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第16話 記録器を買ってみた
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「仕事、終了」
そういつもの台詞を吐く俺だったが、気持ちの方はかなり沈んでいた。町の空がそう、あんなにも泣いているせいで。自分の服がびしょ濡れだったのも憂鬱だったが、その水気を払って、馬の上から降りた時もまた、それと同じくらいに憂鬱だった。馬も馬で、自分の身体を震わせている。俺達は天の涙に打たれながらも、今日の仕事を何とか終えて、自分の屋敷に帰ってきたところだった。館の玄関では、召使いが俺の帰りを待っている。彼もまた、俺達の事を案じていたらしかった。俺が厩の方に馬を連れていき、それからまた玄関の方に戻った時も、口では「こうなる前に早く帰れば、良かったものの」と言っていたが、その表情はやはり不安げで、俺の服から水気を払った時も、俺に「身体を冷やしやら毒です。お部屋の方に戻られたら、すぐに着がえていただきますから」と言いながら部屋まで俺を導いてくれた。「あの瞑想がまだ効いているのかは分かりませんが、少しばかり抜けすぎですよ?」
俺は、その言葉に苦笑いした。それ以外の答えが見つからなかったからだ。瞑想によって命の儚さを確かめたのはいいけれど、それが原因ではこうなっては仕方ない。家の召使いに笑われても、仕方ない事だった。今日の昼食を作ってくれた料理長も、俺に「真理の世界に沈みすぎましたね?」と言い、呆れ顔でテーブルの上に料理を運んでいた。彼等はそれぞれの立場から、一方は俺の前に主菜を置き、もう一方は俺の服をゆっくりと脱がした。
俺はまた、それらの厚意に苦笑いしてしまった。
「ああええと、ごめんなさい。今度からは」
「いいですよ、別に」
「え?」
「天の力には、人間も抗えません。それは、自然の理です。貴方はここの領主かもしれないが、その領主ですら、自然の力には無力でございます。貴方がどんなに偉くなったとしても、その真実からは逃れられない。貴方も含め、我々にできる事は、その自然とせいぜい仲よくなる事です。自然のもたらす力に頭を下げてね?」
「そう、だな。確かにそうかもしれない。人間の力がどんなに上がっても、それは自然の恩恵、恩恵の中から生まれた副産物に過ぎない。俺も自然の中に生きている以上、空の雨にも耐えなきゃならないんだ」
召使いはその言葉に目を細めたが、やがて「いえ」と笑いはじめた。「その必要は、ありません。人間には、知恵がありますからね。それに甘えるのは危険ですが、それをうまく使えば色々と役立ちます。貴方には、その可能性が備わっている」
「そ、そうかな?」
「そうですよ。ただ今は、その可能性に気づいていないだけで」
俺は、その言葉に押しだまった。特に「可能性」の部分には、不思議な興奮を覚えてしまった。自分には、無意識の可能性がある。その可能性に気づければ、今までにない新しい世界を開けるかもしれないのだ。それこそ、自分の人生を変えてしまうような。そんな可能性が、俺にも秘めているようである。彼の言葉を信じる限りはね? まあ、それがいつ目覚めるのかは分からないけどさ。それでも、その可能性を信じずにはいられないでいる。
俺は自分の可能性に胸を躍らせつつも、真面目な顔で午後の予定を考えはじめた。午後の予定は、すぐに決まった。館の外がああ言うふうになっている以上、午後は館の中で過ごすしかない。館の中には、雨の憂鬱にも負けない物がたくさん置かれている。食堂の中から出て、自分の部屋に戻ってみても、部屋の中には「それ」がたくさん置かれていた。それらの道具類を見わたせば、ほら! 今日の趣味が見つかった。今日の趣味は、動画鑑賞。例の電子器を使って観る、映像の娯楽である。電子遊戯の方にも意識は向いたが、それは前にやったので、「今日は、これにしよう」と思いなおした。
「最近は、あまり観られなかったからね。久しぶりに観るのもいいかな?」
俺は椅子の上に座って、電子器の起動部分を押した。起動部分は「スイッチ」と呼ばれるボタン式の装置だが、軽く押しただけでも画面が点くので、俺のような人間はもちろん、どんなに人にも使える優れた部分だった。そこに刻まれた紋章が、光りかがやくのも素晴らしかったし。屋内での作業が好きな人には、とても魅力に溢れた品だった。俺も画面の映像が点いた時は、何とも言えない興奮を覚えてしまった。
