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風化した黒鋼の大剣 断章4
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【風化した黒鋼の大剣 断章4】
男は戦い続けた。
未来の先へ、愛しき者を送り出すために。
その為に、百年もの時が過ぎた。
大切な人をゆりかごから送り出す。
ほんのわずかな未来を携えて。
最後の最後……まだ夜明けではないと可愛くすがる様を思い出す。
この百年は、いや、ジーンと出会ってからの日々は自分の長い人生の中でも忘れられないものとなった。
墓守としての過去も未来もすべて捧げてもなお対価に足りないぐらい、自分にとって掛け替えのない宝物。
生きてほしい。
この先の未来を、歩んでほしい。
俺は共にあることはできないが……。
ただ、幸せに生きていてほしい。
ごぷりと吐いた血は黒く染まっていた。
手で乱暴に拭うが、どこもかしこも限界なようだ。
魔物を殺しすぎておぞましい場所となった森の中を、屍さえ踏み越えて歩き続ける。
彼に見せるためだけの、あの穏やかな箱庭だけは死の欠片も残さなかったが、それ以外のところはこんなにも血生臭い。
離れていてもぴりぴりと肌から伝わってくる。
最後に絶望を残してやろうと、“管理者”が途方もないほどに強い魔物を放つのが、手に取るようにわかった。
魔物にとって強いと言うことは……魔素がたっぷりと煮詰まっているということ。
……あちこちがひび割れ、内臓も黒く染まった俺の身体は、もう長くは持ちはしない。
「……しらたま……か……」
ふと、脳裏に過ったのは、稀なる女性を盗み出したのに、手のひらから零れ落ちてしまった男の悲痛な叫びの歌。
昔眠気を誘う授業の合間に、あの歌だけが妙に印象に残っていた。
これだけ長く生きても、そのことを欠片たりとも思い出すことがかなかったのに。
ふと、露を真珠と間違えた物知らぬ稀人が、見送った人に重なる。
「白玉か……何ぞと人の問ひしとき、露と答へて消えなましものを」
無垢なる愛しき人を手に入れたのに、護るために隠したところ、鬼に喰われてしまった。
悲鳴も雷鳴にかき消され、一瞬にして奪われてしまった男の悲劇。
その姿が、無垢なる神子を何も知らせずに閉じ込めた自分と重なる。
あれは連れ戻されたのだ。その比喩だ。
鬼に例えた話にすぎない。
そう知識では習ったはずなのに……ふと、脳裏によぎる。
愛しき人を扉ひとつ隔てた場所で奪われたあの男の苦しみは、どれほど深いだろうか。
共に消えてしまいたいと慟哭したその絶望は、どれほど暗かったのだろうか。
もしも自分ならばと、心が黒く塗りつぶされそうになる。
奪わせない。
奪われてなるものか。
最後まで護り通してみせる。
たとえ自分の身が魔素と成り果てて、欠片も残らなかったとしても。
たとえもう二度と、あの青年を抱き締める事が出来なかったとしても。
最後の最後まで。
あの愛しき人を、護る。
「なぁ、お前との付き合いは随分と長いが、よくぞ折れずに付き合ってくれたな」
物言わぬ黒鋼の大剣に声をかける。
「お前の刀身も随分とガタが来ているが、最期の大仕事をしようじゃないか。もってくれよ……相棒」
斬るよりも砕く事に特化した黒鋼の大剣は、罅が入り、欠けた部分があっても、最期まで主と共に戦った。
刀身が折れる、その瞬間まで。
風化した黒鋼の大剣 断章4
幾星霜の死闘の末、吐血が黒く染ま
る。刀身もすでに限界だ。男は死骸
の山を築きながら強大な敵を屠る。
その命を絶てた時、黒鋼の大剣も役
目を終えたかのように二つに折れた。
※伊勢物語の「芥川」より一部抜粋。
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」
