14 / 35
【澪標】Miotukusi
しおりを挟む
「おじい様、折り入ってお話があります」
右代と対峙した朱雀の目には強い意思が宿っていた。
「ヒカルを、戻してください。そしてミカド財閥の【COO】(最高執行責任者)にしてください」
朱雀の突飛ともいえる発言に右代が「何を馬鹿な事を」と勢い良く立ち上がり拳を振り上げた。
「馬鹿なことではありません。私はいたって本気です。
私はまだ総帥の座に納まって日も浅く、経験不足は否めません。ですが、ヒカルがCOOのポストに就き私の補佐をすることにより、よりミカド財閥は安定するはずです。そして、いずれは冷泉を総帥の座に就かせ、私は会長職としてミカド財閥をこれまで以上の繁栄に導くと誓います。御門の血を引く者としてこれ以上の選択肢を私は知り得ません。
確かにプライベートではヒカルには破天荒ともいえるふてぶてしさはあります。ですがヒカルは仕事に関しては実に優秀な人材です。ドバイ支社立ち上げのプロジェクトもヒカルのお陰で当初の計画案よりも早く軌道に乗るとの報告も受けています。
そんな優秀な人材を高々噂ごときで燻らせていいはずがありません。生産性と効率の面を考慮すれば馬鹿などという発言はしない筈です」
朱雀の意見を聞いた右代が振り上げた拳をワナワナと震わせたまま硬直していた。
朱雀は右代に近づき、その拳を両手でそっと包み込んだ。
「おじい様の敬愛する毛利 元就の三本の矢の話、おじい様なら全てを述べずともお分かりでしょう」
朱雀は毛利 元就が三人の子に『一本の矢では簡単に折れるが三本束ねることにより簡単に折る事は出来ない。それは人においてもまた然り。一族で結束を固めよ』との逸話を喩えたのだった。
それを聞いた右代は今度はぐうの音も出ないとばかりに下唇を噛み締めた。
なかなか首を縦に振らない右代に、朱雀は最終手段を持ち出した。
「おじい様が同意してくださらないのなら私にも考えがあります。
私が、ゲイである事を世間に公表します」
「何を馬鹿な事を」
再び振り上げようとした右代の拳に朱雀はグッと力を込めた。
「そうなってはミカド財閥は多大なる風評被害を蒙り、私は責任を取って辞職でしょうね。そして今度はヒカルが時期総帥の座に座ることになります。
それは、左代派をけん制したいおじい様にとって、百害あって一理無し。ではありませんか?
おじい様は聡明な方だと私は知っています。
私の決断に同意、してくださいますよね」
唇を噛み締めたままの右代は、朱雀の論破により渋々承諾した。
右代の書斎を出る間際、朱雀が振り向きざまに右代に釘を刺した。
「言っておきますがくれぐれも、下手に画策しようとは思わないでくださいね。おじい様の考え得る手段は、全て想定済みです。
まあ、最悪私の予測の範疇を超える事態を引き起こされるのなら、右代家と共に心中する覚悟はとうに出来ておりますから」
不敵に笑った朱雀に桐生の面影を見出した右代は、へなへなと椅子に座り込み空を眺め続けた。
ある日の昼下がり、愛美がシャワーを浴びているのをいいことにヒカルは今まで疑問に思っている事を慧に尋ねた。すっかりお腹の大きくなった愛美は気分転換と称して日に何度もシャワーを浴びていた。
「お前はなんでそこまであんな奴に尽くすんだ?お前なら一人で渡航費貯めて日本へ帰れるだろ?」
慧はコーヒーカップを包む手に力を込めて俯いた。
「あんな奴なんて言わないでください。
姉は、本当はモデルになりたかったんです。でも、子供の頃、近くの土手で僕と遊んでいて足を滑らせた僕を助けるために重症をおいました。幸い傷は綺麗に塞がりましたがそれが元で股関節に後遺症が残ってしまって。日常生活には支障はないのですがふとした拍子にその後遺症が災いして脚を引き摺ってしまうんです。姉の人生を狂わせたのは僕なんです」
慧は頭を垂れたままじっとコーヒーカップを握り締めていた。
「それに、僕たちをこの地に送り込んだのは僕たちの母の内縁の夫に当たる人物なんです。その人の名は【加納 凌駕】(Kanou Ryouga)。加納は母が留守の間、姉には服で見えないところに殴る蹴るの暴行を加えました。そして、それが終わると僕を犯しました。僕は、加納の性奴隷だったんです」
慧の零した涙が慧のジーンズに染みを作った。
「僕たちは逃げたかったんです。加納から。だから高校卒業と同時にここへ」
「そうか、逃げてきたはいいがそれ以上はどうにもできないって訳か」
ヒカルが考え込むように溜息を吐いた。
「はい。でも日本に戻ったとしても加納に知られればきっと連れ戻されるか、もっと酷い条件でここへ逆戻りになるかもしれません。なぜなら、加納こそがこの売春グループの元締めなのですから」
慧は重い事実をヒカルに告白した。
ヒカルは少しだけ二人を哀れに思った。
「ヒカルさんに飲ませた薬も加納から定期的に送られてくる物、です」
慧が申し訳なさそうに肩身を狭くした。
「わかった」
ヒカルはその後、自室に篭ったまま部屋を出ては来なかった。
それから数日後、ヒカルに神戸支店支社長の森内からの国際電話が掛かって来た。
「喜びたまえ、宮内君。本社に異動だそうだ。引継ぎを済ませ次第帰国してくれ」
こうしてヒカルの一年にも満たないドバイ勤務が幕を閉じることになった。
既に搭乗できない愛美の身の回りの世話を慧に任せ、社で契約されているヴィラをヒカル個人の契約に切り替えたヒカルは日本への岐路に就いた。
「ヒカルさん」
自宅のマンションのドアを開けたヒカルは玄関先で待っていた紫上にでむかえられた。
「おかえりなさい」
ヒカルの無事な姿に、見る間に紫上の目に涙が浮かんだ。ヒカルはすぐさま紫上を抱きしめると「ただいま」と呟いた。
「大学はどうした?」
「代返を頼みました。ヒカルさんに一秒で早く会いたくて」
力強くヒカルにしがみ付きながら涙声で紫上が答えた。ヒカルはヒカルの胸に埋める紫上の顔を向けさせて紫上の目を真っ直ぐに見た。
「痩せたな」
ヒカルが紫上のこけた頬に手を置いて「心配かけたな」と言うと、紫上は声を上げて泣き始めた。ヒカルは、紫上を強く抱きしめると、玄関先にスーツケースを置いたまま紫上を抱き上げてリビングへと進み、ソファーに腰掛けると紫上を膝に乗せて泣き止むのを待った。
紫上が落ち着いた頃合を見計らったヒカルは紫上に愛美と慧の事を伝えた。
「慧さんを、抱いたんですか?」
話を聞き終えた紫上は愛美のお腹の子よりも真っ先に慧との肉体関係をヒカルに尋ねた。今まで一度もヒカルの交友関係を尋ねたことが無かった紫上の初めての嫉妬だった。
「浮気、ってことですよね?」
紫上が頬を膨らませてヒカルを睨んだ。
「言い訳をするつもりはねえ。あの女をけん制するためにはそれしか思いつかなかった。悪かった」
ヒカルが反省を表す様に頭を垂れた。
「だったら、教えてください。慧さんをどういう風に抱いたのか。僕の体で今すぐに」
「ダメだ」
ヒカルが即答した。
「どうしてですか?僕には知る権利もないんですか?」
紫上がムキになって食って掛かった。
「そうじゃねえ。アイツみてえに抱いたらお前が痛い思いをするから言ってんだ」
なおもヒカルを睨みつける紫上は聞く耳を持たなかった。紫上にかかっては流石のヒカルもたじたじだった。困った風の表情を浮かべたヒカルは「わかった」と渋々了承したが、「お前の体の準備だけはさせてくれ」と付け足した。
バスルームで紫上の尻を広げながら洗浄するヒカルは「あいつにはこんなことはしなかった。痛がろうが泣こうが無理やり突っ込んだ」と言い訳がましく説明した。
ソファに戻ってくると慧を抱いたようにヒカルは紫上を抱いた。ヒカルにしがみ付こうとする紫上の両手首をソファに縫い付け、下肢をひたすらに打ちつけた。紫上は歯を食いしばったまま声を上げることは無かったが、流石に絶頂を迎える頃には「キスしたい」と啼き始めた。ヒカルは断腸の思いで紫上にしがみ付かせることも、キスをする事もさせなかった。
「んやあっ」
紫上が苦しそうに叫んで体を仰け反らせた。
「あ、ああっ、ああっ」
射精するように下肢を震わせ、苦しげに絶頂を迎えた紫上がすすり泣きし始めた。
「だから言っただろうが、ダメだって。痛かったか?これでも手加減したんだ」
ヒカルはすぐさま紫上に覆い被さって紫上の震える体を抱き締めた。
「ひどい」
紫上が一言呟くとヒカルにしがみ付き、声を上げて泣いた。
「悪かった。キスも出来なくて辛かっただろ」
ヒカルは紫上を宥めるように「悪かった。こんな抱き方をして」とひたすらに謝った。
「僕に、じゃありません。慧さんのことです」
泣き止んだ紫上がヒカルを見据えてこう言った。
意外とばかりにヒカルは紫上の次の言葉を待った。
「慧さん、たぶんヒカルさんのこと好きです。なのに。好きな人にこんな抱き方されたら」
紫上は再び涙を浮かばせた。
「しかたねえだろ。あの女をけん制するための手段だったって言ったじゃねえか。いつもソファでだったし寝室で抱いたことは一度もねえ。俺はお前以外には触りたいとは思えねえし、お前だから触りたいんだ。
それとも、あいつもお前を抱くみてえに抱けばよかったか?」
思わぬ非難を受けたヒカルが紫上に問いただすように尋ねた。
「それは嫌ですけど、慧さんが可哀相で」
紫上の言葉を聞いたヒカルが無意識に舌打ちをした。
「お前はどこまで優しいんだ。俺にはお前以外はどうでもいいんだ。俺の特別はお前だって何度も言ってるじゃねえか。もう頼むから許してくれ、これ以上は拷問だ。久しぶりのお前に触りたくて俺も正直辛んだ」
初めて見るヒカルの情けない姿に、紫上が「僕もあんなふうに抱かれるのはもうごめんです」と呟くと、ヒカルはようやく安堵したように息を吐き出した。紫上の了承を得たヒカルは繋がったまま、寝室へと移動した。
