【完結】断罪を乞う

弥生

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2.五里霧中

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2.五里霧中──山中優やまなかゆうの場合

 頭のおかしい奴だと思われるかもしれないが、少しだけ俺の話を聞いてくれ。
 この俺、神崎望には山中優として生きてきた記憶が断片的にある。
 あ、怪しい者じゃない。スピリチュアルとかそういうのは全く興味がない。
 ただ、なんと言っていいかわからないけれど、俺には前世の記憶というものが朧気にあるんだ。

 前世の記憶というのが、いつの頃からあるのかは正直覚えていない。
 例えば、俺は砂が苦手で、砂場では遊ぶことが出来なかった。
 それは小さな頃に砂吐きが甘いアサリを食べて、ジャリっという食感で前世に食べさせられた土の記憶がフラッシュバックした為だったり。
 例えば、学校のトイレに入ろうとすると足がすくんだり。
 小中と、新しい棟にある多目的トイレを使わせてもらったりした。
 じゃないと水を上から浴びせられるなんて記憶が呼び起こされるからだ。
 
 もちろん、過去の記憶のフラッシュバックは辛いことだけじゃない。
 家族旅行で行った美しい海の記憶や、はじめて食べたものが懐かしいと感じるような、そんな優しい思い出も甦る。

 けれども圧倒的に俺の心を打ちのめしたのは、山中優の最期の記憶だった。
 魂とやらがあるのなら、そこにこびりついて離れない、辛い記憶。

 雨の強い日。ぬかるむ地面の上。流れる赤い赤い液体。
 痛みよりもひしゃげた四肢の熱さが感じられ、苦しみばかりが胸を打つ。

 (かみ……さま……かみさま……もし、いらっしゃるのなら……)
 薄れゆく記憶の中、山中優は心から願った。

 (終わりを……)
 (もう人には生き返らないように)
 (地獄に落ちていい。ただ、もう、二度と生きたくない)
 (魂の……消滅を)
 (生きたくない……消えてしまいたい……)
  雨が強く身体に当たる。屋上から落ちた身体は打ち所が悪かったのか、即死せずに願う時間だけがほんの僅かに与えられた。

 (かみさま……どうか……)
 意識が掠れていく。
 
 (永遠の、終わりを)

 そんな、転生さえも拒む切なる願いが、耳の奥底から離れない。

  
 さて、この時点で気づいてもらえていると思うんだけど、神様ってのはくそったれなのか、魂の消滅を願っていた山中優の願いなんて一切叶える事はなく、死んですぐに次の人生を用意してくれやがった。
 
 おまけに、生に絶望しかしていなかった山中優の記憶なんてものをこの真っ新な身体にプレゼントして。
 まさにこの世は地獄。なんてのはどこの文言かな。知らないけど。
 
 ひとつだけ言えるのは、今流行りの異世界転生なんて明るいものではなく、この魂が生まれ変わったのは前世と地続きの地獄だってことだ。

 十何年たっても若者のいじめ問題は変わらず、もっと陰湿な方向に向かっていった。
 夢? 希望? 次こそは生存競争に負けないように?
 ないない。そんな根性俺にはない。

 俺の今の目標はただひとつ。
 神崎望として、16才で死んだ山中優よりも長く生き延びる事。

 ただ、それだけだ。
 それだけなのに……難しい。

 それでも、やりとげないといけない理由が俺にはあったりする。
 
 
 
【五里霧中】
読み方:ごりむちゅう
(形動) (「後漢書‐張楷伝」による語) 深い霧の中で方角がわからなくなってしまうこと。転じて、物事の事情がまったくわからず、すっかり迷ってどうしてよいかわからなくなってしまうこと、手さぐりで進むことのたとえ。
(精選版 日本国語大辞典より)
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