俺は右手の操作器を弄りつつ、例の情報網を開いて、動画閲覧の専用掲示板を開きはじめた。掲示板の中には、様々な動画が上げられていた。自分の飼い猫とじゃれあう動画から、歴史家も驚きの歴史考察まで。あらゆる趣味の人間が、あらゆる動画を上げている。動画の内容には制限が一部こそ掛けられているが、それも上げる段階で警告が現れ、それ無視して乗りこえようとしても、情報網全体に掛けられている結界が「それ」を防いでしまって、余程の裏技を使わない限りは、ほぼ安全かつ健全な動画が観られるようになっていた。
俺が今日、これから観ようとしている動画もまた、そんな動画の類いである。「実況者」と呼ばれる人が、視聴者に自分の好きな物を伝えたり、自分が最近買った便利な物を教えたりする動画だった。動画の内容は商人曰く、「こんなのは、通信販売(商人から物を直接に買うのではなく、専門の商売人を通して、自分のところに物が送られてくる仕組み)と同じです」との事だが、実況者に商売の意図がない事、それが仮にあったとしても、専門の通販よりはわざとらしく感じないせいで、俺としても観ていて飽きないし、ほかの視聴者達もまた、俺と同じような反応を見せていた。「売ろうとしない態度、あるいは、『それ』をあえて見せない態度」にある種の自然性を覚えていたのである。「この自然な感じが好きだ」って感じにね。俺も、この空気が好きだった。
「映像器の通販は観ないのに、これは何故か観てしまう」
俺は右手の操作器を動かして、画面の動画を眺めはじめた。動画の内容は、面白かった。俺の好きな実況者が「これは、オススメだ」と言う商品を伝える内容だが、それがとても魅力にあふれていて、最初は「ふうん」と眺めているだけだったが、彼が商品の詳しい説明を話しはじめると、今までの憂鬱を忘れて、その動画にすっかり魅せられてしまった。
「へぇ、見た物を撮れる道具かぁ」
その名も記録器、通称「カメラ」と呼ばれる撮影道具。道具自体はとても無骨な造形だが、その無骨さが不思議な味わいを醸しだしていて、男子には一種の憧れを、女子にはある種のときめきを与えそうな形だった。カメラの色も(基本は、「黒色」だが)、桃色や赤色、青色などもあり、自分の好きな物もかなり見つけやすくなっていた。俺の好きな黒も、「標準の色」と言う事もあり、男女ともに人気が高く、またどんな年齢層にも受けやすいようで、実況者が「それ」を買った理由も、単に「新しかったから」と言うだけではなく、その機能性や芸術性に引かれた部分も強いようだった。彼は視聴者達に自分のカメラを見せて、その素晴らしさをじっくりと語りはじめた。
「これは、絵の常識を買える道具。人間に世界の一部を与える道具です。このカメラを」
そこから先は……まあ、省いてもいいだろう。ちょっと難しい話になってしまうし、興味のない人には(本当に)つまらない話だからね。俺のような人間なら別だが、そうでない人には苦しい世界でしかない。だから、ここは一言でまとめる事にしよう。
「これ、欲しいな」
俺は真面目な顔で、カメラの話を聴きつづけた。カメラの話は、本当に面白かった。話の内容はもちろんだが、その詳しい説明が、男の浪漫を大いにくすぐってきたからだ。自分の町から旅立つ冒険者が、目の前の光景にワクワクするように。自分の好きな男性から「好きだ」と告げられた、若い女性のように。血液の流れが一気によくなって、それが自分の頭に流れこんできたのである。それこそ、激流のようにね。この感覚は、実際に味わってみないと分からない。自分の口で「それ」を伝えようとしても、その一割くらい(正確には、もっと少ないかもしれないが)しか伝えられないからだ。そう言う意味で、この感覚はかなり特別だったのである。
俺は、動画の概要蘭に目をやった。概要蘭には実況者の情報が載っているが、今回のような場合なら様々な情報、商品の専門情報だったり、電子購入欄(この製品を実際に取りあつかっている商品)の関連接続だったりが載っている事もある。今回の場合も同じで、「購入先は、こちら」と言う言葉の下あたりに電子購入欄が乗せられていた。
「よし」
俺は右手の操作器を使い、画面上の矢印(操作器の動きに合わせて動く目印)を動かして、その電子購入欄を押した。電子購入欄の中身もまた、とても分かりやすい内容だった。画面の上に美しい画像が映され、その下に分かりやすい見出しや、読みやすい説明文が書きそえられていた。それらの下には、商品の値段も付けられている。「あまり安い」とは言えない物だったけどね、「でも、買えない事はない値段」が表されていた。