「あ、ああっキスしたい」
パチュンパチュンとヒカルの出したものが卑猥な音を立てるほど激しく下肢を打ちつけるヒカルが紫上に覆いかぶさりキスをする。紫上は瞬く間に上り詰め、射精するように下肢を天に突き出した。ヒカルは紫上の細腰に両腕を回して紫上の最奥めがけて精を放った。
体を弛緩させた紫上を労わりながらヒカルは紫上が落ち着くまで紫上の唇を後戯する様に愛撫する。
「あん。はぁ」
紫上が気だるそうな吐息を零した。ヒカルが紫上にキスを仕掛けると紫上が応え始めた。
紫上がヒカルの舌に吸い付くとヒカルは紫上の舌を絡めるよう巻き込み、紫上の舌の根元に齧り付いた。
「んんっ」
ビクッと一瞬体を堅くした紫上の口内に唾液が充満すると、ヒカルは吸い取りながらそれを嚥下した。紫上の舌の根元をくすぐるとまた紫上の唾液が溢れ、ヒカルはそれを繰り返しながら貪り続けた。
「んふっ、んんっ」
紫上の鼻を抜ける喘ぎがヒカルの耳を犯す。ヒカルは紫上を抱く喜びに打ちひしがれながら何度も角度を変えて紫上の口内の隅々を弄った。
「ん、んんーっ」
紫上が再び下肢を天に突き上げて弛緩すると、ヒカルはようやくキスを開放した。
「キスだけでイッたのか」
少し身を起こしたヒカルが紫上の顔を覗きこんだ。
「だって、ヒカルさんのキス、気持ちいい」
紫上がヒカルに抱かれた時に放つ独特の色気を目の当たりにしながら、ヒカルは紫上の口元から零れた唾液を舐め取った。
「疲れたか?」
ヒカルの問いかけに紫上はゆっくりと否定した。
「いいえ。喩え疲れたとしてもヒカルさんとこうしていたいです」
ヒカルの胸の中に温かくなる何かが込み上げた。
「寂しかったです。ヒカルさんのいないこのベッドで眠るたび寂しくて」
紫上は再び涙を滲ませた。紫上の姿に胸が潰れそうになったヒカルは、繋がったまま紫上の体を反転させて後ろ抱きにすると包み込むように紫上の体を抱き締めた。
「悪かった」
ヒカルの幾度目かの謝罪と、ヒカルの心音と温もりを体全体で感じながら紫上は涙をこぼし続けた。
「今日は、僕が疲れて眠るまで抱いてください。ヒカルさんが僕のところに戻ってきたのだと、僕にもっと感じさせてください」
紫上の心の叫びのような願いに、ヒカルは心が満たされる事を始めて知った。
「ああ、そのつもりだ。俺がちょっとやそっとじゃ満足しないのはお前が一番よく知ってるだろ」
ヒカルは紫上が腰砕けになる声色で紫上の耳元に囁いた。
「ヒカルさん、その声」
紫上が耳を通して伝わる痺れに体を硬くさせた。
「お前の中にいる、熱く滾る俺が」
「だから、その声」
堪らずに紫上が叫ぶと、ヒカルはゆっくりと突き上げ始めた。
「やあっ、ああん」
「流石にお前のここはもう何も出るもんはねえだろ。今日だけは俺の気の済むまで触るのを許してくれ」
ヒカルは紫上のペニスを大きな手で包み込みゆるゆると扱き始めた。
「んやあっ」
紫上がヒカルの手から逃れるように身じろぐと、ヒカルは紫上の脚の間に自らの足を割り込ませ、そうはさせまいと体を固定した。
「知ってるか?お前は初めは男として抱かれるがそれを越えた瞬間、俺を抱く女へと豹変する。そんなお前は俺を虜にして止まねえんだ」
ヒカルの言葉責めに紫上のペニスからトプトプと滴があふれ出す。
「んんっや、ああっ」
ヒカルはもう片方の手で紫上の胸の尖りを愛撫する。
「やっ、やあっ」
三ヵ所を同時に責められる紫上がシーツを握り占めた。
「前々から感じていた事だが、お前を抱いてるのは俺のはずなのにお前の中にいると俺が抱かれている感覚にいつも陥る」
ヒカルは紫上の熱いペニスの先を指の腹で擦り始めた。
「ああっ、あん、やっ、やっ。だめ、イク、もう」
「ああ、そう、この感じだ。お前と繋がっているのは俺の体のほんの一部分なのにそこから体中にお前の包み込む感覚が波及して行く」
紫上は手の離せないヒカルの代わりに身を捩ってキスをせがんだ。ヒカルも窮屈な体位のまま紫上のキスに応える様に口内に誘った。
「んんんーっ」
紫上が体の奥を震わせると、ヒカルもまた紫上の中で果てたが、ヒカルは紫上の固さを保ったままのペニスを愛撫しつづける。脈打つ紫上のペニスがヒカルの手の中で感無量とばかりに滴を溢れさせた。
「変わらないピンク色だ。とても二十一の男のもんとは思えねえな」
ヒカルは手の中の硬いままの紫上のペニスを見ながら、休むことなく下肢を動かす。
「あっ、ヒカルさんの、また硬くなった」
紫上が息も絶え絶えに呟く。
「当たり前だ、お前がそうさせているんだからな。
ここは後でじっくり俺の口で可愛がってやるから、まずは存分に中にいる俺を抱け」
ヒカルは紫上の熱く硬いままのペニスの形をなぞる様に手を這わせた。
「あっ、あああっ」
紫上が呼吸もままならないほどに喘ぎ続ける。
「俺を抱く男は世界中でお前だけだ。そして俺にとってお前はドラッグと同じだ。お前に抱かれる喜びを知ってしまった俺は禁断症状に耐えきれず、お前の奴隷となってお前を高みへと押上げる。だがようやくその頂に到達した時、お前は俺に褒美を与える代りに喜びの証を献上させるかのごとく絡みつき俺の熱を奪い、いま以上の高みを要求する。俺はその褒美欲しさにすぐさま熱を取り戻し、再びお前の奴隷と化す。俺はお前を欲して止まない奴隷だ」
ヒカルは紫上に契約の様に口づけると、紫上は体を震わせた。
「まさかこの俺が同じ男のもんに執着する日がくるとはな。こうやって手で可愛がりながらも舐めたくて仕方がねえ。いっそお前と繋がったまま舐めてやれたら良いのにな」
ヒカルは残念そうに口に出したが、紫上はヒカルの言葉を理解できぬほど余韻に酔いしれていた。その間も紫上の中がヒカルのペニスに絡みつき蠢きながら収縮する。
「紫上、紫上。お前と繋がってる所が溶けそうだ。ん、はぁはぁぁっ!俺も連れてってくれ、お前のいるその高みに。んんっ」
ヒカルは熱に浮かされた様に小刻みに下肢を打ちつけながら紫上の名を呼び、堪らずに声に出しながら精を吐き出した。
「はは、こりゃとうぶん収まらねえな」
紫上の中で間もなく復活を遂げたヒカルは幾分かスッキリした様に独り言を呟くが、紫上は焦点の合わぬまま呆けたように体を弛緩させていた。紫上の体から自らのペニスをようやく引き抜くと、紫上の尻から夥しいほどのヒカルの精液が溢れ出てきた。
「いったん綺麗にするか」
ヒカルはこれ以上溢れ出ぬように紫上の中に挿入れると、力の入らぬ紫上の体を抱き上げてバスルームへと向った。シャワーで尻の中を洗浄されても、体を洗われても紫上はボーっとしたままヒカルに体を預けたままだった。ヒカルはバスタオルで紫上の体の隅々まで丁寧に吹き上げ、自分は簡単に水滴を拭き取ると、寝室へと紫上を抱いて戻った。
「まだ、終わりじゃねえからな」
未だに浮遊感から意識の戻らぬ紫上の体をヒカルが舌で辿り始めた。紫上の全身にくまなく舌を這わせたヒカルは、最後に取っておいた紫上のペニスへと口付け、味わうように舐め始めた。
「は、ああっ」
ようやく意識の戻り始めた紫上が弱弱しく啼いた。
「間近で見ても綺麗なピンク色だ」
ヒカルは満足げに紫上のペニスに奉仕し始めた。
「お前には性技なんて覚えさせねえ。喩えそれが俺相手でもな。俺が全部してやる。フェラも騎乗位もありえねえ」
ヒカルはドバイでの悪夢を上書きするように紫上のペニスを可愛がり続けた。
どれだけ時間が経ったかも判らぬほどヒカルが紫上のペニスを味わっていると紫上がヒカルの頬に手を伸ばしてきた。
「気がついたか?」
ヒカルは紫上の下肢から顔を上げて口の周りの紫上の滴と、自らの唾液を親指で拭い取り舐めて綺麗にした。
「ヒカルさ、もう、欲しい。イキたい」
流れ出紫上が目尻を染めてヒカルに懇願した。
「俺をまた抱いてくれるんだな。中、触ってないもんな。俺のがないとちゃんとイケない体だからな、お前は」
ヒカルは自らのペニスから流れ出た滴をペニス全体に塗り付けて挿入した。
「はぁーっ」
正常位でヒカルを受け入れた紫上が安堵したように吐息を零すと、ヒカルにしがみ付いた。
「気持ちよかったか?」
ヒカルは紫上を気遣うように優しく頬を撫で、ペニスへの愛撫の感想を聞いた。
「気持ち、良かったです。けど、ヒカルさんと繋がっているときの方が、僕は好きです」
紫上の返答にヒカルは再び心が満たされるのを感じた。
「そうか。ならこっからはお前が気を失っても抜かねえよ」
ヒカルは紫上の尻がこれ以上の摩擦で腫れる事を懸念して、紫上の最奥を押し上げるように下肢をしならせ、くすぐるように腰をくねらせ始めた。
時折、紫上がキスを強請りヒカルのペニスに射精を促すように締め付けると、ヒカルも拒むことなく紫上の中で果てる。しかし紫上の中はイッた後も貪欲にヒカルのペニスに絡みつき、ヒカルのペニスは紫上の中で硬さを取り戻した。約一年ぶりのお互いの熱を確かめ合うように二人は抱き合った。
コツン、コツン。
夜の見回りをする警備服を着た一人の男がミカド財閥本社の定期巡回をしていた。
「せっかく大財閥本社の警備員に潜り込めたって言うのに」
男はため息混じりに呟くと、いつものように総務課の女子社員のデスクの引き出しに常備されているキャンディーを無造作に口の中に放り込んだ。
「誰か財布の一つでも忘れてねえかなあ」
男は懐中電灯を照らしながら片っ端からデスクの引き出しを開けてめぼしい物を物色していた。
男が小銭入れらしきケースを見つけると懐中電灯をデスクの上に置き、中身を確認した。
「たったこれっぽっちかよ」
男は中の小銭を僅かに抜き去り元の場所へと戻した。
「しょぼ」
男の名前は【坂口 譲】(Sakaguchi Jyo)。巷では知る人ぞ知る『コソ泥のジョー』と呼ばれるちんけなコソ泥であった。
総務課を後にした坂口は、重役達のフロアへと足を進めた。
