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第2章 俺と攻略対象者と、時々悪役令嬢
17話 無力
しおりを挟む俺が空間移動した屋敷で見たのは、悪役令嬢リリス・ウェルザック。
……ということは、ここは公爵家の本邸か?
意外と近い所で助かったな。
「こんなことも満足に出来ないなんてっ! 本当に使えないんだからっ!!」
リリスはなおも怒鳴り続ける。
他に誰かいるみたいだ。
俺は少し身を乗り出して、もう一人の人物を視界に入れた。
そこにいたのは傷だらけで、ボロボロのメイドだった。
……は?
「このクズがっ! 誰のお陰で生きていられると思っているの!?」
《ビシッ、バシッ!!》
リリスは傷だらけで座り込むメイドに容赦なく鞭を振るった。
俺はそれを呆然と見詰めていた。
日本という恵まれていた国で暮らしていた俺にとって、それだけ常識から乖離していたのだ。
「ふんっ! この出来損ないがっ!!」
リリスは気がすんだのか、そう吐き捨てるとその場を去った。
俺はハッとして、メイドに駆け寄った。
そして近くで見て愕然とした。
メイドは傷だらけで、肌は包帯で隠され見えないほどだった。
そしてその包帯からも、血が滲んでいる。
まだ新しい傷なのだろう。
日常的に暴力をふるわれていた証拠だ。
ひどい傷だ。
骨も折れているかもしれない。
彼女は痛みに気を失っているのか、ぐったりと横たわっている。
俺はリリスは、たかが子供だと侮っていた。
子供の悪意などたかがしれていると。
俺は漸く、兄様があそこまで妹に冷淡な態度を取ったのかが分かった気がした。
兄様はちゃんと俺より分かっていたのだ。
これは一線を越えてしまっている。
例え子供だろうと許されないことで、リリスはもう矯正不可能だと。
「“ヒール”」
俺はすぐに彼女に魔法をかける。
だが、一回では治らない。
「“ヒール”」
更に重ねがけをする。
だが、それでも治りきらない。
「“ヒール”」
漸く血は止まり、目に見える傷は癒えた。
骨も上手くくっついたようだ。
横たわっている彼女の呼吸も安らかになった。
俺は彼女の包帯をほどいた。
「っつ!!」
包帯の下は更に酷かった。
特に顔は火傷の痕で醜く腫れ上がっていた。
誰かに故意にやられたというのは明らかだった。
俺は魔法をかけようと、その傷に手を伸ばす。
「いいえ……その必要はありません」
彼女は弱々しくも、ハッキリと言った。
先程まで閉じられていた瞼が開いている。
「……何故?」
俺には治療を拒む理由が分からない。
治癒魔法を使える者は希少であるし、女性である以上顔の傷は残しておきたくないだろう。
この傷は自然回復しない。
「私はウェルザック公爵家に……いえシュトロベルン公爵家に仕えるメイドです。私が務めを果たさなければ、家族が死にます」
淡々と彼女は言う。
彼女にとって、自身の顔などどうでもいい事なのだ。
「っそんなの、傷を治す事に関係ないっ!」
吐き気がする。
シュトロベルンの在り方に。
暴力を否定する訳ではない、力なくして国が立ち行かないのは理解している。
けれど、この暴力には正義もなければ意味もない。
ただ己が欲望を満たす為だけの行為だ。
「リリスお嬢様は……外見や容姿に深い思い入れがございます。ですから、私の顔を治療していただくわけにはいきません」
リリス・ウェルザックは嫉妬の悪魔と契約する。
リリスはコンプレックスの塊だ。
このまま顔の傷を治しても、リリスの不況を買うばかりか家族にまで被害が及ぶと、彼女はそう言いたいのだ。
「怪我を治して頂けたことは、感謝しています。私のような者に、魔法など……勿体ないですから」
「僕から、僕から父様に言います。この様子だと他にも被害者はいる筈だ。当主である父様なら、」
彼女は全てを受け入れたように諦めているが、俺にとってそれは許容できる事でない。
「貴方様は御当主様の……? いいえ無駄ですよ。御当主様は目に余ると、日頃から出来る限りの注意をされています。ですが、私達が仕えるのはシュトロベルン公爵家であって、ウェルザック公爵家ではないのです。御当主様は口出しする権利を持ちません。……だから、いいのですよ。私達のことなど放っておいて。所詮私達は賎しき身分の者ですから」
彼女は俺に諭すように穏やかに言った。
この事に俺が責任を感じる必要はないと。
くそっ、何にも出来ないのか?
何かないのか、何か
「治療、有り難うございます。どうか私達の事はお気になさらないでください」
彼女は立ち上がり、エプロンを直すと立ち去ろうとした。
「そうだ、兄様だ! 兄様に言えばっ!」
兄様はシュトロベルンの血を引いているし、リリスの兄だ。
何とか出来るかもしれない。
「……貴方は、あの方と仲が良いのですね……、あの方にはいつも、助けられていただいています。けれどあの方にはシュトロベルン公爵家に口出しする程の力はありません」
彼女は俺の言葉を静かに否定する。
「でも、」
「これはよくあることですよ。だからそう心やまないでください。……私などよりも、あの方を見ていてあげてください。では、失礼いたします」
そう言うと今度こそ、彼女は俺の前から去っていった。
俺は希少な魔眼持ちといっても、まだ何も持っていない。
金も権力も、シュトロベルンを変えられるだけの力はない。
何も出来なかった。
俺は子供で……ただ無力だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今日もいつものように、リリスお嬢様が癇癪をおこされた。
ふるわれる暴力に理由はない。
いつもと同じく、痛みで気を失って廊下に捨て置かれた。
でも、いつもとは違った。
左右、色違いの瞳に、白銀の美しい髪。
年はリリスお嬢様より年下だろうか。
まるで聖書に出てくる天使のような少年が、倒れている私に治療魔法をかけてくれたのだ。
その容姿に違わず心優しい子であった。
捨て置けばいいのに、態々貴重な魔法を私に使ってくれるなんて。
私のような者のために、あんなに必死になるなんて……。
実際、こういったことはよくある。
特にシュトロベルン公爵領では。
主人の癇癪で、命を落とす者もいる。
そして何より、私は自分が今の状況にあるのを当然だと思っている。
だから────
「……貴方が手をとるべき方は、他にいます。どうかあの方を……救ってあげてください」
救われるべきは私なんかではない。
あの少年であれば、もしかしたらあの方をお救い出来るかもしれない。
私はかの少年と別れ、仕事に戻る。
いつもは常に痛む傷がなくなり、いつもより楽に働くことが出来た。
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