21 / 32
21話
しおりを挟む
ヴィリス殿下の下で生活し始めてからおよそ1週間が経過した。
家事が全くできない私にやることなんてあるはずもなく、この1週間はただひたすら読書に耽る日々を過ごした。
まあこれに関してはただ遊んでいるだけではなく、アガレス王国に関連する知識の補強や今後役に立ちそうな技術の吸収が目的ではあったのだが。
「あ、リシアさん。ちょうど良いところに! もしお暇ならこの書類をヴィリス様に届けてくれませんか?」
「はい。任されました」
廊下を歩いていると、相変わらず忙しそうなマルファさんに呼び止められ、書類が入っているらしい封筒を渡された。
マルファさんの姿を見ていると何か手伝いたい衝動に駆られるのだけど、私が手を出すと余計に彼女の仕事が増えるだけの結果に終わってしまうためそれは叶わない。
せめて簡単なお使いくらいは喜んで引き受けなければ。
私はその封筒を落とさないように両手で抱えてヴィリス殿下の部屋まで向かう。
そのままドアをノックし、部屋の主へ声をかける。
「ヴィリス殿下、少々よろしいですか?」
「ん? リシアか。入っていいぞ」
「失礼します」
ヴィリス殿下の部屋は王族の部屋とは思えないくらいシンプルだ。
作業机に椅子。客用のソファとテーブル。小さな本棚。箪笥など、必要最低限のモノしか置かれていない。
彼はあまり無駄なものを置くのを好まないらしく、この屋敷には飾り物が非常に少ない。
顕示欲の強い貴族の屋敷に行くと其処彼処に高そうな美術品が置かれているものなのだが、これに関しては私にもそう言ったものを置く趣味がないので落ち着いていて良い。
マルファさんもツボとか置いてあるとうっかり割ってしまったとき大変だからそういうのがないのは助かると言っていた気がする。
それはさておき、私は抱えていた書類をヴィリス殿下へと手渡した。
「こちら、マルファさんから預かった書類です。中身は存じ上げませんが、国王陛下から届けられたもののようです」
「げ、父上からか。それじゃあ見ないわけにはいかねえなぁ。オレはこういった仕事は苦手なんだがなぁ……」
そう文句を言いつつも封を切って中身を確かめる殿下。
ちょっとだけ中身が気になるところではあるが、私が見ていいようなものではないだろうしここはさっさと退散するが吉だろう。
「それでは殿下、私はこれで」
「あーちょっと待った。リシア。どうやらこれはお前と無関係ってわけでもないようだぜ」
「……え?」
「ほら、これ見てみろよ」
そう言って殿下が差し出してきた紙を手に取り、書かれている文字に目を通す。
これは――
「ディグランス王国復興支援計画書」
確かにそう、書かれていた。
ディグランス王国……その文字を見るとあの嫌な思い出が蘇ってくる。
アストラの、いや王国全体からの裏切り。
私と私の一族を貶められたあの日のことを。
「ディグランスの王都が原因不明の大地震に襲われて壊滅的な被害を受けたのは知っているだろう? そこでディグランス王国の友好国である我がアガレス王国は、その復興を支援するための予算を組むことになったらしい」
「……なるほど」
アガレスとディグランスの友好の歴史は深い。
それにあの器の大きなアガレス王のことだ。
あの方は危機に陥った友好国を見捨てるような真似はしないだろう。
それが――愚かな王族が招いた人災だということも知らずに。
それが――この私が秘術を解いたことによって起こったということも知らずに。
「そんな怖い顔をするなって。別にお前に何かしろって言ってるわけじゃねえ。一応こういうことになったっていう情報共有だ」
「……ええ、はい。分かっています」
「しっかしディグランス王国もバカなことをしたもんだよなー。要の巫女の一族を追い出してすぐに大地震に襲われるだなんてさ。オレにはただの偶然とは思えんな。これが所謂天罰ってヤツか?」
「――そう、かもしれませんね」
「……もし仮に、だ。お前たち要の巫女の一族が、追い出されることなくディグランスの地に留まっていた場合、今回の地震、防げたか?」
随分と困る質問だ。
正直に答えるのであれば「はい」だ。
私が国を離れ、秘術を解かなければ恐らくあの大地震は起こっていない。
仮に発生したとしてもかなりの小規模なモノだっただろう。
でもここで素直にそれを言ってしまえば、私はきっと責められるだろう。
こんな多くの人々を不幸にする事があらかじめ分かっていたならちゃんと止めろ、と。
今被災している全ての人々はきっとそう口にするだろう。
だけどはっきりと言えることは、私は秘術を解いたことを後悔していない、と言うことだ。
我ら要の巫女の一族を見下していたのは何も王族貴族だけではない。
あの国に住まう多くの国民もまた、要の一族はその役目をはたしていないと考えていたのだ。
確かに小規模・中規模の地震はこれまで幾度となく発生してきた。
そのたびにランドロール家に責任を押し付けたくなる気持ちは分からないでもない。
しかし我ら一族はあの日まではその役目をしっかりと果たしていた。
国が崩壊するレベルの大地震の発生を今日に至るまで先延ばしし続けてきたのだ。
そうとも知らずにランドロール家がこの地を追い出されることに誰も反対しなかった。
ならば彼らもまた、同罪だ。
自らの意思であの国を護ると決めた初代と違い、現代を生きる私たちには彼らを護る理由がない。
ただこの血に刻み込まれた呪いのような術式に己の力を吸い取られ、無意識のうちに護らされていただけなのだから。
たった一人の巫女の行動次第で崩壊する国など、とうの昔に滅びてるようなものだ。
恨むなら不完全な形で私に転生した初代を恨んで欲しい。
「――悪い。ちょっと意地悪な質問だったな。やっぱ答えはいいや。起っちまったことに今更言及したって仕方がないもんな」
答えを出しかねている私を見て何かを察したのか、ヴィリス殿下は己の言葉を引っ込めた。
ちょっと申し訳ない気持ちになるけれど、こればかりは私の胸の内に秘めておきたいことだから。
この気持ちと考えは誰にも語る気はない。
「いえ。大丈夫です。すみません、私は一旦失礼いたします」
私がそう言うとヴィリス殿下は「おう」と一言だけ返した。
家事が全くできない私にやることなんてあるはずもなく、この1週間はただひたすら読書に耽る日々を過ごした。
まあこれに関してはただ遊んでいるだけではなく、アガレス王国に関連する知識の補強や今後役に立ちそうな技術の吸収が目的ではあったのだが。
「あ、リシアさん。ちょうど良いところに! もしお暇ならこの書類をヴィリス様に届けてくれませんか?」
「はい。任されました」
廊下を歩いていると、相変わらず忙しそうなマルファさんに呼び止められ、書類が入っているらしい封筒を渡された。
マルファさんの姿を見ていると何か手伝いたい衝動に駆られるのだけど、私が手を出すと余計に彼女の仕事が増えるだけの結果に終わってしまうためそれは叶わない。
せめて簡単なお使いくらいは喜んで引き受けなければ。
私はその封筒を落とさないように両手で抱えてヴィリス殿下の部屋まで向かう。
そのままドアをノックし、部屋の主へ声をかける。
「ヴィリス殿下、少々よろしいですか?」
「ん? リシアか。入っていいぞ」
「失礼します」
ヴィリス殿下の部屋は王族の部屋とは思えないくらいシンプルだ。
作業机に椅子。客用のソファとテーブル。小さな本棚。箪笥など、必要最低限のモノしか置かれていない。
彼はあまり無駄なものを置くのを好まないらしく、この屋敷には飾り物が非常に少ない。
顕示欲の強い貴族の屋敷に行くと其処彼処に高そうな美術品が置かれているものなのだが、これに関しては私にもそう言ったものを置く趣味がないので落ち着いていて良い。
マルファさんもツボとか置いてあるとうっかり割ってしまったとき大変だからそういうのがないのは助かると言っていた気がする。
それはさておき、私は抱えていた書類をヴィリス殿下へと手渡した。
「こちら、マルファさんから預かった書類です。中身は存じ上げませんが、国王陛下から届けられたもののようです」
「げ、父上からか。それじゃあ見ないわけにはいかねえなぁ。オレはこういった仕事は苦手なんだがなぁ……」
そう文句を言いつつも封を切って中身を確かめる殿下。
ちょっとだけ中身が気になるところではあるが、私が見ていいようなものではないだろうしここはさっさと退散するが吉だろう。
「それでは殿下、私はこれで」
「あーちょっと待った。リシア。どうやらこれはお前と無関係ってわけでもないようだぜ」
「……え?」
「ほら、これ見てみろよ」
そう言って殿下が差し出してきた紙を手に取り、書かれている文字に目を通す。
これは――
「ディグランス王国復興支援計画書」
確かにそう、書かれていた。
ディグランス王国……その文字を見るとあの嫌な思い出が蘇ってくる。
アストラの、いや王国全体からの裏切り。
私と私の一族を貶められたあの日のことを。
「ディグランスの王都が原因不明の大地震に襲われて壊滅的な被害を受けたのは知っているだろう? そこでディグランス王国の友好国である我がアガレス王国は、その復興を支援するための予算を組むことになったらしい」
「……なるほど」
アガレスとディグランスの友好の歴史は深い。
それにあの器の大きなアガレス王のことだ。
あの方は危機に陥った友好国を見捨てるような真似はしないだろう。
それが――愚かな王族が招いた人災だということも知らずに。
それが――この私が秘術を解いたことによって起こったということも知らずに。
「そんな怖い顔をするなって。別にお前に何かしろって言ってるわけじゃねえ。一応こういうことになったっていう情報共有だ」
「……ええ、はい。分かっています」
「しっかしディグランス王国もバカなことをしたもんだよなー。要の巫女の一族を追い出してすぐに大地震に襲われるだなんてさ。オレにはただの偶然とは思えんな。これが所謂天罰ってヤツか?」
「――そう、かもしれませんね」
「……もし仮に、だ。お前たち要の巫女の一族が、追い出されることなくディグランスの地に留まっていた場合、今回の地震、防げたか?」
随分と困る質問だ。
正直に答えるのであれば「はい」だ。
私が国を離れ、秘術を解かなければ恐らくあの大地震は起こっていない。
仮に発生したとしてもかなりの小規模なモノだっただろう。
でもここで素直にそれを言ってしまえば、私はきっと責められるだろう。
こんな多くの人々を不幸にする事があらかじめ分かっていたならちゃんと止めろ、と。
今被災している全ての人々はきっとそう口にするだろう。
だけどはっきりと言えることは、私は秘術を解いたことを後悔していない、と言うことだ。
我ら要の巫女の一族を見下していたのは何も王族貴族だけではない。
あの国に住まう多くの国民もまた、要の一族はその役目をはたしていないと考えていたのだ。
確かに小規模・中規模の地震はこれまで幾度となく発生してきた。
そのたびにランドロール家に責任を押し付けたくなる気持ちは分からないでもない。
しかし我ら一族はあの日まではその役目をしっかりと果たしていた。
国が崩壊するレベルの大地震の発生を今日に至るまで先延ばしし続けてきたのだ。
そうとも知らずにランドロール家がこの地を追い出されることに誰も反対しなかった。
ならば彼らもまた、同罪だ。
自らの意思であの国を護ると決めた初代と違い、現代を生きる私たちには彼らを護る理由がない。
ただこの血に刻み込まれた呪いのような術式に己の力を吸い取られ、無意識のうちに護らされていただけなのだから。
たった一人の巫女の行動次第で崩壊する国など、とうの昔に滅びてるようなものだ。
恨むなら不完全な形で私に転生した初代を恨んで欲しい。
「――悪い。ちょっと意地悪な質問だったな。やっぱ答えはいいや。起っちまったことに今更言及したって仕方がないもんな」
答えを出しかねている私を見て何かを察したのか、ヴィリス殿下は己の言葉を引っ込めた。
ちょっと申し訳ない気持ちになるけれど、こればかりは私の胸の内に秘めておきたいことだから。
この気持ちと考えは誰にも語る気はない。
「いえ。大丈夫です。すみません、私は一旦失礼いたします」
私がそう言うとヴィリス殿下は「おう」と一言だけ返した。
112
お気に入りに追加
8,190
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?
仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。
そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。
「出来の悪い妹で恥ずかしい」
「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」
そう言ってましたよね?
ある日、聖王国に神のお告げがあった。
この世界のどこかに聖女が誕生していたと。
「うちの娘のどちらかに違いない」
喜ぶ両親と姉妹。
しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。
因果応報なお話(笑)
今回は、一人称です。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~
ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる