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キョウモ ハカナイ ユメ ヲミル【おめえのそれは不吉の前触れなんだよなあ】
しおりを挟むそれから数日後の穏やかな夜更けに、一人の来訪者がテツを訪ねてきた。
「テツさん、俺でさぁ。源六でさぁ」
テツの工房に訪れたのは【源六】と名乗る三十路を過ぎた風貌の、丸顔の小男であった。
源六の来訪に、テツが一瞬鋭い眼光を放ったが、源六が臆する事無く険しい表情で見上げながらテツの視線を受け止めた。
「テツさん、お久しぶりでございやす。実は源五郎兄貴の使いでして」
源六が打って変った様にニタッと笑みを浮かべた。
「おめえのそれは不吉の前触れなんだよなあ」
テツが心底嫌そうな表情を浮かべた。
「どうしたんだ、親父」
ちょうど夕飯の後であったため、柔がテツの傍へと近づいてきたが、源六の姿を確認するやいなや顔色を変えた。
「なんででめえがここにいる」
どすの利いた声色で柔が唸るように言い放つ。
「相変わらず可愛げのねえ餓鬼だなあ」
源六が耳を穿りながら明後日のほうを向いた。
「てめえがいるってことはあいつの差し金か」
柔がキッと睨みを利かせた。
「てめえ、か。この熊谷領の影の統治者である源五郎親分を、あいつ呼ばわりとは」
源六がやれやれと言わんばかりの態度を取った。
「やくざだかなんだか知らねえが、疫病神なんだよ、おめえら。こっちにゃ用はねえよ。早く帰んな。剛、塩持ってきてくれや」
居間にいる剛に塩を盛ってくるように柔が叫んだ。
程なくして塩を盛ってきた剛も、源六の姿を見るやいなや、明らかに嫌悪の表情を浮かべた。
「俺はあんたら餓鬼に用があってわざわざ来たんじゃねえんだ。テツさんに用があるんだよ」
暫く傍観していたテツが「なら早く本題に入れ」と先を促した。
「さすがはテツさん。
うちの女郎屋の稼ぎ頭のおせんって女が孕んだ挙句に三日ほど前に姿くらましやがりまして。うちにその女の借金だけが残りましてね」
「それがなんで親父んとこに来るんだよ。関係ねえだろうが」
「ところが、おせんを孕ませた挙句、逃がした男は捕まえたんですわ。それが結構小奇麗な顔立ちなんで、男相手に体を売らせようとしたんですが、その男が初めての客はテツさんでなけりゃあ、舌噛んで死んでやると聞きませんで。こっちも下手に死なれちゃあ寝覚めも悪りいし、借金だけが残るしで困り果ててるんですわ。
しかもテツさんに会うまでは飯も水さえもいらねえとぬかしやがりましてな、挙句の果てには着替えさせるだけ大暴れ。ほとほと困っているんでさぁ。このままじゃあ、舌噛んで死ぬ前に餓死して死にますわ、ははっ。
うちもやくざ家業とはいえ人道的に全うな商売をしてますからねえ。
って言うわけで一緒に来て欲しいんですわ」
源六の話を聞いたテツが首をかしげた。
「そう言われてもなあ。そんな男に心当たりもねえしなあ。
そいつの名は、なんて言うんだ?」
テツがいぶかしげに源六に尋ねた。
「確か、【あん】とか【キョウ】とか言ってた様な」
「「キョウ?」」
少し離れたところで聞き耳を立てていた花色と勝色が同時に叫んで、勢い良く戸口にいる源六に近づいてきた。
「くそ、ばか、出てくんな」
柔の静止は間に合わず、真っ先に花色の姿を目に留め、鼻の下を伸ばした源六が花色をもっと良く見ようと背伸びをした。
「俺の女にその汚ねえ面、近づけんじゃねえ」
花色との間に割り入った柔の噛み付かんばかりの迫力に負け、たじろいだ源六だが、今度は勝色の方を向くとまたしても鼻の下を伸ばして近づいて手を伸ばした。
「俺の女に気安く触るな」
と威圧的な態度の剛に睨まれると、今度こそ萎縮して数歩下がり小さな体をますます小さくさせた。
「ッチッ、十も年下で全く可愛くねえ餓鬼共のくせして、あんな極上捕まえやがって」
と源六がブツブツ呟くが、当の本人達に言う勇気は無かった。
その一方でテツが「あん、だと?」と記憶を辿るように小さく呟いた。
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