後宮の調達人

弥生

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8.調達人、白妃の依頼を受ける 転 前編

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 私が候補として挙げた店まで行く間、どうやってその工房に目星を付けたのかをユエが気にしていたので軽く説明した。

「このかんざし、飾り部分はなんだと思う?」
「何だかキラキラしている石!!」
「……はいはい、そうね。これは石に見えるけれど海の底にある珊瑚さんごと呼ばれるものよ。赤色や白色の珊瑚が取れる地域は複数あるけれど、この桃色の珊瑚は珍しく、昔は『桃はとく』と呼ばれて隠されたほどなの。今は許可された漁師や工房が定数を決めて市場に出しているけどね」

「と言う事はだ。これを扱う事ができる工房は特定できるってことか。何だ! 簡単じゃないか!」

「……難しいのはその先よ。大得意先の良家の娘が皇帝に嫁ぐって祝事にケチをつけることになったのだもの。いくら腕のある職人だろうか只では済まなかったはずよ。何らかの制裁は受けているはずだわ。私たちが見定めなければならない事は、問題を起こした職人の生死と、生きているならばどこにいるかという当たりをつけることね」

「なるほど。生きていれば良し。もし死んでいたら、その工房で昔に作られた細工の中で、その職人が作ったと特定される物を探すということか」
「そう言う事。若いとは言えど、この簪の繊細な作りを見れば技量は知れるわ。きっと工房でも腕を見込まれていた職人だったのでしょうね」

 ユエと小声で話をしながら進んでいると、寂れた細工を売る店が見えた。
 扱っている商品は白や赤の珊瑚の飾りで、とても美しい物が多かった。

「こんにちは」
「おや、お客さんかね?」

 店に立っていた髪に白いものが目立つ女は、一瞬私を抱える大男ユエに驚いた様子だったけれど、にこにこと愛想笑いをする私の姿に口元を緩めた。

「後宮に勤めている女官の姉がいるんですけど、仕えている妃様の簪が壊れてしまって困っているそうなの。とても美しい簪なので、直すか新しい簪を手に入れたいそうなんだけど、誰が作ったかわからないそうで……。代わりに探してくるように頼まれたんですが、この簪の職人さんってどなたかわかるかしら?」
 ま、姉なんて女官にいないんですけどね!

 細工屋の女は白い布で私の差し出した折れた簪を慎重に受けとると、飾り部分を回して全体を丁寧に確認していた。
 その、表情が曇る。

「……これは、確かに間違いなくうちの工房で作られた物だよ。この緻密ちみつ繊細せんさいな彫りはうちの職人が作った物だね。珊瑚は象牙よりも固く、加工が難しいから、ここまでの彫りを入れられる職人は限られているんだ。でも……お嬢ちゃん、ごめんね。この職人はやめちゃって、もうここにはいないんだ。うちの旦那が工房で一番の細工師だから、簪をどうにかしてあげたいけれど……桃色珊瑚の加工許可が取り下げられてしまっていて、直すこともできないねぇ。すまないね。他に加工できる工房を紹介しよう」
「あの……この職人さんの他の作品とかってどこかにありますか? 各妃様の宮予算からある程度工面できると姉が言っていたので……」
「……それも……その職人については語ることも許されていないんだ」
 桃色珊瑚の加工許可が取り下げられたのも、職人について語ることができないのも……制裁だろうか。

「その職人さんは今どこに……って聞いても、無理ですよね」
「すまないねぇ。それに……その職人は利き手が潰れてしまってね。人の歯ほど硬い珊瑚を削ることはおろか……もう簪の加工もできないだろうね」
「そんな……」
 女は少しだけ左上を見ると、申し訳なさそうに断った。
 私を抱えているユエが一瞬ピクリとする。その動揺の意図は察するに『詰んだ!』だろうか。

「すまないねぇ……何もお役に立てないで……。これ、良ければ紹介状だよ。良い職人さんを融通してもらえるように書いておいたから、お姉さんにそれでも良いかと聞いておいでね」
「……はい、ありがとうございます」

 私ではなくユエが気落ちしたようにとぼとぼと歩いて店から離れる。

「……これどうするんだ? その紹介された工房に修理を頼んでみるか?」
「それだと意味がないんだよねぇ……さて、沢山収穫があったわね」
「本当に? 詰んだって事しかわからなかったぞ?」
「まずは情報を整理しよう」
 拾い集めた断片を組み合わせて、ここまでの情報を整理する。

 一つ、職人は追放されていて工房にはもういない。
 二つ、おそらく当時の責任を取らされて、工房は桃色珊瑚の加工許可が取り下げられた。
 三つ、職人の事を話題に出すことすら禁じられている。
 四つ、職人は制裁によって利き手が潰されもう簪などの飾りを作ることはできない。
 五つ、職人は生きている。

「特に五つ目は大収穫ね!」
「いや生きてはいるのは良いが、これどうするんだ? 詰んでいるんじゃないのか?」
「六つ、おそらくあの女性は職人の居場所を知っている」
「え!? どうしてわかるんだ!?」
「居場所を尋ねた時に一瞬斜め上を見上げたからね。人が記憶を手繰るとき、目線が少しだけ虚空を見るんだ。おそらく、語ることは禁じられているけれど、居場所は知っているんだろうね。あの工房の女将さんみたいだし」
「え、ただの従業員じゃないって事も何でわかるんだ……」
「寂れた工房、他に人影もなく。一番の細工師が旦那さんだって言っていたけれど、おそらく工房の主だろうね。他の職人は辞めたか、新しい工房を紹介したんじゃないかな。それに、他の工房への紹介を書けるってことは、職人じゃないのに他の工房とも直接やり取りをしているって事だしね」
「なるほど……だが、もし職人の居場所を知っていたのだとして、どうやって場所を吐かせるんだ? もう一度聞きに行くのか?」

 あの女性はとても人の良さそうな方だった。
 心は一寸ほど痛むが、少々狡い方法を使わせてもらおう。

 私はニタァっと笑って、ユエに告げた。

蝙蝠こうもりを使いましょう」

 


 
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