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【玉鬘】Tamakazura
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「人間って簡単には死なないんだな、結構太めの血管、切ったつもりなんだけど」
むくりと起き上がった月夜が寝ていたシーツにはべっとりと乾いた血液が付着していた。
「傷口も渇き始めてる」
月夜は左の肘の内側を見ながらぼんやりと呟いた。
「会社、行きたくない」
月夜は膝を抱きしめて蹲った。
月夜と分かれた朱雀は五輪モータースの専務取締役である五輪 栖美香とその翌日に婚約し急ぐように海外へと生活拠点を移した。そして二人だけで式を挙げたいからと誰一人として親族を呼ばずに結婚した。本社不在の朱雀の代理はヒカルが執行し、会議は全てWEBカメラで行っていた。
そのため朱雀と顔を合わせることがなかった月夜はかろうじて心のバランスを保っていたのだった。
その朱雀が今日、二年半ぶりに帰国する。
「会いたくない。子供も生まれた」
朱雀が結婚するやいなや右代は月夜の勘当を解き、何もなかったかのように月夜に接した。
うれしい半面わだかまりの残る月夜は、未だに実家に足を向けることはなかった。
「このまま死んじゃおうかな」
のろのろと月夜がベッドサイドに置いてあったぺティナイフを握り締めた。
「そうか、刃が小さいからか」
閃いたように月夜がキッチンへ向かうと包丁を取り出した。
「ようやく君のハニーの元へ帰れるわね」
スーパーシートに座る朱雀の席の隣の女性が声を掛けてきた。
「ええ。この日をどんなに待ち焦がれてきたことか」
朱雀がせつない表情を浮かべた。
「朱雀には本当に感謝してるわ。分からず屋のパパのせいで悩んでいたあたしと同じ境遇だと、あの時の懇親会で君と意気投合しなければ今日の日はなかったわ。あたしは早く跡継ぎを生むこと。君は結婚して跡継ぎを作ること。
ね、【百合】(Yuri)」
栖美香がその隣の席の女性に視線を向けると百合と呼ばれた女性も頷いた。
「これでパパに大きな顔できるわ。本当にありがとう。離婚届は弁護士を通じて早急に手配するわ」
朱雀とは対称に栖美香は晴れやかな顔をした。
「いえ、私のほうこそ今までありがとうございました」
朱雀も栖美香の気持ちに応えるように礼を返した。
玉木 鬘は夕顔の死後、夕顔の故郷である九州の遠縁をたらい回しにされて育った。
「ただいま戻りました」
鬘は短大を卒業すると小さな建設会社で事務として働き始めた。零細企業にありがちのサービス残業の多い会社で、鬘の帰宅はいつも夜中の九時を過ぎていた。
ガラガラと横引きの玄関を開けて家の中に入る。
返事の戻らぬ家の中を進み、奥にあるリビングに近づくと大きな笑い声が鬘の耳にも入る。鬘はどこか浮かない顔でそのドアを開けた。
「おや、もう帰ってきたのかい。今日は早かったじゃないか」
鬘に声を掛けたのは、鬘が高校二年生の時に鬘を引き取った最後の遠縁である【玉木 正子】(Tamaki Masako)であった。
「ただいま戻りました、おばさん」
鬘がビクビクとしていると、食卓を囲む正子の長男である【正和】(Masakazu)が鬘の体を嘗め回すようにいやらしい視線を向ける。その視線に耐えられながらも鬘は正和に会釈した。正和は隣の県立高校に通う三年生でいつもは寮に入っているが、長期の休みや連休にはこうして実家に戻ってくるのだった。
「夕飯作るなら、簡単な物にしておくれよ。ガス代だってばかにならないんだからね」
正子が鬘にキツイ言葉を浴びせた。
「ママは鬘にきびしいよ。せっかく僕の為に作ってくれたおかず、分けてあげればいいじゃない」
正和が正子に甘えたようにいいながら、正和は自分の箸をわざと舐め、おもむろに目の前のから揚げを摘むと、先ほどまで使用していた自分の取り皿に数個乗せた。
「はい、鬘の分」
正和が鬘にその皿を受け取れと言わんばかりに差し出した。
「何てやさしい子なんでしょう、和ちゃんは」
正子がよしよしと正和の頭を撫でる。
「も、申し訳ありません。今日は夕飯をもう済ませたので」
鬘は空腹を我慢してそれをやんわりと断った。
「何て子なんだい。せっかくの和ちゃんの厚意を。それに、外で食べてくるなら先に連絡をよこしなって、いつも言ってるだろ」
正子が鬘をキッと睨みつける。
正子の口癖は「もう大人なんだから、自分で作れるだろ」であり、鬘を引き取ってからただの一度も食事を鬘の為には作ったことはなかった。
「申し訳ありません。今日は疲れているので、お風呂いただいて先に休ませていただきます」
鬘は居心地の悪いリビングから逃げるように立ち去った。
「はぁー」
湯船の中で鬘が大きな溜息を吐いた。
「かーつーら」
その声の持ち主に鬘は恐怖のあまり身を堅くして縮こまる。
「今日乾いたバスタオル、持ってきてあげたよ」
鬘は体の震えを止めることは出来なかった。
「あ、あり、ありがとうございます。正和さん」
やっとのことで感謝の言葉を搾り出す。正和のシルエットで正和が鬘の脱衣した衣服を弄っているのが透けて見える。鬘はいつ中にまで入ってくるのかと気が気ではなかった。
「一緒に入ろっかなー」
正和の言葉に鬘は身の毛がよだつ思いだった。
「男同士なんだし、さ」
鬘の体ががくがくと震える。鬘は温かい湯の中で凍りついた。
「なーんてね」
鬘の返答を待たずに正和が冗談めいて、くつくつと笑いを立てた。
物色し終え、満足した正和が脱衣場を出て行くのを気配で感じた鬘が、ようやく体の力を抜いた。
「あの男がいないだけまだマシ」
鬘が安堵と共に呟く。
あの男とは正子の夫であり今は単身赴任中の【玉木 和夫】(Tamaki Kazuo)のことだった。婿養子として正子と結婚した和夫は正子の気性の荒さに辟易していた。和夫は男にしては綺麗な顔立ちの鬘を一目見るや心の中で高らかに笑い、鬘を手篭めにしてやろうと心に決めたのだった。そんな和夫のいる家に鬘は引き取られたのだった。高校を卒業したら家を出ると鬘が伝えると、学歴の重要さを訴え、鬘は断れぬまま、否応無しにこの家に留まらざるを得なくなったのだった。正和同様、和夫も隙あらば鬘にセクハラを繰り返していた。学費を返すまではこの家で少しでもお金を溜め、完済と同時に出て行こうと鬘は我慢していた。
その我慢の限界が訪れるときがついに来た。
「ん、んーーん」
体を弄られる悪夢の中に鬘はいた。
「んんー、やめて」
はっと目を覚ました鬘の目の前には単身赴任中のはずの和夫が圧し掛かっていた。
「鬘ちゃんの寝顔が見たくてね。ついさっきついたんだよ。
可愛い鬘ちゃんのかわいらしい乳首。俺が開発しちゃおうかな」
和夫の言葉と共に引きつった顔をの鬘の恐怖が一気に噴出す。
「キャーーーーッ」
鬘はとっさに悲鳴を上げた。
「女みたいな悲鳴上げて何事よ」
正子が鬘の部屋に先に飛び込んでくると、続いて正和も現れた。鬘が慌てて肌蹴た服を直す。
「あんた、あたしの旦那に何ちょっかい出してんのよ」
正子が怒気を発する。鬘の悲鳴を抑えることができなかった和夫は、悪知恵を働かせた。
「おや、良く見たら鬘ちゃんじゃないか。正子と間違えてしまったよ。俺としたことが、何たる事を。申し訳なかったね、鬘ちゃん」
悪びれる様子もなく和夫が正子に近寄る。
「君と間違えたんだよ。いや、どうりで触り心地が悪いと思ったよ。まさか男と女を間違えるなんてね。さ、俺達の部屋に戻ろう」
和夫は正子をエスコートしてさっさと部屋を出て行った。
「くそっ、親父ばっかりいい思いしやがって」
正和が忌々しげに舌を打つ。
「お、お騒がせしました」
鬘はなかなか出ていこうとしない正和を強引に押し出した。
一人残された鬘は震えの止まらない夜を過ごした。
「おはようございます」
翌日、何事もなかったかのように玉木家の面々は和やかに朝食を取っていた。
「昨日みたいな騒ぎは止めておくれ」
正子が鬘に釘を刺した。
「申し訳、ありませんでした」
鬘が理不尽さを感じながらも正子に謝罪した。
「昨日は俺が悪かったって言ったじゃないか。そんな事いったらこれから鬘ちゃんが暮らしにくくなるだろ」
和夫が助け舟を出した。それは正子に鬘を追い出されないようにとの策略だった。その真意を汲み取った鬘は足早に家を出た。
鬘は会社に電話を入れ、欠勤を告げた。そして公園のベンチに座り今後の事を考え始めた。
「そうだ」
鬘はネックレスに通していつも身に着けていたリングをまじまじと見つめた。
「Sadai Cyujyoこの人に聞けば僕の両親について、何か知っているかも知れない」
鬘はその足で空港へと向かった。
鬘は以前Sadai Cyujyoをインターネットで検索していた。御門財閥の重役にその名を見つけたときには鬘はとても驚いた。
「こんな人が、僕とどんな関わりがあるんだろう」
こんな大物人物の名前の刻まれたリング。もしかしたら落し物か何かではないのだろうか。鬘はそう思っていた。しかし、今は状況が変わりあの家にこれ以上いては本当に身の危険を感じる。そう確信した鬘はわらをも掴む思いだった。
到着ゲートをくぐりタクシーを拾って御門財閥本社へと向った鬘は、インフォメーションに足早に向った。
「痛っ」
急に何かに突き飛ばされた鬘が尻餅をついた。
「悪りい」
鬘は目の前に差し出された大きな手を呆然と見つめた。
「立てないくらい痛むのか」
大きな手の持ち主を鬘は見上げると、その人物と目が合った。
「大丈夫ですか?」
傍にいた女性が鬘に声を掛ける。
(綺麗な男の人)
鬘は端正な顔立ちのその人物に見入っていた。
(無表情なだけにいっそう綺麗さが際立っているみたいだ)
鬘はそう思った。
「怪我してるようには見えねえんだがな」
その人物は無表情に見えるが、困っているように鬘には見えた。鬘はすぐさま立ち上がった。
「申し訳ありません。余所見をしていて」
そして慌てて謝罪した。
「うちの社員か?それともここに用があるのか?」
鬘はその人物に左代 中将に会いたいと告げた。
「六条、中将の予定はどうなってる」
その人物は傍にいる女性に確認するよう伝えると、その女性は機敏な動作で携帯を操作し始めた。
「確認できるまであそこで待とう」
その人物は広いロビーの一角にある応接セットへと鬘を誘い、名詞を鬘に差し出した。
「宮内 ヒカルさん。COO?」
鬘は目が飛び出そうになった。
「も、申し訳ありません。偉い方にぶつかるなんて僕」
たった今座ったばかりのソファから立ち上がり、九十度に腰を折って謝罪する。
「いや、お互い怪我がなかったんだ。気にするな。俺のことはヒカルでいい。それよりも中将に何の用事だ?」
ヒカルが鬘に質問した。鬘が言い出し辛そうに俯いた。
「COO、中将様は海外出張中で戻りは再来週の木曜日とのことです」
六条と呼ばれた女性がヒカルに報告した。
「再来週・・・」
鬘がますます下を向く。ただならぬ雰囲気にヒカルは人払いをした。
「六条、ちょっと外してくれ」
ヒカルは六条を遠ざけると、先ほどの質問の続きを鬘に促した。鬘はしばし逡巡したが、再来週までどうすることも出来ないのであればと、ヒカルに生い立ちと左代 中将の名前入りのリングのことを掻い摘んで話した。リングの話をするとヒカルは身を乗り出した。
「ちょっと、そのリング見せてもらえねえか」
鬘はネックレスを外してヒカルに渡した。ヒカルはそのリングを一目見ると鬘に向き直った。
「お前、玉木 鬘だろ」
ヒカルはまだ名乗ってもいない鬘の名前を言い当てた。
「なぜ、僕の名前を」
鬘は全身が心臓になったような錯覚を覚えるほど衝撃を受けた。
「そりゃそうだ。俺はお前の母親、玉木 夕顔を知ってるからな。さっきの話だと今朝出てきたその家の奴等の所に戻る気はねえんだよな」
ヒカルは静かに鬘に問うた。
「はい。通帳と貴重品だけもって家を出てきました。何か不信な行動をとるとバレてしまうと思って」
鬘はヒカルに正直に話した。
ヒカルは腕を組んで何かを考えているようだった。
「夕顔と出会ったときには、既にお前と夕顔の二人暮らしだった。お前を養う為にスリまがいの事をしていてな、たまたま絡まれた所に俺が出くわして知り合ったんだ。俺は一度だけお前を迎えに託児所に一緒に行ったことがある。それから間もなく、夕顔は事故で死んだ」
ヒカルは当時の経緯を淡々と鬘に話した。
(母がスリまがいの事をしていた。僕の為に。じゃあ、このリングはきっと)
鬘は当時の様子が聞けた感謝をヒカルに伝え、中将には会う必要がなくなったとも付け加えた。
「お前、これから一人でどうするんだ。満足に退職もしてねえ、身よりもなけりゃアパートだって借りられないだろ」
ヒカルの正論に鬘は下唇を噛み締めた。
「お前は覚えちゃいねぇだろうが二十年ぶりに再会したんだ。俺を信じてみねえか」
ヒカルが願ってもない提案を鬘にした。
ヒカルの運転する社内で鬘は終始無言だった。
「これからのこと、心配してんのか?」
真っ直ぐを見つめながらヒカルが鬘に声を掛けた。
「はい。会社のほうは、まあ。大丈夫だと思うんですけど。あの人たちに見つからないかが心配で」
鬘は昨晩の事を思いだし、自分で自分の体を抱き締めた。
「大した事は出来ねえかもしんねえが、そん時は力、貸してやるよ」
ヒカルの言葉に鬘は涙が零れそうになった。
「ほら、ここだ」
ヒカルに連れてこられた場所は一軒屋だった。表札がてらの看板には花散里の文字。
「ここは?」
鬘はヒカルを見上げた。
「ああ、ここは俺の知人が経営してるパンションだ。食事つきの下宿ってところだ。ここの経営者は信頼できる。安心して疲れを癒すといい」
ヒカルはドアを開けてさっさと中へと入っていった。置いてきぼりを食った鬘が急いでヒカルの後を追う。
「夕霧君は今日は部活で遅くなるそうよ。たまには顔見せに来ればいいのに。全く不器用なんだから」
やや膨よかな女性が不満そうにヒカルを睨みつけた。
「そんなことより、さっき電話で話した奴、連れてきた」
ヒカルと話す女性が鬘を目に留めるとゆっくりと鬘のいるほうへ歩き出す。
「貴方が玉木 鬘さんね。私は花散 里華。里華でいいわ」
里華が右手を差し出した。
「よ、よろしくお願い、します」
鬘が里華の手に触れると、里華が強く握り締めた。その手の温もりに鬘は今までの緊張の糸が切れたように泣き出した。
「あらあら、よっぽど辛いことがあったのね。よろしくね、鬘君」
里華は優しく鬘を抱擁した。
その姿を見届けたヒカルは腕時計を確認し、携帯を取り出して一本の電話を掛けた。
相手が着信に応じた。
「はい、慧です」
初めて聞く電話越しの慧にヒカルは用件だけを告げた。
「慧、俺だ。講義は終わっただろ。これから迎えにいく」
顔が見えないにも拘らずヒカルは、慧がいつものようにはにかんで赤面したような気がした。
「はい。正門前で待ってます」
慧の返事にヒカルは颯爽と車を走らせた。
今後の人生を考えろとヒカルにいわれていた慧は外語大学へ通い始めた。
高校までしか経験のない慧にとって大学は夢のまた夢であった。十代の同級生に混じり受ける授業も慧にとっては新鮮な物だった。ただ一つの事を除いては。入学してから暫くの月日が経つが慧は誰かと話をしたことはなかった。年代の違う慧に話しかけづらいのか、多くの学生の視線を感じるにも拘らず、その誰しもが遠巻きに慧を見るだけで話しかけてこようとはしなかったのだった。
「動物園のパンダってこんな感じなのかな。でもまさか二十五歳過ぎてから大学に通えるなんて夢みたいだ。もしヒカル君に出会ってなければ今でもきっと」
慧は遠い空を見上げた。
「あのぉ」
声のほうを向くと、見知らぬ女子学生が五、六人の集団で慧の周りを取り囲んだ。
「キャー。皇子やっぱキレー」
「やっぱイケてる。皇子最高」
などとキャアキャア騒ぎ出す。元々大人しい慧にとっては騒音にしかならない。
「あの」
慧の呼びかけも聞かずに尚も女子学生たちが騒ぐ。
「あの!」
慧は思い切って大きく言葉を発した。
慧に一瞬驚いた女子学生たちに慧が何事かを尋ねた。
「私たち美男子コンテストの役員なんです」
その中の一人のおかっぱ女子が説明し始めた。
「私たち三年なんですけど、今年の新入生男子のコンテストの実行委員をしていて、あ、役員は私たち五人なんですけど実行委員はかなりいて、それぞれのグループに分かれて自分たちがグランプリを取れる推しをエントリーすることが出来るんです。毎年この時期恒例で皇子のエントリーの獲得権は抽選の結果、私たちがゲットしたんです。ちょっと写真取るだけなんですけど、お時間ありませんか?」
慧はこの手のことを苦手としているため丁重に断る。
「僕はそういうの興味ないですし。別に美男子でもないですよ。それにここの学生の誰ともまだ話をしたことすらない根暗な人間ですから、誰も僕に近づきません」
慧は自己評価を女子学生たちに話した。
「それは違いますよ。皇子は別格の存在なので気軽に話が出来ないっていうか、たぶん女子たちの同盟でけん制し合っているからだと思いますよ」
おかっぱ女子が慧の評価を否定した。その上で改めて慧を取り囲む女子たちの有無を言わさぬ強引な雰囲気が、慧に断る機会を与えない。
慧は根負けしたように了承するほかなかった。
慧が了承すると、慧は女子学生たちに引っ張られどこかの一室に連れ込まれ、あれよあれよと言う間にケープを首に巻かれた。慧の頭には後悔先に立たずの文字が浮かんだ。
「写真、取るだけなんじゃ」
慧が不思議そうに一人に尋ねると、他の女子学生が慧の前髪をヘアピンで纏める。
「美男子コンテストは男子部門と女子部門の二種類あって、皇子は女子部門にエントリーしてるんですよぉ」
そばかすのある女子学生が慧の疑問に答える間にも慧の顔には色々な物が塗りつけられる。そして背後では髪の毛を弄られる。慧は身動きの取れない状況の真っ只中にいた。
「あの・・・おうじって?さっきから僕のことおうじって呼びますけど」
半ば諦めた慧はもう一つの疑問をぶつける。
「明石 慧さんは我が大学の有名人なんですよぉ」
そばかす女子が慧の顔に何かを塗りながら解説する。
「慧君って呼んでもいいですか。
慧君は入学式の前から噂の的だったんですよぉ。入試会場で受験生たちが騒いでいて、試験監督を手伝っていた上級生たちもその噂をずっとしてて。なので入学式の日は立ち見が出るほど在校生、主に女子ですけどね、がわざわざ参列したんです。ついたあだ名は皇子。それが私たちが皇子って呼ぶ所以です」
そばかす女子は慧の同意を得ないままに慧を名前呼びするが、慧はどうりでさわがしい試験会場だと思った。と別な意味で納得した。
「出来た」
「うわぁ、やっぱキレー。肌も艶々。服もボーイッシュな感じでいけるじゃん」
「こりゃやばいっしょ」
「貰ったね」
「女としてうちら負けてんじゃん」
口々に女子学生たちが感想を零す。
「どうでも良いんですけど、写真一枚撮ったら僕の顔、元に戻してくれるんですよね」
急に不安になった慧にそばかす女子が「そこは安心してください」と微笑んだことに慧は安堵した。
「でも写真は一枚じゃないですからね」
その一言に慧は顔を引き攣らせた。
写真を撮られて十日たった昼下がり。
「あ、いたいた。慧君」
美男子コンテスト実行委員兼役員であるおかっぱ女子が筒状に丸めた物を慧に手渡した。
「ついに出来ましたぁ。ジャジャーン」
おかっぱ女子が筒状の物を紐解く。
「これ、慧君に。これが明日から校内に張り出されますよぉ。いい出来でしょぉ」
したり顔のおかっぱ女子に開かれたのはこの間撮られた慧のポスターだった。それを見た慧が勢い良くそれを丸めて隠す。
「はずかしいから」
慧は赤面し、焦りながらおかっぱ女子を窘めた。
「えー、いい出来なのに。勿体ない。写真部に無理いって作ってもらうのに苦労したんですよぉ」
おかっぱ女子が頬を膨らませる。
「そういう問題じゃなくて」
慧はとんでもない事を引き受けたのだと改めて後悔した。
おかっぱ女子が戻っていくと慧が大きなため息をついた。
「今日はもう帰ろう」
そんな時、慧の携帯が初めての着信を知らせる。慧は誰の着信か知っていた。なぜなら慧の携帯にはヒカルの登録しかなかったからだった。大学に入学することが決まった慧にヒカルが与えたのが携帯だった。
「はい、慧です」
慧が通話ボタンを押した。
「慧、俺だ。講義は終わっただろ。これから迎えにいく」
電話越しにはじめて聞く、低くて落ち着いたヒカルの声に慧は頬を赤らめた。
「はい。正門前で待ってます」
慧の胸が一気に高まった。予定の時間はまだにも拘らず、慧が足早に正門に向う。
「待ったか」
「「「「「「キャーッ」」」」」」
バタンと国産高級車から降り立ったヒカルの視線を受けた慧には、慧を遠巻きに見る女子学生たちの悲鳴は聞こえなかった。
「帰るぞ」
女子学生の悲鳴のような歓声にも動じることなくヒカルは慧を助手席へと誘った。そして吸い込まれるように慧を乗せた車は女子学生たちの視線を一身に浴びて走り去って行った。
「今の何?俳優?」
「なんかの撮影とか?」
「やばくない?今の」
「かっこ良過ぎじゃん。あの人、皇子の何?」
女子学生たちの下世話な注目を浴びた慧はますます注目の的になった。
マンションに戻ると慧は荷物をリビングに置いてキッチンへと向った。
ヒカルはソファーにドカリと腰掛けるとタバコに火を着けた。ヒカルの視線の先は慧の荷物、ことさらポスターに向った。ヒカルは迷わず中身を確認した。
「これ、何だ?」
驚いて振り向いた慧のすぐ傍で、銜えタバコのヒカルが冷蔵庫に凭れ掛かって例のポスターを慧に広げた。
「え、あの、それ。この前、美男子コンテストがあって。いや、それはまだ。違う。えっと、急に女の子たちが来て僕は断ったんですけど、有無を言わさなくって。一枚だけって言ったんですけど。聞いてくれなくて」
慧が支離滅裂にヒカルに説明する。
「落ち着け。怒ってんじゃねえよ。何だ?って聞いてんだ。とりあえずお前は飯の仕度しろ。それまでに俺にちゃんと説明できるように頭、整理しとけ」
ヒカルの落ち着いた声に、慧は大きく深呼吸すると調理を続けた。
食事が終わると慧が今度は順を追って説明した。
「なるほどな」
ソファに座り二本目のタバコを灰皿に押付けたヒカルが隣に座る慧を見た。
「すみません。こんなはずかしい写真撮らせてしまって」
慧が穴があったらきっと入るほどに恐縮していた。
「はずかしくねえよ。むしろ美人が際立って良い出来じゃねえか」
思いも寄らないヒカルの発言に慧が鳩に豆鉄砲を食らったような顔をした。
「これが明日から貼り出される、と」
ヒカルが慧に確認する。
「はい」
恐縮したままの慧が小さく応えた。
「俺の女が美人なのは知ってるし、綺麗に撮ってもらったのはいい。だが、これが他の奴等の目に晒されるのは正直、心中穏やかじゃねえな」
ヒカルが珍しく苦虫を潰したように表情を作った。
「すみません」
慧が反射的に誤った。
「何に謝ってんだ。俺が焼もち焼いちゃいけねえか?」
ヒカルが好戦的に慧を見つめた。
「・・・」
慧は何を言われているのかピンときていないようだった。
「俺は俺のもんが他の野郎共のおかずになるのが気に食わねえって言ってんだ」
そこまで聞いた慧がようやく理解したように頬を染めた。
「お前は俺のもん、だろ」
口の端を上げながらヒカルがゆっくりと近づいて慧のすぐ鼻先まで顔を寄せる。ヒカルの端正な顔に射すくめられたように慧は動けないでいた。
ヒカルの唇が慧の唇に触れると、慧は誘うようにヒカルの上唇をぺろりと舐める。ヒカルは誘われるがままに慧の口内に舌を潜り込ませた。
ヒカルが少しずつ慧の体をソファに倒しシャツのボタンを肌蹴させ、大きな手を滑らせながら慧のシャツ脱がせると、滑らかな肌の感触を味わうようにあちらこちらと這わせた。
慧の吐息の温度が一気に上昇する。慧はヒカルの唾液を嚥下しながら尚も吐息を零す。
ヒカルは慧のジーンズのフロントホックを外してジッパーを下げるとようやく慧の口内を開放した。
「今じゃキスだけで勃起するもんな」
起き上がりながら慧の下肢を注視するヒカルが舌なめずりをしたがジーンズを脱がすことはしなかった。
ヒカルは自ら一人全裸になると、ヒカルが慧の顔を跨いだ。ヒカルの肉棒は既に天を突いていた。
「あんなポスター見た後だからな。直ぐにこうなる。
咥えろ」
(ヒカル君の、もう先走り出てる。僕のポスター見て?)
慧は身体中の血液が沸騰しそうな錯覚を覚えた。
ヒカルが僅かに腰を下ろすと、慧がヒカルの肉棒をマイクを握るように口元に寄せ口内に引き入れた。入りきらない部分は手を使って扱きながら慧が夢中で奉仕する。慧を見下ろすヒカルがいつもの無表情のままそれを眺めていた。
「明日からはお前にこうされる事を妄想する奴等が後を絶たねえな」
ヒカルが僅かに眉間に皺を寄せるが、熱に犯されるように慧がヒカルの肉棒をひたすらに愛撫する。
「俺の咥えてるだけでガチガチだな。お前の」
ヒカルが首を捻って慧のジーンズでクッキリと形を成している性器を見やった。
「美味いか」
ヒカルが慧の顎に手を添えると、目を細めて慧がコクコクと小さく頷く。
「なら、俺も味わうか。もういい」
ヒカルは慧に奉仕を止めるようにいい、今度は慧のジーンズを剥ぎ取った。全裸にした慧を起して自分がソファに寝転ぶと、ヒカルの上で慧がヒカルの頭を跨ぎ、ヒカルの肉棒が慧の口内へ挿入しやすい体制に入れ替えた。
「もう一回咥えろ」
ヒカルが短く指示を出すと慧が迷うことなく再びヒカルの肉棒に食らいつく。
「俺も味わわせろ」
ヒカルが慧の性器を口に含んだ。
「んああっ」
ヒカルの肉棒を奉仕していた慧が体を仰け反らせて声をあげた。
「あ、ああ。だめです。汚ないから」
慧が必死にヒカルに止めるようにせがむ。
「お願い。ああん、ヒカル君、ヒカル君はそんなことしなくて、いい」
慧はヒカルの初めての口淫に愉悦を覚えながらも戸惑っていた。
「汚くなんかねえよ。俺が俺の女の体、触って何が悪い。勝手に口離してんじゃねえよ。お前もちゃんと咥えてろ」
俺の好きにさせろとばかりにヒカルが再開した。
「でも、あんっ。集中でき、ない」
仕方ねえなというようにヒカルが口淫を止めた。
「なら俺と同じ動きしろ」
ヒカルが慧の性器を肉厚の舌で縦に挟んで扱くと、慧も同じく扱く。ヒカルが亀頭をしゃぶると慧もまた真似をする。今度は音を立てて吸い付くと、慧もまた同様にした。ヒカルは暫くお互いを高めあった。
「童貞を卒業した今のお前なら、俺の口で射精できるだろうな」
おもむろにヒカルが行為に口を挟んだ。
「でも、それはまた今度だ」
ヒカルは慧の尻をほぐす事を追加して慧の性器を可愛がり始めた。
慧は未だに性器と尻の両方を刺激されては、射精することもドライで達することも出来ないでいた。ヒカルによって作り変えられた慧の体は、慧の意思ではではどうすることも出来なくなっていた。
時折響く二人の卑猥な音と慧のくぐもった呻き声だけがリビングに木霊する。ヒカルが慧の尻に挿入した三本の指で中の襞を広げるように掻き回すと、いっそう慧がくぐもった声を上げた。
「挿入れるぞ」
ヒカルが宣言すると力の抜けた慧の体を仰向けに横たえた。
「脚、自分で持ってろ」
ヒカルが慧に指示すると慧が両手をそれぞれの膝裏に回し持ち上げた。M字開脚させたヒカルが自らの肉棒を掴み、その切っ先を慧の尻に宛がう。
「ん、んん、ふっ」
ヒカルが慧の中を押し開きながら進むたびに、慧が苦しそうに呼吸する。
「まだ先が入っただけだからな」
ヒカルの声に慧が「わかって、ます」と短く答えると、慧の両腿を掴んで下肢を押付けながら慧の腰を引き寄せる。慧の中でめりめりと音がしそうなこの時間が、慧にはいつも途方もなく長く感じられるが、ヒカルを受け入れているという歓喜が興奮と共に慧を高みへと押し上げるエッセンスになっていた。
「俺の形だ」
全てを挿入れ終えたヒカルが当然のように呟くと、慧の悦びに満ちた先走りに塗れた性器をゆるゆると扱きだす。そして空いたほうの手を慧の腰に回して固定すると一気に切っ先まで引き抜き、ようやく開かれた最奥へと挿入する。
「んああん」
ヒカルに勢いよく抉られ、嬌声とともに脚を掴む慧の手に力が篭る。
「あんま、締めんな。動きづれえだろ」
ヒカルが咎める言葉を吐くが、気持ちよさそうに何度も同じ行為を繰り返す。
ぱちゅんぱちゅんとヒカルの下肢が慧の尻を穿つ度、二人の先走りが粘質性の音を立てた。
「ヒカル君、僕もう、イキたい」
ヒカルよりも早く根をあげる慧が弱音を吐いた。
「だろうな、いつもならもうとっくに射精させてるからな。悪かったな、ずいぶん俺につき合わせた」
それを知りながら慧を高め続けたヒカルが慧を言葉で労わるが、体は同じ行動を繰り返すばかりだった。
「おね、がい」
慧が快楽の涙を滲ませながら、放出される事を許されず極限を超えた愉悦に顔を歪ませる。
「わかってるよ」
ヒカルが柔らかく呟いた。慧がヒカルの女になってからヒカルは射精する間際、柔らかな声色になるのを慧は知っていた。
「ください、ヒカル君の」
慧が懇願するとようやくヒカルが全ての動きを止め、下肢を震わせ始めた。
「ん、ん。おなか熱、い」
ヒカルの出した精液が慧の中に広がり始めると、慧はいつも優越感にも似た表情を浮かべる。ヒカルははち切れそうになっている慧の性器を今度こそ射精させる為に扱きながら両膝を立てる。
「んああん」
堪らず慧が啼いた。
「今出してやる。そのまま口、開けてろ」
ヒカルの手の中でビクビクと慧の性器が脈打つ。
「俺のだと思って飲め」
ヒカルが慧の性器の先を慧の口に向けた。
ビュッ。勢い良く出たそれを慧がごくりと飲み込んだ。
「まだだ、口空けろ。まだ、出んだろ」
ピュッ。ピュッ
再び慧の口に少量ずつ精液が飛び込む。
「こうやって自分の精液をお前に飲ませる妄想もするんだろうな」
ヒカルがくっきりと眉間に皺を作った。
「くそっ。収まんねえな」
ヒカルは苛立ちながらも慧の性器を扱き続ける。
「あれが来る、イッちゃう」
慧がしきりに啼き叫ぶ。
「ああ、今度は女になるんだろ。奥にくれてやる」
ヒカルは慧の性器から手を離し、慧の上体を起して抱き寄せた。
「イッちゃうよ、イッちゃう」
慧がドライへの序章を訴える。
「ああ、安心してイケ」
ヒカルは慧に深く口付けると、程なく慧が痙攣したように体中を震わせ、ヒカルにしがみ付くその背に爪を立てる。それほどまでに蓄積された灼熱の渦は大きく慧をそれ以上の高みへと押し上げていた。ヒカルもまた、慧によって与えられる恩恵に身を委ねた。
二人の唇がようやく離れると、慧がヒカルの肩口に頭を預けた。
「さっきは、すご、かった。ヒカル君って、紫上さんにも焼もち焼いたりするんですか?」
慧がおずおずとヒカルに尋ねた。
「当然だ。俺は俺の女には狭量だと自覚してるからな」
「ふふっ」
慧が嬉しそうに笑う。
「どうした」
怪訝そうなヒカルに慧がヒカルの肩に頭を預けたままでぎゅっとしがみ付いた。
「やっとヒカル君の所有物になれたって、実感できたので。嬉しくて、つい」
慧が至極嬉しそうに微笑んだのがヒカルにはわかった。
「信じてなかったのか、さっきまでは」
「そういう訳じゃないんですけど、どこか現実味がなくて。写真、撮ってもらって良かったです。あれがきっかけでそう思えたから」
慧の一言にまたしてもヒカルが眉間に皺を寄せた。
「こんなに俺の腹の中がどろどろになってるのに、いい気なもんだ」
ヒカルは密着したお互いの腹部に手を差し入れた。
「あん。ヒカル君。あん、だめ、そこはもう出ないからぁ」
ヒカルが慧の性器を射精するように上下に扱いたのだった。
「そんなことは知ってるさ。悪い女は仕置かねえとな。勃起したまま女で何度も朝までイかせてやる」
ヒカルがゆっくりと突き上げを開始する。
「あん、あん、ああっ、だめ」
ヒカルの首に両手を回す慧が瞬く間に啼き始める。
「何がだめ、だ。先走り、出てんぞ」
ヒカルは突き上げるのと同じ動きを手でも繰り返す。ヒカルに突かれるたびに嬌声を零す慧の声を聞きながら、ヒカルは己の腹の中のどす黒い感情を持て余す。
「くそっ」
「やあーん」
ヒカルの舌打ちと共に慧が一際おおきく啼いた。
「そこ、ぐりぐりしないで」
ヒカルは突き上げる下肢の動きから、前後へ揺さぶる動きに変化させたのだった。当然のことながら最奥をヒカルの切っ先で擦られ、性器は親指の腹でぐにぐにと潰されるように擦られる。
「や、やあっ」
慧が喉元を大きく反らせた。
「だから嫌じゃねえだろって。わかっててやってんだからな。俺の手がお前の先走りでびしょ濡れだ」
ヒカルはふっと笑うと慧の中に再び灯った火を灼熱の炎へと導き始めた。
「知らねえ男、いや、見知った男にも気を許すんじゃねえぞ」
睦言の最中にも拘らずヒカルがドスを効かせた。
「あん、わかってます。やあっ、僕には、ヒカル君、だけぇ」
やっとのことでヒカルに慧が誓いを立てた。
「明日は、大学は休みだな。今日はお前を抱き潰すからな」
成長しきった慧の性器から手を離したヒカルが、勢い良く突き上げる。
「あんっ、やあっ」
ヒカルに突き上げられた慧の体が重力の落下とともに落ち、下から突くヒカルの肉棒を衝撃と共に受け止める。
「イク、ん、イクッ」
ヒカルにしがみ付く慧をソファに寝かせると、しがみ付く物のなくなった慧が傍にあったクッションを握る。ヒカルはそれを奪い取り慧の腰下へと潜り込ませた。
「見てろ、慧。このまま勃起させたまま女でイかせてやる」
ヒカルに誘導されるように自らの性器を見つめる。
ヒカルの両肩にそれぞれの足を担がれ、隠す物のない性器から慧は目を離すことはなかった。
「弾ける、弾けちゃう。ああっ」
ヒカルは全力で慧を突き上げることに集中する。
「あん、こわれちゃ」
慧がひたすらに啼きながらも、視線は外さなかった。
「出すぞ」
ヒカルの静かな一言の後、ヒカルが一際大きく慧の中へと突き入れた。
「あん、くださ、ああーっ」
その威力に慧が咆哮をあげた。
「んくっ」
小さく声を上げてヒカルは慧の中で下肢を小刻みに振りながら精を解放した。
「あ、あああ、中が、あっ」
慧が目を見開いたまま何かを探るように目を泳がせる。
「イク時はいつも一緒だ。もう、触ってやらなくてもイケるだろ。俺が出してるうちに、お前はそのまま中でイケ」
射精の気持ちよさにヒカルが唸りながら下肢を突き出して振り回す。
「あっ、ああっ、ああっ、あーーっ」
慧が上体を大きく反らせながらドライを迎えた。仰け反ったまま「あ、あ」と小さく声を上げながら体全体を硬直していた。ヒカルは残りの精を手放さぬよう奥歯を食い縛り持っていかれない様に堪えた。
「お前の中、全然納まんねえな。朝まで抱くと言ったが、こっからはお前が俺を抱く番だ。骨の髄まで俺の女になっちまえ」
ヒカルは下肢をこれでもかと打ちつけ、射精しながら接合部を大きく揺さぶる。そうしながら力を蓄えたヒカルが精を吐出し終わってもなお慧の中は蠢き続けた。それはヒカルにとっては好都合で、次の精の解放のためのインターバルに他ならなかった。慧の中の蠢きによりヒカルの肉棒が何度も熱を帯びる。
「まだ俺は出し切ってねえぞ。慧、本能に従え」
ヒカルの律動に慧の中の収縮が呼応し始める。それは慧の体が、ヒカルを欲しがっているかのようだった。ヒカルはすぐさま律動を速めた。
「こうなったら俺は意地でも出さねえぞ。お前が俺をイカせねえ限りはな」
ニヤリと微笑んだヒカルは慧の唇を喰らいつくように塞いで律動を超加速させた。
ピンポーン。
朱雀はマンションの部屋の前でチャイムを鳴らした。
「今時間、いるわけないですよね」
朱雀は持っていた鍵でそのドアを開けた。
「月夜さんの匂い。私が出て行った後も使ってくれていたのですね」
朱雀は勝手知ったる部屋の奥へと進んでいく。
「ようやく貴方と暮らせ、る」
何かを見た朱雀が凍りついたように硬直した。しかしすぐさまその視線の元へと駆け寄った。
「月夜さん、しっかりして。月夜さん」
朱雀が月夜の頬を何度も軽くはたきながら呼びかける。月夜の腕から流れ出たらしい帯びただしい血液が地溜りを成していた。
「う、うう」
月夜が弱弱しく目を開いた。
「月夜さん、良かった。目を開けた」
朱雀はポケットからハンカチを出し、震える手で月夜の上腕を縛って止血する。
そしてすぐさま救急要請の手配をした。
「月夜さん、どうしてこんな」
朱雀は取り乱しながら愛する者を腕に抱いた。
「す、ざく。なんだよ、死ぬ間際、まで、お前は、僕を苦しめる、のかよ」
真っ青に血の気が引いた唇から、途切れ途切れに月夜が言葉を紡ぐ。
「私、のせい」
朱雀は月夜の左腕をまじまじと見た。
「殺傷痕。こんなにたくさん。私は、こんなにも貴方を苦しめていたのですか。貴方の為にと決断した結果が、貴方を追い詰めていたんですか」
朱雀は涙を流しながら自分を責める。
「月夜さん。愛してます。やっと貴方と共に歩いてゆけると思っていた私が愚かでした」
月夜が再び目を閉じようとする。
「だめです。目を開けてください」
朱雀が必死に呼びかけると、また月夜がうっすらと目を開けた。
「生きてください。貴方だけはどうか生きてください」
朱雀の耳には遠くで救急車のサイレンの音が聞こえていた。
「私の存在がこんなにも貴方を苦しめるのなら」
朱雀は傍らに落ちていた月夜の血がべったりと付着する包丁を両手で握り締め、首筋へ刃を当てた。
「生きてください。貴方だけは」
月夜にそっと微笑んだ朱雀は、首筋に当てた刃に力を押し付けて迷うことなく一気に引いた。
むくりと起き上がった月夜が寝ていたシーツにはべっとりと乾いた血液が付着していた。
「傷口も渇き始めてる」
月夜は左の肘の内側を見ながらぼんやりと呟いた。
「会社、行きたくない」
月夜は膝を抱きしめて蹲った。
月夜と分かれた朱雀は五輪モータースの専務取締役である五輪 栖美香とその翌日に婚約し急ぐように海外へと生活拠点を移した。そして二人だけで式を挙げたいからと誰一人として親族を呼ばずに結婚した。本社不在の朱雀の代理はヒカルが執行し、会議は全てWEBカメラで行っていた。
そのため朱雀と顔を合わせることがなかった月夜はかろうじて心のバランスを保っていたのだった。
その朱雀が今日、二年半ぶりに帰国する。
「会いたくない。子供も生まれた」
朱雀が結婚するやいなや右代は月夜の勘当を解き、何もなかったかのように月夜に接した。
うれしい半面わだかまりの残る月夜は、未だに実家に足を向けることはなかった。
「このまま死んじゃおうかな」
のろのろと月夜がベッドサイドに置いてあったぺティナイフを握り締めた。
「そうか、刃が小さいからか」
閃いたように月夜がキッチンへ向かうと包丁を取り出した。
「ようやく君のハニーの元へ帰れるわね」
スーパーシートに座る朱雀の席の隣の女性が声を掛けてきた。
「ええ。この日をどんなに待ち焦がれてきたことか」
朱雀がせつない表情を浮かべた。
「朱雀には本当に感謝してるわ。分からず屋のパパのせいで悩んでいたあたしと同じ境遇だと、あの時の懇親会で君と意気投合しなければ今日の日はなかったわ。あたしは早く跡継ぎを生むこと。君は結婚して跡継ぎを作ること。
ね、【百合】(Yuri)」
栖美香がその隣の席の女性に視線を向けると百合と呼ばれた女性も頷いた。
「これでパパに大きな顔できるわ。本当にありがとう。離婚届は弁護士を通じて早急に手配するわ」
朱雀とは対称に栖美香は晴れやかな顔をした。
「いえ、私のほうこそ今までありがとうございました」
朱雀も栖美香の気持ちに応えるように礼を返した。
玉木 鬘は夕顔の死後、夕顔の故郷である九州の遠縁をたらい回しにされて育った。
「ただいま戻りました」
鬘は短大を卒業すると小さな建設会社で事務として働き始めた。零細企業にありがちのサービス残業の多い会社で、鬘の帰宅はいつも夜中の九時を過ぎていた。
ガラガラと横引きの玄関を開けて家の中に入る。
返事の戻らぬ家の中を進み、奥にあるリビングに近づくと大きな笑い声が鬘の耳にも入る。鬘はどこか浮かない顔でそのドアを開けた。
「おや、もう帰ってきたのかい。今日は早かったじゃないか」
鬘に声を掛けたのは、鬘が高校二年生の時に鬘を引き取った最後の遠縁である【玉木 正子】(Tamaki Masako)であった。
「ただいま戻りました、おばさん」
鬘がビクビクとしていると、食卓を囲む正子の長男である【正和】(Masakazu)が鬘の体を嘗め回すようにいやらしい視線を向ける。その視線に耐えられながらも鬘は正和に会釈した。正和は隣の県立高校に通う三年生でいつもは寮に入っているが、長期の休みや連休にはこうして実家に戻ってくるのだった。
「夕飯作るなら、簡単な物にしておくれよ。ガス代だってばかにならないんだからね」
正子が鬘にキツイ言葉を浴びせた。
「ママは鬘にきびしいよ。せっかく僕の為に作ってくれたおかず、分けてあげればいいじゃない」
正和が正子に甘えたようにいいながら、正和は自分の箸をわざと舐め、おもむろに目の前のから揚げを摘むと、先ほどまで使用していた自分の取り皿に数個乗せた。
「はい、鬘の分」
正和が鬘にその皿を受け取れと言わんばかりに差し出した。
「何てやさしい子なんでしょう、和ちゃんは」
正子がよしよしと正和の頭を撫でる。
「も、申し訳ありません。今日は夕飯をもう済ませたので」
鬘は空腹を我慢してそれをやんわりと断った。
「何て子なんだい。せっかくの和ちゃんの厚意を。それに、外で食べてくるなら先に連絡をよこしなって、いつも言ってるだろ」
正子が鬘をキッと睨みつける。
正子の口癖は「もう大人なんだから、自分で作れるだろ」であり、鬘を引き取ってからただの一度も食事を鬘の為には作ったことはなかった。
「申し訳ありません。今日は疲れているので、お風呂いただいて先に休ませていただきます」
鬘は居心地の悪いリビングから逃げるように立ち去った。
「はぁー」
湯船の中で鬘が大きな溜息を吐いた。
「かーつーら」
その声の持ち主に鬘は恐怖のあまり身を堅くして縮こまる。
「今日乾いたバスタオル、持ってきてあげたよ」
鬘は体の震えを止めることは出来なかった。
「あ、あり、ありがとうございます。正和さん」
やっとのことで感謝の言葉を搾り出す。正和のシルエットで正和が鬘の脱衣した衣服を弄っているのが透けて見える。鬘はいつ中にまで入ってくるのかと気が気ではなかった。
「一緒に入ろっかなー」
正和の言葉に鬘は身の毛がよだつ思いだった。
「男同士なんだし、さ」
鬘の体ががくがくと震える。鬘は温かい湯の中で凍りついた。
「なーんてね」
鬘の返答を待たずに正和が冗談めいて、くつくつと笑いを立てた。
物色し終え、満足した正和が脱衣場を出て行くのを気配で感じた鬘が、ようやく体の力を抜いた。
「あの男がいないだけまだマシ」
鬘が安堵と共に呟く。
あの男とは正子の夫であり今は単身赴任中の【玉木 和夫】(Tamaki Kazuo)のことだった。婿養子として正子と結婚した和夫は正子の気性の荒さに辟易していた。和夫は男にしては綺麗な顔立ちの鬘を一目見るや心の中で高らかに笑い、鬘を手篭めにしてやろうと心に決めたのだった。そんな和夫のいる家に鬘は引き取られたのだった。高校を卒業したら家を出ると鬘が伝えると、学歴の重要さを訴え、鬘は断れぬまま、否応無しにこの家に留まらざるを得なくなったのだった。正和同様、和夫も隙あらば鬘にセクハラを繰り返していた。学費を返すまではこの家で少しでもお金を溜め、完済と同時に出て行こうと鬘は我慢していた。
その我慢の限界が訪れるときがついに来た。
「ん、んーーん」
体を弄られる悪夢の中に鬘はいた。
「んんー、やめて」
はっと目を覚ました鬘の目の前には単身赴任中のはずの和夫が圧し掛かっていた。
「鬘ちゃんの寝顔が見たくてね。ついさっきついたんだよ。
可愛い鬘ちゃんのかわいらしい乳首。俺が開発しちゃおうかな」
和夫の言葉と共に引きつった顔をの鬘の恐怖が一気に噴出す。
「キャーーーーッ」
鬘はとっさに悲鳴を上げた。
「女みたいな悲鳴上げて何事よ」
正子が鬘の部屋に先に飛び込んでくると、続いて正和も現れた。鬘が慌てて肌蹴た服を直す。
「あんた、あたしの旦那に何ちょっかい出してんのよ」
正子が怒気を発する。鬘の悲鳴を抑えることができなかった和夫は、悪知恵を働かせた。
「おや、良く見たら鬘ちゃんじゃないか。正子と間違えてしまったよ。俺としたことが、何たる事を。申し訳なかったね、鬘ちゃん」
悪びれる様子もなく和夫が正子に近寄る。
「君と間違えたんだよ。いや、どうりで触り心地が悪いと思ったよ。まさか男と女を間違えるなんてね。さ、俺達の部屋に戻ろう」
和夫は正子をエスコートしてさっさと部屋を出て行った。
「くそっ、親父ばっかりいい思いしやがって」
正和が忌々しげに舌を打つ。
「お、お騒がせしました」
鬘はなかなか出ていこうとしない正和を強引に押し出した。
一人残された鬘は震えの止まらない夜を過ごした。
「おはようございます」
翌日、何事もなかったかのように玉木家の面々は和やかに朝食を取っていた。
「昨日みたいな騒ぎは止めておくれ」
正子が鬘に釘を刺した。
「申し訳、ありませんでした」
鬘が理不尽さを感じながらも正子に謝罪した。
「昨日は俺が悪かったって言ったじゃないか。そんな事いったらこれから鬘ちゃんが暮らしにくくなるだろ」
和夫が助け舟を出した。それは正子に鬘を追い出されないようにとの策略だった。その真意を汲み取った鬘は足早に家を出た。
鬘は会社に電話を入れ、欠勤を告げた。そして公園のベンチに座り今後の事を考え始めた。
「そうだ」
鬘はネックレスに通していつも身に着けていたリングをまじまじと見つめた。
「Sadai Cyujyoこの人に聞けば僕の両親について、何か知っているかも知れない」
鬘はその足で空港へと向かった。
鬘は以前Sadai Cyujyoをインターネットで検索していた。御門財閥の重役にその名を見つけたときには鬘はとても驚いた。
「こんな人が、僕とどんな関わりがあるんだろう」
こんな大物人物の名前の刻まれたリング。もしかしたら落し物か何かではないのだろうか。鬘はそう思っていた。しかし、今は状況が変わりあの家にこれ以上いては本当に身の危険を感じる。そう確信した鬘はわらをも掴む思いだった。
到着ゲートをくぐりタクシーを拾って御門財閥本社へと向った鬘は、インフォメーションに足早に向った。
「痛っ」
急に何かに突き飛ばされた鬘が尻餅をついた。
「悪りい」
鬘は目の前に差し出された大きな手を呆然と見つめた。
「立てないくらい痛むのか」
大きな手の持ち主を鬘は見上げると、その人物と目が合った。
「大丈夫ですか?」
傍にいた女性が鬘に声を掛ける。
(綺麗な男の人)
