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金鳴鳥の囀る朝に。
金鳴鳥の囀る朝に。 第四話
しおりを挟む「おいおい勘弁してくれよ。あとは感動のエッチだけだろうが……」
大樹の上で様子を伺っていた壮年の男は顔を覆う。
長い時を経て戦い続けてきた男は、戦いの最中に身に付けた遠視と遠聴の魔法で拾った会話に溜息をつくばかり。
「俺なら森に入った瞬間に襲っているぞおい……」
「ピィ!! まったく、野蛮な男ですね! 愛しいからこそ言い出せない。それこそ愛というもの」
「そうかぁ?」
「でも……前提としてあの男、邪魔ですね。主様には可愛い鳥と忠誠心の強い馬だけで良くないですか?」
「あ? クソ鳥が何言ってやがる。どさくさに紛れて一人だけ撫でられに行くとか裏切りやがって」
「ピィ!! 失礼な! 私は主様に掛けられていた呪いを解きに行っただけですよ! まったく、失敬な男ですね!」
「聞いたこと無いような甘えた声作りやがって。完全に役得じゃねぇか」
男は乱暴に金鳴鳥の頭を押さえつけようとする。
「ビィィ!! やめてください! せっかく主様が撫でてくださったのに! 薄汚い中年が触れて良い羽ではありませんよ!」
「はぁーー?? お前、長年の相棒にそんな事言うか!? ちっまったく可愛くねぇクソ鳥が」
「ふんっ私のこの羽は主様が『シリル、可愛い。シリルは世界で一番綺麗だ』なんて認めてくださった美しい羽ですよ! 銀鳴鳥として……いいえ、金鳴鳥として美しい羽は至上の誉れ。気安く触らないでください! ピィィ!!」
そんな事を言うが、普段は櫛で痒い所を梳いてくれとブラッシングを強要する相棒に辟易としながら、男は馬を走らせる二人を目で追う。
「おいクソ鳥」
「何です野蛮な男」
「俺はどれぐらい持つ」
壮年の男の問いに、金鳴鳥は一瞬沈黙する。
「……。長くは……持たないでしょうね」
「だよなぁ。ったく、しゃあねぇ。最後に一肌脱ぐか」
「……願い叶えし者よ。最期まで、私がお付き合い致しましょう」
「あぁ。……金鳴鳥サマが居てくれるなら、ま。悪くねぇな」
男は大きく息を吐くと、古びたマントを翻して馬の蹄の跡を追った。
森の奥深く、夕方まで馬を走らせると野営に適した場所が見つかった。
近くに流れる小川に焚き木のできる空間。そうして馬の餌となる草の群生。
馬を走らせていると二度ほど獣に遭遇したが、グラディウスの言った通りに駆ける馬の速さには追い付けない様子だった。
「馬なら通れ、馬車なら戻れ。なるほど、確かにこの森は早駆けのできる馬ならばといった所だね」
「だろ? だから森を抜けての貿易には適していないんだ。荷馬車だと追いつかれちまう。かといって馬で早駆けするにしてもリスクは高い。近隣の村の為に定期的に騎士団も巡回しているが、切り開くほどの利点もねぇ。この森を抜ければ隣国ってのも含めて、不可侵になっているしな」
「なるほど……」
王城務めが主なアイルと違い、グラディウスは遠征に何度も出かけていた。野営の術などは手慣れたもので、アイルが手伝う何倍の手際の良さで進めていく。
グラディウスは最後に魔物避けの呪具を発動させると、火の番をしていたアイルの元に戻って来た。
村で調達してきた肉を焙り、簡易的なスープを啜る。
「ありがとう。野営には慣れていなくて、助かった」
「惚れてもいいんだぜ」
「ああ、本当に。君がモテているのもよくわかる」
くすくすと笑ってアイルは軽くいなすが、半ば本気で言っていたグラディウスは肩をすくめる。
「あと一日、いや余裕を持って二日か。森を抜ければうちの国ともガランド帝国とも距離を置いている国に入る。そこまで行けば少しは安心だろう」
「ああ……」
