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キョウモ ハカナイ ユメ ヲミル【面、上げてくんねえか。こちとら、十数年ぶりに嫁を貰いに来た身なんでな】

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「今日は大事な客人が来る日だ。しっかり仕度をしておけよ」
紅が朝から厨房の男児達にカツを入れた。

「青磁、白磁、今日は舌の肥えた客人が二人来る。料理長不在の今、副料理長のお前達がしっかりと取り仕切ってくれ」
紅が二人の肩に手を置いて激励した。青磁は爽やかに笑顔で答え、白磁は無言で頷いた。

【青磁】(セイジ)と【白磁】(ハクジ)は一つ違いの兄弟で、面倒見が良く屈託のない笑顔が特徴の青磁が兄、寡黙でいつも無表情なのが弟の白磁であった。一つ違いとはいえ、青磁の生まれた十ヶ月後に白磁が早産で産まれたのだった。
 青磁が二十四歳。白磁が二十三歳であった。
 二人は杏の右腕として修行していた経緯から、料理長不在の副料理長として二人でよろず屋の厨房を任されていた。

厨房を離れた紅が向った先は食事処の店内だった。
「【柚葉】(ゆずは)、こちらへ」
紅が呼んだのは柚葉といい、今年二十回目の春を迎えた、里の男児の中でも華奢な体つきをしている男児であった。しかし、この柚葉は女顔の上華奢で一見大人しそうな外見をしているが、人一倍負けず嫌いの性格であった。

紅は柚葉だけに特別に、ある仕事を与えた。


日が落ち始めたころ、柚葉がよろず屋のある町内を何かを探すように上下左右に眼を配りながらゆっくりと回り始めた。


「見つけた」柚葉が嬉しそうに声を上げた。

「やっぱり紅様の言うとおりだったな」
お宝を発見し、柚葉が勝ち誇ったように腕を組んだ。


柚葉が見つけたのは杏であった。

『杏のことだ、きっとこの界隈にいてここの様子を見ている筈だ。もしかしたら、みすぼらしい変装をしているかも知れぬ。柚葉、お前が探し出す自身がないのであれば、他の物へ頼むがどうだ』
負けず嫌いの柚葉が「俺が絶対に見つけます」と豪語し、まさにみすぼらしい格好をして店が見える通りに座っていた杏を見つけ出したのであった。


「入ります」柚葉が開けた襖は紅と濡羽の部屋であった。
杏の姿を捉えた濡羽が杏に真っ先に駆け寄った。

「良かった、無事で」濡羽の声は震えていた。
柚葉は、その空気を悟り静かに一人部屋を出て行った。

「何て馬鹿な事をしたんだ。女郎屋に体を差し出すなんて」
開口一番に濡羽が杏を責めた。
「あんなまどろっこしいことなんかしないで、最初から押しかけ女房になれば良かったんだ」
濡羽の言葉に杏が下唇を噛み締めた。
「紅が、怖かったのか?それとも、テツ殿に拒まれるのが怖かったのか?」
濡羽の優しい言葉に、杏の目に涙が滲んでいった。

「紅はね、始めから知ってたんだよ。
あんずが五年前から加洲亭羅を誰かに届けに行っていた事、逃がした女郎に何かを重ねていたことも。
あんずは野良猫みたいなところがあるから、そんなあんずが懐いたのが誰かって二人でよく噂していたんだよ。そしたらお前が身を売るなんて大それたこと事、しでかしただろ」濡羽が再び咎めるように杏を見た。

「紅は心配していたんだよ、心底。でもあんずが懐いたテツ殿の真偽を図るまではって苦しみながら見守っていたんだ。
もしかしたら、テツ殿が、あんずを受け入れてくれないかも知れないからね。
その時は紅の力でお前を助けに行く手はずだったんだ」
濡羽が杏を再び抱きしめた。
「いいかい、心を許した相手以外と肌を重ねるって、心が荒んでいくもんなんだ。ついには何も感じないくらい生きる屍になっちまうんだよ。
かつて紅から逃げるために女郎屋で身を隠していた俺を見つけたお前が、どうしてそんなことに気がつかないんだよ。
言えば良かっただろ、それが紅の、いや、里の掟に背くことになったって紅は、きっとあんずの事を一番に考える、そんな当たり前のこと、何で信じなかったんだよ」
濡羽が涙を零した。

「テツさんが、紅の見込んだとおりの御仁で本当に良かった」
杏の代わりに濡羽が泣き崩れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」
杏が下唇を噛み締めて濡羽に謝り続けた。


一方、別室では。

奥の部屋へと通されたテツが、「あ、あんたが」と言って一瞬固まったが、「こんなに若けえとは思わなかったぜ。親代わりって聞いていたからてっきりよぼよぼのじいさんかと思ってたぜ」と本心を紅に告げた。

すると、紅は正座のまま両のこぶしを畳みに付けて頭を下げた。
「申し訳ない」
突然の紅の謝罪にテツが慌てふためいた。
「何でい、しょっぱなから」
「私はテツ殿を試すような事をした」
紅が頭を下げたままテツに告白し始めた。

「杏が桃源郷に捉えられたのは知っておりました。そして、ある条件でテツ殿が呼ばれたことも。ですが、私はテツ殿の本心を知る必要があった。杏のために。
杏は、杏には大きく包み込んでくれるような器の大きな御仁でなければ相手は務まりません。時に父親のような包容力を持ち合わせた御仁でなければ。
そのためにテツ殿が桃源郷へ赴いたときもただ見守っておりました。
もしかして、杏の気持ちにテツ殿が応えぬ可能性も捨てきれなかったもので。
ですが、テツ殿、貴方は素晴らしい方だ。そんなテツ殿を試すような事をした私が恥ずかしいのです」
紅の告白にテツがあっけらかんと答えた。
「しょうがねえじゃねえか、そんだけあんが大切にされてるってことだろ」
テツが決め顔を紅に送り「面、上げてくんねえか。こちとら、十数年ぶりに嫁を貰いに来た身なんでな」と強気で懇願した。


その夜、よろず屋は大宴会へ突入した。貸切の店内では紅とテツが杯を交わし、テツが過去の武勇伝を紅にひたすら披露していた。


「待たせたね」
そこに現れたのは濡羽だった。
濡羽を初めて見たテツが「あんた、股間に来る美しさだな」と酔った勢いで呟いた。
「嬉しいこと言ってくれるね。でも残念ながら、俺は紅の嫁・だ・か・ら」と濡羽がテツの下唇に人差し指でちょんと触った。
濡羽の美しさにテツが鼻の下を伸ばしたその時であった。

「痛ってー」テツが絶叫した。
テツの背後にどす黒い殺気を発する杏がテツの尻を抓ったのだった。

「俺があんずに化粧を施したんだよ、綺麗だろ」
杏の肩に手を置き、無邪気な笑いを浮かべる濡羽。

「何でおめえが」痛みで掠れた声で杏に問いかけるが「心配してきたらいけないんですか?」と凄みのある声で返された。
「痛てえって、そういう意味じゃねえんだよ」
ぎりぎりと抓る力を尻に感じ、テツが降参した。
「頼む、あん。おめえを貰いに来ためででえ席は、おめえと一緒に祝ってもらいてえんだ。
機嫌、なおせや」
それにはあんも従わざるを得なかった。

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