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第十四話 -復讐-
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しおりを挟むアジトにしている地下室から梯子を上って小さな隠し部屋へ出る。床の隅にある扉を閉めて上からめくりあげてあった絨毯を戻して隠して、その上に小さな机と椅子を置く。ドアを開けて、書斎に出た瞬間だった。
「また物理世界では仕事サボって昼間っから家で寝てるわけ? よくそれでクビにならないね」
不法侵入者の言葉を聞き流し、短く息をついてドアを閉めてスライド式の本棚でドアを完全にふさぐ。
「なぁ、ピラム。お前自分の能力の使い道考え直した方がいいんじゃねぇか? 俺のことなんてわざわざ見るか? 普通…」
「考え直すのはリュコスの方だよ」
ちらっとピラムの方を見たアウトリュコスが観念したようにため息をつく。
「…考え直す? 何回考えたって変わらねぇさ。…こればっかりはな」
「馬鹿なの? 大体この話は今まで何万回もしてきたしその度にリュコスだって納得してたじゃないか。なんだって今更…」
「納得…? ああ…そうだ。『納得』してたさ。俺の力じゃどうにもならないってことをな。…でも今は違う」
苛立ったように片手の指を立ててピラムが髪を掻く。
「一体何千年前の話をしてるのさ。幽界の地縛霊じゃあるまいし、いつまでも神が復讐心なんかに引きずられて情けないと思わないわけ?」
「思わねぇな。大体、日本の神にだって何千年も前の恨みを引きずってるやつがゴロゴロいるじゃねぇか」
「はいはい。日本の堕天した連中のことなんて今はどうでもいいから。……まさか、本気で堕天する気じゃないよね?」
しばらく黙ってからアウトリュコスが呟いた。
「…それも仕方ねぇかと思ってた」
「馬鹿なの?」
「でもやめた。自力でやる」
「もっと馬鹿なの?」
「…ケイの面倒を最後まで見てやれなかったのが心残りだが…しょうがねぇ」
「アルテミスと心中する気?」
いつの間にかピラムの顔から色が消えていた。
「神体は殺せねぇからな。…だがアルテミスは母さんを殺した。当然、母さんは人間だから死ぬ。今じゃもう百回近く輪廻転生を繰り返して霊体だって分裂と融合を繰り返してもはや別の存在だ。それでも俺は…」
「…忘れろ」
「…………ッ!!」
瞬間、明らかにアウトリュコスの霊体の色が変わった。ピラムは平然と続けた。
「忘れるしかない。『死』がない俺たちがやっていくにはそれしかない。人間たちは輪廻転生の『死』と『忘却』に救ってもらえるけど、俺たちに救いはない。自分で忘れるしかないだろ…ッ」
「ふ…っざけんな…ッ。アルテミスが母さんを殺した理由がなんだったか、お前だって忘れてねぇんだろ…ッ?!」
「……自分より美しいと発言したことが許せなかったから」
たったそれだけの理由で母親は舌を射抜かれて死んだ。
無残な顔の遺体に縋り付いて泣いて過ごした一夜のことは何千年経っても覚えている。忘れるはずがない。
「神界にカルマはねぇ…ッ。当のアルテミスは一晩でケロッと忘れて何の咎もなく未だに同じようなことを繰り返してんだ…。確かに神界あるあるだろうよ。忘れりゃいいだけだろうよ。
でもな……理不尽に母親を殺されて殺したやつは今も笑いながら同じこと続けてて……こんな世界でどう生きてけってんだ…ッ?! 俺らと同じ思いをする連中がどんどん増えてくのをどうすることもできずにただ見て……も……限界なんだよ…ッ」
ピラムの表情は動かなかった。
「それで? アルテミスと一緒にリュコスも地獄に堕ちるの?」
…霊体の封印方法の一つに、タルタロスという場所がある。
神だろうが人間の霊体だろうが、そこへ落とされたら最後、永久の責め苦が待つ神界の中の地獄と呼ばれる場所。意味のある責め苦を与える冥界の地獄とは根本的に異なった場所である。
「ま、相手を地獄に堕とすんだ。自分も地獄に堕ちなきゃおかしいだろ?」
ようやくいつもの口調に戻ったものの、アウトリュコスの全身からは好戦的な殺気が立ち上っていた。
「……無理だ。お前じゃ勝てない」
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