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銀鳴鳥の囀る朝に。
銀鳴鳥の囀る朝に。 第四話
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窓から差す淡い光が夜明けを告げる。
アイルはグラディウスを起こさないようにとそっと彼の腕から抜け出すと、軋む身体に愛しい人に抱かれた痛みを感じて微笑んだ。
静かにグラディウスの額に接吻を落とすと、声に出さずにさよならと告げて、部屋を出る。
昨夜酒を飲んだ居間の隅、まだ起きることのない銀鳴鳥に別れを告げる。
「元気で。君の面倒を最期までみることができなくてすまない。グラディウスと仲良く。彼は良い人だから。きっと可愛がってもらえる」
覆いを取ることなく、優しく語りかける。
彼の部屋の鍵を閉めて手紙受けに投函する。
まだ青く冷たい空気の中、青い空が朝焼けに染まるのを見つめた。
日が昇る。
すでに心は凪いでいて、その暁をただ美しいと感じていた。
アイルの最期の一日が始まろうとしていた。
部屋に戻ると質素な服に着替えて、誰にも見つからない間にと宮廷に向かう。
騎士団長はすでに待っていて、色々と準備を整えていた。
王子はすでに国を出たのだろう。王子の残した衣類を纏い、呪具で顔を変えて、設置されたばかりの断頭台に登る準備を整える。
隣国への忖度だけで行われるこの粛清は、朝に公表されたというのに、すでに民衆が押し寄せてきていた。
一番前の貴賓席には、青ざめた我が国の王と王妃と、それから隣国の見届け人。
「何か言い残すことは」
王子として広場に出る前に、苦渋の表情を浮かべた騎士団長が小さく尋ねた。
「何もありません」
「……そうか」
言い残すことも、思い残すことも、その時のアイルには何もなかった。
「すまない。先にヴァルハラで待っていてくれ。私は国に殉じてから逝く」
騎士団長はいつだって騎士側の人間だった。王子の代わりに死んでいった他の身代わりたちの死も、悼んでくれた。
アイルは小さく首を振る。
「私の首で隣国との均衡が保てるのでしたら、容易いことです」
王子の尻ぬぐいだが、それによって国同士の争いが免れるならば、アイルの首一つでは安いものだ。
騎士団長との最期の会話を終えて、ゆっくりと断頭台に登る。
下を見渡すと民衆は処刑が娯楽になるのか、多くの者たちが熱を帯びた眼差しでこちらを見つめていた。
王子はその美しさの代わりに傲慢で、民からも評価は低い。
前列の王たちは身代わりがばれないか気が気ではないのであろう。
隣国の見届け人は首さえ持って帰れれば良いのか、あまり気乗りはしていない様子であった。
すっと青空を見つめる。
晴れ渡る空が美しく、雲一つない晴天だった。
首を木枠に押し込まれても、心は最期まで凪いでいた。
アイルは昨夜の事を思い出す。
良い人生だった。
最期に、愛しい人に抱かれることができた。
心は多幸感に満ちて、何一つ欠けるものなどなかった。
そっと目を閉じたアイルは微笑んだ。
アイルは痛みを感じる間もなく。
ゴトンと、首が落ちる音だけが遠い闇の中で聞こえる気がした。
民衆たちの歓声の中、周りの騎士たちに羽交い絞めにされ、自身の口を血が出るほどに塞ぐものがいた。
あっけなく落とされた王子の首はずるりと持ち上げられて、間違いがない物だと証明するように民衆の前にさらされる。
――何故だ。
微睡んでいたら、隣に眠っていた彼の姿はなく。
――どうして、何故あいつが死ななければならない。
青ざめた同期たちがドアを叩く音で起こされた。
――そんな素振りは一切なかったじゃないか。
王子の処刑なんて興味がない。そうぼやいたグラディウスの胸倉を掴んで、騎士団長が最期を見届けるようにと俺たちの世代の騎士に伝えたと。
身代わりの騎士の死。そういわれても、脳が理解を拒絶して。
いやあいつは、俺の隣でと言いかけて、何故昨夜鳥を預けに来たのかと、その本当の意味を理解した。
慌てて駆け付けた広場にて、断頭台に登る王子の姿を見つけてしまう。
あの凛とした立ち振る舞いは、王子以上に美しく。
共にあった時間が長いのだ。見間違うことなどありはしない。
飛び出してしまいそうになるグラディウスの身体を、他の騎士たちが必死に止める。
声を上げてしまいそうになる自分の口を塞ぎ、目を見開いてその瞬間を見つめた。
まるで眠っているかのように美しく目を閉じたその首は、満足しているかのようであった。
アイルはグラディウスを起こさないようにとそっと彼の腕から抜け出すと、軋む身体に愛しい人に抱かれた痛みを感じて微笑んだ。
静かにグラディウスの額に接吻を落とすと、声に出さずにさよならと告げて、部屋を出る。
昨夜酒を飲んだ居間の隅、まだ起きることのない銀鳴鳥に別れを告げる。
「元気で。君の面倒を最期までみることができなくてすまない。グラディウスと仲良く。彼は良い人だから。きっと可愛がってもらえる」
覆いを取ることなく、優しく語りかける。
彼の部屋の鍵を閉めて手紙受けに投函する。
まだ青く冷たい空気の中、青い空が朝焼けに染まるのを見つめた。
日が昇る。
すでに心は凪いでいて、その暁をただ美しいと感じていた。
アイルの最期の一日が始まろうとしていた。
部屋に戻ると質素な服に着替えて、誰にも見つからない間にと宮廷に向かう。
騎士団長はすでに待っていて、色々と準備を整えていた。
王子はすでに国を出たのだろう。王子の残した衣類を纏い、呪具で顔を変えて、設置されたばかりの断頭台に登る準備を整える。
隣国への忖度だけで行われるこの粛清は、朝に公表されたというのに、すでに民衆が押し寄せてきていた。
一番前の貴賓席には、青ざめた我が国の王と王妃と、それから隣国の見届け人。
「何か言い残すことは」
王子として広場に出る前に、苦渋の表情を浮かべた騎士団長が小さく尋ねた。
「何もありません」
「……そうか」
言い残すことも、思い残すことも、その時のアイルには何もなかった。
「すまない。先にヴァルハラで待っていてくれ。私は国に殉じてから逝く」
騎士団長はいつだって騎士側の人間だった。王子の代わりに死んでいった他の身代わりたちの死も、悼んでくれた。
アイルは小さく首を振る。
「私の首で隣国との均衡が保てるのでしたら、容易いことです」
王子の尻ぬぐいだが、それによって国同士の争いが免れるならば、アイルの首一つでは安いものだ。
騎士団長との最期の会話を終えて、ゆっくりと断頭台に登る。
下を見渡すと民衆は処刑が娯楽になるのか、多くの者たちが熱を帯びた眼差しでこちらを見つめていた。
王子はその美しさの代わりに傲慢で、民からも評価は低い。
前列の王たちは身代わりがばれないか気が気ではないのであろう。
隣国の見届け人は首さえ持って帰れれば良いのか、あまり気乗りはしていない様子であった。
すっと青空を見つめる。
晴れ渡る空が美しく、雲一つない晴天だった。
首を木枠に押し込まれても、心は最期まで凪いでいた。
アイルは昨夜の事を思い出す。
良い人生だった。
最期に、愛しい人に抱かれることができた。
心は多幸感に満ちて、何一つ欠けるものなどなかった。
そっと目を閉じたアイルは微笑んだ。
アイルは痛みを感じる間もなく。
ゴトンと、首が落ちる音だけが遠い闇の中で聞こえる気がした。
民衆たちの歓声の中、周りの騎士たちに羽交い絞めにされ、自身の口を血が出るほどに塞ぐものがいた。
あっけなく落とされた王子の首はずるりと持ち上げられて、間違いがない物だと証明するように民衆の前にさらされる。
――何故だ。
微睡んでいたら、隣に眠っていた彼の姿はなく。
――どうして、何故あいつが死ななければならない。
青ざめた同期たちがドアを叩く音で起こされた。
――そんな素振りは一切なかったじゃないか。
王子の処刑なんて興味がない。そうぼやいたグラディウスの胸倉を掴んで、騎士団長が最期を見届けるようにと俺たちの世代の騎士に伝えたと。
身代わりの騎士の死。そういわれても、脳が理解を拒絶して。
いやあいつは、俺の隣でと言いかけて、何故昨夜鳥を預けに来たのかと、その本当の意味を理解した。
慌てて駆け付けた広場にて、断頭台に登る王子の姿を見つけてしまう。
あの凛とした立ち振る舞いは、王子以上に美しく。
共にあった時間が長いのだ。見間違うことなどありはしない。
飛び出してしまいそうになるグラディウスの身体を、他の騎士たちが必死に止める。
声を上げてしまいそうになる自分の口を塞ぎ、目を見開いてその瞬間を見つめた。
まるで眠っているかのように美しく目を閉じたその首は、満足しているかのようであった。
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