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7.調達人、白妃の依頼を受ける 承
しおりを挟むいつものように情報を集めてから後宮を出る。
待たせている月を探すが姿は近くになく、首を傾げる。
キョロキョロと辺りを見渡したが、屋敷の前にも木陰にも姿はなく、念のために籠置きや馬留めも覗いたが、今留められている籠も馬なかった。あるのは植え込みや誰かが片付け忘れた武具や藁束の山ぐらい。
あんな目立つ大男、見失うことなんてあるかな。
これが禁軍や軍部なら、月ほどではないが、巨漢の男はいるだろう。
だがここは文官もいるような中央区域だ。
もしかして、追いたてられてどこかに行ってしまったか? あんなに自信満々に待っていると言っていたのに。
「月ー。月橘ー?」
「呼んだか?」
「ひょげっ!?」
がさがさっと藁の山が動いた。
……びっくりして尻餅なんてついてないもん。
「はっはっはっ! 驚かせてしまったか?」
「物凄くね。何でそんなところに……」
「紅が言っただろう? 喋るな目立つな大人しくしていろと。だが、どうにも皆この仮面が気になるようで、じろじろと見られてしまったからな! 仕方なく目立たないようにするにはどうすれば良いのかと考えて、藁山に擬態したのだ!」
「へ、へぇ……」
いや、まさかそんなものに擬態するなんて思ってもみなかったよ。
「いやぁ、存外気が付かないものだな。馬留めの横に藁山があっても、誰かが片付けるだろうと皆忙しなく通りすぎていった」
「なるほどねぇ……いやいや、もし親切な誰かが片付けようとしたらどうするのさ」
「藁の中を覗いて鵺の面が出てきたら……新しい怪異の始まりだな!」
あー、うん。藁の山に手を入れて何か生暖かいものに触れたら……悲鳴を上げて全力で逃げるな、うん。
「俺はちゃーんとお利口さんにしていたぞ。上司への口利きは済んだのだろう? 旨いものを食べて帰ろう!」
「その前に、白妃から依頼を受けた。その段取りをしないと……」
「白妃! 最近皇帝の渡りのないと言う妃か! 生家の家柄は良いの……むぐっ」
藁を払って私を抱き上げた月の喉を突く。硬い……私の手の方が負けそう。
「おまえ、何でそんな後宮の秘密を知ってるのさ」
「さっき聞いた」
「誰から!? ってそうか……なるほど……」
俺はちゃんと役に立つぞ! と言わんばかりの月の様子に合点がいく。
「藁山が……ただの風景に見えていたら……確かに油断して雑談する人もいるかもしれないわね」
私が童に擬態して噂を集めるように、彼もそこに居るのに見えていなかったのだろう。
彼は、静かに耳を澄ませて、何気ない会話を拾っていたのだ。
「どうだ、俺は良く働くし、ちゃーんとお前の役に立つぞ?」
「……有益な情報なら、美味しい串を奢るわ。人の居ないところで情報を整理しましょう」
月が収集したのは、小姓が話していた人が消える噂話と女官たちが話していた後宮の勢力図についての話だった。
「女児を産んだ朱妃と、穏和で優しいとされる桃妃が皇帝の渡りが多いそうだな」
「そんな赤裸々な事を噂していたの……」
「だが、緑妃や黄妃は渡りが少なく、白妃などはしばらくないとの事だったな。……誰に付けば一番良いのか、それを話し合っている様だった」
「なるほどねぇ。保身のためにも、そういった情報は死活問題かもしれないわね」
「どの妃がどの一門かまで話題に上げていたからな……女官というのもなかなか強かだな」
「白妃の事は何か言っていた?」
「祭事を司る一門だと……あと何だったか、後宮に入内する際にひと悶着あったとか……それで生家からは微妙な扱いだと。……確か白妃と一緒に入内するはずだった女官が若い職人と共に消えたのだったか」
「少しだけ捕捉すると女官は白妃の従姉で、とても似ていたそうね。そしてその時の若い職人が今回の依頼された簪を造った職人みたいねぇ」
「消えたってのは女官は職人に拐かされたということか?」
「それなら女官は可哀想な被害者として語られるわ。おそらく外聞が悪く、表立っては話せなかったのね。……駆け落ち、じゃないかしら」
「ほう! なかなかな展開になってきたな」
「後宮に妃と一緒に入内させるってことは相当丁寧に育ててきたはずよ。……皇帝の目に留まっても良いようにね。だから、その醜聞を揉み消すために生家も苦労したのではないかしら。だって若き職人と名家の女官の駆け落ち恋話なんて、一番興味ひかれる話題じゃない? それが丁寧に話を集めないと出てこないってことは、どこかで情報を止めた者がいる気がするの」
月はうんうんと頷く。
面白くなってきたじゃないか、と。
「後宮に入内する際にってことだから、生家も娘が傷物にされないように相当気を付けていたはず。どうやって女官と職人が仲を深めることになったのか、気にはなるところだけど……まずはその職人がどこにいるのかを突き止めないとね」
宮殿を辞すると、そのまま町まで降りていく。
屋台が連ねる道を通り、甘辛いタレで鶏肉をじっくりと焼き上げた串を注文した。
月はしっかりと情報を拾ってきたし、そのご褒美兼ねての串だ。
勢い良く串に食らいつく音がする。
「旨いな! 噛めば噛むほど旨味が増す! いくらでも食べられそうだ!」
「ちょっと、タレがついた手を衣で拭かないでよ!」
私を抱えたまま片手で食べている月は、豪快に串を2本3本と平らげていく。
面を着けたままだと食べられないって?