「金になる機密文書でもあればなあ」
だるそうに歩きながら真っ暗な廊下をひたすらに歩く。重役室は全てが施錠されており坂口が忍び込む隙は無かった。
「まだ誰か残っていますか?」
坂口は明かり漏れる扉に向かいノックした。
「はい」
中からの返事で坂口は重厚なドアを開けた。坂口がドアを開けると小柄な小動物を思わせる青年がまだ残業の途中だった。
「こんな時間までお仕事ですか?」
坂口が声を掛けると青年は愛嬌のある笑みを坂口に向けた。
「ええ。左代取締役のお陰で僕はここ暫く書類作成に忙殺されているんです」
「ご苦労様です。でもほどほどにお帰りになった方が良いですよ」
坂口の忠告に青年は「無理が利くのも若いうちだから」と再び坂口に微笑んだ。
「では失礼します」
坂口が左代取締役の部屋から出ると、懐中電灯で足元を照らし歩きながら暗闇に向ってニヤリと笑みを漏らした。
(ここは要チェックだな。残業続きで鍵のかけ忘れがあるかもしれない)
坂口はクツクツと笑い始めると他のフロアの巡回を続けた。
今日出来る一通りの文書作成を終えた青年は大きく息を吐くと伸びをした。首周りのストレッチを軽くした後、濃い目に入れたコーヒーを飲みながら携帯のメッセージを確認すると、一人の人物のメッセージ一覧を開いた。そしてその人物からの一年以上前の最後に届いたメッセージを読み返した青年は携帯を握り締めた。
「月夜、あいつさえ帰ってこなければ」
青年はギリリと奥歯を噛み締めると月夜への憎悪を膨らませた。
青年の名は【右代 怜央】(Udai Leo)。朱雀の祖父 右代 甚五郎の秘書補佐であり遠縁にあたる人物であった。
「うーん」
翌朝、先に目を覚ましたのは紫上だった。いつの間に眠ったのかさえ覚えのない紫上が背中から感じるヒカルの鼓動と、寝息に安堵と喜びを噛み締めた。
「トイレ、行きたい」
紫上がヒカルの腕から抜け出そうと僅かに動いたところで自分の置かれている状況を一気に悟った。ヒカルに後ろから羽交い絞めされるように抱きつかれ、足を絡められ、何よりも、紫上の中にはまだヒカルが居座っていたのだった。さすがに硬さはないものの存在感のあるその大きさを良く知る紫上の顔に火が着いたように朱が差した。
「え、えええーっ」
紫上が思わず声を上げるとヒカルが「んん」と小さな唸り声を上げた。紫上は次第に迫りくる便意と尿意に一人焦り始めた。ヒカルに知られることが恥ずかしく、何とかして抜け出そうと紫上がジタバタしているところにヒカルがついに目を覚ました。
「なにやってんだ」
ヒカルの寝起きの掠れた声が紫上をますます焦りへと導く。
「いえ、なんでも。僕ちょっとトイレに」
それだけを言うと、「何だ、そうか」とヒカルが何でもないことのように呟いてまた夢の中に入ろうとした。
「だめ。ヒカルさん、起きてください」
「何だよ」
寝起きのあまり良くない時特有のヒカルの声色に一瞬たじろいだ紫上だが背に腹はかえられなかった。
「ぬ、抜いてくれないとトイレに行けないんです」
紫上の悲痛な叫びにようやく理解の追いついたヒカルは「ああ、そうか」と呟き、あろう事か紫上の体をそのまま抱き上げてトイレへと向った。便器の前に紫上の体を静かに立たせ、便座を上げたヒカルは何事もないように紫上の腰に手を回し、紫上の肩に顎を置いて生あくびをした。
「あの、ヒカルさん?」
焦る紫上はあたふたとしつつヒカルに抗議の声を上げた。
「どうした?我慢できねえんだろ」
ヒカルの視線を感じる紫上が耳まで顔を赤らめさせた。
「嫌です」
「気にするなって」
ヒカルは全く取り合うことはなく、紫上のペニスを軽く握った。しばしの間拒むように紫上が押し黙ったが、ヒカルが早くしろとばかりに紫上のペニスを擦った。
「や、です」
紫上が尿意に耐えながらヒカルに訴えた。
「餓鬼の頃は、しょっちゅう見てただろ」
ヒカルが何でもない様に再びあくびをした。
「昔と一緒にしないで下さい。僕はもう大人なんですよ」
紫上が呆れたように叫んだ。
「そうか。そうだよな。なら、お前の中のもん、デカくして中から突いてやろうか?大人らしく、そういうプレイで」
ヒカルが扇情的な声色を使い紫上の耳元で囁いてカプッと耳朶を食んだ。それを聞くなり根負けした様に紫上は羞恥に苛まれながらも用を足さざるを得なかった。
ジョロ、ジョロ、ジョー。
「ずいぶん我慢してたんだな」
一部始終を見終えたヒカルがそのまま寝室へと戻ろうとしたため、紫上が再び抗議の声を発した。
「それだけじゃないから。とにかく抜いてください」
「あぁ?もう用は済んだだろ」
ヒカルの不機嫌そうな声に紫上がたじろぐが紫上はそれどころでは無かった。
「大きい方もなんです。だからとにかく抜いて、ここから、トイレから出て行ってください」
紫上が何度目かの大声を張り上げると、今度は「なんだ、そっちもか」と、またもや繋がったまま軽々と紫上を持ち上げバスルームへと移動してバスチェストに腰掛けた。紫上を抱いた後の後始末を思い出し紫上が呆れたように今度はヒカルに詰問した。
「どうして抜いてくれないんですか」
そろそろ堪える事が出来なくなり始めた紫上にヒカルはあっけらかんと答えた。
「お前が俺が中にいると気持ちいいって言ったんだろ」
ヒカルの言葉に紫上が怒りに目を見開いた。
「こういう意味じゃありません」
ヒカルは紫上の怒りに耳を傾けることは全く無かった。ズルリとヒカルにペニスを抜かれた紫上は「ああっん」と声を上げ、迫り来る便意と僅かな快楽に体を硬くした。
「昨日、洗浄してるからそんなに堪ってはいないだろ」
焦る紫上を他所に既に覚醒したヒカルは紫上を向かい合う様に立たせて冷静にシャワーのコックを捻り、渾身の力を振り絞る紫上の尻をこじ開けるようにシャワーと指を宛がった。
「やっ、だめ。やだ。ヒカルさ」
紫上がヒカルにしがみ付き、ヒカルの首元に顔を隠したままで叫び続けるが、ヒカルにいつも洗浄される紫上の体が言うことを聞く筈もなく、紫上の中からは夥しいほどの汚水が溢れ出ると、紫上は観念したようにようやく身体の力を抜いた。
「俺の精子で便が緩くなっちまったのか、悪りいな。腹、痛くねえか?」
ヒカルは汚水を見て冷静な判断で紫上に謝罪すると羞恥に震えながら紫上が首を横に振ってヒカルの問いかけに答えた。尻の洗浄を終えるとヒカルによって紫上は体の隅々まで洗われる結果となった。首まで羞恥に赤くなっていた紫上はヒカルに体を拭かれる前に脱兎のごとくバスルームから飛び出していち早くシーツの中に逃げこんだ。
体を拭き、スエットに着替えたヒカルが寝室へと入ると、シーツの中で芋虫の様に丸くなった紫上を見つけ小さく溜息をついた。
「悪かったよ。そんなに恥ずかしがることねえだろ。いつも見てんだから」
ヒカルのふてぶてしい発言に「そういう問題じゃありません」とシーツの中から紫上が叫んだ。
「ったく。ヤッた後尻の洗浄を怠って悪かった。それ以外は悪くねえけど」
何処までも傍若無人な発言のヒカルに枕が飛んでくると、ヒカルはそそくさと退散した。
その後、紫上が空腹に耐え切れなくなる昼過ぎまで、紫上が寝室から出てくることは無かった。
翌日、ヒカルは左代の元を訪れた。左代は良かったと言ってヒカルの手を握り締めた。
「君にとっては朗報なんだが、右代がなぜか社の繁栄のためと言って私に協力を申し出てきてね、君のために尽力してくれんだ。そして役員会まで説き伏せた。ドバイでの君の功績を評価してね」
ヒカルは右代の行動に裏があるように思えてならなかった。
「それだけじゃない。間もなく下りる辞令で君は我が財閥のCOO(最高執行責任者)になる」
ヒカルは耳を疑った。
「そして驚くことに冷泉君を次期総帥に指名したんだよ」
「朱雀は?総帥は朱雀だろ」
「現総帥は冷泉君が社に入った暁には会長職として社を支え、繁栄に導くと言っておられたよ」
ヒカルは左代の言っている意味を理解するのにしばしの時間を要した。
「驚くのは無理もない。冷泉君はまだ十歳だからね。そこで誰を後見人にするか、何だが」
ヒカルはすぐさま「俺が後見人になります」と名乗りを上げた。
左代家を後にしたヒカルはすぐさまダメ元で籐子に連絡を入れた。
意外にも籐子はヒカルをマンションへと呼んだ。
「久しぶりね」
家政婦である大野がお茶を置いて場を離れるのを待った籐子が口を開いた。
「ああ、そうだな」
ヒカルは短く答えると、二人は何も言わずに見つめ続けた。
「お母さん?」
リビングに接するドアから一人の少年が目を擦りながら出てきた。
「目が覚めたのね」
籐子は少年に近づいてしゃがみこむと、少年に向って「お客様よ、ご挨拶は?」と母親らしく少年を促した。
「こんにちは」
少年がヒカルに挨拶をした。
「ご挨拶したらお名前も言うんでしょう」
少年は「宮内 冷泉です」とぺこりと頭を下げた。籐子は「よく出来たわね」と冷泉の頭を撫でヒカルを紹介した。
「こちらはね、宮内 ヒカルさんよ。貴方の、従弟(いとこ)にあたる方よ」
籐子は従弟と言葉に出す前に僅かに口土盛った。
「宮内 ヒカル?」
冷泉がオウム返しをして首を傾げた。
(俺の子。俺の子だ)
ヒカルは食い入るように冷泉を見つめていると、冷泉がヒカルの元へと駆け寄り、ソファによじ登ってヒカルに抱きついた。
「「えっ?」」
冷泉の突然の行動にヒカルが声を発したのと、籐子が驚きの声を上げたのは同時だった。
ヒカルは冷泉を抱き上げると、籐子は両手を口で覆いブルブルと体を震わせた。
冷泉はヒカルの顔を触り微笑みかけた。
「信じられない」
籐子が二人の姿を見つめながら呟くと、ヒカルが籐子の様子を見つめていた。
何も聞かないヒカルに、「冷泉は人見知りが激しくて、初対面の、しかも男の人には怖がって近づいたことがないの」と籐子は説明した。