「あれは真珠かしら、何というのです?」とあの人が尋ねたときに、「露だよ」と答えて、露が儚く消えるように、私も共に消えてしまえばよかったのに。
男は戦い続けた。
未来の先へ、愛しき者を送り出すために。
その為に、百年もの時が過ぎた。
大切な人をゆりかごから送り出す。
ほんのわずかな未来を携えて。
最後の最後……まだ夜明けではないと可愛くすがる様を思い出す。
この百年は、いや、ジーンと出会ってからの日々は自分の長い人生の中でも忘れられないものとなった。
墓守としての過去も未来もすべて捧げてもなお対価に足りないぐらい、自分にとって掛け替えのない宝物。
生きてほしい。
この先の未来を、歩んでほしい。
俺は共にあることはできないが……。
ただ、幸せに生きていてほしい。
ごぷりと吐いた血は黒く染まっていた。
手で乱暴に拭うが、どこもかしこも限界なようだ。
魔物を殺しすぎておぞましい場所となった森の中を、屍さえ踏み越えて歩き続ける。
彼に見せるためだけの、あの穏やかな箱庭だけは死の欠片も残さなかったが、それ以外のところはこんなにも血生臭い。
離れていてもぴりぴりと肌から伝わってくる。
最後に絶望を残してやろうと、“管理者”が途方もないほどに強い魔物を放つのが、手に取るようにわかった。
魔物にとって強いと言うことは……魔素がたっぷりと煮詰まっているということ。
……あちこちがひび割れ、内臓も黒く染まった俺の身体は、もう長くは持ちはしない。
「……しらたま……か……」
ふと、脳裏に過ったのは、稀なる女性を盗み出したのに、手のひらから零れ落ちてしまった男の悲痛な叫びの歌。
昔眠気を誘う授業の合間に、あの歌だけが妙に印象に残っていた。
これだけ長く生きても、そのことを欠片たりとも思い出すことがかなかったのに。
ふと、露を真珠と間違えた物知らぬ稀人が、見送った人に重なる。
「白玉か……何ぞと人の問ひしとき、露と答へて消えなましものを」
無垢なる愛しき人を手に入れたのに、護るために隠したところ、鬼に喰われてしまった。
悲鳴も雷鳴にかき消され、一瞬にして奪われてしまった男の悲劇。
その姿が、無垢なる神子を何も知らせずに閉じ込めた自分と重なる。
あれは連れ戻されたのだ。その比喩だ。
鬼に例えた話にすぎない。
そう知識では習ったはずなのに……ふと、脳裏によぎる。
愛しき人を扉ひとつ隔てた場所で奪われたあの男の苦しみは、どれほど深いだろうか。
共に消えてしまいたいと慟哭したその絶望は、どれほど暗かったのだろうか。
もしも自分ならばと、心が黒く塗りつぶされそうになる。
奪わせない。
奪われてなるものか。
最後まで護り通してみせる。
たとえ自分の身が魔素と成り果てて、欠片も残らなかったとしても。
たとえもう二度と、あの青年を抱き締める事が出来なかったとしても。
最後の最後まで。
あの愛しき人を、護る。
「なぁ、お前との付き合いは随分と長いが、よくぞ折れずに付き合ってくれたな」
物言わぬ黒鋼の大剣に声をかける。
「お前の刀身も随分とガタが来ているが、最期の大仕事をしようじゃないか。もってくれよ……相棒」
斬るよりも砕く事に特化した黒鋼の大剣は、罅が入り、欠けた部分があっても、最期まで主と共に戦った。
刀身が折れる、その瞬間まで。
風化した黒鋼の大剣 断章4
幾星霜の死闘の末、吐血が黒く染ま
る。刀身もすでに限界だ。男は死骸
の山を築きながら強大な敵を屠る。
その命を絶てた時、黒鋼の大剣も役
目を終えたかのように二つに折れた。
※伊勢物語の「芥川」より一部抜粋。
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」
「あれは真珠かしら、何というのです?」とあの人が尋ねたときに、「露だよ」と答えて、露が儚く消えるように、私も共に消えてしまえばよかったのに。
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