俺は、その値段をじっと眺めつづけた。その値段自体に不満はなかったが、様々な期待や不安が一気に押しよせた事で、相反する感情が「どうしよう?」と湧きあがってしまったのである。俺はその感情に押しだまったが、やがて「うん」とうなずきはじめた。
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
やった後悔は、自分の経験になるからね。多少の損失は出たとしても、そこからいろいろと学べる事もある。やらなかった後悔はただ、「それをやらなかった」と言う結果が残るだけだ。そんな結果は、俺としても御免である。
「うん」
俺は右手の操作器をまた動かして、「購入の手続き」とか言う部分を押した。手続きの内容も、分かりやすかった。カメラの本体だけか、それに付属品も付けるかを選べて、後者の方は少し高いが、撮影に必要な物が一通り揃っている事もあって、画面の右側にも「初心者にオススメ」と言う文句が添えられていた。初心者にオススメなら、こちらを選んだ方が得である(得のような気がする)。自分は、文字通りの初心者だからね。こう言う物は、ある程度揃っていた方がいい。そう思ったので、今回買ったのも付属品付きの方だった。
「納期は……なるほど、結構掛かるんだな」
人気の商品だから仕方ないけれど。購入の手続きが終わった以上は、それをじっと待っているしかない。商品の代金も、専用のやり方で払ってしまったからね。館のみんなにはまた呆れられてしまうかもしれないが、長い目で見れば、彼等もきっと喜んでくれるに違いない。なんたって、世界の一部を切りとれる道具なのだからね。それが写された時の風景、情景、光景をありのままに残せる。それはきっと、どんな財産よりも価値があるだろう。この世の富をすべて手に入れても、失われた時は決して取りもどせないから。記録器は、その財産を守れる道具である。だから、決して無駄な買い物ではない。これはたぶん、どんな人にも必要な道具である。
「納期の方は、仕方ないけど。それでも……うん、やっぱり楽しみだな」
俺は「ニコッ」と笑って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「さて、記録器も買えたし。明日は、何をしようかな?」
そういつもの台詞を吐く俺だったが、気持ちの方はかなり沈んでいた。町の空がそう、あんなにも泣いているせいで。自分の服がびしょ濡れだったのも憂鬱だったが、その水気を払って、馬の上から降りた時もまた、それと同じくらいに憂鬱だった。馬も馬で、自分の身体を震わせている。俺達は天の涙に打たれながらも、今日の仕事を何とか終えて、自分の屋敷に帰ってきたところだった。館の玄関では、召使いが俺の帰りを待っている。彼もまた、俺達の事を案じていたらしかった。俺が厩の方に馬を連れていき、それからまた玄関の方に戻った時も、口では「こうなる前に早く帰れば、良かったものの」と言っていたが、その表情はやはり不安げで、俺の服から水気を払った時も、俺に「身体を冷やしやら毒です。お部屋の方に戻られたら、すぐに着がえていただきますから」と言いながら部屋まで俺を導いてくれた。「あの瞑想がまだ効いているのかは分かりませんが、少しばかり抜けすぎですよ?」
俺は、その言葉に苦笑いした。それ以外の答えが見つからなかったからだ。瞑想によって命の儚さを確かめたのはいいけれど、それが原因ではこうなっては仕方ない。家の召使いに笑われても、仕方ない事だった。今日の昼食を作ってくれた料理長も、俺に「真理の世界に沈みすぎましたね?」と言い、呆れ顔でテーブルの上に料理を運んでいた。彼等はそれぞれの立場から、一方は俺の前に主菜を置き、もう一方は俺の服をゆっくりと脱がした。
俺はまた、それらの厚意に苦笑いしてしまった。
「ああええと、ごめんなさい。今度からは」
「いいですよ、別に」
「え?」
「天の力には、人間も抗えません。それは、自然の理です。貴方はここの領主かもしれないが、その領主ですら、自然の力には無力でございます。貴方がどんなに偉くなったとしても、その真実からは逃れられない。貴方も含め、我々にできる事は、その自然とせいぜい仲よくなる事です。自然のもたらす力に頭を下げてね?」
「そう、だな。確かにそうかもしれない。人間の力がどんなに上がっても、それは自然の恩恵、恩恵の中から生まれた副産物に過ぎない。俺も自然の中に生きている以上、空の雨にも耐えなきゃならないんだ」
召使いはその言葉に目を細めたが、やがて「いえ」と笑いはじめた。「その必要は、ありません。人間には、知恵がありますからね。それに甘えるのは危険ですが、それをうまく使えば色々と役立ちます。貴方には、その可能性が備わっている」
「そ、そうかな?」
「そうですよ。ただ今は、その可能性に気づいていないだけで」
俺は、その言葉に押しだまった。特に「可能性」の部分には、不思議な興奮を覚えてしまった。自分には、無意識の可能性がある。その可能性に気づければ、今までにない新しい世界を開けるかもしれないのだ。それこそ、自分の人生を変えてしまうような。そんな可能性が、俺にも秘めているようである。彼の言葉を信じる限りはね? まあ、それがいつ目覚めるのかは分からないけどさ。それでも、その可能性を信じずにはいられないでいる。
俺は自分の可能性に胸を躍らせつつも、真面目な顔で午後の予定を考えはじめた。午後の予定は、すぐに決まった。館の外がああ言うふうになっている以上、午後は館の中で過ごすしかない。館の中には、雨の憂鬱にも負けない物がたくさん置かれている。食堂の中から出て、自分の部屋に戻ってみても、部屋の中には「それ」がたくさん置かれていた。それらの道具類を見わたせば、ほら! 今日の趣味が見つかった。今日の趣味は、動画鑑賞。例の電子器を使って観る、映像の娯楽である。電子遊戯の方にも意識は向いたが、それは前にやったので、「今日は、これにしよう」と思いなおした。
「最近は、あまり観られなかったからね。久しぶりに観るのもいいかな?」
俺は椅子の上に座って、電子器の起動部分を押した。起動部分は「スイッチ」と呼ばれるボタン式の装置だが、軽く押しただけでも画面が点くので、俺のような人間はもちろん、どんなに人にも使える優れた部分だった。そこに刻まれた紋章が、光りかがやくのも素晴らしかったし。屋内での作業が好きな人には、とても魅力に溢れた品だった。俺も画面の映像が点いた時は、何とも言えない興奮を覚えてしまった。
俺は右手の操作器を弄りつつ、例の情報網を開いて、動画閲覧の専用掲示板を開きはじめた。掲示板の中には、様々な動画が上げられていた。自分の飼い猫とじゃれあう動画から、歴史家も驚きの歴史考察まで。あらゆる趣味の人間が、あらゆる動画を上げている。動画の内容には制限が一部こそ掛けられているが、それも上げる段階で警告が現れ、それ無視して乗りこえようとしても、情報網全体に掛けられている結界が「それ」を防いでしまって、余程の裏技を使わない限りは、ほぼ安全かつ健全な動画が観られるようになっていた。
俺が今日、これから観ようとしている動画もまた、そんな動画の類いである。「実況者」と呼ばれる人が、視聴者に自分の好きな物を伝えたり、自分が最近買った便利な物を教えたりする動画だった。動画の内容は商人曰く、「こんなのは、通信販売(商人から物を直接に買うのではなく、専門の商売人を通して、自分のところに物が送られてくる仕組み)と同じです」との事だが、実況者に商売の意図がない事、それが仮にあったとしても、専門の通販よりはわざとらしく感じないせいで、俺としても観ていて飽きないし、ほかの視聴者達もまた、俺と同じような反応を見せていた。「売ろうとしない態度、あるいは、『それ』をあえて見せない態度」にある種の自然性を覚えていたのである。「この自然な感じが好きだ」って感じにね。俺も、この空気が好きだった。
「映像器の通販は観ないのに、これは何故か観てしまう」
俺は右手の操作器を動かして、画面の動画を眺めはじめた。動画の内容は、面白かった。俺の好きな実況者が「これは、オススメだ」と言う商品を伝える内容だが、それがとても魅力にあふれていて、最初は「ふうん」と眺めているだけだったが、彼が商品の詳しい説明を話しはじめると、今までの憂鬱を忘れて、その動画にすっかり魅せられてしまった。
「へぇ、見た物を撮れる道具かぁ」
その名も記録器、通称「カメラ」と呼ばれる撮影道具。道具自体はとても無骨な造形だが、その無骨さが不思議な味わいを醸しだしていて、男子には一種の憧れを、女子にはある種のときめきを与えそうな形だった。カメラの色も(基本は、「黒色」だが)、桃色や赤色、青色などもあり、自分の好きな物もかなり見つけやすくなっていた。俺の好きな黒も、「標準の色」と言う事もあり、男女ともに人気が高く、またどんな年齢層にも受けやすいようで、実況者が「それ」を買った理由も、単に「新しかったから」と言うだけではなく、その機能性や芸術性に引かれた部分も強いようだった。彼は視聴者達に自分のカメラを見せて、その素晴らしさをじっくりと語りはじめた。