「おじさんのこと、何て呼べばいいの?」
冷泉の無邪気な発言にヒカルが柄にもなくムッとして「おじさんはないだろ、ヒカルでいい」と答えると冷泉は「ヒカルヒカル」とキャッキャと笑った。
「冷泉、私とヒカルさんは大事なお話があるのよ、こっちへいらっしゃい」と籐子に言われた冷泉は「やだ、僕ヒカルと一緒にいる」と駄々を捏ねてしがみ付いた。
「冷泉」
籐子の強い口調にビクッと体を縮こまらせた冷泉を見たヒカルは「いいだろ、これくらい。怒るなよ」と窘めた。
ヒカルにじゃれ付く冷泉をよそに二人は本題に入った。
「冷泉が時期総帥に指名されたことは?」
「ええ、左代さんから宮内のおじさまを通して聞いたわ」
籐子が顔を曇らせた。
「俺が、後見人になる」
ヒカルは力強く籐子に宣言した。
「でも」
冷泉の行く末を案じる籐子は渋るように口を噤んだ。
「俺が、必ず護るから」
ヒカルの表情を見た籐子は、冷泉の将来をヒカルに託す決心を固めた。
「どうか、よろしくお願いします」
籐子は深々とヒカルに頭を下げた。
いつしかヒカルに体を預けて眠る冷泉に、ヒカルが柔らかな笑みを浮かべる姿を見ていた籐子が「ヒカル、変わったわね」と呟いた。
「大事な人が出来た?」
籐子の問いにヒカルは「ああ」と肯定の返事を返した。
「初めてお会いしましたけれどびっくりするほど素敵な方でございますね。まるで本当の親子のように似ていらっしゃって、冷泉様は将来イケメンにおなりでございますね」
大野の褒め言葉にギクリとした籐子が「親戚だもの」とその場を濁した。
「ゴホッ、ゴホゴホッ」
雅は日増しに酷くなる咳に悩まされていた。
「雅ちゃん、大丈夫?」
雅の背を擦る若い女性が心配そうに雅の顔を覗きこむ。
「大丈夫よ、長引いた風邪のせいよ」
心配をかけまいと雅がその女性に微笑みかけた。
雅の背を擦っていたのは【六条 凛】(Rokujyo Rin)、今年二十歳になる雅の娘だった。
「でも雅ちゃんの咳は普通じゃないわ。一度病院で見てもらいましょう」
凛が雅に「一緒について行くから」と言ったが、雅は「たかだか風邪くらいで大袈裟よ」と取り合わなかった。
その後、一人で三重県立総合病院を受診した雅はその診断結果に「急がなければ」と独り言を呟いた。
「いらっしゃいませ」
カランとなったベルの音に反応したサツキが「雅ママ」と叫んだ。
「久しぶりね、サツキ」
六年ぶりにBarに顔を出した雅に、サツキが泣き出した。
「ママ、ママ」
雅に抱きつきながら泣きじゃくるサツキの背を撫でていると、奥から出てきたあやめも雅に駆け寄り泣き始めた。
「あらあら、大きな赤ん坊たちね」
雅は聖母のような笑みを湛えて二人を抱き締めた。オープン間際で客は誰もいなかった。
「お帰りなさいませ」
黒服の男も雅に軽く会釈をした。
「皆、元気そうで良かったわ」
雅の言葉にあやめが「でもママは随分痩せたわ」と心配そうに見つめた。
「ちょっと風邪をこじらせちゃったの、心配ないわ」
雅は二人に囲まれながら近況報告をし合った。
「ヒカルちゃん、ミカド財閥のCOOになったのよ、あの若さで。しかもますますいい男になったの。一時ドバイに飛ばされたって聞いたときはどうなることかと思ったけど。日本に戻ってからは今も時々は顔を出してくれるのよ」
あやめが我が事のように雅に話すと、サツキも負けじと雅に話しかける。
「ほんと、ヒカルちゃんったら見てるだけで涎も我慢汁も出るくらいいい男になったのよ」
サツキに、「あんたどうしてそう下品な言い方しか出来ないのよ」とあやめが突っ込みを入れた。
雅は二人の話を聞きながら、ふふふと微笑んでいた。
「それで、今回はどうしたの?もしかして戻ってくるの?」
あやめが目を見開いて雅の言葉を待った。
「いいえ、ちょっと懐かしくなって。思わず貴方たちの顔を見に来たの」
雅は本来の目的を二人に悟られぬように振舞った。
「まさか、木崎さんと別れたわけじゃ」
サツキがハッと口に手を当て、あやめは「おばか」とサツキを睨んだ。
「いいえ、木崎さんは変わらず傍にいてくれるわ」
雅がプッと噴出した。
「だから、どうしてあんたはそうデリカシーがないのよ」
あやめがサツキを詰り、叩く振りをすると「いやーん。あやめの暴力女」とサツキが雅に泣きつく。そしてあやめがまたサツキにを詰る。漫才のような二人の会話を聞きながら、雅は心の中で二人に別れの挨拶をした。
「六条 雅と申します。宮内 ヒカルさんを」
次の日、雅はミカド財閥本社の受付にいた。
「失礼ですがお約束は?」
約束をしていない事を告げると受付嬢はきびしい表情をした。
「お願いします。聞くだけ、聞いてもらえませんか?」
雅の必死な説得で、受付嬢は内線で電話を掛け始めた。受付嬢が電話の向こうでやり取りをした後「お会いになるそうです」と雅に伝えた。
「ここでお待ちください」
ガラス張りの日当たりのいい一角にある応接セットで雅はヒカルを待った。
五分程すると、「待たせたな」雅の背後から声が聞こえた。
「ここじゃ、何だから」
ヒカルは社用車で雅を料亭に案内した。
「元気、そうじゃねえな」
テーブルに挟んで座る雅にヒカルは率直な感想を言った。
「ええ、時間が、ないの」
雅もまた正直に口にすると、おもむろにタバコに火をつけたヒカルに雅は一枚の紙を差し出した。
それに目を通したヒカルが顔を上げて驚いたように雅を見つめ、すぐさまタバコの火を揉消した。
「それじゃあ、時間はねえな」
ヒカルはそれしか言わなかった。
「気を使わなくても良かったのに。今更、寿命なんてそう変わらないもの」
雅が微笑んでお茶を飲むと、ヒカルは新たなタバコに火をつけ、大きく吸い込むと雅から遠く離れるように煙を吐き出した。
「で、用があってわざわざ俺に会いに来たんだろ」
ヒカルの言葉に促されるように雅は娘の事を切り出した。
「俺が、手をつけるかもしれねえぞ」
雅の話を聞いたヒカルが冗談めいて笑った。
「いいえ、ヒカルはそんなことはしないわ。私の病気の事を知った上で私の望みが娘の凛の行く末を託すことだとわかった今、貴方はきっと私の望みを叶えてくれるわ」
雅は真剣な面持ちで真っ直ぐにヒカルを見据えた。
「敵わねえな、今のお前には」
ヒカルは再び新たなタバコに火をつけて天井に向って吐き出した。
「まあ、娘次第。と言うことにしておく」
ヒカルの了承の返事を受けた雅が「ええ、これで思い残すことはないわ」と最後のお茶を飲み干した。
「お腹、すいちゃった。せっかくこんな高そうなところに連れて来てくれたんですもの、ご馳走してくれるんでしょ」
雅が晴れやかに微笑んだ。その後、会食を終えると雅は「木崎さんが駅に迎えに来るからもう行かなくちゃ」と一人タクシーに乗り込んで料亭を後にした。
雅を見送ったヒカルは雅の見せた診断書を思い起こしていた。
『進行性の肺癌 余命半年』
それが、雅の病名だった。
それから一年を待たずして雅は凛と木崎に看取られ黄泉の国へと旅立つことになる。
六条 雅 享年三十七歳。あまりにも早く若すぎる死であった。
一人の命がヒカルの元を去り、新たな命が誕生した。慧からの国際電話でヒカルは愛美が無事に女児を産んだ事を知らせた。
ヒカルは二人の口座にドバイで一年はゆうに暮らせる金を振り込む事を慧に伝え、自分の指示があるまではドバイに滞在するように伝えた。
ヒカルの金が振り込まれて間もなく、愛美が病院からパスポートと共に姿を消した。それを見越していたヒカルは予め、在ドバイ日本総領事館への手続き等全てを終えてから二人に送金したのだった。
右代と対峙した朱雀の目には強い意思が宿っていた。
「ヒカルを、戻してください。そしてミカド財閥の【COO】(最高執行責任者)にしてください」
朱雀の突飛ともいえる発言に右代が「何を馬鹿な事を」と勢い良く立ち上がり拳を振り上げた。
「馬鹿なことではありません。私はいたって本気です。
私はまだ総帥の座に納まって日も浅く、経験不足は否めません。ですが、ヒカルがCOOのポストに就き私の補佐をすることにより、よりミカド財閥は安定するはずです。そして、いずれは冷泉を総帥の座に就かせ、私は会長職としてミカド財閥をこれまで以上の繁栄に導くと誓います。御門の血を引く者としてこれ以上の選択肢を私は知り得ません。
確かにプライベートではヒカルには破天荒ともいえるふてぶてしさはあります。ですがヒカルは仕事に関しては実に優秀な人材です。ドバイ支社立ち上げのプロジェクトもヒカルのお陰で当初の計画案よりも早く軌道に乗るとの報告も受けています。
そんな優秀な人材を高々噂ごときで燻らせていいはずがありません。生産性と効率の面を考慮すれば馬鹿などという発言はしない筈です」
朱雀の意見を聞いた右代が振り上げた拳をワナワナと震わせたまま硬直していた。
朱雀は右代に近づき、その拳を両手でそっと包み込んだ。
「おじい様の敬愛する毛利 元就の三本の矢の話、おじい様なら全てを述べずともお分かりでしょう」
朱雀は毛利 元就が三人の子に『一本の矢では簡単に折れるが三本束ねることにより簡単に折る事は出来ない。それは人においてもまた然り。一族で結束を固めよ』との逸話を喩えたのだった。
それを聞いた右代は今度はぐうの音も出ないとばかりに下唇を噛み締めた。
なかなか首を縦に振らない右代に、朱雀は最終手段を持ち出した。
「おじい様が同意してくださらないのなら私にも考えがあります。
私が、ゲイである事を世間に公表します」
「何を馬鹿な事を」
再び振り上げようとした右代の拳に朱雀はグッと力を込めた。
「そうなってはミカド財閥は多大なる風評被害を蒙り、私は責任を取って辞職でしょうね。そして今度はヒカルが時期総帥の座に座ることになります。
それは、左代派をけん制したいおじい様にとって、百害あって一理無し。ではありませんか?
おじい様は聡明な方だと私は知っています。
私の決断に同意、してくださいますよね」
唇を噛み締めたままの右代は、朱雀の論破により渋々承諾した。
右代の書斎を出る間際、朱雀が振り向きざまに右代に釘を刺した。
「言っておきますがくれぐれも、下手に画策しようとは思わないでくださいね。おじい様の考え得る手段は、全て想定済みです。
まあ、最悪私の予測の範疇を超える事態を引き起こされるのなら、右代家と共に心中する覚悟はとうに出来ておりますから」
不敵に笑った朱雀に桐生の面影を見出した右代は、へなへなと椅子に座り込み空を眺め続けた。
ある日の昼下がり、愛美がシャワーを浴びているのをいいことにヒカルは今まで疑問に思っている事を慧に尋ねた。すっかりお腹の大きくなった愛美は気分転換と称して日に何度もシャワーを浴びていた。
「お前はなんでそこまであんな奴に尽くすんだ?お前なら一人で渡航費貯めて日本へ帰れるだろ?」
慧はコーヒーカップを包む手に力を込めて俯いた。
「あんな奴なんて言わないでください。
姉は、本当はモデルになりたかったんです。でも、子供の頃、近くの土手で僕と遊んでいて足を滑らせた僕を助けるために重症をおいました。幸い傷は綺麗に塞がりましたがそれが元で股関節に後遺症が残ってしまって。日常生活には支障はないのですがふとした拍子にその後遺症が災いして脚を引き摺ってしまうんです。姉の人生を狂わせたのは僕なんです」
慧は頭を垂れたままじっとコーヒーカップを握り締めていた。
「それに、僕たちをこの地に送り込んだのは僕たちの母の内縁の夫に当たる人物なんです。その人の名は【加納 凌駕】(Kanou Ryouga)。加納は母が留守の間、姉には服で見えないところに殴る蹴るの暴行を加えました。そして、それが終わると僕を犯しました。僕は、加納の性奴隷だったんです」
慧の零した涙が慧のジーンズに染みを作った。
「僕たちは逃げたかったんです。加納から。だから高校卒業と同時にここへ」
「そうか、逃げてきたはいいがそれ以上はどうにもできないって訳か」
ヒカルが考え込むように溜息を吐いた。
「はい。でも日本に戻ったとしても加納に知られればきっと連れ戻されるか、もっと酷い条件でここへ逆戻りになるかもしれません。なぜなら、加納こそがこの売春グループの元締めなのですから」
慧は重い事実をヒカルに告白した。
ヒカルは少しだけ二人を哀れに思った。
「ヒカルさんに飲ませた薬も加納から定期的に送られてくる物、です」
慧が申し訳なさそうに肩身を狭くした。
「わかった」
ヒカルはその後、自室に篭ったまま部屋を出ては来なかった。
それから数日後、ヒカルに神戸支店支社長の森内からの国際電話が掛かって来た。
「喜びたまえ、宮内君。本社に異動だそうだ。引継ぎを済ませ次第帰国してくれ」
こうしてヒカルの一年にも満たないドバイ勤務が幕を閉じることになった。
既に搭乗できない愛美の身の回りの世話を慧に任せ、社で契約されているヴィラをヒカル個人の契約に切り替えたヒカルは日本への岐路に就いた。
「ヒカルさん」
自宅のマンションのドアを開けたヒカルは玄関先で待っていた紫上にでむかえられた。
「おかえりなさい」
ヒカルの無事な姿に、見る間に紫上の目に涙が浮かんだ。ヒカルはすぐさま紫上を抱きしめると「ただいま」と呟いた。
「大学はどうした?」
「代返を頼みました。ヒカルさんに一秒で早く会いたくて」
力強くヒカルにしがみ付きながら涙声で紫上が答えた。ヒカルはヒカルの胸に埋める紫上の顔を向けさせて紫上の目を真っ直ぐに見た。
「痩せたな」
ヒカルが紫上のこけた頬に手を置いて「心配かけたな」と言うと、紫上は声を上げて泣き始めた。ヒカルは、紫上を強く抱きしめると、玄関先にスーツケースを置いたまま紫上を抱き上げてリビングへと進み、ソファーに腰掛けると紫上を膝に乗せて泣き止むのを待った。
紫上が落ち着いた頃合を見計らったヒカルは紫上に愛美と慧の事を伝えた。
「慧さんを、抱いたんですか?」
話を聞き終えた紫上は愛美のお腹の子よりも真っ先に慧との肉体関係をヒカルに尋ねた。今まで一度もヒカルの交友関係を尋ねたことが無かった紫上の初めての嫉妬だった。
「浮気、ってことですよね?」
紫上が頬を膨らませてヒカルを睨んだ。
「言い訳をするつもりはねえ。あの女をけん制するためにはそれしか思いつかなかった。悪かった」
ヒカルが反省を表す様に頭を垂れた。
「だったら、教えてください。慧さんをどういう風に抱いたのか。僕の体で今すぐに」
「ダメだ」
ヒカルが即答した。
「どうしてですか?僕には知る権利もないんですか?」
紫上がムキになって食って掛かった。
「そうじゃねえ。アイツみてえに抱いたらお前が痛い思いをするから言ってんだ」
なおもヒカルを睨みつける紫上は聞く耳を持たなかった。紫上にかかっては流石のヒカルもたじたじだった。困った風の表情を浮かべたヒカルは「わかった」と渋々了承したが、「お前の体の準備だけはさせてくれ」と付け足した。
バスルームで紫上の尻を広げながら洗浄するヒカルは「あいつにはこんなことはしなかった。痛がろうが泣こうが無理やり突っ込んだ」と言い訳がましく説明した。
ソファに戻ってくると慧を抱いたようにヒカルは紫上を抱いた。ヒカルにしがみ付こうとする紫上の両手首をソファに縫い付け、下肢をひたすらに打ちつけた。紫上は歯を食いしばったまま声を上げることは無かったが、流石に絶頂を迎える頃には「キスしたい」と啼き始めた。ヒカルは断腸の思いで紫上にしがみ付かせることも、キスをする事もさせなかった。
「んやあっ」
紫上が苦しそうに叫んで体を仰け反らせた。
「あ、ああっ、ああっ」
射精するように下肢を震わせ、苦しげに絶頂を迎えた紫上がすすり泣きし始めた。
「だから言っただろうが、ダメだって。痛かったか?これでも手加減したんだ」
ヒカルはすぐさま紫上に覆い被さって紫上の震える体を抱き締めた。
「ひどい」
紫上が一言呟くとヒカルにしがみ付き、声を上げて泣いた。
「悪かった。キスも出来なくて辛かっただろ」
ヒカルは紫上を宥めるように「悪かった。こんな抱き方をして」とひたすらに謝った。
「僕に、じゃありません。慧さんのことです」
泣き止んだ紫上がヒカルを見据えてこう言った。
意外とばかりにヒカルは紫上の次の言葉を待った。
「慧さん、たぶんヒカルさんのこと好きです。なのに。好きな人にこんな抱き方されたら」
紫上は再び涙を浮かばせた。
「しかたねえだろ。あの女をけん制するための手段だったって言ったじゃねえか。いつもソファでだったし寝室で抱いたことは一度もねえ。俺はお前以外には触りたいとは思えねえし、お前だから触りたいんだ。
それとも、あいつもお前を抱くみてえに抱けばよかったか?」
思わぬ非難を受けたヒカルが紫上に問いただすように尋ねた。
「それは嫌ですけど、慧さんが可哀相で」
紫上の言葉を聞いたヒカルが無意識に舌打ちをした。
「お前はどこまで優しいんだ。俺にはお前以外はどうでもいいんだ。俺の特別はお前だって何度も言ってるじゃねえか。もう頼むから許してくれ、これ以上は拷問だ。久しぶりのお前に触りたくて俺も正直辛んだ」
初めて見るヒカルの情けない姿に、紫上が「僕もあんなふうに抱かれるのはもうごめんです」と呟くと、ヒカルはようやく安堵したように息を吐き出した。紫上の了承を得たヒカルは繋がったまま、寝室へと移動した。
「あ、ああっキスしたい」
パチュンパチュンとヒカルの出したものが卑猥な音を立てるほど激しく下肢を打ちつけるヒカルが紫上に覆いかぶさりキスをする。紫上は瞬く間に上り詰め、射精するように下肢を天に突き出した。ヒカルは紫上の細腰に両腕を回して紫上の最奥めがけて精を放った。
体を弛緩させた紫上を労わりながらヒカルは紫上が落ち着くまで紫上の唇を後戯する様に愛撫する。
「あん。はぁ」
紫上が気だるそうな吐息を零した。ヒカルが紫上にキスを仕掛けると紫上が応え始めた。
紫上がヒカルの舌に吸い付くとヒカルは紫上の舌を絡めるよう巻き込み、紫上の舌の根元に齧り付いた。
「んんっ」
ビクッと一瞬体を堅くした紫上の口内に唾液が充満すると、ヒカルは吸い取りながらそれを嚥下した。紫上の舌の根元をくすぐるとまた紫上の唾液が溢れ、ヒカルはそれを繰り返しながら貪り続けた。
「んふっ、んんっ」
紫上の鼻を抜ける喘ぎがヒカルの耳を犯す。ヒカルは紫上を抱く喜びに打ちひしがれながら何度も角度を変えて紫上の口内の隅々を弄った。
「ん、んんーっ」
紫上が再び下肢を天に突き上げて弛緩すると、ヒカルはようやくキスを開放した。
「キスだけでイッたのか」
少し身を起こしたヒカルが紫上の顔を覗きこんだ。
「だって、ヒカルさんのキス、気持ちいい」
紫上がヒカルに抱かれた時に放つ独特の色気を目の当たりにしながら、ヒカルは紫上の口元から零れた唾液を舐め取った。
「疲れたか?」
ヒカルの問いかけに紫上はゆっくりと否定した。
「いいえ。喩え疲れたとしてもヒカルさんとこうしていたいです」
ヒカルの胸の中に温かくなる何かが込み上げた。
