54 / 57
第四章 力との闘争
可愛がるって何?
しおりを挟む草原を後にし、馬に乗ってカントリーへ帰って行ったラリー一家を見送り、家に帰って来たサイキたち。
「家が賑やかですねぇ~」
サイキは上機嫌に言うと「さっきと話し方違くね?」と、黒猫はぶっきらぼうに口を開いた。
サイキに誘われ、断ると思ったが、なぜか反論もすることなくおとなしく着いて来た黒猫。
ユハンは目を丸くして黒猫を視界に入れており、先程から直視し続けている。真顔で見詰め続けるユハン。妙な視線を無視するかのように、体の掃除をし始めた黒猫は、自分の体を舐め始めた。
子猫はユハンの足に体を擦りつけているが、ユハンは先程のように撫でる様子はない。
「ユハン、はい、お水」
サイキは椅子に黙って座るユハンに、水が入ったコップを渡すと、彼女の向いの席に腰掛けた。
「ずっと見てるね。猫さんの事」
サイキは、ユハンの目を見ながらやわらかい口調で言った。
「うん。かわいいってどう言う事だろうと思って」
まるで心ここにあらずと言ったように、上の空で答えるユハン。
彼女は、シエルたちが猫に抱く感情をいまいち理解できていない様子だった。闇の力を宿すユハンには、生き物をかわいいと思う感情がなく、目の前の対象を攻撃するかしないかと言う選択しか浮かばない。
「ユハンが乱暴な事した時、シエル君が言った事、理解できた?」
そんなユハンに、サイキは変わらずやわらかい声を響かせた。
「えっと、かわいそうだからしてはいけないって、小さい生き物も、生きてるからって」
まるでシエルが言った事を組み合わせるかのように、言葉を発するユハン。
「理解できるよ。大丈夫」
ユハンは、まるで自分に言い聞かせるように、水を飲みながら言った。コップを持つ手は、微かに震えている。
「ユハン」
サイキは、ひどく優しい声を響かせる。
「あなたの中にある衝動は、おさえる事がとても大変なものなのは、分かってる」
ユハンの成長を一番近くで見続けているサイキは、ユハンが自分の力と戦い続けている事や、一生懸命周りの価値観を取り入れようと努力している事を十分に分かっていた。
昔、サイキがユハンに、虫を殺すのを止めさせた時、衝動の発散方法を見失ったユハンは、サイキが寝静まった時間帯に、自分の体を傷付けた事があった。神々の力で、傷付けた体は跡形もなく消え去るため、サイキの目に触れる事はなかったが、彼女はユハンの中で渦巻く闇を感じ取っていた。
虫を傷付けない。そんな些細な事でさえも、自分の体を引き裂くほど、衝動を止める事は簡単な事ではなかったのだ。今ではもう、自らの体を傷付ける行動をする事はなくなったが、衝動や残酷な思想は持ち続けている。
「…………」
ユハンは無言で下を向いた。
「ぐす…」
下を向いたまま涙を流すユハンは、腕を目に当てて肩を揺らした。
「でも、人間と同じように、動物にも感情があるの。痛みもある。苦しみも、家族もいる」
サイキは、ゆっくりとした口調でやわらかく言う。
「う、うん」
体が大幅に震え出したユハンは、懸命に声を上げる。
足元にいた子猫は、驚いて逃げてしまった。ガタガタと震え始めた体は、彼女の内に潜む"何か"が、まるで光の言葉を拒絶しているかのようだった。
「こんなに小さな動物が、大きな人間に心を許す姿は、とても愛おしく尊いもの。それを感じた時、人は、かわいいって表現するんだよ」
サイキは、迷う事無くとても優しい言葉を震えるユハンに送り続ける。
「かわいい対象の子が喜ぶ事をたくさんしてあげる事を、かわいがるって言うの」
ゆっくりとした口調で、丁寧に教えるサイキは、ユハンが理解できずにいるものの答えを優しく言い聞かせた。
そして、少し低い声を出して「傷付けたり、苦しめたりするために、存在しているものでは決してないの」と、続けた。
腕を目に当てる暗闇の中、降って来るサイキの言葉は、どれほど彼女を苦しめているのだろうか。
「…………」
ユハンの体の震えが、さらに大きくなった頃、サイキは話すのを止めて、無言で落ち着くのを待っていた。
もしユハンが抱える衝動が、人を導く灰の衝動だったら、どれほど立派で、周りに尊敬される事だろうか。もしユハンが、光の子であるなら、どれだけ周りに癒やしを運び、自分の全てを信じる事ができるだろうか。闇の子である彼女は、一番過酷な運命を背負った存在なのかもしれない。
「…………」
震えは徐々に収まって来ているのを確認したサイキは、ゆっくりとした口調で、最後にこう口にした。
「大きくなったら、自分の言葉を見つけようね」
サイキの言葉を聞いたユハンは、大分落ち着いて来た体の震えを感じながら「うん」と頷いた。
黒猫は、そんな二人をただ黙って見ていた。なぜ、攻撃欲求を強く持つ闇の子との暮らしを、素直に了承しておとなしく着いて来たのかという疑問が残る黒猫だが、サイキは何も聞く事はなかった。
「お母さん」
ユハンは、体の震えを落ち着かせながら、口を開いて小さな声を出す。
ユハンの声を聞き、ほほ笑みを彼女に送ったサイキは「ん?」と聞き返した。
「シエル、また遊びに来るかな?」
どうやらユハンは、シエルの前でひどい事をしてしまった事を気にしているよう。
「大丈夫だと思うけどなぁ~。家隣みたいだし?」
元気なく下を向くユハンに、サイキはいつもの口調で話した。
ユハンは首をかしげているが、すぐに何の事だか分かったようで、笑みを浮かべ始める。
「さてと!」
サイキが明るく声を出して、家の隅に置いてある荷物に向かって歩き出した。
「…………」
ユハンは、サイキの急な行動に目を丸くしている。
「引っ越しだよ~!」
国中、あらゆる所に住んでいたサイキは、慣れたように荷物を背負い、笑いながら言った。
引っ越しと言っても、家具や必要品は予め用意されていた家なため、持って行く自分たちの物は食材や毛布だけだ。
「おいおいおい!!」
一人で用意し始めたサイキに、堪らず黒猫が口を開いた。
「引っ越しって何だ?今日!?今から!?」
三本の尻尾を漂わせながら、透き通った声を響かせた黒猫は、驚いたように立ち上がった。
ーーー・・・
───────────────
✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦
ここまでお読みいただき
ありがとうございましたm(_ _)m
来週の土曜日18時に更新予定です。
今後もお付き合いいただけたら
嬉しいです!宜しくお願いします。
✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる