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チャプター1
ロックスター
しおりを挟む≪天地のレストガーデン≫
目次
チャプター1 ロックスター
チャプター2 土壇場の賭け
チャプター3 最後のリング
最終章 さよなら、レストガーデン
永眠センターの概要
希望者は施設内で基本自由に過ごしても構わない。
施設内には、食堂・温泉・ジム・漫画喫茶・映画館など娯楽的要素が多くある。
そして40日後には“サラバ”という安楽死カプセルに搭乗し、この世を去る。
国民の間では“天地のレストガーデン”と名称付けられている(地上と天国の狭間という意味)。
40日後にはこの世を去るか、もしくは安楽死を取りやめるかの選択権を与えられる。
安楽死を希望しないのは可能だが、2回目の希望からは初回の無料と違って、高額な料金がかかる。
*施設の紹介
<屋上>
自由な時間帯で屋上に上がれる事が許可されている。
夜になると星空を見る希望者達が続出している為、天体望遠鏡も何個か設置されている。
<4F~5F>
主な設備は睡眠部屋・娯楽室・トイレ・調理室・洗濯室。
自死希望者達のプライベートの空間となっており、一人にトイレ無しでシャワー付きの一部屋を与えられている。
<3F>
主な設備はスポーツジム・・プール・大浴場
筋トレ器具などは設置されているが、トレーナーはいない。
施設内で可能なスポーツは卓球・バトミントン・ドッジボール・バレーボール
浴場エリアでは、お風呂だけではなくサウナ・岩盤浴・リラクゼーション・クールルーム
<2F>
主な設備は食堂・映画館・談話室・売店・本の部屋。
食事は配給された好きなメニューを取っていい。
金曜日はランダムに海外料理が出る、カレー・中華料理・日本料理・ハンバーガーなど。
売店には日用品や菓子類・酒などが売られているが、所持金が必要で、金銭が無い人は何も買えない。
談話室は自死希望者達の会話をする溜まり場となっており、カフェもありドリンクが飲み放題のシステムのため、喫茶店としても活用されている。
本の部屋は漫画や小説などが用意されており、どれでも自由に読んでもいい。
<1F=天地の門・天地の部屋>
安楽死カプセル“サラバ”が設置されている部屋。
入居して40日間経った自死希望者と施設のスタッフ以外は入る事は禁止されている。
<屋外>
テニスコート・フットサル・バスケットコートなどのスポーツを可能とする、フィールドも用意されている。
他にも広場公園なども設備されており、観葉植物などの緩和効果を得られる。
イチゴが食べ放題のビニールハウスもある。
*施設のシステム
<時間>
消灯時間は23時、それまでに自死希望者達3Fまで以降の上の階に上がっていないといけない。
6時になれば自由に施設を行動が許される。
入浴時間は一人90分、スポーツジム・売店・映画館は22時まで使用可能
朝食は6時~8時30分、昼食は12時~13時、夕食は17時~18時30分。
談話室・本の部屋は23時まで使用可能、屋外は21時以降いる事は禁止されている。
<移動・許可制>
施設内を走って移動する事は禁止、公共の場で淫らな行為をする事は禁止、周りに迷惑を掛ける騒ぎは禁止、暴行や威圧の行為は禁止、許可なく外出する事は禁止、自死希望者達の親族や身内などは施設内に入る事は禁止されており、接触する際は屋外の広場のみとなっている。
施設内を移動する際は、顔写真付きのカードキーを常に携帯する事で施設内の利用が可能となっている。
禁止行為に破った場合は、スタッフから厳重注意、最悪の場合は睡眠部屋の隔離となる。
*サラバ
フランスの医師が開発した、安楽死カプセル。
カプセル型の形状で搭乗して、横になり1分後にシステムが発動、作動した時に生命活動を停止するため、カプセル内の酸素濃度が低下、同時に適度な催眠ガスが流れ、痛みを感じることなく安眠の様に息絶える。
サラバは30個設置されており、つまり1日30名まで搭乗する規約となっている。
4月1日、30名の安楽死希望者を乗せた大型バスは、永眠センターに向かう。
バスに乗車している希望者達は年齢・人種とバラつきがある、黒人もいればアジア人もいる、半分以上が中年層、少数ながら若い人もいる、それと8割が男性。
車内では誰も会話はしない、移動中は重い空気が流れており、彼らに共通しているのは目に希望の光が無い事、自分の運命を受け入れているため往生際の悪い死刑囚よりも潔い。
その中で独特な存在を放っているのは若い男の自死希望者がいた。
なぜ“彼”が一番存在感を放っているのか、その理由は“年齢”。
政府により“彼“には安楽死申請が下りた。
蝉の寿命は17年、犬の寿命は13年、10年以上生きれば長生きしたと言えるが、人間の場合は違う。
“彼”はまだ20代になったばかり(法律上18歳から安楽死が可能)、死ぬにはまだ若すぎるし、健康的でもあり身体に病を抱えているわけでない、安楽死を希望した動機も分からない。
分かっているのは、フランス生まれの白人で、他の希望者同様に死んだ魚の様な目をしており、何らかの重荷を背負っている事。
バスは永眠センターに到着、希望者は乗車した後、希望者達はすぐに自分の睡眠部屋に向かい、用意された服を着用する。
部屋は一人暮らしするのに充分な広さで、トイレは付いてないが、シャワー付きで小型のテレビもある。
用意された服は病院の患者が着るみたいな、青自の浴衣に着替える(上下セット)。
そして“永眠センター”の会員の印であるカードキーを渡され、それを首にぶら下げる。
次にレストガーデンの施設紹介が始まる、案内人の引率のもと施設設備を見回る。
4月1日午前8時
スタッフ「ようこそおいでなさいました、皆様の来訪をご歓迎します、本日、皆様の施設案内を担当する、責任者の“マドレーヌ”と申します。」
マドレーヌは端麗で洗練されたロボットの様な口調、顔を崩さず冷静な雰囲気を醸し出している。
マドレーヌ「まず施設の案内の前に皆様が首にかけてあるカードキーはここの生活でしていく為に必要不可欠の物なので無くさない様にお気を付けください。」
案内人のマドレーヌの後についていく希望者達、屋上から1Fの順番で施設を紹介していくマドレーヌ。
カトリーヌ「3階はスポーツルームになります、可能なスポーツは水泳・バスケ・バトミントン・卓球・バレー、他には筋トレ室でトレーニングマシーンも可能です、屋外スポーツをやりたい方はテニスコートとフットサルを用意してあります」
40代の黒人希望者がスポーツ施設の紹介を聞かされ不満気に愚痴る。
短気な黒人「なんで死ぬのに運動するんだ、こんな場所必要あるのか、意味ねーだろ!」
マドレーヌ「人によって気晴らしが違います、体を動かす事に幸福を感じる者、多様な映画を見て幸福を感じる者、人と接して幸福を感じる者もいます。」
マドレーヌは黒人希望者の小言に応答し正論で返すが、黒人希望者はそれでも納得できない表情をする。
3Fまで紹介されたが、どこも清潔で衛生面も空気も澄んでおり、真っ白な空間だった。
マドレーヌは次に2階に降りて、ルームを紹介する。
2階のルームはスポーツルームよりも数多くの希望者が出入りしている。
それもそのはず、二階には食堂・日用品の売店・映画館・漫画読み放題の場所など数多くの娯楽設備が揃っている。
まるで一つの大型ショッピングモール並みの設備。
男性希望者「映画は最近の新作を観れるのですか?」
マドレーヌ「いいえ、最新の映画は鑑賞できません、映画のスクリーンで観れるのは多数のお客様が希望された映画だけを上映する事しか出来ません」
男性希望者「・・・どういう事ですか、よく分からないのですが?」
マドレーヌはポケットから小さな映画券みたいな紙を出して、分かりやすい様に説明する。
カトリーヌ「この書類の記入欄に名前と希望映画を書いてください、書き終えたら上映して欲しい映画を受付のスタッフにお渡しください、ただし依頼する時はお一人様だけではなく、最低でも20人以上のチケットが必要です、」
希望者「つまりこういう事ですか? “レオン“が観たいと思っても、その紙が20枚集まらないと観れないって事ですか?」
マドレーヌ「そうです、もし観たい映画があれば、お早めに票を集めてください、映画館は非常に希望者が多いですので、票をたくさん集める分、映画は上映しやすくなります」
次にマドレーヌが新参者の希望者達を引き連れた場所は、パーティー会場並みの広さで、いくつもの円形ダイニングテーブルが置かれ、一つのテーブルに5つの椅子が置かれており、希望者同志が椅子に座り楽しそうに会話をしている談話室。
男性希望者は、マドレーヌが紹介する前に聞いた。
B男「マドレーヌさん、ここの部屋は何なのですか?」
マドレーヌ「ここは談話室です」
男性希望者「談話室?」
マドレーヌ「希望者同志、ご自由に誰とでも、どんなお話でもして構いません、ここはそういうお部屋です、それとカウンターのバーテンダーに頼めば、お好きな飲み物を提供してくれます」
短気な黒人「ほぉー、つまり同じ“傷物同士”の舐め合いってわけか、いいねー!」
黒人希望者は釘を刺すかのように、和気あいあいにやっている希望者達に聞こえる声で言う。
マドレーヌ「二階の案内は以上になります、最後に一階のご案内になります。」
“彼“は、同期の短気な黒人の発言にイライラしていたが、”傷者同士の舐め合い“は共感できた。
しかし、“彼“は一番この部屋に興味を持った。
【1F・天地の門】
マドレーヌは最後に“天地の門”と“天地の部屋”を紹介する。
マドレーヌ「ここが5月10日の希望日の皆様に入ってもらう“お部屋”となります」
天地の門は真っ黒な扉、その先はフランスの最新安楽死装置が備えられている“サラバ”がある。
それがあると分かっただけで、恐怖の緊張が走る希望者達。
しかし、必ず安楽死を希望する必要はない。
希望者達は、レストガーデンに来る前に国から二つの証明書を書かされており、その証明書の意味も聞かされている。
一つは存命書(ぞんめいしょ)。
安楽死を取りやめる事が可能となる証明書だが、レストガーデンから出ていく必要がある。
二つ目は終命書(しゅうめいしょ)。
安楽死を希望して、“サラバ”に搭乗。そして永遠の眠りにつく。
希望者達は直前にどちらかを選ぶ、その証明として、どちらかに承諾印を押す。
マドレーヌ「皆様が“天地の部屋”に入れるのは、5月10日だけです、それ以外の日は絶対に入らない様にしてください」
マドレーヌ「これが永眠センターの決まりです、それでは皆様、これにて施設の説明を終わりと致します、40日間ゆっくりと存分にお休みになさってください」
午後19時
談話室で空いてる席に、一人孤独に座る“彼”。
一番気になっていた“部屋”だが、自分にとっては結局何の意味もなかった部屋だった。
彼はそもそも、人生を終わらすためだけにレストガーデンに来た。
誰かと出会い、傷の舐め合いなど無意味に感じていた彼は、談話室を後にしようとした時、向かい側の席にある“人物”に視界が止まった。
その人物とは、性別は女性・年齢は20代前半・髪の長さはミディアムで色はブロンド・女優になれそうな顔立ち、そして上品にコーヒーを飲む姿は、目を奪われる。
彼と同じく一人でテーブルを使っている。
彼は名前も知らない美女と目が合ってしまう。
急いで目を逸らした、少し時間を置いて、恐る恐る彼女の方を見る。
一瞬しか目が合っていない、どうせもうこっちの方を見ていないと思ったが、彼女はこっちの方を真顔で視線を送っていた。
どうやら彼女の方も彼に興味があるらしく、ずっと彼の方を見ている。
彼は動揺しながらも、視線を逸らす事が出来ずにいた。
そして、思い上がりな“期待”が出そうになったが、ある“男“により期待は打ち消される。
彼の視界が突然暗くなった。
それは目の前に“中年の男性”が立ちはだかったから。
その中年男性は、瘦せ型で優しな顔をした男性。
男性は彼と同席を求めた、彼は「どうぞ」と言ったが、内心では「どっか行ってくれ」と邪険する。
ヴィンス「俺の名前は“ヴァンサン・ヴィンス・ルイ”、よろしく」
彼「・・・どうも」
彼は、ヴィンスの第一印象で、彼のセリフと行動が読み取れた。
まず初めに年齢、次にここに来た理由などを聞いてくる。
