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11.調達人、白妃の依頼を受ける 結 後編
しおりを挟む「そもそも、大事に大事にされていた白家の御姫様が、なんで職人に会うことが出来たと思う?」
私の言葉に、油断していた月から表情が抜け落ちる。
「なんでって……そりゃぁ簪の依頼を受けた時に……姿を見て一目惚れとか……」
「嫁入り前の、大事な大事な入内前の娘なのに? 直接対面する? ……そんな大切な嫁入り前の娘を直接若い男の職人に見せると思う?」
「……」
「おそらくだけど、もし娘の意見を聞き入れた簪を作らせるにしても、御簾越しか扇子で隠した形での面通しだと思うけどね。まぁ、私は似ているという女官の顔を晒して“この様な娘に似合う簪を作るように”と指示した説を推すけどね」
「それで……何が言いたいんだ? ほら、遠目に職人を見初めた白家の娘の方が熱心に口説いたとか、あるんじゃないか?」
「そうだとしても、必ずそこには“誰か”の手助けが必要だと思うのだけど? ほわほわとした良家の娘が監視を兼ねた護衛や女官の目を掻い潜って逢瀬ができるとは思えないのだけど」
「それは女官が手助けを……」
「女官が、“あの職人も貴女に気があるようですよ”って囁いたのかしら?」
「……それは……」
月の声が小さくなる。
「それは、本当に、純粋な好意からなるものだったのかしらね?」
女の幸せと言うには荷が重く。
親の願いと言うには利権が渦巻く。
もしも娘が次期皇帝の母となることができれば……。
皇帝の親類となる。
それは、権力を狙うものたちにとって、皇帝の座に近づく“手っ取り早い”方法なのだ。
そこに、一人の女の情念が絡む。
「その者は、こう思ったのではないかしら。従姉という間柄。顔も血筋も近いのに、何故、入内するのは彼女なのだろう。……なぜ、同じように幼い頃から纏足を強いられ、いつお手付きになっても良いようにと一流に育てられた自分ではなく、選ばれたのは“彼女”だったのだろう。ただ、長子の娘だったと言うだけで」
「……!?」
「もしも、入内前の娘に“傷”が付けられたのなら、利権に目が眩んだ白家は……代替えを用意するんじゃないかって」
「まて、紅! それでは意味合いが変わる!! 愛し合う二人のために偽るのと、自分の為に偽るのでは、意味合いが全く変わってくる!!」
「女官は、おっとりとした箱入り娘に『それはきっと真実の愛ですよ? 一人の男にここまで乞われるのは。これはきっと運命です。……大丈夫です。私が貴女の代わりとなりましょう。私たちはとても似ているのだから』なんて甘言を囁いて駆け落ちを勧めたのじゃないかしら」
「そんな……い、いや、女官の……女官の好意だったって解釈も……」
「……良く似ている二人の入れ替わりが周囲にばれてしまったのが、思ったよりも早いと思わないかい? それに、駆け落ちを手配したのが女官だったとしても、仕事を放り投げた若い職人が娘を拐かした……なんて直結するかしら? 白家の娘が入内前にいきなり消えたのなら、一番最初に疑われるのは“利権に伴う誘拐”だろう?」
「他家の妨害や、身代金の要求と……思われるのか。“念を入れて誰にも見せないようにしている娘”ならば特に」
「普通はそうだろうね。だけど、“誰か”がきっと囁いたのさ。“あの方は、職人と駆け落ちをしてしまわれました。きっと、取り返しのつかない状況でしょう”なんてね。取り返しのつかない、の内容は言わないけれど、夜を共にした男女が無実を訴えても白家は納得はしないだろうね」
「白家は、娘に見切りをつけて、女官を白妃として入内させたって訳か。……本来なら、娘と共に職人を葬るのが一番手っ取り早い。だが、腕を潰し職人の工房にけじめをつけさせ、娘と共に追放したのは……」
「箱入り娘は下々の暮らしに耐えられず、すぐに音を上げるって思ったのではないかしら? 意に反してのびのびと暮らしていたけれどね」
そこが白家の主が娘に甘い所なのだろうけれど。
……音を上げるところか娘は幸せそうに暮らしていたけれどね。
月が唸る。
「うぅぅ。これは、なかなか不味い秘密なんじゃないのか? 女官一人の謀ではなく、白家総出でこの取り替えに加担するなんて。いくら従姉だとはいえ、入内の相手を偽るのは皇族を騙す……謀反になるぞ!!」
「だから、白妃の腹には子は宿らなかっただろう?」
「……!?」
全く。白家も、女官もこの国を統べる皇族というものを甘く見ている。
歪に毒を孕むこの国の主をわかっていない。そんなお優しいものじゃない。
「後宮の管理者は、そんな事はとっくにわかっている。……だから、入内時に白家に告げたのだろうね。“不祥事を、正しく伝え非礼を詫びるかと思ったが、こんなに堂々と謀るなどとは”なんてね」
あの管理者の事だ。きっと凍えるような冷たい瞳で断罪したことだろう。