「寂しかったです。ヒカルさんのいないこのベッドで眠るたび寂しくて」
紫上は再び涙を滲ませた。紫上の姿に胸が潰れそうになったヒカルは、繋がったまま紫上の体を反転させて後ろ抱きにすると包み込むように紫上の体を抱き締めた。
「悪かった」
ヒカルの幾度目かの謝罪と、ヒカルの心音と温もりを体全体で感じながら紫上は涙をこぼし続けた。
「今日は、僕が疲れて眠るまで抱いてください。ヒカルさんが僕のところに戻ってきたのだと、僕にもっと感じさせてください」
紫上の心の叫びのような願いに、ヒカルは心が満たされる事を始めて知った。
「ああ、そのつもりだ。俺がちょっとやそっとじゃ満足しないのはお前が一番よく知ってるだろ」
ヒカルは紫上が腰砕けになる声色で紫上の耳元に囁いた。
「ヒカルさん、その声」
紫上が耳を通して伝わる痺れに体を硬くさせた。
「お前の中にいる、熱く滾る俺が」
「だから、その声」
堪らずに紫上が叫ぶと、ヒカルはゆっくりと突き上げ始めた。
「やあっ、ああん」
「流石にお前のここはもう何も出るもんはねえだろ。今日だけは俺の気の済むまで触るのを許してくれ」
ヒカルは紫上のペニスを大きな手で包み込みゆるゆると扱き始めた。
「んやあっ」
紫上がヒカルの手から逃れるように身じろぐと、ヒカルは紫上の脚の間に自らの足を割り込ませ、そうはさせまいと体を固定した。
「知ってるか?お前は初めは男として抱かれるがそれを越えた瞬間、俺を抱く女へと豹変する。そんなお前は俺を虜にして止まねえんだ」
ヒカルの言葉責めに紫上のペニスからトプトプと滴があふれ出す。
「んんっや、ああっ」
ヒカルはもう片方の手で紫上の胸の尖りを愛撫する。
「やっ、やあっ」
三ヵ所を同時に責められる紫上がシーツを握り占めた。
「前々から感じていた事だが、お前を抱いてるのは俺のはずなのにお前の中にいると俺が抱かれている感覚にいつも陥る」
ヒカルは紫上の熱いペニスの先を指の腹で擦り始めた。
「ああっ、あん、やっ、やっ。だめ、イク、もう」
「ああ、そう、この感じだ。お前と繋がっているのは俺の体のほんの一部分なのにそこから体中にお前の包み込む感覚が波及して行く」
紫上は手の離せないヒカルの代わりに身を捩ってキスをせがんだ。ヒカルも窮屈な体位のまま紫上のキスに応える様に口内に誘った。
「んんんーっ」
紫上が体の奥を震わせると、ヒカルもまた紫上の中で果てたが、ヒカルは紫上の固さを保ったままのペニスを愛撫しつづける。脈打つ紫上のペニスがヒカルの手の中で感無量とばかりに滴を溢れさせた。
「変わらないピンク色だ。とても二十一の男のもんとは思えねえな」
ヒカルは手の中の硬いままの紫上のペニスを見ながら、休むことなく下肢を動かす。
「あっ、ヒカルさんの、また硬くなった」
紫上が息も絶え絶えに呟く。
「当たり前だ、お前がそうさせているんだからな。
ここは後でじっくり俺の口で可愛がってやるから、まずは存分に中にいる俺を抱け」
ヒカルは紫上の熱く硬いままのペニスの形をなぞる様に手を這わせた。
「あっ、あああっ」
紫上が呼吸もままならないほどに喘ぎ続ける。
「俺を抱く男は世界中でお前だけだ。そして俺にとってお前はドラッグと同じだ。お前に抱かれる喜びを知ってしまった俺は禁断症状に耐えきれず、お前の奴隷となってお前を高みへと押上げる。だがようやくその頂に到達した時、お前は俺に褒美を与える代りに喜びの証を献上させるかのごとく絡みつき俺の熱を奪い、いま以上の高みを要求する。俺はその褒美欲しさにすぐさま熱を取り戻し、再びお前の奴隷と化す。俺はお前を欲して止まない奴隷だ」
ヒカルは紫上に契約の様に口づけると、紫上は体を震わせた。
「まさかこの俺が同じ男のもんに執着する日がくるとはな。こうやって手で可愛がりながらも舐めたくて仕方がねえ。いっそお前と繋がったまま舐めてやれたら良いのにな」
ヒカルは残念そうに口に出したが、紫上はヒカルの言葉を理解できぬほど余韻に酔いしれていた。その間も紫上の中がヒカルのペニスに絡みつき蠢きながら収縮する。
「紫上、紫上。お前と繋がってる所が溶けそうだ。ん、はぁはぁぁっ!俺も連れてってくれ、お前のいるその高みに。んんっ」
ヒカルは熱に浮かされた様に小刻みに下肢を打ちつけながら紫上の名を呼び、堪らずに声に出しながら精を吐き出した。
「はは、こりゃとうぶん収まらねえな」
紫上の中で間もなく復活を遂げたヒカルは幾分かスッキリした様に独り言を呟くが、紫上は焦点の合わぬまま呆けたように体を弛緩させていた。紫上の体から自らのペニスをようやく引き抜くと、紫上の尻から夥しいほどのヒカルの精液が溢れ出てきた。
「いったん綺麗にするか」
ヒカルはこれ以上溢れ出ぬように紫上の中に挿入れると、力の入らぬ紫上の体を抱き上げてバスルームへと向った。シャワーで尻の中を洗浄されても、体を洗われても紫上はボーっとしたままヒカルに体を預けたままだった。ヒカルはバスタオルで紫上の体の隅々まで丁寧に吹き上げ、自分は簡単に水滴を拭き取ると、寝室へと紫上を抱いて戻った。
「まだ、終わりじゃねえからな」
未だに浮遊感から意識の戻らぬ紫上の体をヒカルが舌で辿り始めた。紫上の全身にくまなく舌を這わせたヒカルは、最後に取っておいた紫上のペニスへと口付け、味わうように舐め始めた。
「は、ああっ」
ようやく意識の戻り始めた紫上が弱弱しく啼いた。
「間近で見ても綺麗なピンク色だ」
ヒカルは満足げに紫上のペニスに奉仕し始めた。
「お前には性技なんて覚えさせねえ。喩えそれが俺相手でもな。俺が全部してやる。フェラも騎乗位もありえねえ」
ヒカルはドバイでの悪夢を上書きするように紫上のペニスを可愛がり続けた。
どれだけ時間が経ったかも判らぬほどヒカルが紫上のペニスを味わっていると紫上がヒカルの頬に手を伸ばしてきた。
「気がついたか?」
ヒカルは紫上の下肢から顔を上げて口の周りの紫上の滴と、自らの唾液を親指で拭い取り舐めて綺麗にした。
「ヒカルさ、もう、欲しい。イキたい」
流れ出紫上が目尻を染めてヒカルに懇願した。
「俺をまた抱いてくれるんだな。中、触ってないもんな。俺のがないとちゃんとイケない体だからな、お前は」
ヒカルは自らのペニスから流れ出た滴をペニス全体に塗り付けて挿入した。
「はぁーっ」
正常位でヒカルを受け入れた紫上が安堵したように吐息を零すと、ヒカルにしがみ付いた。
「気持ちよかったか?」
ヒカルは紫上を気遣うように優しく頬を撫で、ペニスへの愛撫の感想を聞いた。
「気持ち、良かったです。けど、ヒカルさんと繋がっているときの方が、僕は好きです」
紫上の返答にヒカルは再び心が満たされるのを感じた。
「そうか。ならこっからはお前が気を失っても抜かねえよ」
ヒカルは紫上の尻がこれ以上の摩擦で腫れる事を懸念して、紫上の最奥を押し上げるように下肢をしならせ、くすぐるように腰をくねらせ始めた。
時折、紫上がキスを強請りヒカルのペニスに射精を促すように締め付けると、ヒカルも拒むことなく紫上の中で果てる。しかし紫上の中はイッた後も貪欲にヒカルのペニスに絡みつき、ヒカルのペニスは紫上の中で硬さを取り戻した。約一年ぶりのお互いの熱を確かめ合うように二人は抱き合った。
コツン、コツン。
夜の見回りをする警備服を着た一人の男がミカド財閥本社の定期巡回をしていた。
「せっかく大財閥本社の警備員に潜り込めたって言うのに」
男はため息混じりに呟くと、いつものように総務課の女子社員のデスクの引き出しに常備されているキャンディーを無造作に口の中に放り込んだ。
「誰か財布の一つでも忘れてねえかなあ」
男は懐中電灯を照らしながら片っ端からデスクの引き出しを開けてめぼしい物を物色していた。
男が小銭入れらしきケースを見つけると懐中電灯をデスクの上に置き、中身を確認した。
「たったこれっぽっちかよ」
男は中の小銭を僅かに抜き去り元の場所へと戻した。
「しょぼ」
男の名前は【坂口 譲】(Sakaguchi Jyo)。巷では知る人ぞ知る『コソ泥のジョー』と呼ばれるちんけなコソ泥であった。
総務課を後にした坂口は、重役達のフロアへと足を進めた。
「金になる機密文書でもあればなあ」
だるそうに歩きながら真っ暗な廊下をひたすらに歩く。重役室は全てが施錠されており坂口が忍び込む隙は無かった。
「まだ誰か残っていますか?」
坂口は明かり漏れる扉に向かいノックした。
「はい」
中からの返事で坂口は重厚なドアを開けた。坂口がドアを開けると小柄な小動物を思わせる青年がまだ残業の途中だった。
「こんな時間までお仕事ですか?」
坂口が声を掛けると青年は愛嬌のある笑みを坂口に向けた。
「ええ。左代取締役のお陰で僕はここ暫く書類作成に忙殺されているんです」
「ご苦労様です。でもほどほどにお帰りになった方が良いですよ」
坂口の忠告に青年は「無理が利くのも若いうちだから」と再び坂口に微笑んだ。
「では失礼します」
坂口が左代取締役の部屋から出ると、懐中電灯で足元を照らし歩きながら暗闇に向ってニヤリと笑みを漏らした。