つまり人格者ぶった“お節介野郎”だと、彼の中で把握していた。
そしてその読みは半分的中した。
ヴィンス「キミ若いね、年齢は?」
彼「20です」
予想外の若さに驚くヴィンスだが、今度はここに来た理由を聞く。
彼は、ヴィンスみたいな人に必要以上に興味を持つ性格の人間が苦手だった。
こういった類の人間には、適当に答えるのが効果的。
彼「楽に死にたいから来ました、それだけです」
ヴィンス「・・・そうか」
先ほど、謎の美女がいた席を見たが、既に女性の姿は無かった。
いい雰囲気だったのを、邪魔された彼は不快で、早くどっかに言って欲しいと思ったが、でも後にヴィンスのお節介とも言える行動は、彼に大きな影響を与える。
ヴィンス「キミの目はまるで、釣りあがった魚の目と同じだ」
彼「・・・ここは良い所ですよね、食べ物も飲み物も部屋も無料で支給される、そして最後は楽にしてく
れる」
ヴィンス「人に・・・“愛”された事がないんだね?」
彼「・・・愛されると辛い」
ヴィンス「俺はそうじゃなかったが、ここに来たばかりの新人は今のキミみたいな目をしている、でもね、時間が経つにつれ・・・ああ“なる”」
ヴィンスはある方向に指を差す。
ヴィンスが指を差した方向を見ると、ある黒人の男女が相席して“イチャイチャ”している。
ヴィンス「あの二人は私の同期なんだ、でも二人は一緒にレストガーデンに来たんじゃない、来る前は赤の他人同士だった」
彼「えっ? それって・・・」
ヴィンス「二人はこの施設で結ばれた“夫婦“さ、一週間前に結婚式を挙げたばかりの出来立てホヤホヤの新婚夫婦」
さすが彼も驚愕した。
レストガーデンに居られる期間は40日、たったそれだけの間で愛を分かち合い、結婚式まで挙げたのだ。
しかし、そうだとしてもいずれは安楽死でこの世を去る。
同期同士の夫婦なら無理心中に近い形ではあるが、“サラバ“の中に入れるのは一人一台、あの夫婦のやっている事に疑問を感じる彼。
ヴィンス「まだ決まったわけじゃない、ここにいる間は、どのタイミングでも安楽死を辞退できる、それに直前でも“存命書”を選べば、死ななくても済む」
彼「・・・フン」
ヴィンス「ここは死ぬための場所だけじゃなく、人に愛や友情を生ませる不思議な場所でもあるんだ・・・だからキミもいつか」
彼「そんな訳ない! ありえない!」
彼は、ヴィンスの話を最後まで聞かずに、自分は絶対に死ぬんだと言わんばかりの言葉で断言する。
彼「アナタの事情は知らないが、知りたくもないが、ここにいる人間の大半は外の世界で惨めな思いをした、だから
ここにいる!・・・違いますか?」
ヴィンス「・・・間違ってないね」
彼「あの新婚夫婦も、道端で痛手を負った野良猫同士が傷の舐め合いをしているだけ、ここは痛み止めの効果はあるけど、外の世界に出た瞬間、傷が広がる・・・違いますか?」
ヴィンス「・・・間違ってないよ」
彼「僕は友達も金も希望も無い、そして愛も無い・・・何もいらない」
ヴィンス「・・・今から俺が言う事を無駄だと思っていいから、聞いて欲しい」
ヴィンスは悲観的な彼に、ここでの生活の仕方を詳しく教えた。
・何か相談事が合ったら、カウンターで飲み物を提供しているバーテンダーの“オカザキ”にどんな悩みでも相談する
事を提案する。
オカザキは温厚な性格で、心身になって相談に乗ってくれる。
・気まぐれでいいから、この談話室に来て、誰かと相席をした方がいい、何かが変わるかもしれない。
・所持金は持っておいた方がいい、ここでは使う道が無いと思うかもしれないが、実は使い道がある。
ヴィンス「キミは自分の事を理解したつもりでいるかもしれないが、意外と人は自分の事を“理解“していない」
彼「・・・とにかく参考にはしておきます、でも一つだけ無理なのがあります・・・僕の所持金は0です、ここには死にに来ただけ何で」
ヴィンス「そうか・・・じゃあ稼ぎに行こう!」
彼「えっ?」
午後20時
ヴィンスから屋上の塔屋にマイクスタンドを立てて、それが終わったら屋上で待っている様に言われた。
何が始まるかは教えてくれなかったが、屋上では100人以上の希望者達が集まり、何かを待ちわびている。
そして始まる、大勢の希望者達の前に“大スター”が現れ、熱狂ライブが幕を開ける。
突如姿を現れたスターは、金色のギターを肩に掛け、ロックミュージシャンのファッションで屋上の塔屋に登る。
“彼“が用意したマイクスタンドの前に立ち、満月に照らされながら、大音響を響かせる。
そして、今でもフランス人に愛されているロックバンド“Indocchine”の曲を流し、希望者達に披露する。
ロックは人を暑くさせる、“魂”を燃やす、人間の“心”を連結する。
希望者達は大きく腕を上げる、飛び跳ねる、騒ぐ、熱狂する。
“彼”は、周りが爆上がりのテンションの中で呆然としていたが。
先程までと打って変わった姿を、大勢の前で披露する“ヴァンサン・ヴィンス・ルイ”。
さっきまでお節介な人間だと思っていた人は、レストガーデンの大スターだった。
大歓声の大ライブは、2時間にも及び終了。
人々は幸福を感じ、満足気な表情で屋上を退室していく。
彼はヴィンスと共に、ライブの後片付けを手伝う。
ヴィンスはフラフラな状態で息切れをしていたが、充実しており、このあと渡したい“物”があるから、自分の部屋に来て欲しいと“彼“に伝える。
午後23時40分
ヴィンスは自分の部屋の壁に、有名なロックミュージシャン達のポスターや過去にライブで披露したバンド姿の写真を貼っていた。
そして、ある一人の“女性“の写真も何個も飾られていた。
ツーショット写真からして、恋人か妻のどちらかだと分かる。
ヴィンスは今日のライブで稼いだ分と貯金してある分、合計10万円を所持金0の彼に譲ると言い出した。
彼は10万円なんて大金を会ったばかりの人間からは受け取れない、彼は拒んだが、ヴィンスはどうしても受け取って欲しかった。
ヴィンス「いいんだよ、もう使い道は無い、明日になれば俺はここにいないから」
彼「えっ!・・・それって」
ヴィンスの希望日は4月2日。
つまり彼とヴィンスは、一日限りの付き合い。
彼「それじゃあ・・・あの夫婦も!」
ヴィンス「当然・・・明日だ」
談話室でラブラブな新婚夫婦も4月2日が希望日、それなのに幸せそうだった。
あの夫婦は貴重な時間を友好的に使っていた、そして今もきっと。
ヴィンス「使い道があるなら、使った方がいい、だからこの金はもうキミのだ」
彼「・・・どうして、どうしてそんなに人に優しく出来るんですか・・・なんの得も無いのに」
ヴィンス「俺の妻も・・・人の為に尽くした人生を送ったからだ」
“彼“に自分の”愛“の体感を伝える。
ヴィンス「妻は、・・・史上最高な女だ・・・代わりなんていない」
<ヴァンサン・ヴィンス・ルイの記憶>
最初に目指した夢は、ゲームクリエイターだった。
でも高校の時に、放送部が校内で流したロックミュージックを聴いた瞬間、彼の魂は情熱を覚えた。
ミュージシャンを目指したのは18歳の時。
大学時代は仲間とバンドを組み、大学のライブで披露した事もある。
仲間との絆、観客の熱狂、最高だった。
でも何より最高の瞬間は、ギターの音を耳に響かせる瞬間。
大学を卒業して、バンドは解散したが、今度は個人でミュージシャンを目指す事にした。
テレビでお目に掛かるまで、収入は無に等しかったが、それでも1日3食お腹を満たせたのは、ある"女性"のおかげであり、彼にとって女房・恩人・女神でもあった人物。
2人の馴れ初めは高校の時から、最初はヴィンスの好みの女性じゃないから、興味を示さなかったが、彼女の優しさに次第に惹かれていった。
ニート同然だった頃、ヴィンスと違って夢であったパン職人になる事が叶い、自分の店を持っていた。
彼女の手作りパン"タルト・タタン"は絶品、無料で食べさしてくれる自分は幸運だと思った。
彼女の優しさは料理にも出ていた。
無収入で将来保証のない男を信じて支える、まさに女神。
29歳の頃、ヴィンスの名はフランス国内で徐々に広まっていき、遂にテレビの歌番組で披露する事が決まった。
彼は遂に努力の末に名声を得た、そしてフランスで大人気の歌番組に出演のオファーが来た。
また伴いチャンスが降ってきたが、彼は同時に栄光と不運を神から送られる。
