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9.調達人、白妃の依頼を受ける 転 後編
しおりを挟む寂れた細工店で職人の事を聞いた私たちは、場所を移動して路地裏にひっそりとある茶屋に行くことにした。
この茶屋の席はすべて音が漏れにくい個室になっており、出入口が別れていたり、入店時間をずらしていたりと他の客とすれ違わないような造りとなっている。
「それで、さっき言っていた蝙蝠ってなんだ」
「まぁ、待ちなよ。うーん、玉露と……甘いものもあるのか。月はどうする?」
「お茶と草団子5本と饅頭5個!」
「……あなたさっき串をたらふく食べたのに……まぁいいや」
部屋に細く垂れ下がっている紐を引っ張る。
紐の先には音色の違う鈴が付いていて、音でどの個室の客が呼んだのかわかる仕様となっている。
店員が来るまでに備え付けの紙に注文をさらさらと書き綴る。
「ご注文でしょうか」
「これを」
印象の薄い店員に書いた紙を手渡すと、さっと手帳のようなもので確認する。
「……生憎、只今龍を切らしておりまして……。虎ならご用意できます」
「ならそれで」
「それでは虎と羊でよろしいでしょうか?」
「ええ。念のため、犬も付けておいてね」
「畏まりました。期間は三日ほど頂きますがよろしいでしょうか?」
「ええ、問題ないわ。ついでに茶と団子はすぐに出してちょうだいね」
「畏まりました」
店員は衣を整え、右手を左手でくるむ拱手礼を行った。
「それではご依頼頂いた案件に付きまして、我らは御身に忠義を誓いましょう」
店員はニッと微笑むと音の無い動作で下がっていった。
「あれが蝙蝠よ」
「動物が沢山出すぎて何がなんだか……」
すぐに、との言葉通りに茶と団子が用意された。
密室でもあるので、月の面を取る許可を出す。
月の顔はまだ見慣れることができない。
ゆっくりと深呼吸をして、よし来い! と気合いを入れなければ、私でさえ直視することができないのだ。
月はがぱりと嬉しそうに口を大きく開けると、饅頭や団子が中に消えていく。
ギザギザの犬歯が口を開ける度にちらちらと見えた。
「食べるか?」
「いいえ、我慢するわ……食べたらすぐに肉になるもの……」
「ふーん……もぐもぐ……旨っ!」
「ひと……口だけ……」
そんなに美味しそうに食べられると大変気になる。
月は独り占めしたい大食いではなく、人に分け与えることができる大食いらしい。
ニコニコと私の口のなかに草団子を捩じ込む。
「それで?」
「んぐっ……けほっ。蝙蝠って言うのは……鼠とも鳥とも言える特徴を持っているのに、鼠に非ず、鳥に非ず、家屋をぼろぼろにするから嫌われた……蝙蝠賦みたいな詩が生まれた訳なんだけど」
「吉兆とされるところもあるらしいが……ふむ」
「吉兆と呼ばれるようになったのは蝠と福の音をかけた所からかしらね。まぁ、私が依頼したのは、金銭で雇うことができる情報屋みたいなものね。金で雇った案件については、絶対の秘密の遵守と依頼の達成を保証してくれるわ」
「つまり、金で雇われた案件については味方になるが、その他ではわからないと?」
「次に会ったときは敵かもしれないわね。でも、例え敵対勢力であったとしても、受けた依頼については絶対の秘匿と忠義を誓うから、秘密裏に進めたい案件では重宝するのよ」
「ふーん。それで、蝙蝠に職人の居場所についての調査を依頼したってわけか」
「正確には、先程の店の女将に聞き出すと言うことだけれど。蝙蝠は多様な役を演じられる者たちがいるからね。その時々に必要な人材を借り受けるのよ」
「虎に羊に念のために犬……?」
「ふふ、どんな役割を当てはめたか、どうやって聞き出すのかは三日後ね」
月は甘味に満足したようで、家に持って帰れないかと思案していた。
茶屋は仮の姿なんだけど……と思いつつ何種類か甘味を包んでもらう。
あれ? 月って給金以上に飼育費が掛かるのでは……? なんて財布が軽くなる速度が前より早いことに気づいてしまう。
三日後に再び茶屋を訪ねると、蝙蝠は上手く仕事を果たしてくれたみたいだ。
