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第十三話 -英雄-

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「…ああ。そうか…。なら、もしもう一度その男に会ったら伝えておいてくれないか?」
「なんだ?」

「その薬は毎日朝食後と夕食後に一週間飲み続けること…と。残さず全部な」

「………………。すまん、そいつがお前を刺してきたって言ってたんで…つい…」
「何…?」
 親に叱られる前の子供のような顔で説明し始めた男の話を聞いて、アスクレピオスは苦笑した。
「……お前のすぐに頭に血がのぼる癖は相変わらずか」

「すまん…。お前の怪我は?」
「問題ない。あの程度なら自力ですぐに治せる」

 懐かしそうな笑顔で男は返した。
「お前のお人好しも相変わらずだ」
 声をあげて笑いながらアスクレピオスが男に椅子をすすめて茶をいれる。

「…長年医者をやってるんだ。こんなことは慣れているさ。悪魔を助けたのだって初めてじゃない。それで? あの男はどうなった?」
「あー…すまん。結局八つ裂きに…」
「…………。ま、これもある意味神界版のカルマか…。お前にやられたのは不運だったといえるかもしれないが」

 何しろこの男、オリュンポスでも最強と謳われた英雄。主神ゼウスと人間の母を持つ半神デミゴッド。その名を、ヘラクレス。
 アスクレピオスとは叔父と甥の関係であり同じ師について学んだ兄弟弟子だったが、ヘラクレスは兄弟弟子として集ったすべての者を兄弟と呼び、本物の家族のように接していた。
 
 そのため、兄弟弟子の中でもひときわ実力の高かった彼を尊敬し慕う者も多く、当時多くの者から兄と呼ばれていた。
 当然、アスクレピオスにとっても育ての師は親代わりであり、そこにいた者たちはみな兄弟だった。

「…それにしても、何百年ぶりだ…? たまには顔を見せてくれてもよかったのに」

 何せアスクレピオスの方から会いに行ってもほぼ武者修行中やら仕事中やらで留守にしていることが多く、会えてもほとんど話す時間が取れなかった。だからだろうか。訪ねてきてくれたことが嬉しくて仕方ない。

 久しぶりに見た兄弟の顔に滅多に見せない嬉しそうな顔で笑っているアスクレピオスに、ヘラクレスはしばらく何かを言いづらそうにしていたが、やがて決意したように呟いた。


「レピオス…。お前は……俺を恨んでいるか…?」


 少し驚いた後、アスクレピオスが何か言いかけた時だった。
 バーンとドアがぶち破られる音がしてドアが豪快に粉々に吹っ飛び、破片がカラカラと床にぶちまけられる。
「レピオスッ!!! 無事かッ?!?」

 血相を変えて現れたケイに何と言って良いのかわからず固まるヘラクレスと、無表情で先程までドアだった木片を見つめているアスクレピオス。
 ドア枠の折れた蝶番に引っかかっていた木片が一つ、遅れてカラン…と落ちる音がした。




「ヘラクレスッ!? お、俺でも知ってるッ!! すげぇ有名人だッ!!」
 ヘラクレスの話を聞いて目をキラキラさせているケイと、奥で一人、無言でドアを修理しているアスクレピオス。

 やれサインをくれだの握手してくれだのと頼むケイに、ヘラクレスは嫌な顔一つせずに豪快に笑って対応してくれた。
 ヘラクレスとアスクレピオスの関係など、一通り彼の話を聞き終えてケイが満足するころ、修理をあきらめたのか、いつの間にかアスクレピオスは庭に出て新しいドアを作成していた。

 窓からその様子を見ながらヘラクレスがバツが悪そうに呟く。
「…あいつ、怒ってるよな…絶対」
 思わずヘラクレスの隣で窓の外を眺めながらケイが返す。
「あー…ドアのことか? なんか俺が来たときいつも通りに開けようとしたら全然開かなかったんだよな…。で、とにかくレピオスが心配だったから全力でぶち破って…」

「…手伝いに行くか…? だが…今下手に手を出すとかえって嫌がるからなあいつ…」
「ははは。クレスはレピオスのことすげぇ良く知ってるんだな。ホントの兄弟みたいだ」

「そうか?」
「ああ。レピオスの顔、なんか嬉しそうだった。リュコスやピラムと話してるときもそうだけど、砕けた感じがするっていうか。なんか、レピオスって仕事の時はいつも硬いからさ、顔」

 笑って庭を眺めているケイの横顔をしばらく眺めた後、ヘラクレスはケイの方を見ずに独り言のように口の中だけで呟いた。

「…………。嬉しそう…か。だといいがな…」

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