(ここは要チェックだな。残業続きで鍵のかけ忘れがあるかもしれない)
坂口はクツクツと笑い始めると他のフロアの巡回を続けた。
今日出来る一通りの文書作成を終えた青年は大きく息を吐くと伸びをした。首周りのストレッチを軽くした後、濃い目に入れたコーヒーを飲みながら携帯のメッセージを確認すると、一人の人物のメッセージ一覧を開いた。そしてその人物からの一年以上前の最後に届いたメッセージを読み返した青年は携帯を握り締めた。
「月夜、あいつさえ帰ってこなければ」
青年はギリリと奥歯を噛み締めると月夜への憎悪を膨らませた。
青年の名は【右代 怜央】(Udai Leo)。朱雀の祖父 右代 甚五郎の秘書補佐であり遠縁にあたる人物であった。
「うーん」
翌朝、先に目を覚ましたのは紫上だった。いつの間に眠ったのかさえ覚えのない紫上が背中から感じるヒカルの鼓動と、寝息に安堵と喜びを噛み締めた。
「トイレ、行きたい」
紫上がヒカルの腕から抜け出そうと僅かに動いたところで自分の置かれている状況を一気に悟った。ヒカルに後ろから羽交い絞めされるように抱きつかれ、足を絡められ、何よりも、紫上の中にはまだヒカルが居座っていたのだった。さすがに硬さはないものの存在感のあるその大きさを良く知る紫上の顔に火が着いたように朱が差した。
「え、えええーっ」
紫上が思わず声を上げるとヒカルが「んん」と小さな唸り声を上げた。紫上は次第に迫りくる便意と尿意に一人焦り始めた。ヒカルに知られることが恥ずかしく、何とかして抜け出そうと紫上がジタバタしているところにヒカルがついに目を覚ました。
「なにやってんだ」
ヒカルの寝起きの掠れた声が紫上をますます焦りへと導く。
「いえ、なんでも。僕ちょっとトイレに」
それだけを言うと、「何だ、そうか」とヒカルが何でもないことのように呟いてまた夢の中に入ろうとした。
「だめ。ヒカルさん、起きてください」
「何だよ」
寝起きのあまり良くない時特有のヒカルの声色に一瞬たじろいだ紫上だが背に腹はかえられなかった。
「ぬ、抜いてくれないとトイレに行けないんです」
紫上の悲痛な叫びにようやく理解の追いついたヒカルは「ああ、そうか」と呟き、あろう事か紫上の体をそのまま抱き上げてトイレへと向った。便器の前に紫上の体を静かに立たせ、便座を上げたヒカルは何事もないように紫上の腰に手を回し、紫上の肩に顎を置いて生あくびをした。
「あの、ヒカルさん?」
焦る紫上はあたふたとしつつヒカルに抗議の声を上げた。
「どうした?我慢できねえんだろ」
ヒカルの視線を感じる紫上が耳まで顔を赤らめさせた。
「嫌です」
「気にするなって」
ヒカルは全く取り合うことはなく、紫上のペニスを軽く握った。しばしの間拒むように紫上が押し黙ったが、ヒカルが早くしろとばかりに紫上のペニスを擦った。
「や、です」
紫上が尿意に耐えながらヒカルに訴えた。
「餓鬼の頃は、しょっちゅう見てただろ」
ヒカルが何でもない様に再びあくびをした。
「昔と一緒にしないで下さい。僕はもう大人なんですよ」
紫上が呆れたように叫んだ。
「そうか。そうだよな。なら、お前の中のもん、デカくして中から突いてやろうか?大人らしく、そういうプレイで」
ヒカルが扇情的な声色を使い紫上の耳元で囁いてカプッと耳朶を食んだ。それを聞くなり根負けした様に紫上は羞恥に苛まれながらも用を足さざるを得なかった。
ジョロ、ジョロ、ジョー。
「ずいぶん我慢してたんだな」
一部始終を見終えたヒカルがそのまま寝室へと戻ろうとしたため、紫上が再び抗議の声を発した。
「それだけじゃないから。とにかく抜いてください」
「あぁ?もう用は済んだだろ」
ヒカルの不機嫌そうな声に紫上がたじろぐが紫上はそれどころでは無かった。
「大きい方もなんです。だからとにかく抜いて、ここから、トイレから出て行ってください」
紫上が何度目かの大声を張り上げると、今度は「なんだ、そっちもか」と、またもや繋がったまま軽々と紫上を持ち上げバスルームへと移動してバスチェストに腰掛けた。紫上を抱いた後の後始末を思い出し紫上が呆れたように今度はヒカルに詰問した。
「どうして抜いてくれないんですか」
そろそろ堪える事が出来なくなり始めた紫上にヒカルはあっけらかんと答えた。
「お前が俺が中にいると気持ちいいって言ったんだろ」
ヒカルの言葉に紫上が怒りに目を見開いた。
「こういう意味じゃありません」
ヒカルは紫上の怒りに耳を傾けることは全く無かった。ズルリとヒカルにペニスを抜かれた紫上は「ああっん」と声を上げ、迫り来る便意と僅かな快楽に体を硬くした。
「昨日、洗浄してるからそんなに堪ってはいないだろ」
焦る紫上を他所に既に覚醒したヒカルは紫上を向かい合う様に立たせて冷静にシャワーのコックを捻り、渾身の力を振り絞る紫上の尻をこじ開けるようにシャワーと指を宛がった。
「やっ、だめ。やだ。ヒカルさ」
紫上がヒカルにしがみ付き、ヒカルの首元に顔を隠したままで叫び続けるが、ヒカルにいつも洗浄される紫上の体が言うことを聞く筈もなく、紫上の中からは夥しいほどの汚水が溢れ出ると、紫上は観念したようにようやく身体の力を抜いた。
「俺の精子で便が緩くなっちまったのか、悪りいな。腹、痛くねえか?」
ヒカルは汚水を見て冷静な判断で紫上に謝罪すると羞恥に震えながら紫上が首を横に振ってヒカルの問いかけに答えた。尻の洗浄を終えるとヒカルによって紫上は体の隅々まで洗われる結果となった。首まで羞恥に赤くなっていた紫上はヒカルに体を拭かれる前に脱兎のごとくバスルームから飛び出していち早くシーツの中に逃げこんだ。
体を拭き、スエットに着替えたヒカルが寝室へと入ると、シーツの中で芋虫の様に丸くなった紫上を見つけ小さく溜息をついた。
「悪かったよ。そんなに恥ずかしがることねえだろ。いつも見てんだから」
ヒカルのふてぶてしい発言に「そういう問題じゃありません」とシーツの中から紫上が叫んだ。
「ったく。ヤッた後尻の洗浄を怠って悪かった。それ以外は悪くねえけど」
何処までも傍若無人な発言のヒカルに枕が飛んでくると、ヒカルはそそくさと退散した。
その後、紫上が空腹に耐え切れなくなる昼過ぎまで、紫上が寝室から出てくることは無かった。
翌日、ヒカルは左代の元を訪れた。左代は良かったと言ってヒカルの手を握り締めた。
「君にとっては朗報なんだが、右代がなぜか社の繁栄のためと言って私に協力を申し出てきてね、君のために尽力してくれんだ。そして役員会まで説き伏せた。ドバイでの君の功績を評価してね」
ヒカルは右代の行動に裏があるように思えてならなかった。
「それだけじゃない。間もなく下りる辞令で君は我が財閥のCOO(最高執行責任者)になる」
ヒカルは耳を疑った。
「そして驚くことに冷泉君を次期総帥に指名したんだよ」
「朱雀は?総帥は朱雀だろ」
「現総帥は冷泉君が社に入った暁には会長職として社を支え、繁栄に導くと言っておられたよ」
ヒカルは左代の言っている意味を理解するのにしばしの時間を要した。
「驚くのは無理もない。冷泉君はまだ十歳だからね。そこで誰を後見人にするか、何だが」
ヒカルはすぐさま「俺が後見人になります」と名乗りを上げた。
左代家を後にしたヒカルはすぐさまダメ元で籐子に連絡を入れた。
意外にも籐子はヒカルをマンションへと呼んだ。
「久しぶりね」
家政婦である大野がお茶を置いて場を離れるのを待った籐子が口を開いた。
「ああ、そうだな」
ヒカルは短く答えると、二人は何も言わずに見つめ続けた。
「お母さん?」
リビングに接するドアから一人の少年が目を擦りながら出てきた。
「目が覚めたのね」
籐子は少年に近づいてしゃがみこむと、少年に向って「お客様よ、ご挨拶は?」と母親らしく少年を促した。
「こんにちは」
少年がヒカルに挨拶をした。
「ご挨拶したらお名前も言うんでしょう」
少年は「宮内 冷泉です」とぺこりと頭を下げた。籐子は「よく出来たわね」と冷泉の頭を撫でヒカルを紹介した。
「こちらはね、宮内 ヒカルさんよ。貴方の、従弟(いとこ)にあたる方よ」
籐子は従弟と言葉に出す前に僅かに口土盛った。
「宮内 ヒカル?」
冷泉がオウム返しをして首を傾げた。
(俺の子。俺の子だ)
ヒカルは食い入るように冷泉を見つめていると、冷泉がヒカルの元へと駆け寄り、ソファによじ登ってヒカルに抱きついた。
「「えっ?」」
冷泉の突然の行動にヒカルが声を発したのと、籐子が驚きの声を上げたのは同時だった。
ヒカルは冷泉を抱き上げると、籐子は両手を口で覆いブルブルと体を震わせた。
冷泉はヒカルの顔を触り微笑みかけた。
「信じられない」
籐子が二人の姿を見つめながら呟くと、ヒカルが籐子の様子を見つめていた。
何も聞かないヒカルに、「冷泉は人見知りが激しくて、初対面の、しかも男の人には怖がって近づいたことがないの」と籐子は説明した。
「おじさんのこと、何て呼べばいいの?」
冷泉の無邪気な発言にヒカルが柄にもなくムッとして「おじさんはないだろ、ヒカルでいい」と答えると冷泉は「ヒカルヒカル」とキャッキャと笑った。
