瞬で固まると、しどろもどろにそう答えた。

…………今、何か凄いオブラートに包んだな。

父様が言葉を選ぶなんて、よっぽどのものだろう。

少し変わってて、外に殆ど出たがらない?
えーと、つまり要約すると。

──王女は変人で引きこもり、ってこと?
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