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3.調達人、鬼と遭遇する 転
しおりを挟むえ、怖い怖い怖い。
私の背丈の倍はあるだろか。怖い怖い怖い。
遠巻きにしながら、なんとか音を拾う。
麻で編まれたずた袋越し、距離もあるし不明瞭。
だが、喉の奥から叫んでいるのだろう。この距離からもなんとか音が届く。
聞き取りづらいが、耳が音を拾う。
「雇ってくれーーーー!!」
……は?
聞き違いかと耳をすます。
「お賃金が欲しいーー! 護衛に納屋の掃除に庭の整備、子どもの世話から按摩まで何でもする! 雇ってくれ~~!!」
……。
……?
「給料は一日鉄貨三十枚、十日で銀貨一枚。できれば三食昼寝付き住み込み有りで雇ってくれ~~!!」
あら安い。
一般的な町の商売人の給与が一か月で銀貨二十枚。銀貨一枚となれば子どもの家庭教師の一か月と同じぐらいの金額だ。
そこそこ値は張るが、払えないほど高いとまではいかない。
護衛や用心棒であれば軽くその五倍はするだろう。
そういった意味では安いと思ってしまう。
じゃなくてじゃなくて……。
「住み込みが無理なら納屋でも我慢する! お得だぞ~!! 十八般武芸は難なくこなせる! 得意は白打だ! 重い物も持てるし、何なら籠も一人で引くぞ~!!」
「いやいやいや、目的ってそれ!? 職探し!!?」
え、白打って徒手格闘だから武器も不要だしお得! なんて思っている場合じゃない!
待って待って。頭が追い付かない!
「雇ってくれ~~!!」
「待った!! そこの大男!! 銀貨二枚でどう!!?」
声を張り上げる。
その時、文官を追いかけていた男がぴたりと足を止め、くるりとずた袋を被った顔をこちらに向けると、どどどっと走り寄ってきた。
怖い怖い怖い!!
怪奇譚かなってぐらい怖い!
「おぉ、やっと話の通じる奴が来た。あんた、俺を雇ってくれるのか!」
獣の皮を乱暴に着た男は巨木を思わせるような大男だった。
……う、しばらく身支度をしていなかったのか、なかなかに臭う。
薄汚れているのも相乗効果で、相当に不審者となっている。
「話を聞かせてくれたらね。あなた、最近ここで文官を追いかけてなかった?」
「ああ、武官なら護衛は要らないだろう? だが文官なら町までの護衛は需要があると思ったんだ! だが皆逃げていくばかりで、なかなか会話にならなくてな」
「……求職してたの」
「昔爺さんが就職には自己の売り込みが大事だと聞いていてな。どうだ、武芸では負けを知らない。自分で言うのは何だが、お得だぞ!」
「……いや、まぁ、その……こんな大男が今まで野放しにされていたのもすごく気になるけど……」
「数日前までは禁軍にいたんだがな」
「禁軍!? 皇帝直下の軍じゃない!」
「それが……クビになってな」
……は?
「聞いてくれ、俺は禁軍に仕える軍医の爺さんに育てられてな、こう、すくすく伸びて武芸もわりとなんでもこなす事ができたんで、特例として末端として働いていたんだ。爺さんにはお前は素顔を晒すな、大変な事が起きるぞと言われたのでいつも全身鎧と兜を付けていたんだ。人前では喋るなとも言われていたな。一つ一つ爺さんの言う事を聞いて従軍していたんだが……爺さんが亡くなってな。こんな時は上官とやらに伺い立てすればいいかと、次は何をすればいいかと聞きに行ったら邪険にされてな。新しい仕事もないし、クビですか? と尋ねたところ、失せろと言われたものだから、困ったものでな。鎧は軍の所有物だから置いていくしかなく、私物はほとんどない。着る物すら困って唯一持っていた昔仕留めた熊の毛皮を着ているのだが、少し野性味が増してな。あと穀物を入れていた袋も拾えたのでそれを被って面を隠していたら、なぜか皆逃げ始めて……」
「待った」
「うん?」
「あなた、おしゃべり好きって言われない?」
「爺さんにお前は一気に話しすぎるから相手の反応を良く見て話せ。ちゃんと会話しろと怒られたな!」
爺さんかなり的を得た説教をしている。
だがこんな困った大男を野放しにして……。
「いやぁ、愉快だ愉快だ。爺さんぐらいしか俺の話を聞いてくれなかった。こんなにも話ができるのはいつぶりだろうか。なぁ、あんた。俺を雇ってくれ。護衛としてはなかなか役立つぞ」
「あなた、周りから鬼って言われているけれど、鬼じゃないよね?」
「鬼? あははっ御伽噺のか。俺は確かに大きいが、ちょっぴりお話好きな普通の人間だぞ?」
袋を取って額に角がないのを証明しようか? と聞かれたが、断った。
なんか臭そう。
うーん、就職活動中の大男、文官の訴え、問題解決での推薦状。
うん、全て解決するな。
「いいわ、雇ってあげる。私は紅姑娘。紅って呼んで」
「おお、ありがてぇ!俺は月橘だ。よろしく頼むよ!」
ニカッと笑って手を差し出してきたが、ちょこっとだけ臭そうだったので水浴びしてから握手をすることにした。
「ところであなた、もし私が人を雇える決定権がない人だったらどうするつもりだったの?」
「そのお着せは素材がしっかりとしている。裕福な子女にしては華がなく、どちらかといえば商人の着るような格好だ。となれば商人の使いだとしても、主人に伺いを立てる段階まではいけるだろう? それに話が通じるならばあんたが推してくれるだろうし、逃げられた今までと比べたら格段の差だ。何も問題はない」
なるほど。
思ったより理知的な回答にビックリしてしまう。
「まぁ、よろしくね。月」
こうして、鬼と間違われた大男を雇うこととなった。
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