その手が空いているじゃないか! って月に言われて私が少しだけ顔から面を浮かせる役目をしている。うむむ。
「それも食べないなら俺が食べてやろうか?」
「ゆっくり食べているんですー! 味わってるの! 食べ過ぎると太るから……」
「はははっそれなら運動すればいい!」
「運動するのが嫌だから籠のお前を雇っているんでしょう!!」
ぐぅぅ、こいつに食べられる前にもう一本食べたいけどさ!!
15本も買った串はほとんどが月の腹に収まった。
横溝にある水場で手や口を濯いで職人たちが軒を連ねる区域まで移動する。
ついでに小銭だけれど、町で見かける物乞いの孤児や修験僧の籠に銭を落としていく。
「ん? ずいぶんと優しいのだな。見ぬ振りをする者が多い中で。持つものは分け与える精神か?」
「そう言えたら良かったのだけどね。まったく知らない他人とたまに恵んでくれるちょっと良い他人と、助けるならどちらを選ぶ? 処世術の一つだよ」
「ほぅ」
「他にも些細な挨拶やちょっとした親切は、基本だね。大きすぎる借りは負担になるけれど、店の前の屑を拾った、道案内をした、そのぐらいのたいしたものではない借りは、負担にはならないもの。細やかだけど、“この人は親切な人だな”って程度の印象操作ができるなら、儲けものだよ」
「そうなのか?」
「言ったでしょう? まったく知らない他人とちょっと良い人そうな他人、どちらを助ける?って。直接には効果がなくとも、人の目が防波堤になることもあるからね」
月はぴたりと足を止めてしまった。何やら考えている様子だ。
少々私の親切には打算があるのだ。呆れたのだろうか?
「ちなみに金銭を伴う場合、こいつは金を持っているなって後から付けられることもあるから、気を付けているよ。今は月がいるから、さすがに手は出して来ないでしょう。……私のような見くびられる外装をしている者が生きるには、そのぐらいの小狡さはないといけないのさ」
月は首を振る。
「いいや、本当に感心している。狡いだろうがなんだろうが、あんたが行った行為には変わりない。今銭を貰った誰かは食べるものにありつけるだろう。屑を拾ってもらえた店の者も道案内をされた者も、小さな親切にほっこりとしているはずだ。あんたの目的はどうであれ、受けた側は確かに喜んだ。その事だけは間違いない。自衛の仕方だってそうだ。あんたは力はないが、人を傷つけない自衛の仕方を身に付けている。あんたを拐かそうとする者は、きっと町中の目が敵になるだろう?」
私はなにも答えずにこりと笑う。
「それによくよく考えてみたら今だってそうだ。あんたが俺の髪にペタペタさわり、親しんでいるように見せているのも、“これは私の知り合いだ”と印象つけるためだろう? じゃなきゃ町中まで抱上げて運ぶ必要はないからな」
私はなにも答えずにやにや笑う。
本当に、月は聡い男だ。
「そこまで抜け目ないあんたの事だ。明確な目的地があるんだろう?」
「えぇ、そうね。仕入れの関係で目利きはある程度できる。あの簪だって、どこの工房の職人が造ったいたかは目星がついているわ。当時の事を知っている人がいないか訪ねてみましょう」
預かった壊れた簪は相当の業物だ。
同門の職人が見れば、誰が造ったわかるだろう。
……もしも職人が亡くなっていたら、別の方法を探すだけだ。
私は月に抱えられて雑路に入っていった。
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