鬘は端正な顔立ちのその人物に見入っていた。
(無表情なだけにいっそう綺麗さが際立っているみたいだ)
鬘はそう思った。
「怪我してるようには見えねえんだがな」
その人物は無表情に見えるが、困っているように鬘には見えた。鬘はすぐさま立ち上がった。
「申し訳ありません。余所見をしていて」
そして慌てて謝罪した。
「うちの社員か?それともここに用があるのか?」
鬘はその人物に左代 中将に会いたいと告げた。
「六条、中将の予定はどうなってる」
その人物は傍にいる女性に確認するよう伝えると、その女性は機敏な動作で携帯を操作し始めた。
「確認できるまであそこで待とう」
その人物は広いロビーの一角にある応接セットへと鬘を誘い、名詞を鬘に差し出した。
「宮内 ヒカルさん。COO?」
鬘は目が飛び出そうになった。
「も、申し訳ありません。偉い方にぶつかるなんて僕」
たった今座ったばかりのソファから立ち上がり、九十度に腰を折って謝罪する。
「いや、お互い怪我がなかったんだ。気にするな。俺のことはヒカルでいい。それよりも中将に何の用事だ?」
ヒカルが鬘に質問した。鬘が言い出し辛そうに俯いた。
「COO、中将様は海外出張中で戻りは再来週の木曜日とのことです」
六条と呼ばれた女性がヒカルに報告した。
「再来週・・・」
鬘がますます下を向く。ただならぬ雰囲気にヒカルは人払いをした。
「六条、ちょっと外してくれ」
ヒカルは六条を遠ざけると、先ほどの質問の続きを鬘に促した。鬘はしばし逡巡したが、再来週までどうすることも出来ないのであればと、ヒカルに生い立ちと左代 中将の名前入りのリングのことを掻い摘んで話した。リングの話をするとヒカルは身を乗り出した。
「ちょっと、そのリング見せてもらえねえか」
鬘はネックレスを外してヒカルに渡した。ヒカルはそのリングを一目見ると鬘に向き直った。
「お前、玉木 鬘だろ」
ヒカルはまだ名乗ってもいない鬘の名前を言い当てた。
「なぜ、僕の名前を」
鬘は全身が心臓になったような錯覚を覚えるほど衝撃を受けた。
「そりゃそうだ。俺はお前の母親、玉木 夕顔を知ってるからな。さっきの話だと今朝出てきたその家の奴等の所に戻る気はねえんだよな」
ヒカルは静かに鬘に問うた。
「はい。通帳と貴重品だけもって家を出てきました。何か不信な行動をとるとバレてしまうと思って」
鬘はヒカルに正直に話した。
ヒカルは腕を組んで何かを考えているようだった。
「夕顔と出会ったときには、既にお前と夕顔の二人暮らしだった。お前を養う為にスリまがいの事をしていてな、たまたま絡まれた所に俺が出くわして知り合ったんだ。俺は一度だけお前を迎えに託児所に一緒に行ったことがある。それから間もなく、夕顔は事故で死んだ」
ヒカルは当時の経緯を淡々と鬘に話した。
(母がスリまがいの事をしていた。僕の為に。じゃあ、このリングはきっと)
鬘は当時の様子が聞けた感謝をヒカルに伝え、中将には会う必要がなくなったとも付け加えた。
「お前、これから一人でどうするんだ。満足に退職もしてねえ、身よりもなけりゃアパートだって借りられないだろ」
ヒカルの正論に鬘は下唇を噛み締めた。
「お前は覚えちゃいねぇだろうが二十年ぶりに再会したんだ。俺を信じてみねえか」
ヒカルが願ってもない提案を鬘にした。
ヒカルの運転する社内で鬘は終始無言だった。
「これからのこと、心配してんのか?」
真っ直ぐを見つめながらヒカルが鬘に声を掛けた。
「はい。会社のほうは、まあ。大丈夫だと思うんですけど。あの人たちに見つからないかが心配で」
鬘は昨晩の事を思いだし、自分で自分の体を抱き締めた。
「大した事は出来ねえかもしんねえが、そん時は力、貸してやるよ」
ヒカルの言葉に鬘は涙が零れそうになった。
「ほら、ここだ」
ヒカルに連れてこられた場所は一軒屋だった。表札がてらの看板には花散里の文字。
「ここは?」
鬘はヒカルを見上げた。
「ああ、ここは俺の知人が経営してるパンションだ。食事つきの下宿ってところだ。ここの経営者は信頼できる。安心して疲れを癒すといい」
ヒカルはドアを開けてさっさと中へと入っていった。置いてきぼりを食った鬘が急いでヒカルの後を追う。
「夕霧君は今日は部活で遅くなるそうよ。たまには顔見せに来ればいいのに。全く不器用なんだから」
やや膨よかな女性が不満そうにヒカルを睨みつけた。
「そんなことより、さっき電話で話した奴、連れてきた」
ヒカルと話す女性が鬘を目に留めるとゆっくりと鬘のいるほうへ歩き出す。
「貴方が玉木 鬘さんね。私は花散 里華。里華でいいわ」
里華が右手を差し出した。
「よ、よろしくお願い、します」
鬘が里華の手に触れると、里華が強く握り締めた。その手の温もりに鬘は今までの緊張の糸が切れたように泣き出した。
「あらあら、よっぽど辛いことがあったのね。よろしくね、鬘君」
里華は優しく鬘を抱擁した。
その姿を見届けたヒカルは腕時計を確認し、携帯を取り出して一本の電話を掛けた。
相手が着信に応じた。
「はい、慧です」
初めて聞く電話越しの慧にヒカルは用件だけを告げた。
「慧、俺だ。講義は終わっただろ。これから迎えにいく」
顔が見えないにも拘らずヒカルは、慧がいつものようにはにかんで赤面したような気がした。
「はい。正門前で待ってます」
慧の返事にヒカルは颯爽と車を走らせた。
今後の人生を考えろとヒカルにいわれていた慧は外語大学へ通い始めた。
高校までしか経験のない慧にとって大学は夢のまた夢であった。十代の同級生に混じり受ける授業も慧にとっては新鮮な物だった。ただ一つの事を除いては。入学してから暫くの月日が経つが慧は誰かと話をしたことはなかった。年代の違う慧に話しかけづらいのか、多くの学生の視線を感じるにも拘らず、その誰しもが遠巻きに慧を見るだけで話しかけてこようとはしなかったのだった。
「動物園のパンダってこんな感じなのかな。でもまさか二十五歳過ぎてから大学に通えるなんて夢みたいだ。もしヒカル君に出会ってなければ今でもきっと」
慧は遠い空を見上げた。
「あのぉ」
声のほうを向くと、見知らぬ女子学生が五、六人の集団で慧の周りを取り囲んだ。
「キャー。皇子やっぱキレー」
「やっぱイケてる。皇子最高」
などとキャアキャア騒ぎ出す。元々大人しい慧にとっては騒音にしかならない。
「あの」
慧の呼びかけも聞かずに尚も女子学生たちが騒ぐ。
「あの!」
慧は思い切って大きく言葉を発した。
慧に一瞬驚いた女子学生たちに慧が何事かを尋ねた。
「私たち美男子コンテストの役員なんです」
その中の一人のおかっぱ女子が説明し始めた。
「私たち三年なんですけど、今年の新入生男子のコンテストの実行委員をしていて、あ、役員は私たち五人なんですけど実行委員はかなりいて、それぞれのグループに分かれて自分たちがグランプリを取れる推しをエントリーすることが出来るんです。毎年この時期恒例で皇子のエントリーの獲得権は抽選の結果、私たちがゲットしたんです。ちょっと写真取るだけなんですけど、お時間ありませんか?」
慧はこの手のことを苦手としているため丁重に断る。
「僕はそういうの興味ないですし。別に美男子でもないですよ。それにここの学生の誰ともまだ話をしたことすらない根暗な人間ですから、誰も僕に近づきません」
慧は自己評価を女子学生たちに話した。
「それは違いますよ。皇子は別格の存在なので気軽に話が出来ないっていうか、たぶん女子たちの同盟でけん制し合っているからだと思いますよ」
おかっぱ女子が慧の評価を否定した。その上で改めて慧を取り囲む女子たちの有無を言わさぬ強引な雰囲気が、慧に断る機会を与えない。
慧は根負けしたように了承するほかなかった。
慧が了承すると、慧は女子学生たちに引っ張られどこかの一室に連れ込まれ、あれよあれよと言う間にケープを首に巻かれた。慧の頭には後悔先に立たずの文字が浮かんだ。
「写真、取るだけなんじゃ」
慧が不思議そうに一人に尋ねると、他の女子学生が慧の前髪をヘアピンで纏める。
「美男子コンテストは男子部門と女子部門の二種類あって、皇子は女子部門にエントリーしてるんですよぉ」
そばかすのある女子学生が慧の疑問に答える間にも慧の顔には色々な物が塗りつけられる。そして背後では髪の毛を弄られる。慧は身動きの取れない状況の真っ只中にいた。
「あの・・・おうじって?さっきから僕のことおうじって呼びますけど」
半ば諦めた慧はもう一つの疑問をぶつける。
「明石 慧さんは我が大学の有名人なんですよぉ」
そばかす女子が慧の顔に何かを塗りながら解説する。
「慧君って呼んでもいいですか。
慧君は入学式の前から噂の的だったんですよぉ。入試会場で受験生たちが騒いでいて、試験監督を手伝っていた上級生たちもその噂をずっとしてて。なので入学式の日は立ち見が出るほど在校生、主に女子ですけどね、がわざわざ参列したんです。ついたあだ名は皇子。それが私たちが皇子って呼ぶ所以です」
そばかす女子は慧の同意を得ないままに慧を名前呼びするが、慧はどうりでさわがしい試験会場だと思った。と別な意味で納得した。
「出来た」
「うわぁ、やっぱキレー。肌も艶々。服もボーイッシュな感じでいけるじゃん」
「こりゃやばいっしょ」
「貰ったね」
「女としてうちら負けてんじゃん」
口々に女子学生たちが感想を零す。
「どうでも良いんですけど、写真一枚撮ったら僕の顔、元に戻してくれるんですよね」
急に不安になった慧にそばかす女子が「そこは安心してください」と微笑んだことに慧は安堵した。
「でも写真は一枚じゃないですからね」
その一言に慧は顔を引き攣らせた。
写真を撮られて十日たった昼下がり。
「あ、いたいた。慧君」
美男子コンテスト実行委員兼役員であるおかっぱ女子が筒状に丸めた物を慧に手渡した。
「ついに出来ましたぁ。ジャジャーン」
おかっぱ女子が筒状の物を紐解く。
「これ、慧君に。これが明日から校内に張り出されますよぉ。いい出来でしょぉ」
したり顔のおかっぱ女子に開かれたのはこの間撮られた慧のポスターだった。それを見た慧が勢い良くそれを丸めて隠す。
「はずかしいから」
慧は赤面し、焦りながらおかっぱ女子を窘めた。
「えー、いい出来なのに。勿体ない。写真部に無理いって作ってもらうのに苦労したんですよぉ」
おかっぱ女子が頬を膨らませる。
「そういう問題じゃなくて」
慧はとんでもない事を引き受けたのだと改めて後悔した。
おかっぱ女子が戻っていくと慧が大きなため息をついた。
「今日はもう帰ろう」
そんな時、慧の携帯が初めての着信を知らせる。慧は誰の着信か知っていた。なぜなら慧の携帯にはヒカルの登録しかなかったからだった。大学に入学することが決まった慧にヒカルが与えたのが携帯だった。
「はい、慧です」
慧が通話ボタンを押した。
「慧、俺だ。講義は終わっただろ。これから迎えにいく」
電話越しにはじめて聞く、低くて落ち着いたヒカルの声に慧は頬を赤らめた。
「はい。正門前で待ってます」
慧の胸が一気に高まった。予定の時間はまだにも拘らず、慧が足早に正門に向う。
「待ったか」
「「「「「「キャーッ」」」」」」
バタンと国産高級車から降り立ったヒカルの視線を受けた慧には、慧を遠巻きに見る女子学生たちの悲鳴は聞こえなかった。
「帰るぞ」
女子学生の悲鳴のような歓声にも動じることなくヒカルは慧を助手席へと誘った。そして吸い込まれるように慧を乗せた車は女子学生たちの視線を一身に浴びて走り去って行った。
「今の何?俳優?」
「なんかの撮影とか?」
「やばくない?今の」
「かっこ良過ぎじゃん。あの人、皇子の何?」
女子学生たちの下世話な注目を浴びた慧はますます注目の的になった。
マンションに戻ると慧は荷物をリビングに置いてキッチンへと向った。
ヒカルはソファーにドカリと腰掛けるとタバコに火を着けた。ヒカルの視線の先は慧の荷物、ことさらポスターに向った。ヒカルは迷わず中身を確認した。
「これ、何だ?」
驚いて振り向いた慧のすぐ傍で、銜えタバコのヒカルが冷蔵庫に凭れ掛かって例のポスターを慧に広げた。
「え、あの、それ。この前、美男子コンテストがあって。いや、それはまだ。違う。えっと、急に女の子たちが来て僕は断ったんですけど、有無を言わさなくって。一枚だけって言ったんですけど。聞いてくれなくて」
慧が支離滅裂にヒカルに説明する。
「落ち着け。怒ってんじゃねえよ。何だ?って聞いてんだ。とりあえずお前は飯の仕度しろ。それまでに俺にちゃんと説明できるように頭、整理しとけ」
ヒカルの落ち着いた声に、慧は大きく深呼吸すると調理を続けた。
食事が終わると慧が今度は順を追って説明した。
「なるほどな」
ソファに座り二本目のタバコを灰皿に押付けたヒカルが隣に座る慧を見た。
「すみません。こんなはずかしい写真撮らせてしまって」
慧が穴があったらきっと入るほどに恐縮していた。
「はずかしくねえよ。むしろ美人が際立って良い出来じゃねえか」
思いも寄らないヒカルの発言に慧が鳩に豆鉄砲を食らったような顔をした。
「これが明日から貼り出される、と」
ヒカルが慧に確認する。
「はい」
恐縮したままの慧が小さく応えた。
「俺の女が美人なのは知ってるし、綺麗に撮ってもらったのはいい。だが、これが他の奴等の目に晒されるのは正直、心中穏やかじゃねえな」
ヒカルが珍しく苦虫を潰したように表情を作った。
「すみません」
慧が反射的に誤った。
「何に謝ってんだ。俺が焼もち焼いちゃいけねえか?」
ヒカルが好戦的に慧を見つめた。
「・・・」
慧は何を言われているのかピンときていないようだった。
「俺は俺のもんが他の野郎共のおかずになるのが気に食わねえって言ってんだ」
そこまで聞いた慧がようやく理解したように頬を染めた。
「お前は俺のもん、だろ」
口の端を上げながらヒカルがゆっくりと近づいて慧のすぐ鼻先まで顔を寄せる。ヒカルの端正な顔に射すくめられたように慧は動けないでいた。
ヒカルの唇が慧の唇に触れると、慧は誘うようにヒカルの上唇をぺろりと舐める。ヒカルは誘われるがままに慧の口内に舌を潜り込ませた。
ヒカルが少しずつ慧の体をソファに倒しシャツのボタンを肌蹴させ、大きな手を滑らせながら慧のシャツ脱がせると、滑らかな肌の感触を味わうようにあちらこちらと這わせた。
慧の吐息の温度が一気に上昇する。慧はヒカルの唾液を嚥下しながら尚も吐息を零す。
ヒカルは慧のジーンズのフロントホックを外してジッパーを下げるとようやく慧の口内を開放した。
「今じゃキスだけで勃起するもんな」
起き上がりながら慧の下肢を注視するヒカルが舌なめずりをしたがジーンズを脱がすことはしなかった。
ヒカルは自ら一人全裸になると、ヒカルが慧の顔を跨いだ。ヒカルの肉棒は既に天を突いていた。
「あんなポスター見た後だからな。直ぐにこうなる。
咥えろ」
(ヒカル君の、もう先走り出てる。僕のポスター見て?)
慧は身体中の血液が沸騰しそうな錯覚を覚えた。
ヒカルが僅かに腰を下ろすと、慧がヒカルの肉棒をマイクを握るように口元に寄せ口内に引き入れた。入りきらない部分は手を使って扱きながら慧が夢中で奉仕する。慧を見下ろすヒカルがいつもの無表情のままそれを眺めていた。
「明日からはお前にこうされる事を妄想する奴等が後を絶たねえな」
ヒカルが僅かに眉間に皺を寄せるが、熱に犯されるように慧がヒカルの肉棒をひたすらに愛撫する。
「俺の咥えてるだけでガチガチだな。お前の」
ヒカルが首を捻って慧のジーンズでクッキリと形を成している性器を見やった。
「美味いか」
ヒカルが慧の顎に手を添えると、目を細めて慧がコクコクと小さく頷く。
「なら、俺も味わうか。もういい」
ヒカルは慧に奉仕を止めるようにいい、今度は慧のジーンズを剥ぎ取った。全裸にした慧を起して自分がソファに寝転ぶと、ヒカルの上で慧がヒカルの頭を跨ぎ、ヒカルの肉棒が慧の口内へ挿入しやすい体制に入れ替えた。
「もう一回咥えろ」
ヒカルが短く指示を出すと慧が迷うことなく再びヒカルの肉棒に食らいつく。
「俺も味わわせろ」
ヒカルが慧の性器を口に含んだ。
「んああっ」
ヒカルの肉棒を奉仕していた慧が体を仰け反らせて声をあげた。
「あ、ああ。だめです。汚ないから」
慧が必死にヒカルに止めるようにせがむ。
「お願い。ああん、ヒカル君、ヒカル君はそんなことしなくて、いい」
慧はヒカルの初めての口淫に愉悦を覚えながらも戸惑っていた。
「汚くなんかねえよ。俺が俺の女の体、触って何が悪い。勝手に口離してんじゃねえよ。お前もちゃんと咥えてろ」
俺の好きにさせろとばかりにヒカルが再開した。
「でも、あんっ。集中でき、ない」
仕方ねえなというようにヒカルが口淫を止めた。
「なら俺と同じ動きしろ」
ヒカルが慧の性器を肉厚の舌で縦に挟んで扱くと、慧も同じく扱く。ヒカルが亀頭をしゃぶると慧もまた真似をする。今度は音を立てて吸い付くと、慧もまた同様にした。ヒカルは暫くお互いを高めあった。
「童貞を卒業した今のお前なら、俺の口で射精できるだろうな」
おもむろにヒカルが行為に口を挟んだ。
「でも、それはまた今度だ」
ヒカルは慧の尻をほぐす事を追加して慧の性器を可愛がり始めた。
慧は未だに性器と尻の両方を刺激されては、射精することもドライで達することも出来ないでいた。ヒカルによって作り変えられた慧の体は、慧の意思ではではどうすることも出来なくなっていた。
時折響く二人の卑猥な音と慧のくぐもった呻き声だけがリビングに木霊する。ヒカルが慧の尻に挿入した三本の指で中の襞を広げるように掻き回すと、いっそう慧がくぐもった声を上げた。
「挿入れるぞ」
ヒカルが宣言すると力の抜けた慧の体を仰向けに横たえた。
「脚、自分で持ってろ」
ヒカルが慧に指示すると慧が両手をそれぞれの膝裏に回し持ち上げた。M字開脚させたヒカルが自らの肉棒を掴み、その切っ先を慧の尻に宛がう。
「ん、んん、ふっ」
ヒカルが慧の中を押し開きながら進むたびに、慧が苦しそうに呼吸する。
「まだ先が入っただけだからな」
ヒカルの声に慧が「わかって、ます」と短く答えると、慧の両腿を掴んで下肢を押付けながら慧の腰を引き寄せる。慧の中でめりめりと音がしそうなこの時間が、慧にはいつも途方もなく長く感じられるが、ヒカルを受け入れているという歓喜が興奮と共に慧を高みへと押し上げるエッセンスになっていた。
「俺の形だ」
全てを挿入れ終えたヒカルが当然のように呟くと、慧の悦びに満ちた先走りに塗れた性器をゆるゆると扱きだす。そして空いたほうの手を慧の腰に回して固定すると一気に切っ先まで引き抜き、ようやく開かれた最奥へと挿入する。
「んああん」
ヒカルに勢いよく抉られ、嬌声とともに脚を掴む慧の手に力が篭る。
「あんま、締めんな。動きづれえだろ」
ヒカルが咎める言葉を吐くが、気持ちよさそうに何度も同じ行為を繰り返す。
ぱちゅんぱちゅんとヒカルの下肢が慧の尻を穿つ度、二人の先走りが粘質性の音を立てた。
「ヒカル君、僕もう、イキたい」
ヒカルよりも早く根をあげる慧が弱音を吐いた。
「だろうな、いつもならもうとっくに射精させてるからな。悪かったな、ずいぶん俺につき合わせた」
それを知りながら慧を高め続けたヒカルが慧を言葉で労わるが、体は同じ行動を繰り返すばかりだった。
「おね、がい」
慧が快楽の涙を滲ませながら、放出される事を許されず極限を超えた愉悦に顔を歪ませる。
「わかってるよ」
ヒカルが柔らかく呟いた。慧がヒカルの女になってからヒカルは射精する間際、柔らかな声色になるのを慧は知っていた。
「ください、ヒカル君の」
慧が懇願するとようやくヒカルが全ての動きを止め、下肢を震わせ始めた。
「ん、ん。おなか熱、い」
ヒカルの出した精液が慧の中に広がり始めると、慧はいつも優越感にも似た表情を浮かべる。ヒカルははち切れそうになっている慧の性器を今度こそ射精させる為に扱きながら両膝を立てる。
「んああん」
堪らず慧が啼いた。
「今出してやる。そのまま口、開けてろ」
ヒカルの手の中でビクビクと慧の性器が脈打つ。
「俺のだと思って飲め」
ヒカルが慧の性器の先を慧の口に向けた。
ビュッ。勢い良く出たそれを慧がごくりと飲み込んだ。
「まだだ、口空けろ。まだ、出んだろ」
ピュッ。ピュッ
再び慧の口に少量ずつ精液が飛び込む。
「こうやって自分の精液をお前に飲ませる妄想もするんだろうな」
ヒカルがくっきりと眉間に皺を作った。
「くそっ。収まんねえな」
ヒカルは苛立ちながらも慧の性器を扱き続ける。
「あれが来る、イッちゃう」
慧がしきりに啼き叫ぶ。
「ああ、今度は女になるんだろ。奥にくれてやる」
ヒカルは慧の性器から手を離し、慧の上体を起して抱き寄せた。
「イッちゃうよ、イッちゃう」
慧がドライへの序章を訴える。
「ああ、安心してイケ」
ヒカルは慧に深く口付けると、程なく慧が痙攣したように体中を震わせ、ヒカルにしがみ付くその背に爪を立てる。それほどまでに蓄積された灼熱の渦は大きく慧をそれ以上の高みへと押し上げていた。ヒカルもまた、慧によって与えられる恩恵に身を委ねた。
二人の唇がようやく離れると、慧がヒカルの肩口に頭を預けた。
「さっきは、すご、かった。ヒカル君って、紫上さんにも焼もち焼いたりするんですか?」
慧がおずおずとヒカルに尋ねた。
「当然だ。俺は俺の女には狭量だと自覚してるからな」
「ふふっ」
慧が嬉しそうに笑う。
「どうした」
怪訝そうなヒカルに慧がヒカルの肩に頭を預けたままでぎゅっとしがみ付いた。
「やっとヒカル君の所有物になれたって、実感できたので。嬉しくて、つい」
慧が至極嬉しそうに微笑んだのがヒカルにはわかった。
「信じてなかったのか、さっきまでは」
「そういう訳じゃないんですけど、どこか現実味がなくて。写真、撮ってもらって良かったです。あれがきっかけでそう思えたから」
慧の一言にまたしてもヒカルが眉間に皺を寄せた。
「こんなに俺の腹の中がどろどろになってるのに、いい気なもんだ」
ヒカルは密着したお互いの腹部に手を差し入れた。
「あん。ヒカル君。あん、だめ、そこはもう出ないからぁ」
ヒカルが慧の性器を射精するように上下に扱いたのだった。
「そんなことは知ってるさ。悪い女は仕置かねえとな。勃起したまま女で何度も朝までイかせてやる」
ヒカルがゆっくりと突き上げを開始する。
「あん、あん、ああっ、だめ」
ヒカルの首に両手を回す慧が瞬く間に啼き始める。
「何がだめ、だ。先走り、出てんぞ」
ヒカルは突き上げるのと同じ動きを手でも繰り返す。ヒカルに突かれるたびに嬌声を零す慧の声を聞きながら、ヒカルは己の腹の中のどす黒い感情を持て余す。
「くそっ」
「やあーん」
ヒカルの舌打ちと共に慧が一際おおきく啼いた。
「そこ、ぐりぐりしないで」
ヒカルは突き上げる下肢の動きから、前後へ揺さぶる動きに変化させたのだった。当然のことながら最奥をヒカルの切っ先で擦られ、性器は親指の腹でぐにぐにと潰されるように擦られる。
「や、やあっ」
慧が喉元を大きく反らせた。
「だから嫌じゃねえだろって。わかっててやってんだからな。俺の手がお前の先走りでびしょ濡れだ」
ヒカルはふっと笑うと慧の中に再び灯った火を灼熱の炎へと導き始めた。
「知らねえ男、いや、見知った男にも気を許すんじゃねえぞ」
睦言の最中にも拘らずヒカルがドスを効かせた。
「あん、わかってます。やあっ、僕には、ヒカル君、だけぇ」
やっとのことでヒカルに慧が誓いを立てた。
「明日は、大学は休みだな。今日はお前を抱き潰すからな」
成長しきった慧の性器から手を離したヒカルが、勢い良く突き上げる。
「あんっ、やあっ」
ヒカルに突き上げられた慧の体が重力の落下とともに落ち、下から突くヒカルの肉棒を衝撃と共に受け止める。
「イク、ん、イクッ」
ヒカルにしがみ付く慧をソファに寝かせると、しがみ付く物のなくなった慧が傍にあったクッションを握る。ヒカルはそれを奪い取り慧の腰下へと潜り込ませた。
「見てろ、慧。このまま勃起させたまま女でイかせてやる」
ヒカルに誘導されるように自らの性器を見つめる。
ヒカルの両肩にそれぞれの足を担がれ、隠す物のない性器から慧は目を離すことはなかった。
「弾ける、弾けちゃう。ああっ」
ヒカルは全力で慧を突き上げることに集中する。
「あん、こわれちゃ」
慧がひたすらに啼きながらも、視線は外さなかった。
「出すぞ」
ヒカルの静かな一言の後、ヒカルが一際大きく慧の中へと突き入れた。
「あん、くださ、ああーっ」
その威力に慧が咆哮をあげた。
「んくっ」
小さく声を上げてヒカルは慧の中で下肢を小刻みに振りながら精を解放した。
「あ、あああ、中が、あっ」
慧が目を見開いたまま何かを探るように目を泳がせる。
「イク時はいつも一緒だ。もう、触ってやらなくてもイケるだろ。俺が出してるうちに、お前はそのまま中でイケ」
射精の気持ちよさにヒカルが唸りながら下肢を突き出して振り回す。
「あっ、ああっ、ああっ、あーーっ」
慧が上体を大きく反らせながらドライを迎えた。仰け反ったまま「あ、あ」と小さく声を上げながら体全体を硬直していた。ヒカルは残りの精を手放さぬよう奥歯を食い縛り持っていかれない様に堪えた。
「お前の中、全然納まんねえな。朝まで抱くと言ったが、こっからはお前が俺を抱く番だ。骨の髄まで俺の女になっちまえ」
ヒカルは下肢をこれでもかと打ちつけ、射精しながら接合部を大きく揺さぶる。そうしながら力を蓄えたヒカルが精を吐出し終わってもなお慧の中は蠢き続けた。それはヒカルにとっては好都合で、次の精の解放のためのインターバルに他ならなかった。慧の中の蠢きによりヒカルの肉棒が何度も熱を帯びる。
「まだ俺は出し切ってねえぞ。慧、本能に従え」
ヒカルの律動に慧の中の収縮が呼応し始める。それは慧の体が、ヒカルを欲しがっているかのようだった。ヒカルはすぐさま律動を速めた。
「こうなったら俺は意地でも出さねえぞ。お前が俺をイカせねえ限りはな」
ニヤリと微笑んだヒカルは慧の唇を喰らいつくように塞いで律動を超加速させた。
ピンポーン。
朱雀はマンションの部屋の前でチャイムを鳴らした。
「今時間、いるわけないですよね」
朱雀は持っていた鍵でそのドアを開けた。
「月夜さんの匂い。私が出て行った後も使ってくれていたのですね」
朱雀は勝手知ったる部屋の奥へと進んでいく。
「ようやく貴方と暮らせ、る」
何かを見た朱雀が凍りついたように硬直した。しかしすぐさまその視線の元へと駆け寄った。
「月夜さん、しっかりして。月夜さん」
朱雀が月夜の頬を何度も軽くはたきながら呼びかける。月夜の腕から流れ出たらしい帯びただしい血液が地溜りを成していた。
「う、うう」
月夜が弱弱しく目を開いた。
「月夜さん、良かった。目を開けた」
朱雀はポケットからハンカチを出し、震える手で月夜の上腕を縛って止血する。
そしてすぐさま救急要請の手配をした。
「月夜さん、どうしてこんな」
朱雀は取り乱しながら愛する者を腕に抱いた。
「す、ざく。なんだよ、死ぬ間際、まで、お前は、僕を苦しめる、のかよ」
真っ青に血の気が引いた唇から、途切れ途切れに月夜が言葉を紡ぐ。
「私、のせい」
朱雀は月夜の左腕をまじまじと見た。
「殺傷痕。こんなにたくさん。私は、こんなにも貴方を苦しめていたのですか。貴方の為にと決断した結果が、貴方を追い詰めていたんですか」
朱雀は涙を流しながら自分を責める。
「月夜さん。愛してます。やっと貴方と共に歩いてゆけると思っていた私が愚かでした」
月夜が再び目を閉じようとする。
「だめです。目を開けてください」
朱雀が必死に呼びかけると、また月夜がうっすらと目を開けた。
「生きてください。貴方だけはどうか生きてください」
朱雀の耳には遠くで救急車のサイレンの音が聞こえていた。
「私の存在がこんなにも貴方を苦しめるのなら」
朱雀は傍らに落ちていた月夜の血がべったりと付着する包丁を両手で握り締め、首筋へ刃を当てた。
「生きてください。貴方だけは」
月夜にそっと微笑んだ朱雀は、首筋に当てた刃に力を押し付けて迷うことなく一気に引いた。
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