艶やかな色を放つ店員が実際に居場所を聞いてきた蝙蝠を呼んでくれるという。
「ちなみにあれ、この前の店員と一緒だから」
「え!? 性別背丈骨格からして違ったぞ!?」
「顔を覚えられないように擬態が旨いのよ」
なんて話をしながら待っていると、二人の男性が入ってきた。
一人は大柄で厳つく、見るからに怖そうな男。
もう一人は穏やかで優しそうな男だ。
「なるほど、虎に羊」
ぼそりと呟いた月の言葉が聞き取れなかったのだろう。優しそうな男が首をかしげる。
手で報告を催促すると、優しそうな男が職人の居場所を口にした。
「今は南方にある海辺の町でひっそりと魚や珊瑚を取る漁師をしているそうです」
「漁師? 細工に関わる仕事ではないのね」
「恐らく工房に桃珊瑚を卸していた漁師の伝手かと」
「犬は使った?」
「いいえ、私の段階で心配そうに話してくれました。とても人柄の良い女将さんですね」
私は懐から成功報酬を取り出すと、蝙蝠に支払った。
「しかと、頂戴致しました。この依頼の内容については、墓場まで持っていきましょう」
「助かったわ。また依頼するわね」
二人の男が去った後、残ったお茶を啜る。
目の前で月がそわそわ、そわそわと話を聞きたがっている素振りをする。
「話してくれる約束だろう?」
「……今回の依頼は単純よ。目的は女将から職人の居場所を聞き出すこと。最初に虎は厳ついごろつきの体で『職人が女と逃げたときにこさえた借金の取り立てに来た。頭が変わる前なら見過ごされていたが、新しい頭はそんな生半可な事はできないぞ、あの男の居場所を吐け』と脅す」
「……ほぅ」
「それで吐かなかったら、次は優しげな羊が表れて、『お待ちください、職人の遠縁の自分が払いますのでここはどうか』と虎を宥めて追い返す。『あの職人の事だ。きっと借金とはいえ仕方の無い事情があったのでしょう。近年彼の作った細工が再評価され、そこを狙われたようで……そうですか、最近彼の事を訪ねてきた宮中の者がいると。その噂を聞き付けてごろつきは金が回収できると思ったのでしょう。なんとか彼を助けたい。その為には私が代わりに支払う旨の念書を、一筆書いてもらう必要があるのです。どうか彼の場所を教えてもらえませんか?』と優しく居場所を聞き出す」
「それ、詐欺じゃ……」
「自分の身を守るために話すならそれでよし。話さなければ、人助けのためという大義名分があれば、わりと話してくれるものだよ。言ったでしょう? 全くの他人と少しだけ良い人の他人、どちらを助ける? って。後者のほうが話しやすいだろうね。この時のコツとしては一人の時を狙い、判断の時間を与えずに畳み掛けるように選択を迫ることね」
「……もしそれで警戒されたら?」
「怪しまれて『警邏隊を呼ぶよ!』なんて言われたらね。……警邏役を投入するのよ」
「……あっ!! まさか使わなかった“犬”?」
「そう、犬。本物を呼ばれる前にね。警邏を騙るのはとても危険だから、これは最後の手段だけどね。……警邏役は『どうしましたか? これは詐欺の一種ですね。手配書を書きましょう。しかし狙われている職人が心配ですね。人を派遣して見てきましょうか?』……ってね。流石に最後もそうと疑いきれないのが人間というものよ」
「三段構え……」
「保険として付けたけど、犬は使うとべらぼうに高いんだ。羊の段階で話してくれてよかったよ。ま、女将さんには後日羊に補いはさせるけど、この一連すべでが仕組まれているとは咄嗟には判断できないだろうね」
語り終えて茶を啜ると、月は複雑そうな顔をしていた。
騙している……いや、害してはいないけどしかし……と悶々としているようだ。
「言っただろう? 私はね、狡いんだ」
「確かに、狡いな! だが、確かに居場所は聞き出すことができた。その事には違いない。……それで、職人のところまで行くんだろう?」
職人の居場所は聞き出せた。後は直接訪ねるのみだ。
「ええ、しっかりと籠として働いてね」
任せておけ、と月は大きく頷いた。
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