「冷泉、私とヒカルさんは大事なお話があるのよ、こっちへいらっしゃい」と籐子に言われた冷泉は「やだ、僕ヒカルと一緒にいる」と駄々を捏ねてしがみ付いた。
「冷泉」
籐子の強い口調にビクッと体を縮こまらせた冷泉を見たヒカルは「いいだろ、これくらい。怒るなよ」と窘めた。
ヒカルにじゃれ付く冷泉をよそに二人は本題に入った。
「冷泉が時期総帥に指名されたことは?」
「ええ、左代さんから宮内のおじさまを通して聞いたわ」
籐子が顔を曇らせた。
「俺が、後見人になる」
ヒカルは力強く籐子に宣言した。
「でも」
冷泉の行く末を案じる籐子は渋るように口を噤んだ。
「俺が、必ず護るから」
ヒカルの表情を見た籐子は、冷泉の将来をヒカルに託す決心を固めた。
「どうか、よろしくお願いします」
籐子は深々とヒカルに頭を下げた。
いつしかヒカルに体を預けて眠る冷泉に、ヒカルが柔らかな笑みを浮かべる姿を見ていた籐子が「ヒカル、変わったわね」と呟いた。
「大事な人が出来た?」
籐子の問いにヒカルは「ああ」と肯定の返事を返した。
「初めてお会いしましたけれどびっくりするほど素敵な方でございますね。まるで本当の親子のように似ていらっしゃって、冷泉様は将来イケメンにおなりでございますね」
大野の褒め言葉にギクリとした籐子が「親戚だもの」とその場を濁した。
「ゴホッ、ゴホゴホッ」
雅は日増しに酷くなる咳に悩まされていた。
「雅ちゃん、大丈夫?」
雅の背を擦る若い女性が心配そうに雅の顔を覗きこむ。
「大丈夫よ、長引いた風邪のせいよ」
心配をかけまいと雅がその女性に微笑みかけた。
雅の背を擦っていたのは【六条 凛】(Rokujyo Rin)、今年二十歳になる雅の娘だった。
「でも雅ちゃんの咳は普通じゃないわ。一度病院で見てもらいましょう」
凛が雅に「一緒について行くから」と言ったが、雅は「たかだか風邪くらいで大袈裟よ」と取り合わなかった。
その後、一人で三重県立総合病院を受診した雅はその診断結果に「急がなければ」と独り言を呟いた。
「いらっしゃいませ」
カランとなったベルの音に反応したサツキが「雅ママ」と叫んだ。
「久しぶりね、サツキ」
六年ぶりにBarに顔を出した雅に、サツキが泣き出した。
「ママ、ママ」
雅に抱きつきながら泣きじゃくるサツキの背を撫でていると、奥から出てきたあやめも雅に駆け寄り泣き始めた。
「あらあら、大きな赤ん坊たちね」
雅は聖母のような笑みを湛えて二人を抱き締めた。オープン間際で客は誰もいなかった。
「お帰りなさいませ」
黒服の男も雅に軽く会釈をした。
「皆、元気そうで良かったわ」
雅の言葉にあやめが「でもママは随分痩せたわ」と心配そうに見つめた。
「ちょっと風邪をこじらせちゃったの、心配ないわ」
雅は二人に囲まれながら近況報告をし合った。
「ヒカルちゃん、ミカド財閥のCOOになったのよ、あの若さで。しかもますますいい男になったの。一時ドバイに飛ばされたって聞いたときはどうなることかと思ったけど。日本に戻ってからは今も時々は顔を出してくれるのよ」
あやめが我が事のように雅に話すと、サツキも負けじと雅に話しかける。
「ほんと、ヒカルちゃんったら見てるだけで涎も我慢汁も出るくらいいい男になったのよ」
サツキに、「あんたどうしてそう下品な言い方しか出来ないのよ」とあやめが突っ込みを入れた。
雅は二人の話を聞きながら、ふふふと微笑んでいた。
「それで、今回はどうしたの?もしかして戻ってくるの?」
あやめが目を見開いて雅の言葉を待った。
「いいえ、ちょっと懐かしくなって。思わず貴方たちの顔を見に来たの」
雅は本来の目的を二人に悟られぬように振舞った。
「まさか、木崎さんと別れたわけじゃ」
サツキがハッと口に手を当て、あやめは「おばか」とサツキを睨んだ。
「いいえ、木崎さんは変わらず傍にいてくれるわ」
雅がプッと噴出した。
「だから、どうしてあんたはそうデリカシーがないのよ」
あやめがサツキを詰り、叩く振りをすると「いやーん。あやめの暴力女」とサツキが雅に泣きつく。そしてあやめがまたサツキにを詰る。漫才のような二人の会話を聞きながら、雅は心の中で二人に別れの挨拶をした。
「六条 雅と申します。宮内 ヒカルさんを」
次の日、雅はミカド財閥本社の受付にいた。
「失礼ですがお約束は?」
約束をしていない事を告げると受付嬢はきびしい表情をした。
「お願いします。聞くだけ、聞いてもらえませんか?」
雅の必死な説得で、受付嬢は内線で電話を掛け始めた。受付嬢が電話の向こうでやり取りをした後「お会いになるそうです」と雅に伝えた。
「ここでお待ちください」
ガラス張りの日当たりのいい一角にある応接セットで雅はヒカルを待った。
五分程すると、「待たせたな」雅の背後から声が聞こえた。
「ここじゃ、何だから」
ヒカルは社用車で雅を料亭に案内した。
「元気、そうじゃねえな」
テーブルに挟んで座る雅にヒカルは率直な感想を言った。
「ええ、時間が、ないの」
雅もまた正直に口にすると、おもむろにタバコに火をつけたヒカルに雅は一枚の紙を差し出した。
それに目を通したヒカルが顔を上げて驚いたように雅を見つめ、すぐさまタバコの火を揉消した。
「それじゃあ、時間はねえな」
ヒカルはそれしか言わなかった。
「気を使わなくても良かったのに。今更、寿命なんてそう変わらないもの」
雅が微笑んでお茶を飲むと、ヒカルは新たなタバコに火をつけ、大きく吸い込むと雅から遠く離れるように煙を吐き出した。
「で、用があってわざわざ俺に会いに来たんだろ」
ヒカルの言葉に促されるように雅は娘の事を切り出した。
「俺が、手をつけるかもしれねえぞ」
雅の話を聞いたヒカルが冗談めいて笑った。
「いいえ、ヒカルはそんなことはしないわ。私の病気の事を知った上で私の望みが娘の凛の行く末を託すことだとわかった今、貴方はきっと私の望みを叶えてくれるわ」
雅は真剣な面持ちで真っ直ぐにヒカルを見据えた。
「敵わねえな、今のお前には」
ヒカルは再び新たなタバコに火をつけて天井に向って吐き出した。
「まあ、娘次第。と言うことにしておく」
ヒカルの了承の返事を受けた雅が「ええ、これで思い残すことはないわ」と最後のお茶を飲み干した。
「お腹、すいちゃった。せっかくこんな高そうなところに連れて来てくれたんですもの、ご馳走してくれるんでしょ」
雅が晴れやかに微笑んだ。その後、会食を終えると雅は「木崎さんが駅に迎えに来るからもう行かなくちゃ」と一人タクシーに乗り込んで料亭を後にした。
雅を見送ったヒカルは雅の見せた診断書を思い起こしていた。
『進行性の肺癌 余命半年』
それが、雅の病名だった。
それから一年を待たずして雅は凛と木崎に看取られ黄泉の国へと旅立つことになる。
六条 雅 享年三十七歳。あまりにも早く若すぎる死であった。
一人の命がヒカルの元を去り、新たな命が誕生した。慧からの国際電話でヒカルは愛美が無事に女児を産んだ事を知らせた。
ヒカルは二人の口座にドバイで一年はゆうに暮らせる金を振り込む事を慧に伝え、自分の指示があるまではドバイに滞在するように伝えた。
ヒカルの金が振り込まれて間もなく、愛美が病院からパスポートと共に姿を消した。それを見越していたヒカルは予め、在ドバイ日本総領事館への手続き等全てを終えてから二人に送金したのだった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
ショタ18禁読み切り詰め合わせ
ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。
近親相姦メス堕ちショタ調教 家庭内性教育
オロテンH太郎
BL
これから私は、父親として最低なことをする。
息子の蓮人はもう部屋でまどろんでいるだろう。
思えば私は妻と離婚してからというもの、この時をずっと待っていたのかもしれない。
ひそかに息子へ劣情を向けていた父はとうとう我慢できなくなってしまい……
おそらく地雷原ですので、合わないと思いましたらそっとブラウザバックをよろしくお願いします。
♡ド田舎×エロショタ×汗だくセックス夏休み♡
霧乃ふー 短編
BL
夏休み。
親戚のいるド田舎に行くことになった俺はそこで美しい少年、結に出会った。
俺は夏休みの間、結の艶かしい肢体を犯して続けた。
そんな夏休みの淫靡な日々♡
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
オトナの玩具
希京
BL
12歳のカオルは塾に行く途中、自転車がパンクしてしまい、立ち往生しているとき車から女に声をかけられる。
塾まで送ると言ってカオルを車に乗せた女は人身売買組織の人間だった。
売られてしまったカオルは薬漬けにされて快楽を与えられているうちに親や教師に怒られるという強迫観念がだんだん消えて自我が無くなっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる