【完結】断罪を乞う

1.生存戦略

※いじめや転落死の描写がございます。
　序盤はかなり暗い展開ですので、最初に明示せていただきます。ご注意ください。


1.生存戦略──神崎望かんざきのぞむの場合

　生きろ。

　生きるんだ。

　やり過ごすんだ。
　上手く生きなくていい。
　ギリギリでいい。
　他から見たら、青春の無駄遣いって思われてもいい。
　俺の人生の責任を負わない奴らの言い分なんて、聞く必要がない。
　
　俺は、今を生きるだけで精一杯だ。他人がどうだとか知ったこっちゃない。
　
　希望？　未来？　夢に向かって？
　そんなのは、泥濘にはまり込んで抜け出せない地獄を知らない奴らの言うことだ。
　何もしていなくても社会は弱者に残酷で。
　曖昧な定義で勝手にカテゴライズされて「弱者」にされる。
　そんなの……もう、ごめんだ。
　
　生きろ。
　
　ただ、この時が過ぎればきっと……。


　
(あー帰りたい)
　
　張り付いた愛想笑いに頬が引き攣つる。
　部活動の追い出しコンパで曲に合わせてタンバリン打ち鳴らす。
　部屋のドリンクの減り具合を見ては次の飲み物を注文して、全然歌えてない奴に次何歌うか聞いて、タブレットに入力して……。
　場の雰囲気を壊さないように歓声をあげる。

　つくづく後悔する。中学はサッカー部なんて入るんじゃなかった。
　運動は得意じゃない。けれどもクラスの中でそこそこの立ち位置になるには運動部が適していて、うちの学校なら野球かサッカーぐらいしかないと消去法でサッカー部を選んだ。
　どちらもキツイけど。まだ、サッカー部員に追随した方が擬態は楽だ。
　万年補欠は望むところ。ただ、ノリを合わせるのが辛いだけ。

　笑え。笑え。
　違和感を持たれるな。
　今日が終われば中学には方がつく。

　あー血反吐吐きそう。
　笑った頬が固定される。フリータイムの残り時間を計算して、終わりが待ち遠しく感じる。

　……なんて、俺が無理をしながら同級生に接待するには理由がある。

　俺は今度こそ、当たり障りなく学生時代をやり過ごさないといけないんだ。
　
　今度こそ、「フツーの子」に擬態するために。

「俺たち最高だよなぁ！」
「高校行ってもまた集まろうぜ！」
　一緒に頷きながら心の中で嘲笑する。その中のどれ程が実現するだろうか。
　新しい学校に行けば、そこでの新しい人間関係がはじまる。
　小学校や中学の対人関係なんて、2か月、3か月、5か月……素数みたいにだんだんと思い出さなくなる。

　本当に連絡したい時には、指をボタンに押し当てたまま、何を言ったらいいかわからなくなって、結局受話器を置くんだ。

　大丈夫。俺は今度こそ、そこそこに上手くやるから。

　脳裏で小さい頃にたまたまアニメで見たペンギンの被り物をした少女が高らかに叫ぶ。
『生存戦略！』
　その言葉が淀む心にカチリとはまる。

　俺は今度こそ、『フツーに』生きるんだ。

　それが──
　
　山中優やまなかゆうとして生きることが出来なかった……。
　
　神崎望かんざきのぞむの生存戦略。
　
　
　


【生存戦略】
読み方：せいぞんせんりゃく

生き残ることを目的として行われる一連の戦略的行動、などの意味の表現。
(実用日本語表現辞典より)