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第三章 行く末
行こう 闇の子の元へ
しおりを挟む「…………」
辺りは一瞬、静寂を保つ。
「かつて、闇の子を外に出す交渉に来たサイキ・ハイレンも、同じ事を言っていた」
声を低くして言ったサタラー。
「光の女か!? またあいつか! おいカイム! あいつ、すげーな!」
サタラーの言葉を聞き、家をぐるぐる回り始めた竜は、上機嫌に声を上げた。どうやら、金色の竜は、サイキを気に入っているようだ。
はしゃぐ竜とは対照的に、真顔で竜を見詰めるサタラーは、カイムに視線を移し「カイム」と一言口にした。
「…………」
口を開く事もなく、横にいるラムに視線を変えたカイム。ラムはゆっくりと頷いた。
「わかりました」
再びサタラーを見たカイムは、力強く頷いて言った。
「闇の子にも会う事になるだろう」
サタラーは目を伏せながら一言口にすると、家の中をぐるぐる回っていた竜はカイムの下へ戻って来た。
「行くのか?」
落ち着いた声を響かせた竜に「あぁ」と口にしたカイム。
「まぁちょうどいいんじゃないか? 闇の子の事で暗くなるんなら、会って遊んでやりゃーいんだ」
竜が明るく言うと、目を丸くして顔を上げたサタラーの眉は、少し皺が寄っていた。まるで、闇の子と遊ぶだと? 闇の子だぞ? とでも言いたそうな顔だ。
「おいおい、水の神竜様は凶暴だけどシエルはいい子だぜ?」
黄金の竜は、目を丸くしているサタラーを見ながら、再び家を回り始め、さらに続けた。
「灰の力は時に恐ろしいが、シエルはいい子だ」
ぐるぐる回りながら話す竜を目で追っているサタラー。
「雷の力は破壊的力だが、雷の子は懸命に力を消したぞ?」
まるで歌うような声を響かせる黄金の竜。
「土の子はどうだ? 氷の子は?」
なぜか、ラムもカイムも、竜の行動を止めようとはしなかった。
「皆、あんたらが想像する以上の巨大な力を持ってる」
「なのに、皆、お母さんが大好きな普通の子供たちだ」
竜は回る。
彼らの周りをぐるぐると。
そして、黄金の竜は、サタラーの、目の前で止まると、真っすぐに彼の顔を見て、最後にこう続けた。
「サタラーさん。幽閉を選んだあんたは間違ったんだ。この土地に闇が誕生したのには意味がある。目を逸らしてはいけない」
まるで、何かのお告げであるかのように、神妙な面持ちを見せる黄金の竜は、ギンフォン国の代表の前から動こうとしない。不思議な雰囲気を身にまとった竜は、サタラーの前に静かに漂う。
サタラーは目を見開きながら竜を見続け、黄金の竜にしか聞こえない小さな声で「君は何を知っている」と口にした。
黄金の竜が口にする言葉は、サタラーを責めて言っているのではなく、別の意味がある事を、彼は感づいたのであろう。
サタラーは自分が間違った選択をした事は自覚していた。だからこそ、サイキ・ハイレンの提案を反論する事もなく受け入れたのだ。だが、彼はギンフォン国の長。全てを守る責任がある。だからこそ、疑う事を忘れてはならないのだ。
「闇の子?」
妙な静寂を保った辺りの沈黙を破ったのは、とても幼く、弱々しい声だった。発言したのは、ラムの膝の上におとなしく座っていたシエルだ。今まで黙っていたシエルが急に口を開いた事で、周りの目線は彼に集中した。
視線を集める中、シエルはとんでもない事を言い出す。
「行く! パパ、連れてって!」
かわいらしい声を響かせたかと思ったら、驚くような事を言ったシエルに、カイムとラムは懸命にシエルを宥めた。
「何言ってるのシエル。ダメだよ。遊びに行くんじゃないんだから」
シエルに言い聞かせるように言うラムと
「そうだ。家で待ってなさい」
低い声を響かせるカイム。
「いやだ、行きたい」
両者から反対をされたシエルは、泣き出しそうな震える声で言った。
「行きたい! 行く!」
シエルが、両親に駄々を捏ねるのは初めての事だった。何事かと、ラムもカイムも心配したような顔をしている。黄金の竜もまた、驚いたようで言葉を失っていた。
「会ってみたいーっ」
叫ぶように言うシエルは、駄々を捏ねてしまい、泣き出してしまった。
奇跡の子は、同じ奇跡の子どうしが近くにいると、存在を認識し合えると言うが、シエルもまた、闇の子の存在を意識しているようだ。話題に出た事で、会ってみたいと言う衝動に駆られたのであろう。
「よし! じゃあ行くか!」
まさかの提案に、カイムとラムは声の主へ視線を移した。
「何言ってるのカミナリちゃん!」
ラムは、黄金の竜に向かって声を上げた。
「大丈夫だよ。向こうには光だっているし。それに…」
途中で言葉を切った竜。
「それに、何だ!」
カイムが怒ったように声を荒らげた。
「遅かれ早かれ会うぞ。灰と闇は。だったら、カイムや俺がいる時の方がいいだろ?それにサタラーさんたちもいる」
宙を漂いながら、カイムに懸命に訴える黄金の竜。
「わーい! カミナリ!」
行けると思ったのか、竜に懸命に手を伸ばすシエルの満面の笑みは、カイムたちの怒りを瞬時に撃沈させる。
「…………」
シエルのかわいらしい歓喜の声から、暫しの沈黙を保ったカイムは、再び竜に口を開く。
「会う事になるって…」
眉を顰めながら竜を見ているカイムに「言ったろ。奇跡の子は、近くにいるとお互いの存在が分かるって。気になってその内、会いに行くぞ。一人で行っちまうかもな! 危ねぇぞ! だったら皆で行く時に連れてった方がいいだろ」と、カイムに近付きながら竜は言った。
「馬はまだ危ないから、俺が乗せてくぞ!」
カミナリは再び口を開いた。
もう連れて行く方向で話しを進めるカミナリは、楽しそうにシエルと戯れ始める。
「…おまえサイキさんに会えるから浮かれてるだけだろ」
カイムは眉を顰めたまま、溜息と一緒に声を出した。
「まぁまぁ、私たちも注意して見てるから、もし何かあったら、私たちの事は気にせず戻ってくれていい」
カイムを宥めるように、サタラーはやわらかい声を出した。
「すみませんご迷惑をお掛けして」
ラムがサタラーに深々と頭を下げる。
どうやら連れて行くようで、シエルは飛び跳ねて喜んだ。
「いいや、私も人数が多い方が好きだからな。では、参ろうか」
サタラーはやわらかい口調で言い、シエルと黄金の竜を見ながら目を細めてほほ笑んだ。戸に向かい歩き出した彼ら。
カイムはラムに「一人で大丈夫か?」と声を掛けた。
「えぇ、シエルをよろしくね。目を離さないでね」
カイムたちを見送るラムは、不安そうに夫に言うと、彼は「あぁ、できるだけ早く帰るから」と口にし、家を出て行った。
外に出たシエルは黄金の竜に跨り、頭に生えている小さな二本の角を握り締め、カミナリの胸元から生える手に足を掛けた。
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