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陛下と騎士のアフタヌーンティー
しおりを挟む「皇帝陛下、お呼びでしょうか」
黒髪の近衛騎士が片膝を付き、執務室で公務を行っていた獣人国の皇帝に最敬礼を行った。
金髪の皇帝は仕事の手を止めると、侍従を呼ぶために小さな金鈴を鳴らした。
「ああ、サクロ。丁度良いお茶が入ってね。君と飲もうと思っていたんだ」
「それで……ご用件というのは」
「?」
美貌の皇帝はきょとんと首を傾げる。
やわらかな金髪の髪から見える猫耳がぴこぴこと揺れる。
「サクロと一緒に紅茶を飲む以上に大切な用件などあるのか……?」
黒髪の近衛騎士は戸惑ったように耳をぺたっと寝かせる。
「……陛下」
「まぁ、とにかく座り給え」
皇帝は仕事をキリの良い所まで終えると来賓用のソファーに移動した。
侍従やメイドが用意したのはアウタヌーンティーセット。ポットで温められた紅茶と、三段になったケーキスタンドには山ほどの小さなタルトやケーキ、スコーンが並べられており、下の段にはキュウリとハムのサンドイッチがみっちりと敷き詰められていた。
「サクロはキュウリのサンドイッチが好きだったな。御代わりはいくらでもあるから食べなさい」
「陛下……」
「ん?」
緊張したサクロの隣に座った皇帝は、皿にサンドイッチやスコーンなどを乗せると、サンドイッチをひとつ摘まんでサクロの口元に運ぶ。
「あの……隣にお座りなのはちょっと……それに自分で食べられますので……」
「は、反抗期……? そんな、嗚咽交じりに泣いてしまう!」
「違います! あの、陛下の手を煩わせる事は……」
「私の至上の幸福を君は奪うというのか……?」
耳を震わせている皇帝と戸惑うように耳をぺたりとさせている近衛騎士。その二人に助け船を出したのは、昔から皇帝に仕えていた侍従であった。
「ごほん。サクロ殿。これは毒見と呼ばれる大切なお仕事でございます。それゆえ、業務規程内かと」
「え⁉」
「それだ! あぁ、私の近衛騎士はなんて仕事熱心なのだ、さ、お食べ」
いや、あーんして食べさせてもらうのは絶対業務に含まれていないだろうとサクロは思いつつも、小さく口を開けて皇帝の差し出したサンドイッチを一口食べる。
「どうだ? サクロ」
「美味しい、です」
「あぁ、よかった!」
一口分欠けたサンドイッチの残りをそのまま食べようとした皇帝にサクロは悲鳴を上げかける。
「陛下⁉」
「ん? 昔はこうして一つの菓子を分け合って食べたではないか?」
「それは僕がまだ小さな頃の話です!」
「今もまだこんなに可愛らしいのに?」
貴方の目は節穴ですか⁉ と叫びたくなるのをぐっと堪えるサクロ。
騎士学校を卒業し、体格も皇帝と同じぐらいには良くなったというのに。皇帝はいつまでたってもサクロの事を子ども扱いしてくる。
「陛下、御身はこの国の皇帝です。輝かしい太陽。民を導く道しるべ。昔とは違うのです」
「兄が残した皇太子らが成人するまでの間だ。軍部にいた私はそれまでの繋ぎに過ぎないよ」
「それでも、皇帝としての責務があります。妃を……貴方は妃を迎えて……血を継ぐ必要が……」
それを聞いていた侍従やメイドたちは皆尻尾をきゅっと握りしめて切なさに耐えている。
「サクロ、獣人は多産の者が多い。亡くなった兄王は后との間に六人もの子をもうけた。私は火種とならぬように子を作らぬ予定だ」
「……陛下」
皇帝は皿を置くと、しおしおとしているサクロの尾を撫でながら優しく語りかけた。
「昔、人と獣人の間に生まれ、獣の耳を持つがゆえに疎まれ捨てられた子を拾った。その子は愛情に餓え、窪んだ瞳に心を無くしていた。だが、熱心に世話をする中で、その子は私にだけ心を開いたのだ。ふくふくと育ち、私を目で追いどこにでもついて回った。あんなにも愛しい存在は無かった。……妾の子として離宮で過ごしていた私を。必要とされなかった私を、あの子だけは必要としてくれた。……どれだけ嬉しかっただろうか」
「……」
「あの時に私は決めたのだ。この陽だまりの匂いのする愛しい子を必ず幸せにすると」
その言葉に迷いは一切なかった。
「へいか……」
「うん? 昔のようにヴィスにいたんと呼んでも良いのだぞ?」
「それだけは勘弁してください……」
「ただ隣に居てくれるだけでよかったのに、勝手に騎士学校に入り寮生活をし始めるわ従軍するわ、戻ってきたら塩対応だわ、にいたんは、にいたんはサクロたんと距離が遠くて悲しい……‼」
「そんな、僕は命よりも大切な貴方をお守りしたいだけなんです‼」
「私だって君の傍にいて護ってあげたいのに!」
「クローヴィス様……」
皇帝にとって、黒髪の年下の近衛騎士はいつまでも庇護対象なのだ。
皇帝は懐から丁寧に劣化防止の魔法を掛けた姿絵を取り出す。
「護りたいと思って当然だ。昔からサクロたんは私の天使なのだから……」
「陛下⁉ 今懐から何取り出しました⁉」
「天使の姿絵」
「ぼぼ、僕の幼い時の姿絵まだ持っていたんですか⁉」
「サクロ様、ご安心ください。陛下は貴方様の幼き頃の絵姿をお守りとして、それはそれは大事にしていらっしゃいます。」
「全然安心できませんよねそれ⁉」
離宮時代から二人のお世話をしていた侍従がさらりと告げる。
陛下は幼いサクロを抱きしめている絵姿をゴロゴロと喉を鳴らしながら撫でた。
侍従たちは陛下が写真を見ながらにやけているのはいつもの事なので生暖かく見守っている。
「サクロ、私は幼き皇太子達の後継人を引き受ける代わりに、最愛の人を娶る許可を得た。だから君にこれを贈っても良いだろうか」
陛下は写真を懐に丁寧にしまうと、代わりに取り出したのはビロードの箱。その中には鈴付きの首輪が入っていた。
「陛下……これは……」
「やっとこれを渡せるよ。サクロ、愛しい人。これから先ずっと、共に歩んでくれるね?」
恐れ多さや不安は、荒れ狂う濁流の様な感情が押し流していった。
サクロは尻尾の先まで震える様な喜びと、恋慕う人と歩む未来を想像し、柔らかな笑みを浮かべた。
「はい……喜んで……」
その二人の様子を見守っていた古参の侍従たちはこの光景にそっと目を細める。
共に居る事が何よりも幸せだと思っていた幼子たちが、再び一緒に居られるようになったのだ。
あの陽だまりのような優しい光景の先に、今の二人がある。
おしまい
※2024.3.10のJ庭55の無料配布した作品です。
挿絵まめ様
こちらは、まめ様のイラストから物語を作った作品です。
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