後宮の調達人

弥生

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6.調達人、白妃の依頼を受ける 起

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 後宮への品を検品するいつもの部屋にて。

「まだ五日経っていないが」
 冷ややかな管理者の声を平伏しつつ聞く。

「お耳に入れたい事がございまして」
「……ほう?」
「かねてより願い出ておりました、籠を調達いたしましたのでご報告申し上げます」
「籠……か。して、乗り心地はどうだ」
「大型ゆえに目立ちますが、頭も腕も申し分なく」
「……使えるのか?」
「一度聞いたものは良く覚え、知見を整理する事ができます。また、十八般武芸は概ねと、護衛としての能もあります」
「十八般武芸とは大きく出たな。一芸二芸に秀でたものはしばし聞く。だが概ねどれかにければ、どれかは短きもの。概ねとはいえこの国でもそうはいまい」
 ……え、武芸についてはあまり詳しくないのだけれど、そんなにも珍しいものなのか?

「私でさえ矛、弓、鞭、剣……程度だな。使いこなせると言えるのは。それで? 概ね使いこなせると言われているのは現軍では右翼半将軍や左翼涼漠大隊長ほどしかいないと言われるのだが……お前はそれをどこで拾ってきた?」
 ……は、橋の下で?
 いやいや、信じてもらえまい。野良求職鬼だったなんて。

「……禁軍の……亡くなられた軍医の養い子だと……登録されているはずでございます」
「ふーん、まぁ良い。お前が使うのであれは、記録は消しておこう」
「はい……」
「それで、その籠の喉はきちんと塞いだか?」

 でたー。
 でたよー。
 この管理者に慈悲はない。
 ただの籠には言葉は要らないだろうとの冷酷さ。
 後宮の管理者ゆえに、中の情報については特に敏感だ。

 ……なかなか籠の乗り手を選ぶことができなかったのは、推薦状が足りないだけでなく、こういった事情もある。

「……籠は、言葉を口にすることはできますが、その意を汲み取るのは大変難しゅうございます。私でも、一つ一つの意を測るのに、耳を研ぎ澄ませなければなりません。余人には、彼の者の言葉を理解するのは困難でしょう」
「喉を開く必要はないと?」
「後宮の秘密を漏らすことはないと、私の身によって証明いたしましょう」
「……ふん、まぁ良い。良く転がるお前を掴んで運ぶくらいなら、問題はなかろう。承知した」
 へーへー、良く転がるほど運動神経が悪くてすみませんね。

「ついでだ。白妃から調達の依頼が出ている。直接頼みたいとの事なので受けて来い」
 言いたいことだけ言うと、管理者はさっと踵を返した。

 傍若無人ぼうじゃくぶじんにも程があるが?

 管理者がきちんと遠ざかったかどうか耳で追い、いなくなった瞬間によいしょと立ち上がる。
 べちんっ。
 ……裾を踏んで転けそうになんてなってない。
 そこまでどん臭くは……ないと言い切れないのが悲しい……。

 この管理者に品を受け渡す建物は、後宮に繋がる建物だ。
 主に女官や宦官、ごく稀に私のような調達人が出入りすることが許されている。

 時代によって後宮の在り方は多少異なり、大規模であった時代には、役目を終えた妃が後宮から出ることもできたが、当代の後宮は一度入ると出ることが出来ないと言われている。
 妃となってしまうと、生家の者たちにさえ二度と会うことは叶わないのだ。

 だから、妃たちは調達人を介して欲するものを得ようとする。

 彼女たちは望む。
 生家からの荷物を、友からの文を、皇帝を惹き付ける香を、はたまた美しい衣や宝玉を。

 私は彼女たちの“願い”を聞き、それを届けるのだ。



 白妃の宮はひっそりとしていて、風情がある。
 平伏していると、しゃなりしゃなりと簪の飾りが鳴る音が聞こえてきた。
 細く小さな足が整えられた地を踏む。

「久しいですね。調達人」
「はい、白妃様も御代わりなく」

 白妃は後宮の中でも度々私に依頼をしてくる妃だ。細く折れそうなほど華奢な方で、儚い霞のような方だ。
 度々品を届ける事があり、籠の許可状をくださった方の一人でもある。

かんざしをひとつ、手配してくださらないかしら」
「簪、ですか。どのようなものをお望みでしょうか?」

 白妃は目を伏せると睫毛を震わせ、そっと赤い唇を開いた。

「生家からここに嫁いでくる最中、若い職人に簪を作らせたのです。とても美しい簪を。……それを壊してしまって。もう随分と昔になりますが、腕のある職人です。同じ物をお願いしたくて」
 お付きの女官が私のところまで来ると、手をすっと差し出した。
 手のひらには、繊細な飾りが折れた簪が載せられていた。
 
 これは、なかなかに難しい依頼になるぞ。
 言葉を飲み込んだのは刹那せつなの事。
 うやうやしく壊れた簪を受けとると、懐から手拭きを取り出し、丁寧に包んでしまった。

 私はにこっと笑うと白妃に深く平伏した。

「ご依頼承りました」

 私は調達人だ。どんな物だって調達してみせる。

「作り手の同じ簪を、お届けいたします」

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