眠る前にとシリルに餌をやっていたアイルは森を越えれば、と考える。
森を越えても……グラディウスは……。
――共にあってくれるだろうか。
彼は輝くような美貌の持ち主で、どんな場所でも生きていける。
自分が彼を必要としていても、彼が自分を必要としなくなるかもしれない。
そう思えば思う程、森を出るのが怖くなる。
その物思いに耽るアイルの横顔に、グラディウスは声を掛けたくても掛ける事ができなかった。
何を考えている。
誰を、思っている。
未来についてだろうか。それとも、国に残してきた想い人の事だろうか。
それをすぐに聞き出す事の出来ない自分に苛立つ。
――しっかりしろ、俺は決めたじゃないか。
「もう眠たいかい? そうだね、今日は色んなことがあったからね。お休みシリル」
本格的に羽毛がふくふくとしてきたので、シリルを籠の中に入れて布を被せる。
「なぁ、アイル……」
そうグラディウスが声を掛けようとした時だった。
向けられた殺気に火の元から距離を取り、剣の柄に手を掛ける。
心臓を上から押しつぶされるような殺気に、グラディウスの額から一筋汗が流れ落ちる。
「誰だ!」
森の影からブーツの爪先が火に照らされる。
ゆっくりと暗闇から姿を現したのは、処刑台の前でアイルを救った隻眼の男だった。
「おいおいおい、隙だらけじゃねーか。俺なら今の間に三度は首を落としているぞ」
男は瞬時に踏み込むとグラディウスに斬り掛かる。
刀身を抜いてそれを防いだが、力で押された。
「ぐっ」
グラディウスの剣撃は速いだけではなく、重い。
他の騎士と打ち合っても競り負けることはないというのに、壮年の男はそれ以上の力で押してくる。
「グラディウス!」
アイルが慌てて助けに入ろうとするが、それを男が牽制した。
「おい、クソガキ。お前の剣はそんなに軽いのか?」
グラディウスはその言葉に歯を剥き、固有魔法で自身の時を速める。
一瞬だけ剣を手前に引いて男の腹を薙ぎ払おうとするが、その剣すら止められる。
「なっ!?」
ぐるりと剣を絡めとられ鉄板を仕込んだブーツで胴を蹴り飛ばされた。
「がはっ」
グラディウスは勢いよく木の幹に叩きつけられ魔力が霧散する。速度の戻った世界でアイルが声を上げた。
男は剣振って肩に掛ける。
「てめーの能力は確かに使えるが、それに慢心していると次手で遅れるぞ。お前、自分だけがその能力を使えると思ってんのか? 呪具や複合魔法、抑える手はいくらでもあるんだぞ。……そもそも場合によっては魔法を阻害される事もある。舐めてんのか」
「くそ……野郎……」
「そんなにも弱くて何が守れるんだ。あ? 自分の首すら守れねーだろ」
圧倒的な力の差に、アイルは冷静にグラディウスを逃がす方法を考える。
助けてくれた相手だと躊躇いがあったが、彼への殺気は本物だった。
焚き木の火を男の方に蹴り、火の粉を飛ばす。
チラチラと舞う火の粉の中、男に向かって剣を突き出した。
男は剣で軽く受け流すと、アイルは隻眼の……視力が欠けている方に隠し持っていたナイフを突き出す。
男はにっと笑うとアイルの手首をねじり拘束する。
「さすが純粋な剣技だけではそいつと競る。容赦無く死角を狙う所もいい」
「グラディウス、今だ! 逃げてくれ!」
アイルは男に手首を掴まれたままグラディウスに叫んだ。
「だが、力が足りねぇな」
「あぐっ」
軽く捻られるだけで持っていた武器が地に落ちる。
男は持っていた剣を足元に刺すと、アイルを後ろ手に拘束した。
片手で身動きが取れないようにすると、そのまま顎を掴んだ。
「弱い者は奪われんだよ。こうやってな」
男はアイルの口を自身の唇で塞いだ。
「んんっ!」
男の舌が口内に侵入する。
アイルは抵抗しようとしたが、自分を見下ろす男の瞳に言葉で言い表せれない哀しい色を見た。