「これは、絵の常識を買える道具。人間に世界の一部を与える道具です。このカメラを」
そこから先は……まあ、省いてもいいだろう。ちょっと難しい話になってしまうし、興味のない人には(本当に)つまらない話だからね。俺のような人間なら別だが、そうでない人には苦しい世界でしかない。だから、ここは一言でまとめる事にしよう。
「これ、欲しいな」
俺は真面目な顔で、カメラの話を聴きつづけた。カメラの話は、本当に面白かった。話の内容はもちろんだが、その詳しい説明が、男の浪漫を大いにくすぐってきたからだ。自分の町から旅立つ冒険者が、目の前の光景にワクワクするように。自分の好きな男性から「好きだ」と告げられた、若い女性のように。血液の流れが一気によくなって、それが自分の頭に流れこんできたのである。それこそ、激流のようにね。この感覚は、実際に味わってみないと分からない。自分の口で「それ」を伝えようとしても、その一割くらい(正確には、もっと少ないかもしれないが)しか伝えられないからだ。そう言う意味で、この感覚はかなり特別だったのである。
俺は、動画の概要蘭に目をやった。概要蘭には実況者の情報が載っているが、今回のような場合なら様々な情報、商品の専門情報だったり、電子購入欄(この製品を実際に取りあつかっている商品)の関連接続だったりが載っている事もある。今回の場合も同じで、「購入先は、こちら」と言う言葉の下あたりに電子購入欄が乗せられていた。
「よし」
俺は右手の操作器を使い、画面上の矢印(操作器の動きに合わせて動く目印)を動かして、その電子購入欄を押した。電子購入欄の中身もまた、とても分かりやすい内容だった。画面の上に美しい画像が映され、その下に分かりやすい見出しや、読みやすい説明文が書きそえられていた。それらの下には、商品の値段も付けられている。「あまり安い」とは言えない物だったけどね、「でも、買えない事はない値段」が表されていた。
俺は、その値段をじっと眺めつづけた。その値段自体に不満はなかったが、様々な期待や不安が一気に押しよせた事で、相反する感情が「どうしよう?」と湧きあがってしまったのである。俺はその感情に押しだまったが、やがて「うん」とうなずきはじめた。
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
やった後悔は、自分の経験になるからね。多少の損失は出たとしても、そこからいろいろと学べる事もある。やらなかった後悔はただ、「それをやらなかった」と言う結果が残るだけだ。そんな結果は、俺としても御免である。
「うん」
俺は右手の操作器をまた動かして、「購入の手続き」とか言う部分を押した。手続きの内容も、分かりやすかった。カメラの本体だけか、それに付属品も付けるかを選べて、後者の方は少し高いが、撮影に必要な物が一通り揃っている事もあって、画面の右側にも「初心者にオススメ」と言う文句が添えられていた。初心者にオススメなら、こちらを選んだ方が得である(得のような気がする)。自分は、文字通りの初心者だからね。こう言う物は、ある程度揃っていた方がいい。そう思ったので、今回買ったのも付属品付きの方だった。
「納期は……なるほど、結構掛かるんだな」
人気の商品だから仕方ないけれど。購入の手続きが終わった以上は、それをじっと待っているしかない。商品の代金も、専用のやり方で払ってしまったからね。館のみんなにはまた呆れられてしまうかもしれないが、長い目で見れば、彼等もきっと喜んでくれるに違いない。なんたって、世界の一部を切りとれる道具なのだからね。それが写された時の風景、情景、光景をありのままに残せる。それはきっと、どんな財産よりも価値があるだろう。この世の富をすべて手に入れても、失われた時は決して取りもどせないから。記録器は、その財産を守れる道具である。だから、決して無駄な買い物ではない。これはたぶん、どんな人にも必要な道具である。
「納期の方は、仕方ないけど。それでも……うん、やっぱり楽しみだな」
俺は「ニコッ」と笑って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「さて、記録器も買えたし。明日は、何をしようかな?」
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