光と闇

まこ

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第二章 光の子と闇の子

正しき道

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「…………」

 あまりの光景に、サイキの体は震え出す。言葉をなくすとは、こんな時に使う言葉なのだろうか。

 闇の子は、初めて見る人間に、声も出さずに身を小さくした。

 足も伸ばせないほど狭い空間で、音も光もない中で過ごす日々は、一体どんな気分だったのだろうか。

 白髪になるほど苦痛を味わい続けて来た五歳の子供は、成長が止まったかのように妙に小さかった。

 髪の間から見える顔は、骸骨のように痩せ細り、表情すら分からない。

「…………」

「…………」

 長すぎる沈黙が辺りを包む中、止まった時間が動き出したのは、サイキの目から涙が流れた時だった。

 彼女は闇の子を見つめて目を見開いたまま、涙を流し続けた。

「…………」

 中に入って行き、どれほど狭い空間にいたのかを痛感したサイキは、身を小さくする闇の子に手を伸ばした。

 伸ばした手から逃れる場所もないまま、身を強張らせた闇の子は、何もせずにサイキに抱きしめられた。

 抱きしめられる意味も、人の温もりも、感情すらも知らない闇の子は、ただ暖かいと言う事だけ認識し、暖かい物に触れた事がないため、心地よいとも思っていないようで、さらに体を強張らせた。

「外に出ましょう」

 泣きながら口にしたサイキの言葉の意味も分からない子は、身を縮ませたまま、動かない。

 抱きしめたまま、闇の子を持ち上げるサイキは、あまりにも軽かったため、少し、驚いているようだった。

 飲まず食わずでも生き続けられるとは言っても、闇の子の体は痩せ細り、骨に皮一枚と言った状態だ。ゴツゴツとした体は、まるで岩でも抱いているかのようだった。

「遅くなって……ごめんなさい」

 サイキの目からは涙が止まらなかった。

「うそ……女の子…」

 闇の子を抱きしめたサイキは、小さくつぶやいた。闇の洞窟へと幽閉した人々は、彼女の性別すら確認する事もなかったのだ。

 おとなしく抱かれる小さすぎる子供は、体を硬直させたまま、動かなかった。

 小さな部屋から出そうとすると「あーあー」と、闇の子が声を上げた。

「あーあーあー」

 不安がるような、出たくないとでも言うような、とても怖がっている声だ。

サイキは闇の子の背中をトントンと優しくたたきながら、戸の向こうへ歩き出す。だが、あまりに不安そうな声を響かせるからか、サイキは一度立ち止まり、部屋の前で背中をで続けた。

 体を強張らせたまま、腕の中で動かない闇の子は、懸命に声だけ上げる。彼女の声が静かになるまで、サイキは背中をで、その場で立ち止まった。

「大丈夫ですか!?」

 階段の上からヤンの声が降って来た。闇の子の叫びを聞き、何かあったのではないかと心配したのだろう。

「ええ!  大丈夫!」

 ヤンの声とサイキの声に驚いたのか、闇の子の叫び声は止まり、体を震わせてさらに身を小さくした。

「あ、ごめんね」

 彼女に優しく声をかけたサイキは、黙ってしまった闇の子を見て、階段を登り始めた。

 彼女は、闇の力や炎の力を使う気配はない。だが、サイキは身を強張らせ、光の力をいつでも使えるようにしていた。なぜなら、先ほどまであふれていた闇の力が、瞬時に消え去ったからだ。

 まるで、シエルが灰の力の気配を消していたかのように、闇の子もまた、自らの力をコントロールできていると言う事。

 自分の力が闇であることも、炎の力を持っている事も知らないはずの彼女が、独自の発想で、自らの正体の知れない力をコントロールする術を身に付けたのであれば、とんでもない頭脳の持ち主だ。

 サイキは確信する。やはり恐ろしく賢い子供であり、強大な力を持つ闇の子は、今人の心を教えておかなければならないと。

 闇の子の体からは体温も感じず、冷たく岩のようにゴツゴツとしていた。表情筋もなく、やつれ過ぎた顔からは感情表現すらない。ミイラでも抱いているかのようだ。

 生き続ける子供を放置する事がどう言う事なのか、ずっと周りに問い続け、説得し続けて来たサイキだったが、彼女は堪らず、立ち止まってしゃがみ込んだ。

 どんな想像よりも、どんなに悲惨な想像をしていたとしても、現実で見る光景こそが、一番残酷なのだ。

 サイキは目に涙をためて、かす|れる声を絞り出した。



「私は……間違っていなかった」



「…………」

 上へ登り、ヤンがいる場所へ行くと、彼は目を丸くして闇の子を視界に入れ、固まった。

「…………」

 真っ黒に汚れて痩せ細ったミイラのような子供。無造作に伸びた真っ白な髪、人の心を知らない感情のない瞳。あまりの光景に、絶句しているかのように、ヤンは目を見開き、顔を赤くして行った。

「…………」

 ヤンは、表情をゆがめ、目を真っ赤にしてその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

 彼は知っている。赤ん坊の頃の、彼女の姿を。懸命に鳴き声を上げる中で、父親に刺され、母に捨てられ、ミルクも飲ませてもらえずに、幽閉された瞬間を。

「ま……」

 闇だから仕方ないと自分に言い聞かせて過ごして来た日々。小さな子供の悲惨な姿に、現実を突き付けられたようだった。



「あの時の選択は…間違っていた」



 しゃがみ込んだヤンは、痛みで声を上げるかのように、懸命に声を響かせた。



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