本来ならば気持ち悪くなるはずなのに、どこか彼に似ていて拒絶できない。
男の口付けは激しくも哀しいものだった。
歯をなぞられ口内の弱い部分をなぞられる。
やっと唇を離され飲み込み切れなかった唾液が口の端を伝う。
それを男が舐め取った。
「てめぇ……」
グラディウスは血の気が引いたまま怒りに翻弄される。
「男だが抱くには丁度良い身体だ。お前の代わりに俺が一夜の慰みにしてやるよ」
衝撃で地に落ちた剣を拾うとグラディウスが男に斬り掛かる。
けれども男はそれを炎の矢で縫い留める。
「ぐっ」
「グラディウス!!」
「攻撃は読みやすく、能力に胡坐をかいて修練も甘ぇ」
男はアイルの首を擦り、その襟から手を入れる。
「うっ」
「だから奪われんだよ」
するりと肌をなぞられ、アイルは呻く。
男は殊更グラディウスを煽った。
「グラディウス引いてくれ! 僕たちじゃ歯が立たない! 僕はいいからっ」
「引けるかよ!」
男がにやりと嗤う。
闘志を失わないぎらついた瞳。昔の自分を思い出すような、強く鋭い眼差し。
「へぇ?」
「惚れた相手一人守れないで何が騎士だ! くそったれ野郎! アイルを離しやがれ!!」
「はっ弱い犬に吠えられてもな」
グラディウスは考える。圧倒的な力の差を見せつける男からアイルを救う手立てを。
自身を加速させながら剣を投げる。男がアイルを拘束していない手で地に突き刺していた剣を引き抜き、軽くいなす。
剣が弾かれた瞬間に、加速したグラディウスは男の足元に手を伸ばし、アイルが落とした剣を拾い下から上に斬り上げる。
男の片腕が宙を舞った。
その瞬間、拘束の手が緩んだ隙にアイルを奪い返して地を強く蹴り後方に飛ぶ。
「いいねぇ」
男は汗を額から一筋流しただけで笑みを浮かべる。
片腕を失ったはずなのに、どこか不自然に血が流れる事もなかった。
「強くなれよ、グラディウス・レイジ。大切な物を守れるくらいに強く」
「言われるまでもねぇよ!!」
男は剣を納めると、切り飛ばされた片腕を拾い、鳥を呼び寄せる。
美しい金の輝きを持つ鳥は男の肩に乗ると高く囀る。すると切り口に当てた腕が元通り男の身体にぴたりとくっついた。
グラディウスはアイルを抱き締めながら、警戒を解かずに剣を構える。
「興が冷めた。若者いじめるのもこのぐらいにしておいてやるか」
「ピィィ!!」
金の鳥はどこか怒った様子で男の頭を突く。
男は目的は果たしたと言わんばかりに後ろに下がり、闇に溶け始める。
「あばよ。……王国は知らねぇけどしばらくは追って来られないんじゃねーのか?。今はそれどころじゃないからな。ま、森を越えれば港を有する貿易国だ。海を渡って大陸を出ろ。世界は広いぞ」
「……何が言いたい」
「大切な物があればどこでだって生きていけるって話だ」
「あなたは……っ」
アイルは壮年の男に問いかけようとする。
だが、男は少しだけ困ったように笑った。
その表情は、彼に本当に似ていた。
「あーーくそ、腹立つ! あの男にもだが、弱え自分にもだ!」
男の気配が辺りから去り、グラディウスは腰が引けたかのようにずるずるとへたり込む。
アイルの身体をぎゅうっと強く抱き締める。
その手は、微かに震えていた。
「グラディウス……」
「あんな……男に奪われてたまるかよ。お前を……」
アイルはグラディウスの声が、じんわりと胸に染み入る。
思い浮かぶのは絡まり合った幾つもの思い。
切なさと嬉しさと戸惑いと、そして男が最後に浮かべた微笑。
そうして、ふっと思い出してしまった。
『惚れた相手一人守れないで何が騎士だ!』
彼の言葉を。
ぶわりとアイルの首筋が赤く染まった。
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