【完結】断罪を乞う

弥生

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11.獅子身中

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11.獅子身中──遠山隼人とおやまはやとの場合

 さて、次に集めるのは教師となった“遠山隼人”の情報だ。
 4月中旬から5月上旬にかけて情報を収集していった。
 遠山はうちのクラスで授業は受け持っていないので、正直噂を集めるだけでも大変かと思っていた。

 ……時もありました。

「いや、ねぇよ」
 
「ん? 神崎どうした?」
「はは、ごめんごめん。何でもない」
 仲良くなったクラスメイトの岩瀬に愛想笑いを返す。
 入学式に顔色が悪そうと心配してくれた彼とは大分仲良くなった。
「じゃ、部室の鍵を開けてこないといけないから、僕先行くね」
「テニス部の新入生って大変そうだな」
「職員室に部室の鍵を借りに行ったり、練習道具を先に出したり? これも通過儀礼だよ」
「良かった~うちの学校、部活動入部必須じゃなくて~」
「神崎も入ったらいいのに。どう? テニス部」
「嫌ですー」
「テニスボール汚れていたら先輩に怒られるの」
「嫌ですー」
「部室の鍵返す場所間違えて怒られるの」
「嫌ですー、え、テニス部厳しいな」
「特別棟の鍵のキーホルダーの色が全部一緒とか絶対間違えるって。まぁ、でも部活楽しいよ」
 俺は、高校は当たり障りなく適度に軽音楽部とかに入って……。
 
「いや、もう少し考えてみる」
「そっか。またな神崎」
 岩瀬と別れて昇降口に行き、外……に出ずに中庭に入る。
 俺の戦略を変えてでも、明らかにしたいことがある。
 “山中優”の真実について。

「しかし、ねぇよな。あの遠山隼人の事は」
 思わず声に出してしまって、岩瀬に聞き直されてしまった事。
 それは情報を収集していた“先生”としての遠山隼人の事だった。

 出るわ出るわ。集めなくても集まるぐらいに周りから話がぼろぼろ出てきた。
 今まで鍛えた話術を披露する機会かとも思ったが、相手が勝手に話していく。
 
 曰く影のある美形で寡黙な社会科教師。
 先生じゃなくてモデルになっていてもおかしくないと言われるほどの美形。
 この学校の卒業生で、社会の教員になって帰ってきたとか。
 授業は淡々と進めていくが、自作の教材プリントがわかりやすく、別のクラスの生徒も欲しがるほど。
 専門分野は倫理だが、公民や現代社会、政治・経済の授業が多いそうだ。
 倫理は選択科目の一つだけど、遠山が受け持つ時は滅茶苦茶人気だとか。
 普段は社会科準備室にいて、17時15分にはレトロな車に乗って帰路につくらしい。
 ……だけどなまじ仕事ができるものだから、他の先生から仕事を頼まれることもあるらしく、無言でやって帰っていくらしい。これは養護の先生情報だけど。

『遠山先生ね、冷たい印象があるけど、進路の事とか親の事とか悩んでいたとき、ずっと話を聞いてくれたんだ。あたし、うまく言えないけど信頼できる先生って遠山先生みたいな人の事を言うんだなって思った』
  
 ……聞いた限りでは、遠山隼人は“良い先生”なのだそうだ。
 ……あの斜に構えたような遠山が。
 随分と“山中優”の時の印象と異なる。

「……いや、騙されるな。今の評価がそれでも昔はあれだぞ! フツーにそのわかりやすいって評判の授業プリント俺も欲しいって思っちゃダメじゃん俺!」

 これが“遠山隼人”でさえなかったら。
 ……正直、先生の評価としては悪くないと思う。

 困った。
 いじめ問題を棚にあげて仕事しているかと思えば、何年か前にいじめ問題があったときに介入して事態を納めたとかの話もある。
 困った。
 ……俺は、奴をどう判断をすれば良いのだろう。

 と、考え事をしながら歩いていたら、中庭についてしまった。
 最近部活動に見に行く事もせず、ここに来ていたのは……。

 中庭の墓標に花を手向ける相手を探る為。
 時期的には月命日は近いはずだけど……。

 
 ……いた。
 人影が見えた。
 心臓が緊張の為にドクドクと音をたて、耳元で流れているかのようだ。

 墓標の石に片膝をつき、スーツが地に触れることも厭わずに、紫色の小さな花弁が集まったポンポンのような花を新しく刺し直す男性。
 瓶の花を替えると、男は祈りを捧げている様子だった。
 すらりとした体躯は、想像していた以上に若い。
 “山中優”の通っていた頃からいた先生なら、もっと年老いていると思っていたが、想像以上に若い……?
 いや、待って。
 嘘だろう。そんな、はずは……。

「とおやま……はやと」

 思っても見なかった相手の姿に、思わず声が溢れてしまう。
 まるで敬虔な信者のように項垂れて祈る姿はあまりにも美しく、絵画のようでさえあった。

 小さな声だったが、相手に気配が伝わったのだろう。
 長めの前髪から覗く切れ長の目が、こちらを怪訝そうに見返す。

「君は……」
「どうして、あんたが……あんたが“山中優”の墓標に……花を手向けているんだ。なんであんたが……彼の死を悼んでんだ!!」
「……彼を、知っているのか?」
 はっと口をつぐんだが、時すでに遅く、遠山が驚いた様にこちらを見返す。
 
 間違えた。
 間違えた。間違えた。
 知らないフリをしなきゃいけなかったのに。
 こんな失敗、普段はしないのに。
  
 心臓が痛い。脳裏で警鐘が鳴り響く。
 どうして、俺は今までうまく生きてきたのに、何でこんな、こんなところで襤褸ぼろを出すような……!
 とにかく踵を返して走り出す。
「……っ! 待ちなさい!!」

 走れ、走るんだ。

 中学まで鍛えた足が自分を生かす。
 大丈夫だ。一瞬しか相手も見なかった。
 受け持っていないクラスの新入生、バレるはずがない。
 
 走れ、走れ……。
 けれども、涙が止まらなかった。

 “山中優”を悼む人は別の人であって欲しかった。
 なんで、“山中優”の心を殺したお前が、そんな悲壮な顔で祈るんだ。
 優の死なんてなかったかのように、優が歩めなかった光の射す未来を歩いているあいつが。
 なんで、なんでお前が……!!

 逃げ出して寮の自室でうずくまる。
 その日、俺はうまく眠ることができなかった。



【獅子身中】
読み方:しししんちゅう
内部の者でありながら、害を及ぼす者のこと。また、恩を受けていながら裏切って害悪をなす者のこと。もとは、仏の弟子でありながら仏教に害をなす者をさす。獅子ししの体内に寄生する小さな虫が、獅子を死なせてしまうことがあるということから。
(学研 四字熟語辞典より)
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