30歳過ぎた妻は、重い病を患い、パンを作る事ご出来なくなった。
ヴィンスは選択肢を迫られる、妻を見捨てて、ミュージシャンの道を歩み続けるか、それとも苦労をかけた妻を今度は自分が支えるか。
どっちを選ぶかは決まっている、"妻"を選ぶ以外考えられない。
40歳の頃、妻が病気を完治出来ずに亡くなってから、ヴィンスは孤独を強いられた。
今まで生きていけたのは、一時の間でもミュージシャンになれたのは、最愛の妻のおかげだった。
ヴィンスが安楽死を希望する“理由”は一つ、“最愛の妻に会うため”。
彼は、ヴィンスの過去を聞き、10万円を有難く受け取る事にした。
4月2日午前10時
天地の門の前で、4月2日の希望者達が集まる。
レストガーデンの責任者が、希望者達の出席を取り、全員いる事を確認。
レストガーデンの看板とも言える“部屋“の門が開門する。
40日間は施設を自由に出入り出来るが、この“天地の部屋”だけは40日に一度だけ。
希望者達にとって、未知の体験でもある。
4月2日の希望者達は、“天地の部屋“に入った瞬間、全員が心を奪われる。
レストガーデンのどの部屋よりも真っ白で清潔、天井には巨大なシャンデリア、壁のあちこちに天使の壁画が描かれ、窓から太陽の光が差し込む、世界的有名曲“アメージンググレース”のメロディーが流れ心を癒す、そして極めつけは余り過ぎる程の広さ。
まるで現世の“天国”を連想させる程の芸術。
そして、壁際には安楽死カプセル“サラバ”が、30台設置されている。
この日の希望者は28人、つまり28台使われる。
数名のスタッフが出迎え、安楽死希望者達に証明書のサインの仕方を説明する。
まず2枚の証明書が用意されている、初日に説明を受けた“存命書”と“終命書“。
どちらにも自分の名前がサインしてある。
大きなハンコ(承諾印)を持ち、最後にどちらかの証明書に押す。
“存命書“に押した場合は、安楽死を棄権した了承という証として、レストガーデンの希望者ではなくなる。
“終命書”を押した場合は、“サラバ”に搭乗して、安楽死を希望するという証。
順番に決まりはない、誰からでもいい、どちらを選んでも構わない。
先に希望したのは、レストガーデンの大スター、ヴィンス。
ヴィンスは恐れる事なく、同期達に笑顔でお別れの手を振る。
ヴィンスは迷わずに、“終命書”を選んだ。
”サラバ”前に立ったヴィンスに、スタッフはお別れを言う。
スタッフ「ヴィンス様、これにてお別れとなります、今までお疲れまでした」
ヴィンス「・・・こちらこそ、ありがとうございました」
“サラバ”の中に入った後は、最愛の妻の写真を手に持ち胸に添えて、安らかな表情で1分間経つのを待つ。
“ヴァンサン・ヴィンス・ルイ”
終命書に承諾印を確認
4月2日 レストガーデンより永眠。
他の希望者達もヴィンスに便乗して、どんどん永眠していくが、あの新婚夫婦の“妻”は死の恐怖で足がすくんでしまって、なかなか切り出せない。
夫は、そんな妻の姿を見て、ある提案をする。
夫「キミが“生きたい”なら、僕もそうする・・・キミが“眠りたい”なら僕もそうするよ」
妻「・・・あなた」
夫「キミが望んだ選択肢なら、僕は何だって受け入れるよ」
妻「・・・怖くない、“あなた”と一緒なら何も怖くないわ」
午後14時
談話室で“彼”は、カウンターで“オカザキ”に頼んだ氷入りミルクを飲む。
ヴィンスから貰った10万円で何を買うか悩んでいた。
施設の設備は無料で使える、最低生活必需品も無料で提供される。
使うとすれば売店ぐらいだが、せっかく貰った10万円を無駄に使いたいと思わない。
そして彼は、オカザキにある事を聞く。
彼「オカザキさん」
オカザキ「なんだい?」
彼「・・・今日の安楽死希望者達は、全員死んだの?」
オカザキ「・・・うん・・・そうみたいだよ」
全員安楽死を希望したという事は、ヴィンスも、あの新婚夫婦も、この世にはもういない。
“彼“もいずれ、選択肢を迫られる日がやってくる。
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