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7.阿鼻叫喚
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7.阿鼻叫喚──遠山隼人の場合
前略
──様
先立つ──をお──ください。
僕は───。
────もう──ことができません。
──を葬ることにしました。
ごめんなさい。
僕は──が耐えが─く、生きて──が辛いのです
どうか、──か、弱い──をお許しください。
ここで──を絶つ──を、お許し─ださ─。
山中優。
この世は地獄か?
酷いノイズ掛かった映像に、脂汗を流しながら目覚める。
たった一瞬の出来事のようで、永遠の事のようにも思えた。
稀にフラッシュバックされた映像が、前よりも鮮明に見えた。
あれは、“山中優”が書いていた“遺書”の断片。
こんなに鮮明に見えたことは今までなかった。
くしゃりと額に貼り付く前髪をかきあげると、魘されて汗が酷かったのか、少ししっとりとしていた。
そうだ、確か体育館で山中優をいじめていた奴が、高らかに自身の成功体験と、いじめについて語っていて……。
「ぅぷ」
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
えずくだけで吐き出しはしないけれど、喉はカラカラで、涙だけは溢れてくる。
手が小刻みに震える。
どうして。
どうして、お前たちがそんなことを言えるんだ。
人ひとりの心を殺しておいて、なんでそんなこと……幸せそうに笑えるんだ。
学校を語る男は想い出を懐かしむ顔をしていた。
いじめを語る男は悲劇を嘆く顔をしていた。
娘を語る男は父親の顔をしていた。
自分達が奪ったものがなんなのか、追い詰めていったものがなんなのかを知らない顔をして。
そして、倒れた俺に最初に駆け寄った“遠山隼人”。
整った顔の、クラスの頂点。
決して自分では手を下さず、すべて視線で取り巻きを動かす。
あいつが……あいつが教師になっているなんて。
ふと、何かで見た記事を思い出す。
いじめを“された側”は一生覚えているけれど、いじめを“した側”はしたことさえ覚えていないと。
『確かに“いじったり”はしたけれど、あいつも別に抵抗しなかったし。嫌なら嫌って言えばよかったんだよ』
なんて、意識にさえ残らない……という事を。
彼らにとっては学校は楽しかっただろう。
友達がいて、自身の優位性を示せる相手がいて。青春を過ごしていた。
“楽しかった”から学校の先生になりたい、なんて教師を志す人もいる……とかも見た気がする。
記事を見たときにはそんな胸くそ悪い事あるか? なんて疑ってしまっていた。
でも、今ならわかる。壇上に立つ彼は本当に“そう”思っていたのだ。
本当に、娘がいじめなんてものに巻き込まれるのを許さないと。
いじめは悪いものだなんて。……自分がいじめをしていた事なんて棚に上げて。
余計……質が悪い。
くそったれ。
くそったれ。
教師の全員がそうじゃないことは、もちろん頭ではわかっている。
いじめられた経験から、その子達を救おうと思っている教師だっているはずだ。
でも、“遠山隼人”。お前はそうじゃないだろ。
フラッシュバックの中では、ひとりつまらなそうに“山中優”を潰していた主犯格。
あいつが、部屋の隅で大人しくデッサンしていた山中優を“揶揄”した。
暗いと。教室の隅でなんでそんなものを書いているんだと。確か、そんな感じの言葉だ。
……遠山をスクールカーストの最上位と崇めていた取り巻き連中は、それで“山中優”を“揶揄しても良い存在”だと認識した。
遠山に媚びるような周りの同調が、弱者を見つけた者たちの嘲笑が、堰が外れた濁流のように悪い方へと“山中優”を押し流していった。
誰かが一言でも、それに違和を唱えてくれたら。
誰かが少しでも、彼に寄り添ってくれたなら。
けれどもそんな“もしも”なんて過去にはありはせず、“山中優”はいつしか追い詰められていった。
自分では一切手を汚すことなく、人ひとり潰した奴が、教師?
そんな“現実”があるのだとしたら。
──それこそまさしく地獄じゃないか。
「──は──だから──」
「といっても──昔の──だし」
遠くから人の声が聞こえてくる。
俺はこんな状態を見られたくなくて、もう一度毛布にくるまる。
そうだ、この白いパイプベッドに薄いカーテンは、保健室のベッドだ。
あまりの事に自分が今どこにいるのかさえ判断できていなかった。
「16年前のあの事は可愛そうな“事故”でしょう?」
「……ええ」
「事件性はなかったと言われているのだから、あまり詳しくは……あら、まだ眠っているのかしら。新しい環境で緊張していたのね。遠山先生、担任の木藤先生には後で伝えておきますので、もう教室に戻られても大丈夫ですよ」
「わかりました」
心臓が痛いほどにドクドクと音を立てる。
なのに全身から血の気が引き、冷や汗が止まらない。
今、微かに聞こえた会話。
“16年前”、“あの事”……そして“事故”という言葉。
『先立つ不幸をお許しください』
“山中優”が書き残した“遺書”。
どういう事だ?
なんで、“山中優”の死が──
どうして、彼の死が『事故』になっているんだ……?
【阿鼻叫喚】
読み方:あびきょうかん
1 仏語。阿鼻地獄と叫喚地獄とを合わせた語。地獄のさまざまの責め苦にあって泣き叫ぶようすにいう。
2 悲惨な状況に陥り、混乱して泣き叫ぶこと。「一瞬の事故で車中は阿鼻叫喚の巷ちまたと化す」
(デジタル大辞泉より)
前略
──様
先立つ──をお──ください。
僕は───。
────もう──ことができません。
──を葬ることにしました。
ごめんなさい。
僕は──が耐えが─く、生きて──が辛いのです
どうか、──か、弱い──をお許しください。
ここで──を絶つ──を、お許し─ださ─。
山中優。
この世は地獄か?
酷いノイズ掛かった映像に、脂汗を流しながら目覚める。
たった一瞬の出来事のようで、永遠の事のようにも思えた。
稀にフラッシュバックされた映像が、前よりも鮮明に見えた。
あれは、“山中優”が書いていた“遺書”の断片。
こんなに鮮明に見えたことは今までなかった。
くしゃりと額に貼り付く前髪をかきあげると、魘されて汗が酷かったのか、少ししっとりとしていた。
そうだ、確か体育館で山中優をいじめていた奴が、高らかに自身の成功体験と、いじめについて語っていて……。
「ぅぷ」
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
えずくだけで吐き出しはしないけれど、喉はカラカラで、涙だけは溢れてくる。
手が小刻みに震える。
どうして。
どうして、お前たちがそんなことを言えるんだ。
人ひとりの心を殺しておいて、なんでそんなこと……幸せそうに笑えるんだ。
学校を語る男は想い出を懐かしむ顔をしていた。
いじめを語る男は悲劇を嘆く顔をしていた。
娘を語る男は父親の顔をしていた。
自分達が奪ったものがなんなのか、追い詰めていったものがなんなのかを知らない顔をして。
そして、倒れた俺に最初に駆け寄った“遠山隼人”。
整った顔の、クラスの頂点。
決して自分では手を下さず、すべて視線で取り巻きを動かす。
あいつが……あいつが教師になっているなんて。
ふと、何かで見た記事を思い出す。
いじめを“された側”は一生覚えているけれど、いじめを“した側”はしたことさえ覚えていないと。
『確かに“いじったり”はしたけれど、あいつも別に抵抗しなかったし。嫌なら嫌って言えばよかったんだよ』
なんて、意識にさえ残らない……という事を。
彼らにとっては学校は楽しかっただろう。
友達がいて、自身の優位性を示せる相手がいて。青春を過ごしていた。
“楽しかった”から学校の先生になりたい、なんて教師を志す人もいる……とかも見た気がする。
記事を見たときにはそんな胸くそ悪い事あるか? なんて疑ってしまっていた。
でも、今ならわかる。壇上に立つ彼は本当に“そう”思っていたのだ。
本当に、娘がいじめなんてものに巻き込まれるのを許さないと。
いじめは悪いものだなんて。……自分がいじめをしていた事なんて棚に上げて。
余計……質が悪い。
くそったれ。
くそったれ。
教師の全員がそうじゃないことは、もちろん頭ではわかっている。
いじめられた経験から、その子達を救おうと思っている教師だっているはずだ。
でも、“遠山隼人”。お前はそうじゃないだろ。
フラッシュバックの中では、ひとりつまらなそうに“山中優”を潰していた主犯格。
あいつが、部屋の隅で大人しくデッサンしていた山中優を“揶揄”した。
暗いと。教室の隅でなんでそんなものを書いているんだと。確か、そんな感じの言葉だ。
……遠山をスクールカーストの最上位と崇めていた取り巻き連中は、それで“山中優”を“揶揄しても良い存在”だと認識した。
遠山に媚びるような周りの同調が、弱者を見つけた者たちの嘲笑が、堰が外れた濁流のように悪い方へと“山中優”を押し流していった。
誰かが一言でも、それに違和を唱えてくれたら。
誰かが少しでも、彼に寄り添ってくれたなら。
けれどもそんな“もしも”なんて過去にはありはせず、“山中優”はいつしか追い詰められていった。
自分では一切手を汚すことなく、人ひとり潰した奴が、教師?
そんな“現実”があるのだとしたら。
──それこそまさしく地獄じゃないか。
「──は──だから──」
「といっても──昔の──だし」
遠くから人の声が聞こえてくる。
俺はこんな状態を見られたくなくて、もう一度毛布にくるまる。
そうだ、この白いパイプベッドに薄いカーテンは、保健室のベッドだ。
あまりの事に自分が今どこにいるのかさえ判断できていなかった。
「16年前のあの事は可愛そうな“事故”でしょう?」
「……ええ」
「事件性はなかったと言われているのだから、あまり詳しくは……あら、まだ眠っているのかしら。新しい環境で緊張していたのね。遠山先生、担任の木藤先生には後で伝えておきますので、もう教室に戻られても大丈夫ですよ」
「わかりました」
心臓が痛いほどにドクドクと音を立てる。
なのに全身から血の気が引き、冷や汗が止まらない。
今、微かに聞こえた会話。
“16年前”、“あの事”……そして“事故”という言葉。
『先立つ不幸をお許しください』
“山中優”が書き残した“遺書”。
どういう事だ?
なんで、“山中優”の死が──
どうして、彼の死が『事故』になっているんだ……?
【阿鼻叫喚】
読み方:あびきょうかん
1 仏語。阿鼻地獄と叫喚地獄とを合わせた語。地獄のさまざまの責め苦にあって泣き叫ぶようすにいう。
2 悲惨な状況に陥り、混乱して泣き叫ぶこと。「一瞬の事故で車中は阿鼻叫喚の巷ちまたと化す」
(デジタル大辞泉より)
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