「白妃に以前渡りはあったが、ここしばらくは寵愛が途絶えていると、噂を拾ってきたのはあなたでしょう?」
「あ……あぁ……確かに……最近では渡りはないと女官が噂していた……」
「皇族側に早々に弱味を握られた白家は、白妃として入内させた女に支援する価値はないと捨て置いているのよね」
「……だから……高位の一族なのに、白妃には白家からの支援がなかった……」
「白妃は華奢で美しい方だもの。昔は子を孕まない程度には、渡りがあったのだろうけれど、近年では皇帝の興味も失われた」
「渡りもなく、生家からも見放された……女が一人。でも、それじゃあなんで白妃はこんな時に、職人たちの動向を知りたがったんだ? 己のしたことへの贖罪か?」
私は暗い笑みをそっと袖で押さえる。
本当に、そのような気持ちであったのなら良かったのにね。
「これも推測だけれどね。後宮で多くの者にかしずかれる代わりに、孤独と無価値感に打ち拉がれる女は思ったんじゃないかしら。“こんなはずではなかった。私はこの様な惨めな思いをするはずではなかった”女は自分の美貌に自信を持っていたし、皇帝の子を産むのは自分だと思っていたのだろうからね。そこでふと思い出すのよ、“そうだわ。私に騙されて男と逃げたあの女がいたわ。腕を潰された職人に未来はなく、家も娘を助けはしないでしょう。きっと私よりも惨めな生活をしているはず”……なんてね」
月はがぱりと開けた口を両手で覆って、「性格悪っっ!!」って顔をして固まっている。
「自分よりも不幸な人間を見れば“あぁ、良かった。私はここまで惨めではない”って心慰められる人も要るのよ。悲しいことにね。職人が死んでいれば良し。入れ替わった娘は一人惨めに生きているだろうと慰められるわ。職人が生きていても、苦しい生活を送っていれば良し。私は衣食住に不自由しない、だから私の方が幸せだって思えるからね。だけど、職人が入内用に作った最高傑作の簪を娘が手放して、『とても幸せです』なんて言付けるのは、想定になかった事なのよ」
「紅、あんたはその事をわかった上で告げたんだな……」
「……私は依頼を果たしただけよ? 静かに泣き崩れたのは、どんな感情だったのでしょうね」
月は呆れたような目でこちらを見てきた。
「……軽蔑した? 私は狡い上に性格も悪いのよ」
「……いや、狡い上に性格は良くないってことはわかったが、軽蔑はしていない。むしろなるほど、俺の雇い主はこういう奴かという理解が深まっただけだ」
口が少しだけへの字になる。これは、どう受け止めたら良いのだろう?
「ま、語られない部分は全て推測だけれどね。白妃の願いは叶えたわ。……それが望む通りの事かどうかはわからないけどね」
「はぁぁぁ~。こう、女って怖いなって事を聞いてしまった」
月は後ろの布枕にばたんと倒れるとごろごろと転がった。
もぉぉ、だから言ったじゃないか。聞くんじゃなかったって後悔するよって。
「うーー、あーー、あ、そうか」
倒れた月は瞬時に体を起こすと、キラキラとした目で語った。
「これは、推測の話、だよな?」
「まぁ、そうね?」
「ならこの物語は、俺の中でこう締め括る事にする」
コホンと月は勿体ぶってから、朗々と唸り声を響かせた。
「恋を選んだ尊き娘は、夢より愛を選んだ男と結ばれ、貧しいながらも幸せな家庭を築く事となった。大切に保管していた桃珊瑚の簪はもう必要ない。それ以上の宝が彼女にはあったからだ。きっと対価に恩人から贈られた財産は、愛し子をたくさん抱える二人に何かあった時の支えとなるだろう。二人は海辺で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
月はどうだ? どうだ? といった瞳で見つめてくる。
「見事に、綺麗な部分だけ掬い取ったわね」
「そうだろう、そうだろう! 紅、お前が目に見えぬ暗い部分を語るなら、俺が目に見える明るい部分を語ろう! これで陰陽交わり均衡が取れるな!」
私は、ぽかんと口を開ける。
自分の性質は自分がよく知っている。
だが、それを肯定されるなんて……。
「ふ、ふふ、あはは、おまえに掛かればこの物語も幸せな物語になるのね……」
「あぁ、俺は幸福な物語ってのが好きだからな! そうだ紅、ついでに良い事を思い付いた。給料の前借りってのは出来るか?」
「えぇ、まぁ、いいけど。どうしたの?」
「この前訪れた工房の髪飾りを一つ、お前に贈りたい! ついでにこっそり心配している女将さんに海辺の話をするのはどうだろうか。買い物ついでのちょっとした話だ! 誰も疑問には思わないだろう!」
あぁ、本当に、月は聡くて……いい子だね。
「いいけど。……落ちぶれたとしても最高品質の職人の飾りだ。給料10か月分の前借りになるよ」
私は月にニヤッと笑った。
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